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なお、西湖は4日間の集中的な撮影でクタクタになっており、帰りの機内では寝ていたものの、それだけではとても疲れが取れず、羽田に到着した後、心ここにあらずの状態で帰ろうとしていた。これは危険だと判断したコスモスが事務所から吉田和紗(後の桜木ワルツ)を呼び出し、彼女の運転するベンツ(紅川の車)で桶川の自宅まで送ってあげた。コスモスが
「葉月ちゃん、今日は学校休んで寝ていなさい」
と言ったので、西湖も素直に
「そうします」
と言い、結局事務所にいる田所さんから学校に休みの連絡を入れてもらった。
和紗がトンカツ弁当を買ってあげていたので、西湖は車内でそれを食べた後、ずっと寝ていた。和紗は心配だったので、部屋に辿り付きベッドに入るまで見守ってあげた。
それで西湖は夕方までひたすら眠っていたのだが、夕方“月原”が訪れてアクアからのお裾分けのお肉をもらう。西湖は感激してアクアに御礼の電話をした。それで西湖はもらったお肉をホットプレートで焼いて食べたが
「美味しい!」
と思わず叫ぶほどの美味しさだった。そのお肉を食べたので随分疲れが消えて活力が出てくる感じだった。でも食べ終わったら、またひたすら眠った。
4月26日の朝、西湖は7:45に目が覚めて「きゃー」と焦る。
急いで着換える。今着ている服を全部脱いで、下着をつける。
西湖はブレストフォームを貼り付けたままなので、ブラジャーが必要である。それをつけると下もパンティを穿きたい気分になるので、タックして女性股間に偽装しているお股にパンティを穿く。この時、パンティがピタリと肌に張り付き、余分な盛り上がりなどが無いのが、もう通常感覚になっている。そしてブラ線を目立たなくするためにグレイのアンダーシャツを着る。その上にブラウスを着る。胸があるので男子用のワイシャツは入らないのである。
そしてその上に学生服の上下を着ようとして・・・
「あれ?無い」
と思う。
学生服が見当たらないのである。
いつも学生服は部屋の鴨居の所にハンガーで掛けているのだが、それが見当たらない。仕事場に行く時に着るセーラー服の上下はハンガーに掛かっている。普段はそれを畳んでスポーツバッグに入れ、学生服の方を着て学校に行く。
ちなみに使用しているセーラー服は、初期の頃は適当なものを使っていたのだが、現在は西湖が通う中学のセーラー服と同じデザインのものを用意している。
ところがそのセーラー服はあるのに、学生服の上下が見当たらない。
どうしよう?どこに置いたんだろう?と思い、タンスの中やその付近に服が多数まるまっている付近、そして旅の荷物などを開けて中を見たりしている間に気が付いた。
空港のコインロッカーだ!
学校が終わった後、直接羽田空港に行ったので、教科書などが多く、それをコインロッカーに預けた。セーラー服に着替えてしまったので、その時、学生服も教科書などと一緒にコインロッカーに預けてしまったのである。
しかし教科書はまだいいとして、学生服が無いのは困る。
どうしよう!?
時計は7:55だ。もう行かなきゃ遅刻しちゃう。
西湖は決断した。
セーラー服を着ていくしかない。
急いでセーラー服のスカートを穿き、上着を着て、リボンを可愛く結ぶ、そして学生鞄(教科書が一部足りないが気にしない)を持ち、ローファーを穿いて、学校まで走って行った。
普通の男の子がスカートを穿いて走ろうとしたら、まず転ぶが、西湖はスカートを穿き慣れているので、問題無く走れる。それで結局ギリギリで教室に飛び込み、これから出席を取ろうとしていた先生に
「天月(あまぎ)来ました!」
と言って手を挙げた。
「うん、自分の席に座って」
と先生は言った。この時、教室の中でざわめきがあったことに西湖は気付かなかった。
西湖は自分がセーラー服を着ていることで何か言われるかな?と思ったのだが、誰も何も言わなかった。トイレどうしよう?と思っていたのだが、お昼休みに事務所から呼び出しがあり、早退してしまったので、この日西湖は学校ではトイレを使用していない。
これが西湖が中学3年間で1度だけ、セーラー服を着て学校に出席した日であった。
なお、西湖はその日の夕方、和紗の車で羽田までコインロッカーの荷物を取りに行ったが、和紗は
「そんな時は体操服着て出ていけばいいのに」
と言って笑っていた。
「あ、その手があったか!」
と西湖はやっと気付いた。
西湖は翌4月27日には学生服を着て学校に行ったが、26日のセーラー服での出席については同級生も先生も何も言わなかった。
さて帰国した“鱒渕”であるが
「すみません。疲れたので少し自宅で休みます。夕方のツアーの打合せにはちゃんと出てきます」
と言って、いったん“自宅に帰った”。
その後“鱒渕”は、アクアの求めに応じて、お肉を西湖のマンションに運んだが、この時は月原に扮している。
“月原”は、西湖が持って行ったお肉以外の食材が無いと言っていたので、買い出しをしてあげることにした。冷蔵庫の中が完璧に空っぽなのを確認した上で、インスタント食品、レトルト食品、お米、たくさんのお肉、卵、牛乳、少々の野菜、味噌・醤油・塩・砂糖などの調味料、飲み物のペットボトル、紅茶や緑茶のティーバッグなどを買い出した。
わっちゃんはその後も時々食糧を補充してあげたので、この後、西湖の食生活が充実することになる。
わっちゃんは千里の指示で、ティッシュペーパー、トイレットペーパー、キッチンタオル、(女性用)生理用品!?まで買ってあげたので、生理用品のパッケージを見て西湖がドキドキすることになる。
買い出しに時間が掛かったのでもう16時くらいになる。
「そろそろ偽装工作しなきゃ」
と呟くと、鱒渕の自宅に向かった。
桶川16:15(JR特快)16:59新宿17:11(小田急快急)17:34新百合ヶ丘
鱒渕は本当はこの日、18時にツアーの打合せのため、新宿区内のスタジオに行く予定だった。打合せに出ることになっていたのはバックバンドのメンバー4人、TKRの鮫川と鱒渕で、アクアや写真撮影に同行したばかりの和泉は今日は出席しない。
もちろん“鱒渕”は出て行かない。
スタジオでは時間を15分過ぎても鱒渕が来ないので本人の携帯に電話してみるがつながらない。困ったバックバンドのリーダー、ヤコが事務所に問い合わせてみるが鱒渕からは連絡は入っていない。しかしこれまで遅刻などもしたこともない人である。無断欠席は考えられない。
何か起きているかもと思ったコスモスは田所に、彼女の様子を見てきてほしいと要請した(ツアーの打合せには川崎ゆりこを行かせた)。
田所はすぐに小田急に乗り新百合ヶ丘まで行く。
信濃町18:50-18:56新宿19:02-19:28新百合ヶ丘
そして住所を頼りにアパートを探し当てるが、田所は、この子なんでこんな安アパートに住んでいるんだ?と思い、一瞬、ヒモに搾り取られているのでは?とまで考えてしまった。
鱒渕の部屋の呼び鈴を鳴らし、ドアを叩いたりしてみたものの反応は無い。
事務所ではタレントの部屋の合い鍵は何かあった時のために預かっているもののあいにくスタッフの部屋の鍵までは預かっていない。田所は台所の窓が開くことに気付いた。開けてみると、人が倒れているのが見える。
(わっちゃんの演技である)
「水帆ちゃん!」
と田所が声を掛けるが反応が無い。
田所はすぐ管理会社に電話した。それで管理会社から委託された警備会社の人が来て鍵を開けてくれる。鱒渕が倒れている。
(千里のエネルギーの海から取り出した本人である)
体温はある。多分平熱だ。見た感じでは外傷などは無いようである。鼻の所に手をやり、息をしていることを確認する。脈も取るが一応正常のようである。しかし呼びかけても反応が無い。意識を失っているようである。
「救急車呼ばなくちゃ」
と田所は言ったが
「私たちの車で病院まで運びましょう」
と警備会社の人が言ってくれた。
「助かります!」
それで鱒渕は近くの総合病院に運び込まれたのであった。これが20時半頃であった。
25日、龍虎はさすがにこの日はお仕事は休みにさせてもらっていたので、学校が終わるとそのまま自宅に帰った。これが16時半くらいである。帰宅したのがMで、待っていたのがFとNである。
千里から神戸牛が届けられていること、4分の1を西湖にお裾分けしたことを伝える。こちらは3人で焼き肉を食べようというので、わっちゃんが買ってきてくれた野菜も入れてホットプレートで焼く。(FとNは朝も豚肉で焼肉にしている)
1人前250gあったのだが、あっという間に食べてしまった。
「お肉追加しようよ」
「じゃ誰かが買ってくる」
ジャンケンするとNが負けたのでNは近くの西友まで行って黒毛和牛・・・の値段にビビって、オーストラリア産牛肉を1kg買ってきた。何十億と稼いでいるのに和牛の値段にビビるのが龍虎らしいところである。
それで焼いて食べるのだが
「神戸牛美味しかったね」
「でもオージービーフも美味しいよ」
などと言って食べていた。追加したお肉もきれいに3人で食べてしまった。
夕食が終わったのが19時くらいである。
21時頃、龍虎の所にもコスモスから鱒渕が倒れたという連絡が入る。
「だから明日の放送局の**クイズ収録には月原さんに付き添ってもらうから」
「いや、それよりお見舞いに行きたいです」
コスモスは無理しなくていいと言ったのだが、龍虎は今からでも病院に行きたいと言った。それで吉田和紗が車で迎えに来てくれることになった。
和紗が来る前に《わっちゃん》が戻ってきたので、龍虎たちは鱒渕さんの様子を尋ねた。それで彼女が極端に衰弱していたことを説明した。
「瀕死の状態だったんですか!?」
「ごめんね。撮影中はアクアちゃんに心の重荷を持たせる訳にはいかないから黙ってたのよ。彼女、根性で撮影に付き添っていたんだね。それで私が代理を務めて、彼女は某所で治療していた。その治療のために敢えて眠らせていた。君が行って手を握れば目が覚めるようになっている」
「白雪姫と王子様ですね」
「そう。だから今日はアクアが白雪姫だよ」
「ボクが白雪姫なの!?」
「間違った!王子様ね」
やがて和紗がコスモスの愛車ロードスター (MAZDA Roadster NC RS-RHT 1998cc 6MT Zeal Red Mica) で迎えに来てくれた。龍虎は今年1月にこの車でコスモスと“デート”した時のことを思い出していた。あれちょっと惜しかったな。宏美さん、セックスさせてくれそうだったのに、などと考えながらこの車に乗り込んだのはジャンケンに勝って病院に行くことになった龍虎Mである。Mは健全な男の子なのでセックスにも興味がある。むろん経験は無い!
病院に行くと鱒渕はICUに入れられていた。面会謝絶だったのだが、付き添っていたコスモスが
「この子の声を聞くと意識回復するかも」
と医師に言ったので中に入れてもらった。
龍虎が「鱒渕さん」と言って彼女の手を握る。すると鱒渕がパチリと目を開けたので医師は驚き
「自分の名前が言えますか?」
と尋ねる。
「ますぶち・みずほ」
「生年月日は?」
「1995年12月24日生まれ、性別はたぶん女です」
「合ってますか?」
と医師はそばに居る龍虎に尋ねる。
「はい、クリスマスイブ生まれだから誕生日はいつもクリスマスケーキと兼用だったと言ってましたから」
と龍虎は答えた。
「ここ病院?」
と鱒渕が龍虎に尋ねる。
「日本の病院ですよ」
「私、日本に居るの!?」
「ああ。記憶が混乱してますね。鱒渕さんボクの撮影にずっと付き添ってくれて今朝帰国したじゃないですか」
「え〜?私記憶が無い」
「アパートで倒れているのを田所さんが見つけてくれたんです。少し休んだ方がいいです」
「そうする!」
彼女の家族は、佐渡から出てくるのにどうしても明日のお昼になることをコスモスが説明したので、医師は取り敢えず現状をコスモスに説明した。龍虎は席を外すように言われたので和紗と一緒にロビーで待機した。なお田所は、コスモスが病院に来たので代わって事務所に戻っている。
「命の保証が出来ない!?」
とコスモスは驚いて訊き返した。
「身体が全体的に物凄く衰弱しています。実際問題として現状は危篤状態に近いです」
と医師が言うので、コスモスは厳しい顔になった。
「病気とかではないのですか?」
「病気らしきものは何もありません。ただ全ての臓器が衰弱しています。私もこういう症例は見たことが無いのですが、さきほどから別の上司の方とお話ししていたのでは、ひょっとしたら過労なのかも知れません」
事務所では鱒渕の件について、西湖にも報せておかなければと考え、この晩のうちに1度連絡したのだが、電話はつながららなかった。
「多分寝ているんですよ」
「そちらまで倒れていたりしないよね?」
「私が見てきます」
と言って和紗が桶川まで行こうとしたが
「和紗ちゃんあちこち走り回っているから今日は他の子を行かせるよ」
とコスモスが言い、川内峰花(後の山下ルンバ)に桶川まで行ってもらった。1時間後に「熟睡しています。声を掛けても起きませんが、体温も脈拍も正常です」という報告があったので安堵した。
それで西湖には翌26日の昼休みに連絡し、西湖もお見舞いに行きたいということだったので、和紗が車で迎えに行き、お見舞いさせた。その後西湖は和紗に連れられてテレビ局に行ってクイズ番組のリハーサルでアクアの代理をする。そしてその後和紗に羽田空港まで連れて行ってもらってコインロッカーの内容物を回収したのであった。和紗は西湖を桶川の自宅まで送ってくれた。
千里3がパリに到着したのは25日の16時半(日本時間23時半)である。入国手続きをしてからマルセイユ行きの便に乗り継ぎ、その日はホテルで一泊。翌4月26日朝市内の体育館で練習しているマルセイユ・バスケット・クラブの女子メンバーたちと会う、そして実際のシュートを見せ、メンバーの数人と手合わせをして、取り敢えず(無報酬の)研修生として受け入れてもらった。
住む所としてはマルセイユ市内にアパルトマンを日本バスケ協会で確保したが、悪いが家賃は自分で払ってくれと言われた。それで千里はBBVA銀行のクレカで払う手続きをした。
「そんなカード持っているんですか」
と絵姫が驚いていた。
「以前スペインリーグに参戦していたので」
「そうだったんですか!」
千里はマルセイユ市内に駐車場を契約した上で
「自動車を取りに行くので付き合ってもらえません?」
と言い、一緒にスペインのグラナダまで行くと、そこの駐車場の管理会社に行き、引っ越すので解約したいと申し出、4月一杯で解約することにした。
管理会社の人立ち会いで車を出庫した上で鍵を返却することにする。