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■娘たちのリサイクル(15)

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前橋で準決勝・決勝が行われた9月9日、桃香は千里に、写真館を予約しておいたから記念写真を撮ろうと言った。午前中に千里を連れて貸衣装屋さんに行き、ウェディングドレスを2着借りた。そしてお昼はホテルニューオータニで一緒に中華料理のコースを食べる。
 
「写真館は何時に予約してるの?」
「19時」
「随分遅い時間だね」
「いや、実は女同士の結婚記念写真ということで、お客があまり居なくなってからでもいいかと言われて」
「なるほどねー。でもそのくらいはいいんじゃない?」
「うん」
 
それで食事が終わった後は、カフェに移動して1時間ほどおしゃべりをしていた。
 
ところが14時頃、桃香の携帯が鳴る。
「うっ・・・」
 
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「どうしたの?」
「教官からなんだけど、大学院の補欠試験を受けさせるのに、私の成績は悪すぎるらしい」
「ああ・・・」
「それでレポートを書いて今月中に出して欲しいと」
「追試みたいなものか」
「その内容を説明したいから今から来られないかということ」
「行ってくるしかないんじゃない?」
「悪い、千里。写真館は**町の**フォトスタジオという所だから」
「じゃ私は19時少し前に行っておくよ。ウェディングドレスも私が両方持っておこうか?」
「そうしてくれる?じゃ頼む」
 
と言って桃香は大学に飛んで行った。
 

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千里は急に気になったので、ボイドカレンダーを見てみた。
 
「うーん。。。。桃香遅刻しないよね?」
 
今日は19:58からボイドに突入するのである。桃香が言っていたように19時に写真を撮るのであれば問題無い。しかし万一1時間ほど遅刻すると、やばいことになる。
 

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千里はいったんアパートに戻り、少し眠った。17時に起きたが、桃香からは連絡が入っていない。不安を感じながらシャワーを浴びてオードトワレも振ってから新しい下着をつける。
 
ここで司紗から優勝したという連絡があった
「おめでとう!打ち上げはシャンパンとかでも開けて、新聞報道されない程度に騒いでもいいよ」
「たぶんシャンパンよりビールの方が好評」
「うん。それでもいいし。でも大量に人が入れ替わったのによく優勝できたね」
「私も思った。正直、まだチームとしてのまとまりに欠ける部分はあるんだけどね」
「まあそれは仕方ないよね」
「次は社会人選手権だけど、これは組み合わせ次第なんだよね〜」
「そうそう。運次第だよね」
 
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司紗との電話を終えてから、千里はローラアシュレイのビロード風ワンピースを着て、真珠のネックレスをし、ベネトンの黒パンプスを履いた。そしてウェディングドレスの入ったケースを2つ持ってアパートを出る。
 
タクシーで目的の写真館に入った。
 
「予約していた高園ですが、パートナーが大学に呼び出されて少し遅れるかも知れません」
と千里は言った。
 
「大丈夫ですよ。うちはここが自宅兼スタジオだから、遅くなるのは何時でもOKですから」
と明るい感じの60歳くらいの男性オーナーが言っていた。
 

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桃香は本格的に遅れている。千里はメールも送ってみたものの返事は無い。写真館の人は時々お茶を出してくれる。何だか申し訳ないので、フォトフレームを1個買った。結婚記念写真をこれに飾ればいいよね、などと思う。
 
「お客さん、あなただけでも着換えておかれます?」
「そうしようかな」
 
それで千里はトイレを借りてから、更衣室でウェディングドレスに着換えた。背中のファスナーはオーナーの奥さんが締めてくれた。
 
そして予定時間に遅れること50分、19:50になってから桃香は到着した。
 
「遅れて御免」
「すぐ着換えて!」
「うん」
 
それで大急ぎで桃香はウェディングドレスに着換えた。それで笑顔で千里と並んで写真を撮ってもらう。
 
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千里は時計を見た。
 
20:03
 
あぁぁ・・・・。ボイドに完璧に突入してしまった。何もなければいいんだけど、と千里は思った。
 

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貴司は7日・8日の2日間、水流さんたちの《女装ビーツ》と濃厚な練習をした上で9日からの男子日本代表・最終合宿に臨んだ。
 
「細川、物凄く進化している」
とキャプテンの須川さんにも言われるほど貴司のプレイはこの3日間でレベルアップしていた。
 
「これなら来年くらいにはスターター争いするかも知れんな」
とキャプテンが言うので、そうか。自分の今の力ではスターターには遙かに遠いんだな、と自分の位置づけを認識した。
 

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9月10日。練習中に衛藤が無理にボールを追いすぎて腕を打撲してしまった。本人は平気だと主張したが、医師は2週間の運動禁止を言い渡した。それで代表は交代することになる。
 
本人がやらせてくれと必死で訴えるのを監督は
「今無理をしたら君は一生後悔する。怪我した時はちゃんと治療に専念しなさい。来期も必ず代表候補に召集するから」
と言って、何とか納得させた。
 
それで代わりに入って来たのは8月末に14人から12人に絞られた時に落とされた虎川である。彼もずっと一緒に代表合宿をしてきていたので、すぐにチームに溶け込んだ。
 
そしていよいよ明日からアジアカップという9月13日。
 
その交替で入った虎川が怪我をしてしまったのである。
 
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監督は頭を抱えたが、怪我人を試合に出す訳にはいかない。それで大会の前日、エントリーの締め切り直前で交替となる。
 
この時、強化部長は時間が無いので、交替できそうな選手に直接連絡を試みた。8月末に虎川と一緒に落とされた根木は連絡が取れなかった。それでウィリアムジョーンズカップ直前に落とした3人に連絡を取る。すると前山と連絡が取れた。
 
「君怪我とかはしてないよね?」
「はい、元気です」
「だったら明日からのアジアカップに出て欲しいから緊急に上京して欲しい」
「分かりました!」
 
それで結局前山が代表に復帰したのである。彼の復帰を貴司はとても嬉しく思った。
 
9月14日から大田区総合体育館で男子FIBAアジアカップは始まる。
 
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9月9日(日).
 
龍虎はピアノの発表会に出た。場所は熊谷市内の文化ホールで、ここには太陽ホール・月ホールという大小のホールがあり、その内大きい方、定員1000人の太陽ホールを使う。
 
このホールにはベーゼンドルファーやスタインウェイもあるが、龍虎たちが使用するのはヤマハのグランドピアノCF3Sである(3は本当はローマ数字CFⅢS).1990年代に販売されていたピアノで現在のCF4/CF6の1世代前のモデルである。
 
龍虎たちの教室にあるコンサートグランドと実は同じタイプなので、安心感があった。龍虎たちの教室には、現在普及型のグランドピアノC3Xとコンサート用グランドのCF3Sが1台ずつある。普通のレッスンはアップライトピアノやクラビノーヴァでやっているが(さすがに狭い教室の中にグランドピアノを何台も並べることはできない:クラヴィノーヴァの上位機種は実はグランドピアノの鍵盤機構が使用されている)、こういう発表会の前には、みんな本物のグランドピアノでも練習をしている。
 
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でも実は龍虎の家にもグランドピアノS6Aがある。これは普及型のC3XやC5Xなどと、コンサート用のCF4やCF6などの中間に位置する《セミコンサートグランド》である。ヤマハ製《防音室》の中に設置されているので夜間でも気兼ねなく練習することができ、龍虎は事前に自宅でたっぷり練習して発表会に臨んだ。この《防音室》というのは、その中で弾くと外に音が漏れない上に、内部では広いホールで弾いているような音響になる優れものである。母が音楽の先生なので、その必要上設置したものだが、龍虎もここの家の子供になった時からずっとこれを使用している。
 
龍虎は音楽的にとても恵まれた環境で育っている。
 
もっともお金持ちのお嬢さんとかだと防音工事された地下室にスタインウェイのコンサートグランドピアノを置いているようなおうちもある(冬子の親戚の蘭若アスカなどがそれ)。
 
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今日の龍虎の衣裳はお母さんに頼んで買ってもらった、男の子用のスーツで、蝶ネクタイ付きである。川南が買ってくれた可愛いドレスは同じ発表会に出る彩佳が着る。実は彩佳も事前に龍虎の家のグランドピアノでかなり練習させてもらった。彩佳の自宅にはアップライトピアノがあるのだが、やはりアップライトとグランドピアノでは演奏感覚がかなり違う。
 
演奏曲目は、比較的初心者の彩佳はモーツァルト『トルコ行進曲』、かなり上手い龍虎はショパン『別れの歌』である。『トルコ行進曲』は展開部の所を何とか勢いと気合いで弾くとわりとどうにでもなるのだが、『別れの歌』はとても易しげな弾き出し部分の雰囲気に反して、途中に、普通の人が見たら絶句するような臨時記号付きでレンジも下から上まで使う、大胆な分散不協和音展開部分があり、かなりの技術を要する。龍虎もこの曲を間違わずに弾きこなせるようになるのに実は3ヶ月近く掛かっている。それでも教室の先生からは
 
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「ここまで弾けるようになったら今度は表情とかを考えて弾いてみて」
 
と言われたものの、実は現時点ではそこまでの余裕が無い。とにかく間違わずに弾き終えるようにするだけで精一杯である。
 

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「お母さん、男の子用の下着が無い」
と龍虎が朝になってから言うのは、田代家の日常茶飯事である。
 
「でもあんた男の子用の下着が無いと言ってたから、こないだ3セット買ったじゃん」
「でもひとつも無いんだよ。どうしたんだろう?」
 
「洗濯カゴにも入ってないみたいだし、どうしたんだろうねぇ」
 
(犯人は彩佳である)
 
「仕方ない。女の子用の下着着けて行きなさいよ」
「えー!?」
 
このような結論になるのも、この家の日常茶飯事である。
 
それで龍虎は渋々(?)女の子用のパンティを穿き、女の子シャツを着る。
 
「あんたブラジャーは着けなくていいの?」
「要らない!」
「でも最近よく着けているみたいだから」
「ちょっと興味を感じただけだよ」
「でもあんた、女性ホルモン剤の後遺症でまだ結構胸があるし、ブラジャーで固定しておいた方が演奏の邪魔にならないのでは?」
「えー!?どうしよう?」
 
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ということで、母に唆されて結局ブラジャーも着けてしまった。元々不純な動機で着けたいので簡単に乗せられる。
 
「でもあんた胸がまだ育ってない?」
と言われギクっとする。
 
「Aカップではきついかも?Bカップのブラ買っておく?」
「要らない!(欲しいけど)」
 

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