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命(めい)もうとうととして、やがて眠ってしまったら、夢の中にまどかが出現した。
「昨日はお世話になりました」と命(めい)は最初に言った。
「神職さんがわざわざお伺い立てるから大吉って出したからね」
「僕今寝てると思うんだけど」
「うん。寝てるよ。これは夢の中」
「どこにでも出てこれるのね。以前目を瞑っていたのに出てきたことあったし」
命(めい)は女体に変えられていた時と同様の記憶が戻っていた。夢の中のせいか?
「まあ、星や理(ことわり)に見つかりにくいような出現の仕方でもある」
「理さんというのが、僕と神婚した神様?」
「そう。先月の祈年祭から、私が正殿に入って、理は西脇殿に移った」
「東脇殿は星用?」
「そう。星が神様として働き始めたら、そこに入る」
「それっていつ?」
「まあその内だね」
「また理さんにも会える?」
「近い内に会えると思うよ。もうセックスは出来ないけど」
「あの神婚の時だけできるんだ?」
「そう。それ以外では男性機能は発動しない。だからオナニーもできない」
「へー。神様も大変だね」
「だから私は女の姿なのさ。女性機能はあるからね。もう男とやり放題。実はこの村の男も、何人か食ってる」
「・・・・まどかさんって、理彩と性格が似てる気がする」
「うっ・・・」
「でも祈年祭10分で止めちゃうのはひどくない?」
「あはは。理からも言われた。でも私あまり長時間踊るの好きじゃないんだよ」
「せめて1時間は踊らない?」
「やだ。疲れる」
「じゃ30分」
「そうだなあ。来年からは考えてやっか。ね、考えてやってもいいから命(めい)、私の神殿を命(めい)の家に作ってよ。で、御飯とかおやつとか奉納して。主神をやってると今まで程は出歩けなくてさ」
「うーん。神殿の作り方分からないけど、神職さんに聞けばいいかな」
「ってか、和雄君に作らせたほうがいいね」
「今の理彩のアパートは狭すぎるから、少し広い所に引っ越そうって言ってるから、そこに設置しようかな」
「うん。それでいい」
「あ、奉納といえば、明日にも奉納しようかとも思ってたイチゴが台所の冷蔵庫に入ってるんだけど」
「あ、じゃ取って来てよ。命(めい)の身体、寝たまま動かすから」
命(めい)は夢の中で部屋を出て台所に行き、冷蔵庫からイチゴの箱を取り出し、部屋に戻ってから、まどかに渡した。
「おお、あすかルビーではないか。これ適度に酸味があって好き。もらっていくね」
「うん」
「ね、ね」とまどかが顔を近づけて訊く。
「おっぱいのある身体をずっと使っている感想は?」
命(めい)は恥ずかしいことでもあるかのように少し視線をそらして答える。
「最高」
「ふふふ」
「おちんちんも外してあげようか?」
「それは理彩が遊んでるから、当面このままでいい。立たないけど立たないことをネタにして僕を責めるのが楽しいみたいだし」
「まあいいや、仲良くやりなよ」
「うん。ありがとう」
「あとさ、男の快感と女の快感とどちらが気持ちいい?」
「女の快感」
「即答したね!」
と言うまどかは楽しそうだった。
理彩たち3人は3月中はだいたい実家で過ごしていたのだが、3月中旬、4月から住む場所を探しに一度大阪に出た。
4月から理彩の母と命(めい)の母が1週間交替で大阪に出てきて、星の世話をしてくれることになっていた。そうなると、今までふたりが住んでいた1DKのアパートではとても無理なので、理彩と命(めい)が子育てしながら勉強もしなければならないことを考えると、理彩と命(めい)の部屋、星の部屋、母の部屋と3つは部屋が必要である。また、命(めい)は星の部屋に村の神社の分霊を祭り毎朝晩に祝詞をあげる計画を理彩に打ち明けていた。
「今年の祈年祭で踊りが10分しか続かなかったのは聞いてるよね」
「あ、うん。このままだと今年はとんでもない不作になるよ」
「宮司さんは滝行をして祈願してみると言っていたけど、僕たちも何かできないかと思ってさ」
「ちょっと待て。『僕たち』って、私もやるの?」
「そうそう。僕も祝詞覚えるから、理彩も覚えてよ。基本的には僕がするつもりだけど、どうしても朝夕に間に合わない場合もあるでしょ? そんな時に理彩にやって欲しいの」
「私は神様のことなんか分からないよ」
「ううん。僕と理彩だからできるんだよ、これは」
「なんで?」
「だって、僕たちが祝詞をあげる神様って」
とまで言って、命(めい)は理彩の耳に『まどかさんだからさ』と囁き声で言った。
「えーーーーー!?」
と理彩が声をあげるので
「しー!」
と命(めい)は唇に指を立てて言う。
「まどかさんって神様なの?」と理彩は小さな声で言った。
「気付いてなかった?」
「私、幽霊か何かの類いかとばかり」
「そんなこと言ってたら、枕が飛んでくるよ」
と命(めい)が言うと、枕が飛んできて理彩の頭を直撃する。
「痛! 分かりました! でも命(めい)、どうせ言うなら、もっと小さなものにしてよ」
「小さなものというと?」
「たとえばマニュキアの瓶とか」
と言うと、本当にマニキュアの瓶が飛んできて理彩の頭に当たる。
「痛たたたたた。こちらの方が枕より痛かった」
「クッションの効いたものでないとね」
「もう。了解。それなら私も頑張るよ」
そういう訳で、命(めい)と理彩は星を連れて不動産屋さんに行き、理彩の通学に無理の無いエリアで3DKのマンションを探したのだが、不動産屋さんが「一戸建てではダメですか?」と言い、見に行ってみると雰囲気が良かったし、星が「ここにして」と言ったので、そこを借りることにした。家賃は破格の5万円であった。家主さんが「もう取り壊そうか」などと言っていた古い物件だったので安く借りることができたのであった。但し数年以内に区画整理に引っかかる可能性があるとのことで、その時は速やかに退去する旨の誓約書も書いた。(区画整理の可能性があるので、家主も建て替えを躊躇していた)
雨の日は雨漏りしたが、これを直すのに屋根に登って瓦を調整したりして苦労した。階段の板がぐらぐらしていたのはさすがに危険なので大家さんに見てもらい、補強材を付けてもらった上で、板は釘で打って固定した。水道から出てくる水は赤錆びていたので浄水器を取り付けた。その他いろいろ工夫をして、何とか安全に暮らしていけるようにした。
そういう作業の一方で、理彩のアパートから荷物を移動し、そちらのアパートは解約する。そこまでの作業を終えてから、いったん実家に戻った。
3月27日。星の本来の出産予定日。理彩たちは実家で「もうひとつの誕生日だね」
などと言って、お祝いをした。そしてその晩、理が8ヶ月半ぶりに命(めい)の許を訪れて星の顔を見ていった。
理は古(いにしえ)からのルールで、あまり細かい説明ができないまま命(めい)とセックスしたことを詫びた上で、星をちゃんと産んでくれたこと、そして育ててくれていることに感謝した。
「この村の守り神は60年ごとに交替することになってて、その最後の年に祈年祭で踊った人間の女性と神婚して、次の世代の神様を作ることになっているんだ。僕は主神の座を去年で降りた。今年の祈年祭では新しい神様が踊ったよ。ただ、今度の神様は60年前に生まれた神様で、この村の人にかなり酷い目に遭わされてるんで厳しいぞ」
「10分で終わったっていって神職さんが嘆いていた」
「10分はうまく行った方だと思う。まあ、彼が暴走しないように僕も、そしてこの子も制御していくと思うけどね」
「神様は3人なんですね」
「そう。正殿に今の神様、西脇殿に先代神様つまり僕、東脇殿に次の神様つまり星が入る」
「60年前は何があったんですか?」
「あの時代はみんなの心がすさんでいたんだろうね。それに科学万能主義の時代で神様の子供なんて話を誰も信じてくれなかった。それで、ふしだらな女だとか言われて石を投げられるようにして母と共に村を追われてね。特に母親と交際していた男達がみんな冷たく追い出しに掛かった。それで生まれた神様も、ここには戻りたくないと言って那智に籠もってたんだよ。村に戻ったのは10年前のことで」
「でも昔酷い目に遭ったのなら、今歓迎してしっかり崇敬するといいですよね」
「うん。そうかも知れないね」
「10分で踊りが終わっちゃったという話を聞いた時から、思ってたのだけど、神社の分霊を大阪の新しい家に祭って、毎日朝晩祝詞をあげようかと思ってるんです。もちろん、お供え物もちゃんとして」
「それはいいかも知れないね。命(めい)は霊媒体質っぽいから祈りが円(えん)にも通じるかも知れないなあ。ただやり始めたら、絶対中断できないよ。君が死ぬまではずっと続けなければいけない」
「はい、それは覚悟してやります。今の神様は円(えん)さんなんですか?」
「うん。あ、僕は理(ことわり)。理科の理の字。円のお父さんは珠(たま)。数珠の珠って字ね」
「じゃ、珠さん・理さん・円さんの3人から、理さん・円さん・星さんの3柱体制に移行したんですね」
「命(めい)偉いね。自分の息子にも『さん』を付けるんだ?」
「神様としてなら敬称付けます。人間としてなら呼び捨てです」
「そのあたりが分かってるのならいい。しかし、珠さんは円のことで心労が激しくて。消耗しすぎて18年前に消滅してしまったんだよ」
「え?じゃ10年前に円さんが村に戻るまでは、理さんが一人で村を守っていたんですか?」
「正直しんどかった。どうにも大変な時は円も来てくれていたけど、年に数回かな。円が村に戻ってきてくれてからは凄く楽になったよ」
「でも、よほどのことがあったんでしょうね」
「円はね。。。。元々は母親に怨という名前を付けられたのだよ。怨(うらみ)という字を書いて『えん』と読む。」
「それはひどい」
「出生届も出さず、育児放棄されて人間としての肉体は1歳になる前に死んでしまった」
「わあ」
「母親がその子を産んだことで、ひどく周囲から責められて、村から逃げ出したんだけど、名古屋でホステスとして働いている時、子供に全然ミルクも何もあげてなくて」
「餓死ですか」
「それに近かったみたい。それどころか、自分のストレスをかなり子供にぶつけてて暴力もふるっていたみたい」
「ほとんど殺人ですね」
「だから、あの子は母親に凄い怨みを持っていたよ。最近はおとなになったのかなあ。あまり酷く言わなくなったけど。そういう訳で、怨みって字はあんまりだから、本人が同じ『えん』と読む字で丸の方の円に変えた。彼と言っちゃったけど、男性体の時は円(えん)と自称してるけど、女性体の時は同じ字を訓読みして円(まどか)と自称してる。命(めい)とあるいは通じやすいかも知れないなあ。あいつ女性体でいる時の方が多いから」
「へー」
「命(めい)って女装好きだよね。僕もしょっちゅう見てた訳じゃないけど、たまに見るといつも女の子の服を着てた」
「あ〜ん、神様にまで言われちゃった。友だちみんなからそう言われるんですよね〜。僕、夏頃まではほとんど男の子の服着てたんだけどなあ」
「恥ずかしがることないよ。自分の性別だもん。自分で決めればいいんじゃない? 好きな方で生きればいいんだよ」
「そうなのかもなぁ・・・・」
「もし命(めい)がずっと女の子の身体でいたければ変えてあげるけど」
「いや、いいです、いいです」