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「精子の冷凍保存については、医学部の友達に聞いてみるよ。確か保管料は年間5万円くらいと聞いた気がする。5〜6年後に使うのならそのくらいは何とかなると思うし」
と桃香は言う。
「でもそれって本来不妊治療とかの目的では?あと癌の治療受ける前とか」
「そのあたりはコネと誤魔化しで」
「じゃ精子採取の件はそのあたりの話が分かった所で再度考えさせて」
「分かった」
「でも私、ほんとに射精したことないから、精子取れなかったらごめんね」
「それは絶対取ってみせる」
「桃香ならできるような気もしてきた」
と言って千里は微笑んだ。
「でも今日は千里が確かに女の子であることを裸を見て確認したから満足」
「じゃ寝ようか?裸のままでもいいよ。何もできないけど」
「確かに男としてはHできないけど、それ女役ならいけるよね」
「どこに入れるのさ!?」
「入れる所あるじゃん。私はバージンを失いたくない女の子には別の所に入れているよ」
「ちょっと待ってぇ!」
「でも今日はいいや。そのうち寝込みを襲っちゃおう」
「怖いなあ。やはり私は台所で寝ようかな」
それで結局、千里も桃香もちゃんと服を着た。前回泊まった時は台所に寝たのだが、お部屋が片付いたので、桃香が6畳に、千里は4畳半に布団を敷き、間の襖も閉めた。それでも会話はできる。
少しおしゃべりしていた時、桃香が少し襖を開けて言った。
「成人式の日にさ・・・」
「え?」
「成人式の記念に、Hするカップルってよくいるじゃん。千里、成人式の日にやらせてよ」
「私、だから桃香と恋愛するつもりはないんだけど」
「うん。だから恋愛無し、後腐れ無しで、単純に快楽を味わうだけで」
それまさに紙屋君と美緒の関係だなあ。
「男の発想だ、桃香って」
「あはは。私は中身は男なんだよ」
紙屋君と美緒も、どちらかというと美緒が男で、紙屋君が女の子だよなあと千里は思った。美緒は男に生まれていたらたぶん女の子3〜4人身籠もらせそうだ。千里は男性心理が分からないが、貴司などの話を聞くと、男の子って目の前に女の子がいたら、別に恋愛感情がなくても、セックスしてみたくなるらしい。たぶん美緒も桃香もそういう発想なのだろう。
「でも桃香ってFTMじゃないよね?」
「うん。私は基本的にレスビアンであって男になりたい訳では無い」
「だいたい成人式にそういうことするカップルって、ふだんから普通にしているのでは?」
「確かにそうだ」
「あと振袖脱いじゃうともう着れないよね?」
「帰りは洋服だね」
まあ《きーちゃん》に着付けしてもらう手はあるけどね、と千里が思うと、《きーちゃん》はOKサインを笑顔で出している。
そんな会話をしてから、また襖を閉めてその日は寝た。例によって深夜に桃香は千里の布団に侵入しようとしたものの、しっかり撃退しておいた。
「信じられない。女の子のお腹を蹴るなんて」
「正当防衛。もう寝なさい」
「分かった。今夜は引き上げる」
「でも桃香って本当は男ってことないの? ちんちんどこかに隠してるとか?」
「私も時々探してみるのだが、ちんちんは見当たらないようだ」
探してみるのか!?
どこを探すんだ??
翌16日・木曜日の朝は起きてからふたり分の朝御飯を作って一緒に食べる。
「できたての暖かい朝御飯を食べるのっていいなあ」
などと桃香が感動している。
「ねぇ、千里、いっそここにずっと住まない?雨漏りのするアパートよりいいじゃん」
「それは考慮に値する提案という気もするけど、私、ここに泊まったら貞操が危なそうで怖い」
「まだ、ここに泊めた同級生をやっちゃったことはないよぉ」
「同級生じゃなければ、やっちゃったことあるんだ?」
「いや、そういう子は最初から、そのつもりで連れ込んだ子だし」
「なんか怪しいなあ」
ともかくもそれで一緒にフェラーリに乗って学校に出て行く。またここで2人が一緒にフェラーリから降りてきたのを多数の友人たちに目撃され、“どうもあの2人は怪しい”という噂が増産されていく。
その日はファミレスのバイトの日なので、千里は学校が終わると、フェラーリでそちらに向かった。翌17日金曜日の朝、学校に出る前に仮眠するのに自宅まで戻るより、桃香んちに行った方が近いなと思って、千里はフェラーリを運転して桃香のアパートまで行った。
そして2時間ほど仮眠した所で電話で起こされる。みると緋那である。不快な気分になるが、1分くらい着メロが鳴った所で電話を取る。
「はい」
「千里さん、私、謝らないといけないことあって」
「え?」
「こないだ貴司のマンションで鉢合わせした時、指輪見せたでしょ?」
「うん・・・」
「私『これもらったの』と言ったから、千里さん、貴司が私にくれたんだと思ったよね?」
「・・・・違うの?」
「ごめん。私もわざと、そう誤解されるように言ったんだけど、その後、貴司が倒れて気を失う事態になるのは想定外で。介抱している間に千里さん帰っちゃったし」
「ちょっと待って」
「私、実は研二からあの指輪をもらったんだよ」
「え〜〜〜〜!?」
それでは千里はとんでもない誤解をしたことになる。
「でも貴司を誘惑したのは事実。私、貴司に研二と婚約したことを言った上で最後にもう1度だけセックスさせてと言って誘惑したのよ」
「それで?」
「貴司は結局してくれなかったよ。ただハグだけしてくれた」
「それで充分浮気前科1犯だな」
「キスもしてと言ったけど、唇にはダメだと言って、額(ひたい)にしてくれた」
「浮気前科2犯だ」
「でも貴司は千里さん一筋だと思う。貴司、千里さんに電話が通じなくて困っているみたい。どうしても連絡付かなかったら、今日会社休んで千葉まで行ってみると言ってた。週末は試合があって動けないらしいし」
「分かった。貴司の浮気は浮気として、そういう状況なら、私殴ったこと謝りに今日、向こうに行くよ」
「ほんと。良かった。私と千里さんって、結構いいライバルだったし」
「そうだね。結構共同作戦で貴司の浮気を封じたりもしたしね」
「なんか楽しかったね」
それで千里は貴司に電話した。
「ごめん。緋那さんから事情聞いた。あの指輪は研二さんが緋那さんに贈ったのね」
「分かってくれたらいいよ。あいつ、あそこでわざと誤解されるような言い方をしたし」
「今日大学休んでそちらに行くよ」
「夕方からにしない?僕も会社あるし」
「そうだね。じゃ大学終わったらそちらに行く」
「あ、千里」
「うん?」
「あのさ。ボーナスも出たし、ダイヤの指輪を買ってあげるから、あらためて婚約指輪として受け取ってくれない?」
「そうだなあ。じゃ、貴司がこの後1年間浮気しなかったら受け取ってあげるよ」
「う・・・努力してみる」
実際に千里が婚約指輪を受け取るのは約1年後、2012年の1月である。
千里が電話を切ると、桃香が微笑んでこちらを見ていた。
「仲直りできた?」
「うん。今夜、会いに行ってくる」
「うん。頑張るといいよ。週末はずっと向こうで過ごすの?」
「そうしたいけど、土曜日はバイトがあるから、明日の夕方までには戻るよ」
「私でもよければバイト代わってあげたいくらいだけど」
「桃香、飲食店のバイトしたことある?」
「無い」
「桃香、料理とかできたっけ?」
「ほとんどできない」
「ちょっと厳しい気がするなあ」
そういう訳で17日(金)の授業が終わると、千里は大学構内に駐めたフェラーリに乗って大阪に向かった。乗り込もうとしていた時、桃香が来て
「北海道の親戚(笑美一家である)が東京に出てくるんで、迎えに行きたいから羽田まで乗せてもらえない?」
と言った。
「OKOK。乗って」
と言って、桃香を助手席に乗せてフェラーリを出す。
そして、ふたりがまた一緒に(仲良さそうに?)フェラーリに乗り込んで行ったのを、玲奈と優子が見ていて、顔を見合わせた。
「あのふたり、最近かなり親密になってない?」
と優子。
「いや、こないだも何人かでその話をしていた所。かなり怪しいよね」
と玲奈。
「でも、桃香ってレスビアンじゃなかったの?」
「だから、千里が最近完璧に女の子してるから、ストライクゾーンに入ってきたのではないかと」
「うむむむ・・・」
千里は羽田で桃香を降ろすと、空港建物の中に入っていったのを見送ってから自分も“荷物”を持って降りて《こうちゃん》に
『よろしく〜』
と言った。《こうちゃん》はそのまま車をアパート近くの駐車場に回送し、その後、遊びに行った!
一方千里は、予め予約していた伊丹行きに搭乗した。伊丹空港からはモノレールで千里中央に出た後、北大阪急行に乗り継いで桃山台駅まで行く。そして貴司が練習している体育館に行った。1Fのフロアに入って行き練習を見ていたら、貴司がびっくりしてこちらを見た。びっくりしたついでにパス失敗して叱られていた!
インターバルでこちらに寄ってくる。
「練習見に来てくれたの?」
「うん。鍵、貸してくれない?」
「じゃ、控室の僕のスポーツバッグの中に入っているの、持って行ってくれない?」
「OK」
それで千里は貴司に手を振ると控室に行き、スポーツバッグ(千里がプレゼントしたスポルディング限定品)を開けると、中から見慣れた優佳良織のキーホルダーが付いた鍵を取り出す。これ持っててくれたんだなあと少し涙腺が潤む。きっと私と顔を合わせる機会があったらいつでも渡すつもりだったんだろう。フロアにいったん戻って貴司に手を振って体育館を出る。
その後、北大阪急行に1駅乗り千里中央まで戻るとセルシーで買物をする。
上等な牛肉、鶏1匹(丸ごと)、合挽肉、野菜などを買う。ヱビスビールの限定6缶パックを2パック買った所で、これを《せいちゃん》に鍵を渡して、先にマンションに持って行ってもらう!
自身は阪急百貨店に寄り、アンテノールでケーキを4個、お酒コーナーでボルドー産の赤ワインを買う。それからマンションに戻り、《せいちゃん》に鍵を開けてもらって中に入り、お料理を作り始めた!
貴司の練習はまだ3時間くらい続くはずである。
まずは丸鶏の内臓をきれいに取り、よく洗った上でスパイスを擦り込み、下味の液に漬ける。牛肉と野菜を切って、圧力鍋に放り込み、ガス台に掛け、圧力が掛かった状態で15分。火を止めて自然放置。一方もうひとつのガス台でキャベツの葉を茹でる。電磁調理器で、タマネギを炒め、合挽肉、パン粉・牛乳少々とボウルで混ぜる。これを茹で上がったキャベツで巻き、ほどけないようにスパゲティを刺す。ルクルーゼのいちばん大きなのに並べ、別途混ぜた調味料を入れて電磁調理器に乗せ、タイマーで30分煮る。
そんなことをしている間に圧力鍋のふたが落ちるので、ふたつの鍋に分け、片方はカレー、片方はシチューにする。10分ほど弱火で煮た上で鍋ごと水冷する。
オーブンの余熱を始める。
マカロニを煮て、チーズとリンゴを切り、マカロニサラダを作る。できあがったら冷蔵庫に入れる。水冷した鍋からカレーとシチューを冷凍用のビニールパックに小分けして詰める。料理名と日付をマジック書きした上で冷凍室に放り込む。オーブンの余熱が終わった所で、下味を付けていた鶏を取りだし、オーブンに入れて1時間加熱する。
そして寝た!
30分ほど寝て、疲れを取った所でシャワーを浴びて汗を流す。肌襦袢、長襦袢、を着る。このあたりまでは自分で出来るが、振袖は《きーちゃん》に頼む。今日着るのは、プリンタで染めた、鳳凰家族の振袖である。
《たいちゃん》から『貴司君、練習場を出たよ』という連絡が入る。ロールキャベツの鍋を温め直す。食卓にグラスを並べ、赤ワインを置く。ケーキの箱を冷蔵庫から出して置く。
やがて貴司が帰ってくる。貴司自身がドアを開ける前に内側から開けて、
「おかえり、マイダーリン」
と言うと、そのままキスをする。
「待って、中に入ってから」
と言って貴司は中に入ってドアを閉め、そのまま千里と5分くらいキスした。
「誤解して殴ったりしてごめんね。それに指輪を送り返しちゃったりして」
「分かってくれたらいいんだよ。でも凄い服を着てるね!」
「これ、U20アジア選手権のメンバーで一緒に作った振袖なんだよ。プリンタ染め」
「これ、プリンターなの? それにしてはきれいだね!」
「とにかく入って入って」
と言って中に入れる。