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8月11-12日、龍虎は学校の宿泊体験に参加した。
学校に集合して、クラスごと3台のバスに乗り、1時間半ほど走った所にある青少年交流の家という所に行く。
参加者は、5年生の男子58人・女子44人の内、男子52人・女子40人の合計92人と、先生は1組の担任増田先生♀、2組の広橋先生♂、3組の竹川先生♂、保健室の佐藤先生♀、体育の小林先生♂、教頭の棚井先生♂の6人である。
宏恵は先日買った可愛い服を着てきていて、みんなから「可愛いね」と言われて得意そうだった。龍虎はごく普通の(?)ライトブラウンのTシャツに8分丈のブルージーンズである。
「このジーンズの前開きはダミーだ」
と優梨から指摘されている。
「まあ龍は着ている服の95%がガールズだ」
などと彩佳は言っている。
「ボーイズは5%?」
「残りの5%はレディスだ」
「うーむ・・・」
と優梨は考え込んでいた。
「そもそもボーイズの8分丈なんて無いでしょ?」
「これ7分丈と書いてあったんだけど、穿いてみたら8分丈の感じだった」
と本人。
「それは龍は背が低いから仕方ない」
「そうなんだよね〜。ボク、フルレングスのズボン買うと、裾を引きずってしまうんだよ」
「大変ね〜」
バスは55人乗り(定員は運転手を入れて56名)の大型バスで補助席を使わない場合、1列4人×10列+最後尾5人で45人の乗客が乗ることができる。1組の参加者は男子17人・女子13人の30人だが、実際には最前列の右側に教頭、左側に増田先生が各々1人で陣取り、その後に「男子4人×4列」「女子4人×4列」と並んだ。男子は4×4では1人余るので、余った龍虎は次の女子の列に組み込まれて(龍虎的解釈)、龍虎の隣は仲の良い彩佳、通路を挟んで向こう側に宏恵と桐絵が並んでいた。女子の最後尾は2人だけ(学級委員の麻耶と彼女と仲の良い真智)になる。
つまり座席は9列使用しているので、後ろの2列は空いており、ここは荷物置き場となっていた。
今回の宿泊体験のスケジュールはこのようになっている。
11日午前 陶芸体験
11日午後 オリエンテーリング
11日夕方 キャンプファイヤ
12日午前 山歩き教室(登山装備の説明・テントの張り方など)
12日午後 男子は登山体験/女子はバスケットボール教室
(女子でも体力に自信のある子は登山の方に参加してもよい)
可愛い服を着てきていた宏恵は、陶芸体験の前に
「その服ではやめときなさい。汚れてもいい服に着替えておいで」
といきなりだめ出しを食らった。
それで更衣室(むろん女子更衣室)に行き、安物のTシャツとジーンズに着換えて来た。
お昼は「おっきりこみ」で、みんな美味しい美味しいと言って食べていたが、その昼食の席で部屋割り表が先生から渡され、各自荷物(取り敢えず集会室に置いていた)を部屋に置いておいでと言われる。
龍虎は部屋割りを見て困惑した。
男子はA棟2階、女子はA棟3階と言われたのだが、男子の部屋割り表を見ても田代の名前が無いのである。
「ボクの部屋どこだろう?」
と龍虎が声に出して言ったが、彩佳は
「龍は3階の私と宏恵と桐絵の部屋に入れられている」
と言う。
「え〜〜〜!?」
「前から疑問に思っていたんだけど」
と桐絵が小さい声で言う。
ここから先の会話は他のテーブルに聞かれないように小声で進行した。食堂にはクラシック音楽が流れているので内緒話がしやすい。
「増田先生ってさ、龍のことを女の子だと思い込んでない?」
「ああ、それはそんな気がしていた」
と彩佳。
「それでバスの座席も女子と一緒だったんだよね?」
と宏恵。
「あれ、男子が1人余ったからだと思ってた」
と本人。
「その場合は私と並べないで龍の横を空けるよ。実際、2組は男子1人そういう配置になってたみたい。私は龍と仲良しだから全く問題無かったけど」
「そうだったのか」
「それに女の子だと思い込んでいるから、龍に劇の主役に立候補しなさいと唆したんだと思うし」
とも彩佳は言っている。
「あれ先生から言われてたの?」
と宏恵が訊く。
「ボク、ピーターパンやるというから、ピーターパンならいいかと思ったのに」
「多分先生の言うピーターパンの主役ってウェンディのこと」
「うっ」
「でもその部屋割りで問題無いんじゃない?龍、実際女の子になりたいんでしょ?」
と宏恵が言うが
「違うよぉ」
「それは違う」
と龍虎本人と彩佳がほぼ同時に言った。
「龍は女の子扱いされるのも、女の子の服を着るのも、女の子みたいで可愛いとか言われるのも好きだけど、女の子になりたい訳では無い」
と彩佳は鋭い分析をした。
「男の子には2種類あるんだよね。女の子みたいと言われて怒る子と喜ぶ子。龍虎は典型的な後者なんだけど、女の子になりたい男の子ではないんだよね」
「そのあたりがよく分からない」
「でもこれどうする?」
と桐絵が言うが
「問題無い気がする」
と彩佳。
「うーん・・・」
と宏恵も悩んでいたが
「確かに問題無いね」
と言った。
「だって私たち3人とも龍虎のヌードを見たことある」
「あははは」
「ちんちん付いてなかったよね?」
と宏恵が言うが
「凄く小さくて、ほとんど皮膚の中に埋もれているんだよ」
と龍虎は説明した。
「それなら無いのと同様に扱ってもいい気がする」
と宏恵。
「まあそもそも龍は女の子が恋愛対象ではないし、女の子に欲情を持つこともない」
と彩佳が言う。
龍虎は《ヨクジョウ》って何だろう?と思った。どうもお風呂場のことではないようだし、などと考えている。
「龍ってやはり男の子が好きなんだっけ?」
「違うよ。龍は男の子も女の子も恋愛対象じゃないんだよ」
「じゃ誰が好きなの?」
「龍虎はお婿さんになる気も、お嫁さんになる気も無いんだな」
「まだ成長が遅いから?」
「成長の遅れとは関係無く、恋愛をする気が無いのよね」
と彩佳は微笑んで言うが、ずっと龍虎をそばで見ていたから分かることである。実は何度か誘惑しているのだが、龍虎は全くそのことに気付かなかった。
「実はボク、その恋愛というのがよく分からない」
と龍虎本人も言っている。
「だから私たちが着換える時に龍には目をつぶっていてもらえばいいだけ」
と彩佳は言った。
「ああ、それなら問題無いか」
と宏恵。
「私は龍には見られても平気な気がするけどね」
と桐絵。
彩佳は微笑んでいるが、龍虎は彩佳のヌードは見たことがある。
ということで、この問題はそのままになってしまい、龍虎は彩佳たちと一緒に宿泊棟の3階に行って、同じ部屋に荷物を置いたのである。
なおクラスメイトの他の子たちは「田代さんはきっと女の子になりたい男の子だから女の子に準じて女子の部屋割りなのだろう」と思っていたようである!
午後からは小グループ(4〜6人)単位でオリエンテーリングになる。方位磁石と地図、非常用にGPSおよび発信器も持ち、定められたルートを歩いて行く。グループは予め編成しておいたが、各グループに1人は携帯電話を持っているようにし、誰も持っていない所にはレンタルの携帯電話を渡してある。これで先生たちが各グループに30分単位で連絡を入れて全員無事であることを確認する。
龍虎は結局部屋割りでも一緒になっている彩佳・桐絵・宏恵という4人で歩いたが、宏恵が磁石と地図を持ち、方向音痴っぽい桐絵にGPS発信器を付けさせ、GPS表示装置は彩佳が持つが、できるだけそれは使わずに地図と磁石で歩く。携帯電話は龍虎が持っている。
「龍の携帯、ちょっと変わってるね」
と菜美が覗き込んできた。
龍虎が持っているのはAU AquosPhone IS11SH (Strawberry Pink)である。龍虎は習い事が多いので、そこから帰る時に母か父に迎えに来てもらうための連絡用に持っている。学校では電源を切ってランドセルのポケットに入れており、基本的に使用しないので、学校の友人の多くはこれを見たことが無い。
「これスマートフォンなんだけど、普通のフィーチャフォンみたいにボタンでも操作できるんだよね」
と言って、龍虎はタッチパネルの下にあるボタン部をスライドして引き出し、それで操作してみせる。むろん普通にタッチパネルだけでも操作できる。
「あ、何か面白そう」
このタイプの「スライド型スマホ」(OSは普通にアンドロイド)はこの時期には結構あったのだが、その後、見なくなってしまった。
「でもピンクなんだね」
「龍の持ち物って可愛いものが多いよね」
「やはりそういうのが好きなの?」
「これ選んでくれたお姉さん(川南)が、これがボクに似合ってると言って押しつけた」
と龍虎は言っているが、龍虎は本当に、こういう可愛いものが好きである。(川南の「教育」のせいという気はする)
オリエンテーリングは、何組かチェックポイントの通過漏れをした組があったものの、行方不明者が出ることもなく無事に終了した。夕食は屋外でバーベキューとなり、身体を動かした後なので、みんなたくさん食べていた。
夕食が終わった後、入浴して、20時からキャンプファイヤと言われた。この日の天文薄明終了は20:15である。
それで龍虎は夕食後、彩佳たちと一緒に、いったん3階の女子の部屋が並んでいる所の31号室に一緒に行き、着換えのバッグとタオルを持ってお風呂に行く。お風呂は宿泊棟とは少し離れた場所に独立した建物となっている。浴室棟の入口から入っていくと、左右に男湯と女湯が分かれている。
この時、龍虎は途中でタオルが着替えのバッグに入っていないことに気付いた。
「もうひとつのバッグの方に入れてたの忘れてた」
「龍も荷物が多すぎたもんなあ」
『も』というのは宏恵も山のような荷物を持ってきていたからである。
「ごめーん。取ってくる」
「じゃ先に行ってるね」
と言って彩佳たちは先に行き、龍虎は1人で宿泊棟の3階まで往復してきて、やっと浴室棟に戻ってきた。
龍虎が建物の中に入って行った時、エントランスの所で増田先生が施設の職員の人と何か話していた。龍虎が男湯の方に行こうとしたら
「田代さん、そちらは男湯!」
と増田先生が大きな声で言う。
「え?でもボク男の子だし」
「そういう冗談はやめてよね。小学生の子の混浴は禁止だから。そもそも、ちんちんの付いてない子が、ちんちんの付いてる子たちの中に入っていったらみんな困っちゃうよ」
などと言って、龍虎の身体を捉まえて
「はい。女の子はこちらね」
と言って、女湯の脱衣室の戸を開けて中に押し込んでしまった。
え〜!?と思いながら、龍虎は女湯脱衣室の中に入ってしまったが、その瞬間、目をつぶった。
「龍、何をしている?」
と声を掛けてきたのは桐絵のようである。やや怒っているようだ。
「だってボク、向こうに入ろうとしたら増田先生が・・・」
と龍虎は目をつぶったまま言い訳をする。
「増田先生がいたから、こういう事態になる可能性は想定していた」
と彩佳の声がする。
「どうする?」
と桐絵。
「田代さんの性別をきちんと説明すべきだというのに1票」
と言っているのは学級委員の麻耶のようである。
「このまま龍を女湯に入れてもいいと思う」
と言いだしたのは彩佳である。
「え〜〜〜!?」
と真っ先に声をあげたのは龍虎である。
「その方が問題無い気がする」
と言っているのは穂ノ佳だ。
頭のいい彼女もこのような事態を考えていたようである。
「今田代さんの性別を明確にすると、田代さんは男子の部屋に組み込まれて明日は登山体験になる。登山とか田代さんの体力じゃ無理。田代さんを男子の部屋に泊めるのも貞操の危険があるし、男子も安眠できないと思う」
と穂ノ佳。
「貞操?」
「だって田代さんって、実は女の子だよね?」
「えーっと」
「脱がせてみれば分かる」
と彩佳が言っている。
「じゃ、田代さん、脱いでみてよ」