[*
前頁][0
目次][#
次頁]
それで千里はライフに乗ってファミレスへ出かけた。ちなみにライフは車検証を見たら、三宅先生のものだった。
翌日。10月20日(水)。
ファミレスのバイトが終わって千里がライフを運転して学校に向かっていたら千葉駅の近くで桃香が道を走っている。
車を駐めてクラクションを鳴らす。
「桃香どうしたの?」
「バイトが6時で終わる予定だったのが、突発事態が起きて7時半まで掛かったんだよ。学校に間に合わない〜!と思って」
「桃香がまじめに朝から学校に出てくるのは偉い。取り敢えず乗ってよ」
「さんきゅさんきゅ」
と言って桃香はライフの助手席に乗り込んだ。
「この車は?」
「借り物〜」
「千里、いろんな人から車を借りるんだな」
「うん。私は借り物、もらい物が物凄く多い」
「なるほど〜」
それで大学構内まで車で行き、所定の場所に駐める。
「間に合った。助かった」
と桃香が言う。
それで車を降りて2人で理学部の棟の方に向かおうとしていたら、玲奈に遭遇する。
「おはよう!」
「おはよう!珍しい組み合わせだね。どうしたの?」
と玲奈が言うと
「いや、昨晩徹夜になってしまって」
と桃香が言った。
すると玲奈は「へー」と言った上で
「まあがんばってね」
と言って手を振り、物理化学実験棟の方に向かった。
「頑張ってねってどういう意味だろう?」
と千里は首をひねった。
桃香はどうも自分の言葉が玲奈を誤解させたような気はしたものの、千里が気付いていないようなので、この件は忘れることにした。
10月20日の午後、バスケット協会から、アジア大会に出場する女子日本代表のメンバーが発表されたが、そのリストを見て千里さえも「うーん」と、うなった。
PG 富美山 足立 SG 三木 川越 SF 山西 早船 呉橋 PF 宮本 簑島 花山 C 石川 馬田
自分は入らないだろうとは思っていたものの、本当に亜津子や王子が入ってないのには驚いた。今いちばん「脂が乗っている」状態の広川さんや武藤さんまで落ちているのは信じがたい。そしてしばらく千里はリストを見ていたのだが、これは8月末時点の代表候補の中からWリーグに所属している選手で年齢が上の順に12名選んだものに近いことに気付く。あのメンツに居なかった足立や呉橋は昨年まで代表活動していて今年は「ご卒業」していた年代の選手だ。
「こんな陣容で大丈夫か!?」
と思わずひとりごとを言ってしまった。
すると三木エレンから電話が掛かってきた。
「代表選出おめでとうございます」
と千里は言ったのだが、エレンは
「辛いよぉ。村山ちゃん、代表に来て欲しかったよぉ」
などと泣き言(?)を言っている。
「それ、花園に言って下さい」
「私はもう今回の世界選手権で代表引退しようと思っていたのにさ」
「それは困ります。私は三木さんを倒して代表に入りたいから、2年後まで頑張って下さいよ」
「花園ちゃんも、次は自分が私より若い番号つけますから2年後まで死なないでくださいと言ってた」
「あはは。でも何で花園や広川さんまで落ちたんですかね?」
「年齢順選考」
「やはり・・・」
「それとどうもWリーグ以外の組織に選手派遣の協力を依頼する時間がなくて、Wリーグの中だけから選んだらしい。取り敢えずアメリカの羽良口とスペインの横山は無理だった」
「あぁ・・・」
「せめて高梁だけでも何とかならないかと強化部長が打診したけど、日本代表の強化日程がウィンターカップの予選とまともにぶつかるから出せないと、県体連の方から拒否されたって」
「E女子高じゃなくて、県体連からですか!?」
「だって県体連としてはインターハイBEST4のE女子高に今度こそは優勝をと期待したい。でも今のE女子高は高梁抜きでは県大会で優勝する力が無いんだよ」
「それは言えてますよ。そこそこ強いんですけどね」
高校3年の時、自分と玲央美がウィンターカップ予選を欠場してU18アジア選手権に出られたのは、玲央美のP高校は自動出場だったし、当時の旭川N高校は暢子、留実子、雪子、絵津子といった全国レベルのメンツが居て、千里抜きでも北海道大会で優勝する力を持っていたからだ。E女子高は来年は分からないが、今年はまだ高梁抜きでは多分県BEST4くらいの力しかない。
「それからアジア大会の日程が、関東総合とぶつかるからさ」
「あ、そうでした?」
「それで、村山ちゃんと、佐藤ちゃんの出場について、東京協会も千葉協会も断ると言ってきたって」
「あははは。私、そんな話全く聞いてないのに。でも私もさすがに関東総合は欠場したくないです」
「クラブチームや実業団にとっては重要すぎる大会だもんね〜。今回の代表チームはあまりにも弱すぎて涙が出るよ」
「まあそう言わずに頑張ってください」
と千里は最後はエレンを慰めるように言った。
エレンが言っていた、ウィンターカップの岡山県予選であるが、1〜2回戦が10月23-24日(土日)に行われた。岡山E女子高・岡山H女子高・倉敷K高校はいづれも地区予選(8月)は免除でこの大会に出たのだが、3校とも順調に2回戦まで勝ち上がりBEST4になった。BEST4のもう1校は倉敷S高校である。
この続きは11月13-14日に行われる。
10月29日(金)。桃香が都内の呉服店に頼んでいた振袖が出来上がった。桃香は大学の帰りに受け取ったが、自分で着られるものでもないし、バイトもあるので受け取ったまま、バイト先に持っていき、ロッカーに入れておいて、翌朝帰宅する時、自宅アパートに持って帰った。徹夜作業疲れてそのままぐっすり30日は寝ていたので、桃香が実際の振袖を見たのは、30日も夕方になってからである。
その10月30日(土)、千葉県秋季選手権大会(総合千葉予選)の1回戦が行われたが、ローキューツは不戦勝であった。明日の2回戦(準々決勝)からの参加になる。この日千里たちは16時から18時まで臨時に借りたC大近くの体育館で練習をしてから解散する。バスで帰宅するのに千葉駅方面に向かって歩いていたら、コンビニから出てきた桃香とバッタリ遭遇した。
桃香はジャージの上下である。
千里もジャージの上下である。
「桃香何か運動したの?」
「いや。これは寝間着代わり。千里は?」
「うん。ちょっと体育館で運動してきた」
「偉いなあ。私は大学の体育の授業くらいしか運動してないよ」
桃香は今期サッカーを選択しているらしい。
そんな話をしながら歩いていたのだが、桃香が
「そうだ。私の振袖ができたんだよ。見ない?」
というので
「見る見る」
と言って千里は桃香と一緒に桃香のアパートに行くことにした。
そしてふたりが楽しそうにおしゃべりしながらアパートに入っていくのを偶然そばを通りかかった聡美が見ていたのだが、ふたりは聡美に気付かなかった。
桃香はお店で入れてもらったプラスチックのケース(持ち手付き)を開けると中の振袖を取り出した。
「きれいだね〜」
と千里。
「うん。きれいだなと思った」
と桃香。
「まるで初めて見たようなこと言ってる」
「うん。実は初めて見た」
「なぜ〜?」
「だって注文した時は生地の写真しか見てないから」
「ああ」
千里が袖を通してみるといいよと言うので、桃香もその気になり袖を通して前を合わせてみる。鏡に映す。
「うん。けっこう似合う気がする」
「桃香は目鼻がハッキリしてるから、こういう派手な柄は似合うよ」
と千里は言った。
「あっそうだ。千里写真撮ってよ」
と言って桃香は自分の携帯を渡して千里に撮らせたのだが・・・
「千里君、これは何を写したの?」
「あれ〜?」
「いいや。鏡に映して自分で撮ろう」
と言って、結局片手を伸ばして自撮りしていた。いちばんきれいに撮れたのを640x480に縮小した上で左右反転させ、お母さんにメールしていたようである。
「へー!左右反転とかできるんだ?」
と千里が感心したように言う。
「だってそうしなきゃ鏡に映したのを撮っているから」
「なるほどぉ!」
「いや、こんなことで感心されては困る」
と桃香は当惑している。
結構楽しんでから桃香が「たたみ方が分からない」と言い出した。
「たたみ方くらいは分かるよ」
と言って、千里は桃香の振袖をたたんであげた。
「そのたたみ方で正解のような気がする」
「和服は縫い目でたためばいいんだよ。そうしたら傷まないから」
「へー。そのあたりは私は浴衣とかでも適当だった」
10月31日(日)。千葉県秋季選手権大会の2回戦が行われる。
ローキューツは強敵・千女会と激突した。このチーム相手には当然最強の布陣で出て行く。
凪子/千里/薫/麻依子/誠美
ほとんどプロレベルの布陣である。それでも千女会は物凄く強かった。
ローキューツは昨年この大会の決勝で千女会と当たり辛勝しているが、その時は向こうは中核選手が出ていなかった。今回は向こうも最強布陣で来ている。むろんこちらも昨年からかなり強い選手が加わっているのだが、それでも最後のほうまで競ることになった。
最終的には何とか60-66でねじ伏せた。
その他この日勝ち残ったのは、市川A高校、E大学、昨年準決勝で当たったK大学の3チームであった。
準決勝と決勝は11月3日に行われる。
「房総百貨店の体育館ですか」
「うん。バレー部の強豪だったけど、あそこも最近経営が厳しくて2年前に廃部になって、体育館は使用していないんだよ。更地にして売却しようかという話もあったものの、土地価格がずっと低迷してるでしょ。元々安い土地を求めて建てた体育館で、交通の便も悪いから売れないんだよ」
「それを借りられないかという話ですか」
ローキューツが練習する体育館について、現在は千葉市の公共体育館を使っているのだが、中心的な体育館なので、行事やスポーツ大会などでふさがっていることも多く、充分な練習ができないこともあるというので、どこか空いている体育館がないか探していたのである。
この話は谷地コーチが友人から聞き込んできた情報である。
「バレー部が使っていたのならバレーコートのラインが引かれています?」
「ペイントされている。削ってペイントし直してもいいだろうし、ビニールテープで対応してもいい」
「テープいいでしょ」
「うん。削って引き直しとか、お金かかりそうだし」
「でもそこに行く交通は?」
「モノレールの千城台駅から2.5kmくらいあるんだよね。歩くと30分だけど」
「走りましょう」
「走ったら15分でしょ」
「いや、昼間ならそれでもいいけど暗くなったらぶっそうだから、ひとりで駅まで来た場合は、誰か車で来ていて、駅との間を送り迎えしないと痴漢とかにあったらいけない」
「男装しようか?」
「バレると思うな」
「じゃ女装しよう」
「意味分からん」
「車の問題は対応できると思うな」
「それで実際問題としていくらくらい出せば借りられそうなんですか?」
「全く使っていないにも関わらず今維持費が年間600万円掛かっているらしい。ほとんどは固定資産税なんだけど。だからそれをカバーできるくらい出す人があったら貸してもいいという話」
「600万円ですか!?」
「その半分の年間300万円程度出してくれるならたぶん貸してくれるのでは、と友人の話。光熱費は別」
「光熱費ってどのくらい掛かるの?」
「いちばん大きいのは電気代らしい。だから日中の使用が主で、灯りとか付けず冷暖房も入れないなら、たぶん月間5万も行かないだろうと。しかし冷暖房をバンバン使えばたぶん15万か20万」
「そこは我慢しよう」
「夏は窓開ければいいよね」
「どっちみち練習してたら汗掻くよ」
「あと、売却が決まった場合は、その時点で契約を解除してもらいたいと」
「まあそれはいいでしょう。千里どう?」
「うん。年間300万くらいなら出していいよ」
と言いつつ、最近私も椀飯振舞い(おうばんぶるまい)だなあと思った。頑張って作曲で稼がなきゃ。
なお山村星歌の曲は可愛いのを書いて既に渡している。11月末か12月頭くらいに発売されるはずである。
「だったら、村山さん、今度一緒に来てくれる?」
「分かりました」