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8月26日(日)、台湾ではWilliam Jones Cup最終日になっていた。
日本は昨日の休養日1日を置いてレバノンと対戦する。
ここまで日本は2勝5敗、レバノンは3勝4敗である。貴司はこの日今大会で2度目のスターターに指名され出て行った。この日はPGの位置に入ってゲームを組み立てたが、貴司の柔軟な発想によるゲームメイクはオーソドックスな戦い方をするレバノンを随分戸惑わせたようで、序盤から日本が大きくリードする展開となった。
後半は本職PGの山崎さん・酒井さんと交代してベンチに居たものの、日本は前半のリードを保って70-89で快勝した。
この結果、日本もレバノンも3勝5敗となったが、直接対決で日本が勝ったことから日本が6位、レバノンが7位となった。
大会終了後、ふとキャプテンの須川が監督に言った。
「唐突に気付いたんですけど、細川はこの大会3試合に出たけど、出た試合全て日本が勝ってますね」
すると監督は「ほほぉ」と声を出してから
「そういうラッキーガールって、時々いるんだよね」
と楽しそうに言った。
「ガール?」
「あ、ラッキーボーイの間違い」
その会話を龍良がテカテカした目をして聞いていた。
青葉は8月26日に模試があるので、前日の25日は朝から友人の日香理の家に数人で集まり勉強会をすると言っていた。
千里は青葉の注意が他に向いているのをいいことに、朝から葛西に転送してもらい、インプレッサを運転して関越下りの上里SAに向かった。到着したのは7時半頃である。千里が来た時にはSA内に雨宮先生の気配は感じられなかった。
7:45頃、先生の気配がSAに入ってくる。どうも向こうもこちらの赤いインプを認めたようで、近くの駐車枠に駐めた。
「何か凄い車ですね」
と千里は降りてきた雨宮先生に言った。
「ごく普通のスバル・インプレッサWRXだけどね」
「インプだというのは分かりますが」
派手に多数の広告のステッカーが貼られているのである。
「何か申し込んだらたくさんステッカー送られて来たから貼ってみた。これ貼らない場合は、参加料金が1万円高い」
「だったら貼りますよね〜」
「そうそう。安くできるものは切り詰めるのが私の主義」
などと言っているが、この先生はお酒が入ると気前がよくなりすぎる欠点がある。
「取り敢えず朝御飯食べましょう。先生の奢りで」
「千里、最近遠慮が無くなってきてるな」
と言いつつ、ちゃんと御飯をおごってくれる。この朝は一緒に姫豚ローストンカツセットを食べた。
「ラリーはどこで行われるんですか?」
「前橋」
「割と近くで安心しました」
「千里だけ熊本に行ってもいいが」
「遠慮しておきます。前橋のどこですか?」
「嶺(みね)公園という所なんだけど」
「ああ。そこは行ったことあります。あそこなら渋川伊香保インターで降りればいいかな」
「その方がいいと思う。この時間帯からは市内は混むから。もっとも千里だけ新潟で降りてもいいが」
「時間が掛かってもいいのなら、新潟経由にしますが」
「1時間以内に着かなかったら罰金1億円ね」
「それ私が頂けるんですよね?」
朝食を食べた後、トイレに行き、その後で一緒に出発した。雨宮先生からインカムを渡されたので、それで別々の車に乗っていても会話ができる。
ふたりの車は40分ほどで嶺公園に到着した。参加票を見せて、ゼッケンや計測機器などを受け取る。
「このチーム名(花火星)、きれいですね。何と読むんですか?」
「カマーズ」
「ひっどーい!」
「まあ今回はウォーミングアップだからね。来月本番だから」
と先生が言うので、やっと千里は仕事の内容を理解した。
「イルザちゃんの代理ですか?」
「そそ。よろしくね」
早速ラリー用の車、レッキ用の車に各々専用のゼッケンを貼り付け、機器を取り付ける。先生の車の荷物を全部千里のインプの方に移動する。それで車はルール通りの設定になっているかどうかチェックに回されたようだ。そしてチェックが終わった後は主催者側で保管され、こちらは一切近寄ることができない。これはチェックが終わった後で違法な改造を加えるのを防止するためである。
それでふたりで千里のインプに乗り、いったん指定時間まで休憩した。この間にふたりともレーシングスーツに着替える。
「そういえば先生って男物の下着とか着けることあるんですか?」
「いつも男物を着けてるけど」
「男物に見えませんが」
「千里、眼科に行った方がいいね」
「でもちんちんあるのに女物のパンティ穿いてたら、邪魔になりませんか?」
「邪魔だけど、これ無くしたら女の子と遊べないから」
「先生もそろそろちんちん切っちゃった方が、世の中のためのような気がするなあ」
「ちんちん無くすくらいなら死んだ方がマシ」
1時間ほど待つ内に、係の人から指示があったので、レッキに出発する。
千里の運転で指定のコースを回る。この場合、道案内はコ・ドライバーの雨宮先生の役目である。雨宮先生は主催者側から渡された地図を見ながら千里に走行指示を出し、あわせて明日の本番用の計画表(ペースノート)を作成していく。道路の状態を確認しないと、どこでどのくらいの速度を出そうという計画は立てられないので、このレッキでの作業というのは重要である。
さて、ラリー競技というのは、主として公道を利用したタイム競争である。参加車両は数分おきにスタートし、所要時間の短さを競う(走行時間が指定されていてその時間ジャストに近いタイムで走ることを競うタイプのラリーもある)。
コースは「スペシャルステージ(SS)」と「リエゾン」に別れており、スペシャルステージが競技コース、リエゾンはその間を移動するコースである。リエゾンでは交通法規に従って走行することが求められる(交通違反がバレれば即失格)。おおむね5-20個程度のスペシャルステージが設定されており、競技はスペシャルステージの走行時間合計で争われることになる。今回のラリーのSSは8個である。
各々のステージはだいたい5〜8分くらいで走れそうだった。それでリエゾン区間も含めて、約2時間でレッキを終えた。その後で先生から言われた。
「千里運転が物凄く柔らかくなってる」
「体調が万全では無いのであまり力を使わない走り方をしただけです」
「いや間違い無くこの走り方の方がいいよ」
お昼を食べてから、雨宮先生に付き合って、地元のライブハウスに行った。今夜出演する予定というバンドのリハーサル風景を見学させてもらう。
「これは今までに無かったタイプのバンドですね」
と千里は言った。
「面白いでしょ?これをメジャーデビューさせようと思っているのよ」
「いいと思いますよ」
「ただバンド名がいまいちなのよね」
千里はさっき渡された今日のライブのパンフレットを見た。
“ザ・セクマイ・バンド”
と書かれている。
「セクマイは分かりますが、この名前では身もふたもないです」
「だろ?この子たちを発掘した木立麗子が命名したんだけどね」
「木立麗子ってスリーピーマイスのレイシーですか?」
「そそ。エルシーはKARION、ミストはXANFUSに昔から関わっていて、最近は自分たちのバンドよりそちらに入れ込んでいるでしょ?」
「確かに」
「それでレイシーが余ってしまうんで、自分も誰かプロデュースしようかなあとか言っていた時にこの子たちを見つけた」
「この子たち自主的にこんなに集まったんですか?」
「セクマイの団体の会合でキャロルとポールが出会ったのがきっかけ。ただ野郎だけでバンド作っても、あまり興味持たれないのではと思って女の子を集めてこの陣容になったらしい。まあマイクはオマケだな」
「ポールとマイクにフェイがFTM、モニカとアリスがMTFというのは分かりますが、キャロルは純男、ジュンは純女ですよね?もしかしてキャロルはゲイで、ジュンはビアンですか?」
「正解。フェイがFTMと分かるのはさっすが」
「両声類だし、微妙なんですけど、心が男の子っぽいんです。だから多分FTMだろうと思いました」
「私はキャロルをカラオケ対決で負かしてさ。それでホテルに連れ込む代りにフェイの性別教えなさいと言ったら、戸籍上は女の子で男装好きと言ってた。学校にも男子制服で通っているけど、女声を失いたくないから男性ホルモンはやらないんだって」
「確かにあの声が失われるのは物凄い損失ですよ」
「だろ?だから女の子とセックスする時は、***を使うらしい」
「彼、まだ高校生なのでは?」
「どうしても誘惑されやすいから、過去に男の子とも女の子とも経験しているらしいよ」
「乱れてますね」
「あんたも中学生頃からセックスしてたでしょ?」
「高校に入学する前日に初めてのセックスをしました」
「だったら人のこと言えないね」
千里は唐突に思いついた。
「レインボウ・バンドというのはどうです?」
「ああ、それは随分マシ」
それで雨宮先生はスマホで検索していたが
「ダメだ。その名前のバンドは存在する」
と言っている。
「ああ、ありがちな名前だったかな」
と千里は言ったのだが、雨宮先生は
「レインボウ・フルート・バンドというのはどう?」
と言った。
「フルート?あの子たちフルートでも吹くんですか?」
「そんなの練習して覚えさせればいいのよ」
と言って、雨宮先生は立ち上がり、ステージに歩み寄った。
「君たちの名前を決めてやったよ」
ステージ上の7人が顔を見合わせている。
「済みません。どなたでしたっけ?」
とキャロルが訊く。
雨宮先生は名乗ろうとしたが、千里が立ち上がっていき、それを遮った。
「こちらにおわすお方をどなたと心得る!恐れ多くも日本一のサックス奏者、ワンティスの雨宮三森大先生であらせられるぞ」
「え〜!?」
「頭が高い」
「あのぉ、土下座が必要ですか?」
と困惑したような顔でフェイが訊く。
「まあいいよ。それであんたたちのバンドの名前はレインボウ・フルート・バンドと決めたから」
「え〜〜!?」
「あのぉ、なんでフルートとか入るんですか?」
「あんたたちがフルートを吹くからさ」
みんな顔を見合わせている。
「ボク以外はフルート吹けないんですけど」
とフェイ。
「それはデビューまでに練習すればいいね。あ、そうだ。フルートを虹の七色に塗ろう」
「え〜〜〜〜〜!?」
「最近6〜7人のユニットでパーソナルカラー決めるのが多いじゃん。だから各々のパーソナルカラーの色に塗る」
「パーソナルカラーと言うと?」
「男の子たちは、キャロルは青、ポールは藍色、マイクは緑、女の子たちはジュンが赤、モニカがオレンジ、アリスが黄色。ちょっと微妙な性別のフェイは紫だな」
と雨宮先生はひとりひとりの顔を見ながら勝手に色を決めてしまった。
「それで来年1月にメジャーデビューだから、それまでに全員フルートをちゃんと吹けるようになること。フルートはお金持ちっぽい醍醐春海が買ってあげるよ」
「まあいいですけど」
「そちらは醍醐春海先生ですか?」
「そそ。この子は笛の名手だから」
「へー!そうだったんですか!」
「でもほんとにボクたちメジャーデビューできるんですか?」
「私がデビューさせろと言えば、できるから」
みんな顔を見合わせて嬉しがっているようである。
「じゃ雨宮大先生のお言葉を信じてフルートの練習頑張ります」
「よしよし」
これがRainbow Flute Bandsの誕生の瞬間であった。なお、Rainbow Flutes Bandではなく、Rainbow Flute Bandsになってしまったのは、後付けで色々言われてはいるが、実は雨宮先生の書き間違いである!