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この日はみんなやけに酒量が進んでしまったようであった。
優子が危ない感じだったので、タクシーに乗せて、運転手さんに《千里》が3000円渡して、アパートまで送り届けてくれるよう頼んだ。真帆は香奈と同じ方向なのでタクシーに相乗りしていくと言っていた。
朱音は自力で帰ると言っていたのだが、足取りが怪しいので、《千里》と桃香で協力してとりあえず、桃香のアパートに運んだ。階段の所は千里がひとりで45kgの朱音をおんぶして階段を登ったが桃香は
「やはり千里って男の子だったんだ!」
と言っていた。
この問題についてはあまり突っ込まれたくないので、そのまま“誤解”は放置することにした。
布団を敷いて朱音を寝せる。千里は《びゃくちゃん》に様子を尋ねたが、彼女の見立ててでは、2時間も寝たら回復するだろうということだったので、そのままにしておくことにした。取り敢えずほぼ無意識の状態のままストローで水を充分飲ませ、トイレにも1度行かせてから寝せた。
桃香はワインをグラス4杯、ビールを大ジョッキ2杯飲んでいる。『千里』もワイングラス2杯にビールをグラスで7-8杯飲んでいるが、2人とも全く平気である。桃香はもともと酒豪だし、《千里》も雨宮先生にかなり鍛えられていてアルコールに耐性ができている。もっとも今日ほんとに飲んだのはN高校のメンバーと練習をしていた《千里》つまり千里本人に代わって女子会に出席した『千里』つまり千里B(きーちゃん)であるが、彼女も元々お酒には強いし、現在は千里のアパートで寝ている。なお今夜、V高校の宿舎には《てんちゃん》が千里に擬態して入っている。
「おやつが欲しいね」などと言って、(千里が)クッキーを作り始める。桃香はバーリアルのストックを出して来て、迎え酒している(先日の金麦はもう全部飲んでしまったらしい!)。
「そういえば沢居さん、婚約したんだね」
「うん。聞いた。なかなか指輪を受け取ってくれなかったのが、やっと受け取ってもらえたと聞いた。あれ?でもなんで千里知ってるの?」
それで千里は
桃香=沢居=A子=B男=千里
という図を書いてみせた。
「つまり、沢居さんとA子さんが安定していると、こちらは私の彼氏にちょっかいを出されなくて済む」
「それで千里、研二のこと気にしてたのか!」
と桃香はやっと納得がいった。
「まあ、私は男には興味無いから」
と桃香。
「じゃ、私にも興味無いよね?」
と千里。
「千里が本当に男の子であるのならね」
「男の子だっての、分かってもらうために、こないだ触らせたのに」
「確かにそうなんだけどなあ」
と言って、桃香は頬杖をつく。桃香としてはまだ微妙な疑いを持っているのである。
クッキーが焼き上がった頃、ようやく朱音が目を覚ました。
「オレンジジュース飲むといいよ」
と言って、注いであげる。
「ありがとう」
「アイスクリームとか買って来ようか?」
「あ、私も食べる」
と桃香が言うので、千里がコンビニまで行き、乳脂肪分たっぷりという感じのアイスを3つ買ってきた。
「さんきゅー」
と言って朱音はアイスを食べているが、まだ意識が完璧ではない。
「最近、桃香と千里はかなり親密な関係なのではという噂があるのだが」
と茜が言う。
「それは無い。桃香は仮名I子ちゃんと親しいし、私は仮名B男と恋愛関係にあるし」
と千里が言うと
「それ、仮名になってない」
と言って桃香が文句を言う。
「でも千里、なぜ私が藍子と親しいことを知っている?」
「その件はこないだ、桃香で出てない時に女子会で話題になっていた」
と朱音が言う。
「うっ・・・」
「だから、桃香は今、藍子ちゃんとラブラブだよ」
「千里も今彼氏がいるらしい」
「うん。クリスマスプレゼントにこれもらった」
と言って、千里はバッグから、先日貴司からもらったイヤリングを出してみせる。
「高そうなイヤリングだ」
と桃香。
「シングルベル女子会に出ていて、ちゃっかりそういう男がいるとは」
と朱音。
「24日にはデートしてないし。桃香も先週デートしてたね?」
「なぜ知ってる〜?」
「それも噂になってた」
「うっ」
「桃香はその藍子ちゃんから何かもらったの?」
「あ、いや、彼女の手作りケーキを一緒に食べただけ」
「充分らぶらぶしてるな」
「じゃ質問を変えよう」
と朱音は言う。
「千里、ちんちんはもう無いだろう?」
「あるよ〜。ちっちゃいけどね」
と千里は答える。
「それは先日私が確認した」
と桃香が言う。
「どうやって確認したの?」
「直接触らせてもらった」
「やはり桃香と千里は、かなり怪しいことしてるんだ?」
「してない、してない」
「私が桃香の恋愛対象ではないことを確認してもらうために触らせたんだよ」
「ふーん。何か怪しい気もするけどなあ」
「いづれは取るよ」
「まあそうだろうね」
と朱音は取り敢えず納得する。
朱音は先日のファミレスでの深夜の集まりに出ていないので、千里が女子日本代表であることを知らない。
「でも、おっぱいはあるだろう?」
「それはある。ヒアルロン酸注射をしたんだよ」
「ああ」
と朱音は言った。
「知ってる?」
「知ってる。私もやろうかと思ったことあるから」
と朱音は言う。
「え?朱音知ってたんだ。私は全然知らなかった」
と桃香。
「そりゃ、桃香みたいに元々胸大きかったらね。でもあの注射、結構高い割に一時的に大きくするだけで、何ヶ月かたったら元に戻っちゃうよ。シリコン入れたらいいのに」
「まだそこまで気持ちが固まってなくて」
「ふーん。正直でよろしい」
「理解してくれてありがと」
「そうだ、成人式はふたりとも振袖?」
「うん」
「うん」
「あ、やはり千里は振袖なんだ!もし背広とか着てきたらみんなで寄ってたかって脱がせて振袖かドレス着せよう、なんて妄想してたんだけどな」
「あはは。それはよくある萌え小説の展開」
「でもおっぱい大きくしたんじゃ背広着れないね」
「そもそも背広なんて私持ってないよ」
「でも千里、塾の講師する時に背広着たとか言ってなかった?」
「あれは彼氏から借りたんだよ」
「ほほぉ!」
「むしろ桃香のほうが振袖って意外だ。桃香こそ背広ではないかと」
「うーん。私も自分がFTMではと思った時期もあるんだけど、やはり私はただのレズのようだ」
「そうかそうか。でもやはりおふたりさんお似合いだよ」
「朱音も振袖?」
「それがさあ・・・・」
と言って、朱音は自分で買った振袖、母が勝手に買って送ってきた振袖の2つがあることを言う。
「いっそ、母ちゃんが送って来たのは捨てちゃおうかと思ったんだけどね」
「それは可哀相だよ」
「うん。振袖は女の子に着てもらうために生まれて来たのに」
「実は私もそれで捨てきれなかった」
「両方着て写真撮ればいいよ。実際の成人式にはどちらか片方しか着られないけど」
「そうだなあ。両方写真撮るか。お金掛かるけど」
「親との関係がうまく行ってないのは千里もだろ?」
と桃香が言う。
「そうなんだよね〜。私が女の子してること、お父ちゃんには言ってないから」
「千里が1年後まで生物学的に男の子のままでいることは、到底考えられないから、千里、この正月は、帰省して男の子としての最後の姿をお父ちゃんに見せておいでよ」
と桃香は言った。
「そうしようかな」
「それで成人式の写真は振袖を着た姿を送ってあげればいいのだ」
「それは送るけど、お母ちゃんは絶対お父ちゃんに見せないと思う」
「ああ」
今年のウィンターカップで、旭川N高校は昨年のウィンターカップ4位、今年のインターハイでBEST4という成績なのでシードされており、初日の23日は不戦勝であった。24日の2回戦からの登場になったが、鳥取県の高校に快勝して、初陣を飾った。
試合は14時すぎに終わったので、その後宿舎に戻り、千里たちOGと濃厚な練習をして、夕方にはあがり、お風呂に入り、お互いにマッサージなどもして身体を休める。
25日の3回戦では宮崎県の強豪、宮崎K高校と当たったが、これも40点差で勝利。今年も旭川N高校のレベルが高いことを示した。
この日でBEST8が出そろったが、ここまで残っているのは、
旭川N高校・東京T高校・愛媛Q女子校・福岡C学園・札幌P高校・大阪E女学院・愛知J学園・岡山E女子校といった所である。
ここからは強豪同士の潰し合いになっていく。
なお、インターハイ準優勝の岐阜F女子校は高梁王子を擁する岡山E女子校に17点もの大差で敗れてこの日で消えてしまった。神野晴鹿・鈴木志麻子・水原由姫と日本代表が3人も入ったメンツが高梁を抑えきれなかった。
この試合の様子を、先に試合が終わって勝ち残った、旭川N高校・東京T高校・愛媛Q女子校・福岡C学園のメンツが厳しい顔をして見ていた。
「もう高梁1人のチームじゃなくなったね」
と東京T高校の吉住杏子が言う。
「翡翠史帆(ひすい・しほ)も怖い。雨地月夢(あまち・るな)も怖い」
と福岡C学園の大橋美幸。
「まあ当たるのは決勝戦だけどね」
と旭川N高校の松崎由実。
「どこが決勝戦に出るかは取り敢えず置いといてね」
と愛媛Q女子校の小松日奈は言った。
この4人はトップエンデバーで顔を合わせているので、わりと親しい。お互いにメールアドレスも交換している。
「しかし高梁は今年は誰かが停めるだろうけど真に怖いのは来年だよ」
と吉住杏子。
「あれでまだ2年生だからね」
と松崎由実。
高梁王子は1992年生まれで絵津子や鈴木志麻子・吉住杏子らと同年の生まれだが、1年間留学したため、学年は1つ下の松崎由実や水原由姫・小松日奈・大橋美幸などと同じ2年生である。
「だけどなんで由実ちゃんがキャプテンじゃないの?」
と吉住杏子が尋ねる。吉住杏子は現在の東京T高校キャプテンである。
「ああ、キャプテンなんて面倒そうだから、原口紫が日本代表に選ばれたのをいいことに『日本代表がキャプテンやらなくてどうする?』と言って押しつけた」
などと由実は言っている。
「なるほどー」
「まあ確かにキャプテンは面倒くさそうだ」
と大橋美幸。
「私もウィンターカップ終わったらキャプテンやらざるを得ないみたい」
と小松日奈は言っている。愛媛Q女子校はウィンターカップ後に3年生が引退して2年生中心のチームになる。現在の同校のキャプテンは3年生の山形治美である。
「でも旭川N高校は、ベンチに入ってない子で凄く背の高い子がいるね。由実ちゃんと変わらないくらいに高い。あの子、背は高いけど、まだ技術が高くないの?」
とN高校の事情をよく知らない小松日奈が言う。
「あの子は戸籍上男子なんで、出せないんだよ」
と由実。
「ああ、そういうことか」
「身長は178cmで私とほぼ同じね。学校にはちゃんと女子制服を着て通学してるし、生徒手帳もちゃんと女になっているんだけどね」
「あの子、かなり強いよ。背丈だけじゃなくて、リバウンド取るセンスが凄くいい」
と練習試合で対戦したことのある福岡C学園の大橋美幸は言う。福岡C学園は千里と桂華の世代で交流が深まったことから、よく練習試合をしている。
「私なんかは、倫代に負けたら、お前らの性器を交換して、倫代を出すぞ、と脅されている」
と由実。
「女やめたくなかったら頑張らないといけない訳だ!」
「ちんちんあるのも悪くない気はするけどね」
「確かに確かに」