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千里2はこの時冬子から、別の相談も受ける。
今年は新しいアルバムは締め切りが厳しいことから埼玉県熊谷市の山林の中にポツンと建てられたものの全く入居者が居ないで放置されているマンションをまるごと借り切って籠もり、短期決戦で集中して制作をしようと思っているのだが、入居者がいなかったマンションというのは霊的に問題が無いだろうかというのである。千里2は現地を見たいと言い、翌日6月17日に最寄り駅で会うことにした。
そして千里2はこの処理を《きーちゃん》経由で千里1に依頼した。
千里1は実は帰国した後、大阪に行って貴司とデートしていたのだが、どっちみち18日から合宿があるので東京に戻らなければいけないしというのでデートを1日早く切り上げて東京に戻り、17日午前中に熊谷駅で冬子と待ち合わせ、現地入りした。
実際の土地を見て腕を組む。
ここは雑霊の溜まり場になっているのである。山林の中に唐突に開拓された土地で、このように“空いている場所”にはそれを埋めるようにモノが集まりやすい。
千里は「いったん引き上げて準備してくる」と称して冬子と別れる。
千里1は《こうちゃん》と《りくちゃん》に命じてこの領域と熊谷市街地を結ぶ道路の途中を遮っている、お寺の結界を部分的に破壊して風穴を開けてしまった。これで土地に溜まっていた雑霊が外に排出されるようになる。
その上で《くうちゃん》に頼んで《りくちゃん》を佳穂さんの所に飛ばし、結界作成用の特殊な合金の珠とその上に植える“無花粉杉”の苗木を4本、セットで購入した。代金の700万円は即現金で支払った。この代金は震災で壊れた寺社の復興用に使われる。「唐本冬子」名義の領収証ももらった!
一方《こうちゃん》には熊谷市内で軽トラを調達させ、《りくちゃん》が出羽から持って来た“結界作成キット”を乗せる。それで再度冬子と落ち合った。
冬子と一緒に現地に入り、土地の四隅に珠を埋め、その上に杉を植えて、人が近づかないように周囲に手摺りも作って囲った。《こうちゃん》と《りくちゃん》が手際よく作業するので冬子は感心していた。
四隅ともきちんとした上で千里はその空間に結界を発動させた。その上で内部の雑霊はふたりに全部処分させてしまう。これでクリーンな領域が完成した。
そういう訳でこの結界を作るのには実費700万円+ふたりの眷属の労賃が掛かったのだが、冬子は費用がよく分からないようだった。こちらが実費の700万円でいいよと言ったので冬子は「1000万円払うね」と言って払ってくれた。それで千里は岩手県の某神社名義の700万円の寄付証明書(兼領収書)を冬子に渡した。「これで少し税金安くなるよ」と千里が言うと、冬子は目を丸くしていた。
千里1はこの処理をした後、後片付けは《こうちゃん》《りくちゃん》に任せて新幹線で東京に戻り、そのまま合宿所に入った。
7月4日、その千里1が超能力者同士の戦闘に巻き込まれて東京駅で死亡する事故が起きる。千里1は死亡直後に小春・青葉・千里2・千里3の連携プレイで蘇生した。蘇生はしたものの、代償は大きく、小春は実質千里の身代わりになるような形で死亡。千里自身、全ての霊的能力を失い、記憶もかなり失い、眷属たちとのコネクションも全部切れてしまった。バスケットの能力も大きく低下し、代表落ちを宣告される。
千里がいったん死亡したことは眷属たちの間に議論を巻き起こす。
彼らは「千里が死ぬまで守れ」と美鳳から命令されている。
千里は死亡した。
だったらこれで自分たちに課せられた命令は終了したからただちに出羽に帰るべきだ、という意見が出たのである。それに対して、千里は生き返ったのだから、命令は継続しており、引き続き千里を守護すべきだという意見も出た。
美鳳に尋ねる手もあるが、実際に尋ねたら美鳳は「命令通りにしなさい」としか言えないだろう。それは美鳳の意志で勝手に原則は変えられない問題である。帰還後に千里守護チームが再度編成されたとしてもメンバーは大半が入れ替えになるだろうし、そもそも彼らが千里から全員離れた場合(一時的な不在ではなく完全分離した場合)、千里がそれを原因として死亡あるいは消滅する可能性もある。
そういった背景もあり「千里は一瞬死んだように見えたかも知れないが、すぐ蘇生したから、外科手術のために一時的に心臓を停めたのと同じで、千里は継続して生き続けている」という主張をする者もあったのである。実際問題として千里はひどい不整脈を抱えており、千里の心臓はわりと簡単に停まる!心臓が停まっても千里が平気で動き続けていて「あ、心臓動かさなきゃ」と言って自分で再起動したりするのは、実は眷属たちの理解を超えている。
議論は収拾がつかず、最終的にはリーダーの騰蛇の決断でこのように決めた。
・3年間待ってみよう。自分たちは数千年の寿命を持っているから、3年は誤差の範囲であり、帰るのがその程度遅れても命令違反にはならない。
・3年間の間に千里が記憶を取り戻し、霊的な能力を取り戻し、自分たちとのコネクションも回復させて美鳳の所に行ったら、美鳳は恐らく自分たち千里の守護チームが継続していることを確認してくれるだろう。
・3年待っても千里が霊的能力を取り戻せなかった場合は、出羽に帰還しよう。(千里は死亡あるいは消滅するかも知れないが、やむを得ない)
そういう訳で眷属たちは、千里とのコネクションが取れないまま、千里の守護を継続することになったのである。
なお、この時点で“千里2”“千里3”の存在を知っていたのは、貴人(きーちゃん)と朱雀(すーちゃん)だけである。貴人は千里2・千里3から示唆されて気付いたし、朱雀は早い時期に気付いていた玲央美から教えられた。勾陳(こうちゃん)や白虎(びゃくちゃん)たちどころか美鳳も全く気付いていなかった。千里分裂の黒幕?丸山アイ(虚空)は勾陳に教えてあげても良さそうなものだが、彼女は「教えない方が面白そう」と思って教えなかったのである。
7月8日(土)、アクアのマネージャーに前日付けで就任した四谷勾美は朝からアクアの住んでいるマンションを訪問した。新しいマネージャーが決まったから明日の朝、仕事の現場への移送を彼女に頼むからと、コスモス社長から連絡を受けていたのだが、実際にやってきた四谷を見て、アクアは顔をしかめた。
「私がアクアの新しいマネージャーになったから、よろしくね」
と言って四谷は名刺をアクアに渡した。
「こうちゃんさん、何の冗談ですか?」
とアクアは口をとがらせて言う。
「実は千里のお世話は2−3年休みになったんだよ。だからしばらく、お前に付いてて色々助けてやるから」
と《こうちゃん》はすぐに男言葉になってしまった。
「鱒渕は流されやすいから充分アクアを守ってやれなかった。板挟みになってストレスを溜め込んだ。俺は簡単にはめげない。お前を守るために全力を尽くす。俺、弁も強いから。海千山千だしさ」
と《こうちゃん》は言う。
アクアはため息を付いた。
念のため《わっちゃん》と直信で会話すると、彼女は
『万一この人が龍ちゃんに変なことしようとしたら私が身をもって守るから、彼の提案は受け入れていいよ』
と言ったので、《こうちゃん》の話に乗ることにした。
「ちょっと自分だけでこれキープしていくのは結構大変だと思い始めていたんですよねー。こうちゃんさんに助けてもらうと、もっとうまくできそう」
とアクアは言うと、居間と寝室の間の障子を開けて声を掛けた。
「出ておいでよ」
それで出てきた2人を見て《こうちゃん》は驚愕した。
「お前ら誰!?」
アクアが3月頃から分裂しはじめ、4月に完全に3人に分かれてしまったということを説明すると、《こうちゃん》は
「人間が分裂するなんて、初めて聞いた!」
と驚いていた。
「しかし3人いるなら好都合だよ。交替でお仕事すれば負荷が半分くらいに減らせる」
「なんで3分の1じゃないんですか?」
「負荷がありすぎて、省略していた部分をきちんとできるからな」
「それって仕事が増えるということでは?」
「歌やセリフの練習とかも充分できてなかったのが、ちゃんとできるようになるだろ?」
「あ、そういうのはあるかも」
「ドラマはMが女役してFが男役すればいいな」
「それ逆では?」
「あ、間違った」
と言ってから
「Mにも時々女役もさせてやるな。女装好きだろ?スカート穿きたいだろ?」
などと言っている。
取り敢えず目の前に迫った夏のツアーは日替わりで歌うことにし、アクア自身が(実は《わっちゃん》と一緒に)練っていた計画表を《こうちゃん》も追認し
「この計画はよくできている」
と褒めていた。
7.15(土)大阪 M
7.16(日)名古屋 N
7.17-20 映画撮影 F/M
7.22(土)沖縄 N
7.23(日)福岡 F
7.24(月)off
7.25(火)広島 F
7.26(水)高松 M
7.27(木)off
7.28(金)off
7.29(土)苗場 F/encore:N
7.30(日)off
7.31(月)長岡 N
8.01(火)小松 M
8.02(水)off
8.03(木)仙台 N
8.04(金)off
8.05(土)札幌 M
8.06(日)東京 F
この“分担演奏”をすると実は予約すべき乗車券・航空券が全く異なる。アクアが1人であれば、例えば長岡→小松→仙台→札幌と移動しなければならないのが、分担しているので、N:長岡→仙台
M:小松→札幌
というチケットになる。その点を《こうちゃん》が指摘したら、全部チケットを自分で取り直したと言って、チケットの束を見せたので「お前ひとりでよくやったなぁ!」と言って褒めた。(実際には《わっちゃん》がしてくれた)
千里2は春に依頼していた上島雷太に関する調査報告を受けた。
上島雷太はこの春に、自分はなかなかフォローができていないから、江戸娘のオーナーを誰か代わってくれないかと言った。それでローズ+リリーのマリが引き受けることになったのだが、その際、深川アリーナを作った時の出資金も肩代わりして欲しいと言った。上島が出資したのは12億円で、これはマリには負担できないので、千里が肩代わりをした。この結果、深川アリーナの運営会社での千里の出資率が46.6%になった(27億÷58億=0.4655)。
千里は上島の資産は数千億と思っていたので、“12億円程度のはした金”の肩代わりを求めるのは変だと思った。それで弁護士に上島雷太の主として経済状態に関する調査を依頼していたのである。
弁護士の報告によると、上島の経済情勢はかなり悪化しているらしい。
・彼の収入を支えていた大物歌手が相次いで引退したり、彼の手を離れて独立したりしていて、大きな収入の柱が無い。
・各地に持っていた別荘も全て売却済み。
・女性関係のトラブルで手切れ金を渡して別れるということを頻繁に起こしている。奥さん(春風アルト)との離婚は時間の問題と言う人もあり、もし離婚した場合は慰謝料は恐らく30億円か50億円ほどと考えられるが、彼はそれを払えないかも知れない。
・黒い噂のある政治家(T都議・S代議士)と頻繁に会っている。
話を聞いた千里2は、この問題は深刻だと考えた。
もし上島が行き詰まり、たとえば破産したりした場合、あるいは女性関係が元になって離婚した場合、一定期間謹慎することになる可能性が高い。しかし上島は現在日本国内で新発売される歌の恐らく2割くらいを1人で書いており、彼の活動が停止すると、楽曲を確保出来ないアーティストが大量発生し、不祥事であれば過去の彼の楽曲も演奏できないという事態になって、演奏できる曲が無く巻き添えで活動停止に追い込まれるアーティストが続出する。
すると中にはプロダクションやひょっとするとレコード会社で倒産に追い込まれるところも出る可能性がある。
楽曲の作り貯めが必要だ、と千里2は思った。
そこで千里2は《きーちゃん》を通じて、作曲ができないと悩んでいた千里1に“埋め曲”の制作をさせてみた。
すると霊感を失っていても、長年作曲活動をしてきたことから、“埋め曲”のレベルの曲なら、わりとスイスイ書けることが分かった。それで千里は新島と会って、
・事故の後遺症で今創造的な曲が書けないが、埋め曲レベルなら書けるので、そういう曲を多く回してくれないか。
・自分の友人で琴沢幸穂という女性がひじょうに優秀な曲を書くので、彼女を使ってもらえないか。
・私自身、このあと海外出張が多くなるので、私と琴沢の共通の友人である天野貴子を連絡役として使って欲しい。
といったことを申し出た。実際に琴沢幸穂が書いた曲を見せると
「いい曲書く子だね!いいよ。じゃしばらくは千里ちゃんはリハビリということで」
と言って、新島はこれを認めてくれた。
それで千里2・千里3の作品を架空の作曲家・琴沢幸穂の作品として出していくことにした。そして自身でもできるだけ多くの作品を書くのと同時に天野貴子こと《きーちゃん》から千里3への楽曲発注量も増やしたのである。
千里2は冬子にも「自分は調子が悪くてあまりいい作品が書けないけど、後輩の琴沢幸穂という作曲家がいい作品を書くので使ってほしい」と言い、琴沢幸穂名義の『フック船長』という曲を見せた。冬子は「この人凄いね!」と言って、この作品を製作中のアルバム『郷愁』に入れてくれた。
そうやって千里は“醍醐春海”が復活するまで、琴沢幸穂を前面に出していくことにしたのである。
千里2は《きーちゃん》にオフィスが必要だと考え、彼女の専用車ホンダ・シャトルの置き場所も兼ねて、北千住に駐車場付きのワンルームマンションを借りることにした。駐車場代込みで家賃7万円である。
千里2は「また住所がひとつ増える」とぶつぶつ言っていた。
ともかくも、新島さんからのFAXや郵便物の宛先もここにしたし、千里1・3からの作品納品もここに設置したパソコンやFAXに送ってもらうことにした。