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うーん。。。。と千里は考えた。かなり眠いが、これは寝る前に解決しておかなければならない問題と判断した。
千里は小学4年生の時に《きーちゃん》と出会って以来、彼女とのコネクションに使用していた古いラインを使って彼女の位置の捕捉を試みてみた。こういうラインが存在していることは《きーちゃん》本人も忘れているだろう。普段千里と彼女は出羽の美鳳さんが設定してくれた標準的な眷属接続チャンネルを使用している。
飛行機はどんどん東京から遠ざかっている。しかし千里は精神を集中することで、彼女が東京にいることを認識した。そして・・・
!??
「何これぇ!?」
と思わす声をあげた。
《きーちゃん》はどこか病院のような所に居て、周囲に他の眷属たちも見える。全員揃っている。というか《わっちゃん》以外の眷属が全員居るのである。《すーちゃん》なんてアメリカに行ってもらっていたはずなのに。
『僕が勾陳の要請に基づいて召喚したからね』
と《くうちゃん》が言っている。
それで(くうちゃんを除いて)11人の眷属が集まっているのかと納得した。《わっちゃん》は美鳳さんが付けてくれた眷属ではないから《くうちゃん》の作業の対象外なのだろう。
しかし千里がいちばん困惑したのは、彼らのそばのベッドに“千里”が寝ていることであった。どうも意識を失っているようである。
『今にもっと面白いことが起きるよ』
と《くうちゃん》は言った。
それで遠ざかる飛行機の中から東京のB中央病院へのコネクションを頑張って維持していると、やがて1:20頃、その病室に“千里”が入って来た。飛行機の中の千里は仰天したが、寝ている千里のそばにいる眷属たちも仰天しているようである。
そして病室に入ってきた千里と寝ていた千里は合体し、むくりと起き上がった。傍に付いていてくれた玲央美が泣いて抱き合っている。
千里はさすがにこのコネクションの維持が辛いので、いったん切った。
『私が3つに分裂しちゃったの?』
という質問に《くうちゃん》が答えない。それで千里はひらめいた。
『4つに分裂したんだ?』
すると《くうちゃん》は
『まあ、そういうこともあるかもね。僕もびっくりした』
と言った。
それで千里は少し考えてから再確認する。
『今入って来た千里はたぶん、桃香の所に行って何か対処してきたんじゃないかな?私がバンコクに向かっていて雨宮先生の対処をしようとしているし、もうひとりの千里は大阪に行って、阿倍子さんを助けようとしている』
『正解。さすがだね』
『もしかして私って霊体だけ?さっき意識を失って寝ていたのが肉体っぽい』
『君の眷属たちが実体化している時に近い状態だよ』
『なるほどー。だったら私、不可視にもなれる?』
『肉体を放棄すればなれるけど』
『それはやめとこう。まだしばらくは人間でいたいし』
『ふふふ』
と《くうちゃん》は笑ったが、深く追求しないことにした。
『私もいづれあの肉体に合体するの?』
『時がくればね。ただ君が分裂あるいは増殖したのはその必要性があったためだと思う』
と《くうちゃん》は言った。
彼は珍しく雄弁に語った。
『おそらくバイパスが必要なのだと思う。人間にしても龍や天女などにしても、更には僕たちのような存在にしても、あらゆる生命体はORではなくANDで生きている。4日前に生きていて、3日前に生きていて、一昨日生きていて、昨日生きていて、今日生きているから、明日も生きられる。一昨日死んでいたら昨日はもう生きていない」
『くうちゃんは死なないのかと思った』
『死ににくいようにバイパスを作るんだよ。僕はこういう存在としては下っ端だから、21個のバイパスで生きている。美鳳などはバイパスが244本ある。概ね100本以上のバイパスを持つ者が“神様”と呼ばれる』
『くうちゃんは神様なのかと思っていた』
『神様より下っ端の存在だよ。君の眷属の中で、貴人と勾陳はバイパスを持っている。だから、あの2人はエイリアスを出せるだろ?』
『うん。あの子たちは同時に別の場所で存在できる。めったに使わないけど』
と言ってから千里は尋ねた。
『もしかして私、バイパスが無いと死ぬってこと?』
『小春君が実際問題として君のバイパスに近い役割を果たしていた』
『あの子が居なかったら私とっくに死んでる。その小春の気配も感じられない』
『小春君の居場所は自分で探しなさい。ただ小春君もさすがにそろそろ寿命だ』
『ほんとはあの子、10年くらい前に死ぬ予定だったみたい』
『小春君は今年死ぬよ』
と《くうちゃん》が言うので、千里は厳しい顔になった。それは本人も自分はもう長くないと今年1月に遠刈田から東京に帰る新幹線の中で言っていた。
『そして君が産み直す』
『うん。そういう約束をしている』
『だから彼女が再度産まれてくるまで、君はひとりで生き続けなければならない。ところが君って、簡単に死ぬんだよね』
『すみませーん』
『だから自分が複数必要になったのさ。断線しても電流が流れる並列回路にするために』
『うーん。。。。』
『だから小春君が再度産まれて、ある程度の能力を使えるようになるまでは君はひとつに戻れないと思うね』
『そっかー』
『でも小春君に頼らなくても今後は自力で生き続ければいいんじゃないの?君もそろそろ小春君から卒業しなきゃ。そして小春君は純粋に君の娘として育ててあげなよ』
『考えておきます。でも私が複数いたら周囲が混乱しません?』
『混乱するだろうね。でもきっと1番か2番が対処すると思うよ』
『私は3番?』
『そうそう。君は第3の女だね』
『まいっか』
と言ってから再度千里は尋ねた。
『私って均等に分裂したんですか?』
『僕が今3人を見ている感じでは元々の千里のパワーが3分割されて、1番は0.4 2番は0.9 3番の君が0.7くらいかな』
『合計2.0になるんですけど!?』
『分裂の時に倍増したからね』
『あはは』
『それと性別も不均等に分裂したね』
『え?そうなんですか?』
『0番は京平君を産んだ女の身体を引き継いだ。1番は本人も最後まで気付かなかったようだけど、男の子だった。でも0番の肉体と合体したことで男の子の身体は消滅した』
『それは消えていいです』
『2番は純粋に女の子、3番は男の子』
『私男の子なんですか!?』
と言って、慌てて千里はお股を触ってみた。
『付いてない気がします』
『君の場合は性転換手術済みだから』
『あ、そういうこと?』
『だから3人は男の子・女の子・男の娘に分裂したのさ。まあ本当は2012年に分裂の芽はできていたのだけどね」
「そうなんですか!?」
「性転換手術を受けて女の子になった身体を美鳳君が強引に天然女子の身体に変更してしまったろ?その時、相補対(そうほつい, complementary pair)として男の子の身体も生まれていたのに美鳳君は気付かなかったようだね。だから0番と合体して消滅したのはその時にできていた男の子の身体なのさ」
「そんな事情が・・・」
「そういう訳で、1番にはおちんちんが付いていたんだけど本人は気付かなかったみたいね。でも君は外見上は女だけどベースが男だから生理が無いし、女性ホルモンを摂ってないとドーピング違反に問われる可能性があるよ』
『生理は面倒だけど、女性ホルモンを日々摂るのも面倒だなあ』
その後、しばらく千里は《くうちゃん》と話したのだが、さすがに眠くなってきたので寝ることにした。《くうちゃん》は言った。
『君より2番の千里の方が霊的な能力は高い。だからきっとワシリーサくんはこちらに残ったのかもね』
『ハンディキャップということかな』
『私頑張りますね』
と《わっちゃん》が言う。
『よろしく』
千里(千里3)はタイ行きの飛行機の中で朝起きた時、昨夜は京平とコンタクトを取らなかったことを思い出した。京平は今(大阪に行った)千里2と一緒かも知れないと想像した。それで慎重に京平とコネクションを繋いでから、彼を起こさないようにして周囲を検索する。車の中のようだ。高速に乗っている?いつも京平に付いている伏見の人(この日は真二郎さん)と、確かに“千里”が居て運転中であることが分かる。
「なんてパワーだ」
と千里は思わず声に出した。京平の傍にいる“千里”(千里2)は物凄い霊的パワーを持っている。元の千里を1として0.9くらいのパワーと《くうちゃん》は言っていたけど、嘘だ。元の千里の2倍、自分の3倍くらいある。
肉体の拘束から解き放たれたから霊的パワーも解放されたのでは!?
『気付かれないようにしなくちゃ』
と千里(千里3)は考えながら様子を伺う。すると千里2が運転するランドクルーザー・プラドはパーキングエリアに入り駐まる。そして千里2はトイレに行ったようである。このタイミングで千里3は京平に呼びかけた。
『京平まだ寝てるかな?』
『今起きた』
『ごめんねー。今日はお仕事で会いに行けないけど、明日は行くからね』
『あ、うん、いいよ』
千里3は決めたのである。
自分が分裂していることに、まるで気付いていないように行動しようと。ついでにオーラは千里1の更に半分くらいの小ささを装って、霊的能力が低い振りをしようと。そうすれば多分千里2は自分が分裂していることに気付き、千里1も3も自分よりずっと霊的能力が低く、自分が何とかしなければと思って全体の調整をし始めるだろう。結果的にDHCPサーバーのような役割をしてもらおうという魂胆なのである。
「だってDHCPサーバーがLAN上に2台あったらおかしくなるもんね〜。私はスレイブを務めればいいんだ」
と千里3は独り言を言った。
「あのぉ、ボクは長野龍虎なんだけど」
「えっと、僕は長野龍虎なんだけど」
「何これ?私は長野龍虎なんだけど」
と3人の“龍虎”は言った。
「もしかしてボク3人になっちゃった?」
と言ってお互いの顔を見る。
そして言う。
「やった!私が3人居るのならさ、3人で交替で仕事に行かない?」
「いいね!それ」
「そしたら3日に1度仕事をして後2日寝ていられる」
と3人は盛り上がる。
「待って。どうせならさ、1人が学校に行って1人が仕事に行って、1人は休んでいるというのは、どうよ?」
「あ、それがいい!」
「休んでいる日は渡された楽譜とか台本とか見ていたら?」
「うん、それでもいい」
「3人で交替でこなせば仕事も何とかなるよね」
「最近なんか仕事の量がどんどん多くなってきているもんね」
「中学時代より明らかに増えつつある」
「3人で協力してやっていこう」
と言って3人はお互いに手を出し合って握手をした。