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■△・第3の女(11)

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四谷勾美はアクアのツアーを目前にして、紅川とコスモスに「申し訳無いが、苗字を変更したい」と申し出た。
 
「四谷は父親の苗字なのですが、その名前だと過去に三條みゆきや花村かほりを担当していたので、そのイメージがつきまとうかも知れません。アクアちゃんは三條たちとは無関係ですし、新しい気持ちで仕事をしたいので、母親の旧姓の山村を名乗りたいのですが」
 
「ああ、それは構いませんよ。ではすぐ山村勾美の名刺も作らせますね」
と紅川は言った。
 
彼女はその時点で残っていた四谷勾美の名刺を返却したので、そちらの名刺を受け取ったのは20人くらいに留まり、全員にあらためて山村勾美の名刺を渡した。2度名刺を受け取った人が
 
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「離婚か何かなさったんですか?」
と訊くと、山村は
「いえ、姓転換したんです」
などと言っていた!?
 

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アクアは鱒渕のことについても《こうちゃん》に相談した。これを相談することにしたのは、千里が『こうちゃんのお友だちに凄いパワーを持っている人がいるから頼んでみて』と言っていたからである。
 
そんなこととは知らない《こうちゃん》は、前任者への挨拶も兼ねて行ってみようと言い、夜中、アクアFを自分のゴルフに乗せて病院まで行ってみた。
 
《こうちゃん》は鱒渕を見た瞬間、『こいつ後1月ももたないのでは』と思ったが、アクアの手前そういう表情は出さない。あくまで笑顔で
 
「アクアちゃんのマネージャーをさせて頂くことになりました四谷です。鱒渕さんにはとても及ばないと思いますが、頑張りますのでよろしくお願いします。早くよくなってくださいね」
 
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と言った。それで30分ほど話していたが、鱒渕の方は内心『この人凄いし、物凄くパワフル。女性でここまでパワフルな人って珍しい』などと思っていた。結局この日、鱒渕は四谷の性別には全く気付かなかったのである。
 
《こうちゃん》は翌週はアクアMを連れてお見舞いに行ったが、その時もまだ鱒渕は四谷の性別には気付かず、普通の中年女性だと思い込んでいた。
 

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千里2と《きーちゃん》は話し合い、千里3を緊急帰国させることにした。あくまで“千里”には日本代表でいてもらわないと、千里のアメリカでの活動、フランスでの活動に支障があるのである。
 
それで千里2から指令を受けた絵姫は7月12日朝(日本時間では午後)、千里3のアパルトマンを訪れると
 
「急に申し訳無いのですが、非常事態が起きたので緊急帰国して欲しいんです」
と言った。
 
「いつですか?」
「今から」
「え〜〜!?でもチームには」
「私が伝えておきます」
「部屋の掃除が・・・洗濯物が・・・」
「私がやっておきますから」
 
それで絵姫は千里のイビサを運転して千里をマルセイユ空港まで連れて行き、航空券を渡して飛行機に乗せたのである
 
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MRS 7/12 7:10 - 8:40 CDG 13:35 - 7/13 8:20 NRT
 
成田に着いたらナショナルトレーニングセンターに行って下さいという連絡が入っていたので千里は、やれやれと思いそちらに向かう。数日前に代表落ちさせた千里とはまるで別人にように力強い雰囲気を持っている千里を見た日本代表のスタッフは、すぐに千里を代表復帰させた。
 
それでこの後、2020年1月までの2年半の間、千里3が日本代表およびレッドインパルスの1軍選手として活動することになるのである。そして千里2はアメリカのWBCBLとフランスのLFBを掛け持ちして活動していくことになる。その間、千里1はレッドインパルス2軍選手“村山十里”(背番号66)として活動を続けるのだが、レッドインパルス関係者は“村山十里”は2017年春の落雷を発端として生じた、村山千里の二重人格と思っていた。それが別人?であることに気付いていたのは佐藤玲央美くらいである。
 
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千里3は日本に帰国した後、そのままナショナルトレーニングセンターでの合宿に入り、7月19日にはアジア選手権のためインドのバンガロールに渡った。インドからの帰国予定は7月31日である。そういう訳で用賀や経堂には全く寄らないままであった。着替えや作曲関係の道具は《きーちゃん》が持って来てくれた。
 
《きーちゃん》は千里3に言った。
 
「千里、これまでも時々思っていたんだけど、用賀のアパートって、Jソフトへの通勤には便利だけど、レッドインパルスの練習場最寄りの武蔵中原駅に行こうとすると、溝の口駅で乗り換えないといけないから不便じゃん。南武線沿いに適当なアパートを確保したほうがいい気がするんだけど」
 
なるほどね〜。そこを私専用の住処にすれば、1番との遭遇確率も減る訳だ、と千里3は内心思ったものの、1番の知らない住処があればこちらも楽である。それで彼女に言った。
 
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「じゃ適当なアパートをインドからの帰国までに見つけておいてくれない?アテンザを置ける駐車場と一緒に。部屋は私ひとり暮らせばいいからワンルームとかでもいいけど、楽器の音を鳴らせるところがいいな」
 
「了解。じゃ見つけておくね」
 
「あ、用賀のアパートはどうする?」
とわざと訊いてみる。きーちゃんは一瞬焦った表情をしたものの
 
「あそこは女装OLの青龍が帰って寝る場所としてそのままにしておいていい?」
と言った。
 
「うん。いいよ。そうだ、本当の女の子になりたくなった時のために自動性転換機も置いておく?」
と言って《きーちゃん》に箱を渡す。
 
「どこからこんなものが!?」
 
そういう訳で《きーちゃん》は千里に擬態して川崎市内の不動産屋さんに行き、津田山駅近くに、駐車場付き2LDK(洋室15m2+25m2)のオートロックで楽器OKのマンションを確保した。家賃は駐車場代まで入れて16万円である。
 
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2017年7月18日(火)大安。
 
千里が千葉市の千城台に建てていた新体育館が竣工した。ここは元々ローキューツが房総百貨店から借りて練習に使用していた体育館が建っていたのだが、同百貨店の倒産に伴い、千里が管財人から適正価格で買い取り、買ったついでに体育館を建て替えることにして昨年から建設工事を進めていたのである。
 
工事は古い宿舎が建っていたのを壊して、そこと駐車場の土地を合わせて使用して新体育館を建て、その後、旧体育館を崩すという方式で進めてきた。それで新しい体育館が完成したので、この後旧体育館の取り壊しに掛かることになる。
 
ここで体育館の所有者である千里は“公式”には日本代表の合宿中であり(明日アジア選手権のためインドに発つ予定)、ローキューツのオーナーである冬子はアルバム『郷愁』の制作で死んでいたので、竣工式を取り仕切ったのは、千里の会社フェニックストラインの常務である若葉であった。
 
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《こうちゃん》は鱒渕が今にも死にそうだが、彼女が死ぬと龍虎が悲しむだろうなと思い、虚空が所持している《何にでも効く薬》をくすねてこようと思い、彼女のラボに侵入しようとした。ところが虚空は在室していたので、結局彼女に事情を話し、薬をもらえないかと言った。虚空は
 
「ボクはそんな女が生きるか死ぬか、知ったこっちゃないけど“ボクのおもちゃ”が悲しむのは見たくない」
と言って薬を渡してくれた。
 
この薬は日々虚空が改良を続けているもので、以前2013年に《こうちゃん》が使った頃は50%の確率で即死、10%の確率で性別が変わるという代物だったが、現在は即死確率は10%、性転換確率15%程度になっているらしい。
 
「性転換確率が以前より増えてません?」
「以前って?」
と虚空が訊くので《こうちゃん》は『あわわ』と焦る。
 
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「以前は性転換して死んでいたのが死ななくなっただけかな」
「なるほどー!」
 

7月27日(木).
 
高松公演の翌日、《こうちゃん》はアクアNを伴って見舞いにかこつけて病院を訪れるが何だか人が多い。それで鱒渕の家族を医者に病状説明を聞くというので遠ざけ、高村友香に車までCDを取りに行かせ、アクアにも何か用事を言いつけようとした所で、察したアクアNは自主的に席を外した。
 

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《こうちゃん》は鱒渕水帆に尋ねた。
 
「水帆ちゃん、あんた生きたい?」
 
水帆は少し考えてから答えた。最初はすぐ退院するつもりでいたのが、なかなか退院させてもらえないし、色々強そうな薬を投与されてむしろ副作用が辛い。自分は死ぬのかも知れないと思い始めていた。水帆は言った。
 
「生きていたい」
 
「だったら自分が生き延びていくというイメージを強く持って」
「はい」
「それでこの注射打っていい?」
 
水帆は5秒ほど考えてから答えた。
「お願いします」
 
それで山村は水帆の腕に注射をした。
 
「この薬は本人が強く生きたいという希望を持っていれば症状を劇的に改善する。しかし絶望している人はすぐ死ぬ」
 
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「私は生きたい」
「よしよし。頑張れよ」
 
ふたりはしばしアクアの女装好きについて楽しく議論した。
 
(車にCDを取りに行った高村友香はロビーにいたアクアに声を掛けられ、足止めされていたので、水帆と《こうちゃん》は結局15分くらいふたりきりになっていた)
 
「さて注射はした。後は水帆ちゃん、あんたの生きる意志次第。取り敢えず、即死んだりはしなかったから、回復する可能性が高いと思う。頑張れよ」
「はい」
 
それで鱒渕水帆は《こうちゃん》と強く握手した。
 
「そうだ。言い忘れたけど、この注射、15%の確率で性別が変わっちゃうんだけど」
「ちんちん生えて来たらそれで遊びますから問題ありません」
「よしよし」
 
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この夜を堺に水帆の病状は急速に良くなり、極端に機能低下していた臓器が軒並み機能回復していった。医師は驚いたが、自然快復力を促すため薬も軽いものに変更。8月下旬には腎臓機能の回復で人工透析も不要になった。
 

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