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■△・第3の女(16)

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千里1は9月16日に信次と婚約してしまったので、貴司に手紙を書き、もう会わないようにしようと伝えた。貴司も千里と切れる自信は無かったものの、千里を放置して他の女性との結婚生活を続けている負い目があるので、それを受け入れた。ただ千里が「返したい」と言って送って来た、いつも携帯に付けていた金色のリングの付いたストラップは「これは持っていて欲しい」と言って、千里に送り返し、千里1も「じゃ持っておくけどしまっておく」と電話で伝えた。
 
ちなみに千里1はティファニーの指輪とアクアマリンの指輪、それに2つの結婚指輪が見つからず、おかしいなとは思ったものの、本人も色々物忘れが激しい(と桃香などから言われる)のを認識しているので、いったん返したんだっけ?などと考えていた。
 
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ところで千里が返送したものの貴司が送り返した金色のリング(酸化発色ステンレス)が付いた携帯ストラップであるが、これはこのような状況にあった。
 
0番が持っていたT008に取り付けてあった携帯ストラップはT008と一緒に黒焦げになったので、千里1(この子はT008を持っていなかった)は0と合体した後、その黒焦げのストラップをiPhoneに移しておいた。5月に貴司とデートした時に貴司が気づき、新しいのを作って6月のデートの時に千里1に渡した。
 
ところがこのストラップも7月4日に事故に遭った時、iPhoneが過剰電流で壊れたのと一緒に再度黒焦げになってしまった。しかし千里1は事故の後で一時的には貴司のことまで忘れていたので、黒焦げの指輪状のストラップは取り外して机の引き出しに放り込み、その後に羽衣からもらったリスのストラップを取り付けた。
 
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普通ならストラップが黒焦げになるほどのことが起きたら本体も行かれているはずと思うところだが、それに気付かないのが機械音痴たるゆえんである。
 

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なお貴司とその後デートするのは千里3に交替し、千里3のストラップは元々無事だったので、貴司は自分が6月に贈ったストラップが黒焦げになっているとは夢にも思わなかった。
 
ところが9月18日に千里から送られて来たストラップは黒焦げになっていたので貴司は困惑する。一体何をしたらまたこうなるんだ!?と思ったものの、「これは付けなくてもいいから持っていて欲しい」と言って返送する時に、再度新しいものを作ってもらって(関連会社で製造しているので、工場に直接頼むと、すぐ作ってくれる)その新しいストラップを千里に返送したのである。
 
9.16 千里1が川島信次と婚約
9.17 千里1が青葉・朋子などに電話して信次との婚約を伝える。貴司に手紙を書く。
9.18 夕方、貴司が手紙を受け取る。
9.19 工場に電話で製造依頼。
 
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9.20 貴司が工場でリングを受け取り自分でストラップに加工。「君の婚約は受け入れるけどこのリングは持っていて欲しい」という手紙と一緒に送る。
 
9.21 千里1が返送されたストラップを受け取り、受け入れることにする。きれいになっていたのでクリーニングしてくれたのかな?と思った。
 
(被覆が焦げたステンレスは磨いたら被覆が取れて銀色の表面が露出してしまい、元の色は復活しないが、それも千里1は分かっていない)
 

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そして9月22日、“千里3”は貴司にわざわざメールした。
 
《悪いけど、明日は日本代表の祝賀会に出ないといけないから、明日のデートはパスさせて》
 
貴司は首をひねった。
 
つい数日前「もう会わないようにしよう」というやりとりをしたばかりなのに、このメールでは、会えないのは今月のみのような雰囲気である。それで貴司は来月はどうなるのだろう?と疑問を感じたのである。
 
なおこの9月23日、千里2は親友の琴尾蓮菜(葵照子)と長年の恋人である田代雅文との決婚式・祝賀会に出席していた。それでこの日は実際に“誰も空いていなかった”のであった。
 
翌日9月24日には貴司の母・保志絵が、千里の結婚問題について貴司に事情を聞くため大阪に出てくるのだが、貴司は自身千里の意図が分からなくなっていたので、保志絵から訊かれても全く要領を得ない答えに終始し、保志絵を困らせた。
 
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ただ保志絵は貴司が自分のスマホにちゃんとリング状のストラップを付けていたのを見て満足した。
 

9月21日(木).
 
“千里”の代わりにJソフトに女装で勤めている《せいちゃん》は出先から会社に帰りがけ、5月に自動車学校の寮で一緒になった佐倉三奈という女性と遭遇、少しお茶を飲んで話した。
 
春に自動車学校で会った時、彼女は夫と離婚したので運転免許が必要になり取りに来たと言っていた。その離婚理由が、夫が女装者で、しかも性転換を望んでいると知り、自分はレスビアンではないので、女性との夫婦生活はできないと言って別れたものらしい。別れた後、元夫はすぐに去勢手術と豊胸手術を受けて、女として生活するようになり、まもなく性転換手術も受けたという。
 
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ところが元々嫌いで別れた訳でもなく、浮気とかでの破綻でもないのでふたりは友人としての交友が続いて行った。また娘たちは実は父親の女装を小さい頃から見ていたらしく、フルタイム女として暮らし始めた父親と普通に接し、そちらの家で泊まったり、お小遣いをねだったり!して仲良くしていたという。
 
そして三奈さんは夏に交通事故を起こして入院したが、その元夫がずっと入院中付き添い、色々お世話もしてくれた。それで三奈はまた彼(彼女)のことが好きになってしまい、ついに再婚したということだった。
 
「それはおめでとうございます」
 
しかし再婚出来たということは、元夫は戸籍上の性別をまだ変更していなかったのだろう。そして結婚した以上性別は変更出来なくなる。性より愛を取る選択である。
 
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「ウェディングドレス同士の記念写真なのよ。恥ずかしかったぁ」
と三奈さんは言っている。
 
「最近多いから問題無いと思いますよ」
と《せいちゃん》は言った。
 
「それでさ・・・・私女同士の夜の営みにハマっちゃったかも」
などと大胆なことを言うのは、こちらが女だと思って気を許しているのだろう。
 
「女同士だとツボが分かりやすいともいいますしね」
「そうなのよ。終わりが無いから朝までやってたりして。あの人が男だった時もあんなに気持ちよくなれなかったのに」
「元々男性として弱かったのもあったと思いますよ」
 
「あ、そうかもね!」
「愛は性別を超えるんですよ」
 

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そんなことで《せいちゃん》は早く会社に帰らなきゃいけないんだけど、などと思いながらも三奈と1時間くらい話していたのだが、唐突に彼女が言った。
 
「そうだ。宮田さん、ソフトハウスにお勤めでしたね」
「はい、そうですが」
「夫が校長を務めている音楽学校で簡単なソフトを作れないかという話があって。相談に乗ってもらえないかしら」
「いいですよ」
 
(三奈は「簡単な」と言ったが全然簡単ではなかった。三奈はコンピュータのことは全然分からないようである)
 
それで《せいちゃん》は社長に電話して営業の話があるので取り敢えずまずは話だけ聞いてくると言い、彼女の夫という人に会うことにしたのである。
 

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彼女の夫の勤め先というのは、横浜市郊外にあるSF音楽学院という所であった。校長をしているその夫は、物凄い美人でドキッとする。三奈の夫であれば50代と思われるが、見た目はまだ30代でも通る“美魔女”である。
 
「どうも妻がお世話になりまして」
とにこやかな笑顔で言う声はふつうの女性の声である。メゾソプラノだ。すげー!やはりこういう人が時々いるんだよな、と思って《せいちゃん》は見ていた。
 
向こうが「SF音楽学院校長・八重美城 (Yae Miki)」という名刺を出す。名前は改名したのだろうか。こちらも「Jソフトウェア・システム開発部係長・村山千里」の名刺を渡す。
 
「あれ?宮田さんとおっしゃいませんでした?」
「宮田は戸籍名なんですよ。私は里親に育てられたので、ふだんは里親の苗字の村山を名乗っているんです。免許証は戸籍名で取らないといけないからそれで自動車学校にも通ったのですが」
 
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「なるほどですね」
 

性別変更問題については、性別を変更したいからといって、オーナーに辞表を提出して、退職してから性転換手術を受けたのだが、退院して3ヶ月ほど療養していたら、自分の後任の校長が急死して、それで性別のことは気にしないから、またやってくれないかとオーナーから頼まれ、復職したらしい。
 
「まあ生徒たちから随分からかわれましたけど、開き直っています」
と本人は言っていた。
 
物腰の柔らかい人である。この人なら生徒からも人気だろうなと《せいちゃん》は思った。
 
それで美城校長から頼まれたのは
 
「生徒の歌や演奏をその場で楽譜に変換するソフトが作れないかと思いまして」
ということだった。
 
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「その手のソフトはけっこうありませんか?」
「出来合いのソフトはあるのですが、必ずしも変換効率が良くないのですよ」
「なるほど」
 
「特に数人で合唱したり合奏していたりすると、滅茶苦茶になることが多くて」
 
「それは楽器判定がうまく行ってないのでしょうね。特に伝統的な楽器だけを想定している場合、ソフト側が持っている楽器音特性のデータベースに最近のシンセベースの音が当てはまらなくて、誤判定することがあると思います。楽器を誤判定してしまうと、音高も誤るのですよ。たとえばトランペットの音って、基音より倍音の方がボリュームがあるんです。それをたとえばオルガン音などと誤認識すると、結果的に音高判定も誤ることになります」
 
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と《せいちゃん》は説明した。
 
「あなたお詳しいようですね!」
「実は昔、シンセサイザの開発に携わったことがあるので」
 
それはもう30年以上前、FM音源が普及し始めた頃の話である。当時《せいちゃん》は大手楽器メーカーの研究所にいた。実はそのメーカーのシンセサイザのFM合成プログラムのコア部分を彼が書いている。
 
「そういう方なら心強い。ぜひもう少し詳しい話なども聞いてお見積もりなどして頂けないでしょうか?充分な予算を取りますので」
 
「分かりました。今日はもう遅いので、また明日以降あらためて詳しいお話をいただけませんか?」
「ええ。では明日にでも」
 

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《せいちゃん》はいったん会社に戻り、山口龍晴社長に相談した。
 
「それはむしろ君にしかできない仕事だと思う」
「そうなんですよ。○○建設の仕事もこれから制作が本格化するのに」
 
社長はしばらく考えていたが、
「溝江君」
と言って、今年の春入社したばかりだがひじょうに優秀なSEである溝江旬子を呼んだ。
 
「実は村山君が中心になってまとめた○○建設の仕事なんだけど、彼女が向こうの担当者と婚約してしまってさ」
「はい、凄いロマンスですよね」
 
「それで、やはり個人的な関係があると、彼女が指揮を執るのは、色々やりにくい面もあるし、このプロジェクトは君が主として設計書を書いてくれないかな。それに村山君は3月で退職する予定だからその後のメンテの問題もあるし」
 
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「分かりました!ぜひやらせてください」
と溝江さんは笑顔で言った。
 
それで川島信次の会社のシステムの開発は(基本設計が終わったこの時点で)“千里”は名前だけのリーダーとなり、詳細設計・作り込みについては、サブリーダーの溝江旬子が中心で進めることになって、《せいちゃん》はSF音楽学院のシステムを担当することになる。
 
このシステムは10月いっぱい打合せをしながら試作品を動かしてみて、その試作品の成績がよかったので正式に契約、11-12月でほぼ組み上げた。このプロジェクトは他にこういう処理を理解出来るSEが居なかった(だいたいみんな「フーリエ変換」ということばを聞いただけで頭が拒絶反応を起こし、積分記号(∫)を見ただけで目がゲシュタルト崩壊?するらしい)ので、《せいちゃん》がほぼ1人で書き上げた。使用言語はC++であるが、一部は C++ / C では書けない処理があり、アセンブラも使用している。
 
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1月から正式運用を始め、数回調整的な修正をしたものの、大きな問題点は無く動いていた。音階については、西洋音階・和音階(ピタゴラス音階)を事前設定しておく。移調楽器については実音でも通常の記音でも出力できる。三味線は西洋風の五線譜でも文化譜でも出力出来る。重唱については自動判定でもいけるが、事前に声登録をしておくとより正確にパート分離ができる仕様にした。合唱の訓練を受けている人の声は画一的なので苦労したが、うまい判定方法を思いつき、何とかなった。
 
一卵性双生児のデュエットだけは事前の声登録をしておいても、どうしてもうまくパート分離ができず《せいちゃん》も解決策を思いつかなかった。生徒に一卵性双生児の19歳女子がいたので実験台になってもらったのだが、ソフトは一応高音パートと低音パートに分離するものの、歌い出しタイミングが違ったり、両方のパートが違うリズムで歌う所がどうにもならなかった。更に両パートの高低が逆転する部分は完全に逆分離してしまった。この2人が「カエルの歌」を輪唱した音源はお手上げ\(^−^)/だった。
 
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八重校長も「これは人間でも難しいから仕方ないですよ」と言っていた。実際高低逆転する部分は正しく分離するのが原理的に不可能ではという気がした。音楽理論を援用すれば(気の遠くなるような膨大なロジック追加が必要だが)ある程度の推測は可能だが、それでも万能ではない気がした。
 
ところで“千里”は2018年春に退職する予定だったので、その後のメンテをどうしようかと思っていたのだが、偶然にも2018年春に新卒で入るSE候補生が、物理学科の出身かつバンド活動の経験もあり、解析学にも音楽理論にも強かったので、彼がその後のメンテを引き継いでくれることになり《せいちゃん》もホッとして退職することができた。彼もフーリエ変換の本を読み直して復習していた。
 
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このシステムの開発のきっかけとなった、2017年9月21日の《せいちゃん》と八重三奈の遭遇を演出したのは千里3の指令を受けた《わっちゃん》であった。
 
 
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