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森田朝日は宇治市の小さな呉服店の子供に生まれた。和服に囲まれた環境で育ち、小さい頃からよく和服を着せられていたので、和服を自分で着るのも人に着せるのも普通にできた。それで小学生の頃にはお店で着付けの手伝いをしていた。
ただお店のお客さんは圧倒的に女の人が多い。それでお客さんに不安を持たれないように「あんた女物着て」と言われ、女物の和服を着て女性の着付けをしていた。お客さんたちからは「可愛いお嬢さんですね」などと言われていた。それで彼は髪を伸ばしていたし、いつも美容室でヘアカットしてもらっていた。朝日は床屋さんに行ったことが無い。
「今はお客さんが勝手に女の子と思ってるけど、その内5−6年生になって声変わりしたら男の子と分かっちゃうから着付けもできなくなるね」
と祖母が言うと父が
「金玉取るか?そしたら声変わりせん」
などと言った。
「取っちゃうの〜?」
「昔ドイツとかイタリアでは歌の上手い男の子はみんな10歳くらいになったら金玉を取っていた。そしたら声変わりが起きないから高い声を維持できたんだよ」
と父は言う。
「ああ、あんたも歌がうまいね」
と姉が言う。
朝日は地元の児童合唱団に入っているが、男子は声変わりしたら退団することになっている。
「それってちんちんも取るの?」
「それは本人の希望次第だな」
「あんたはどうする?金玉だけ取る?ちんちんと金玉の両方取る?」
その二択なの〜?と思っていたら数日後母が言った。
「この薬飲みなさい」
それで“声変わりが起きなくなる薬”を渡されたので、毎日飲んだ。また睾丸を不活性にすると言われ、睾丸は体内に押し込んだ上で女の子用パンティで押さえて降りて来ないようにした。その上でパンティにホッカイロを貼られた。睾丸は体内に入っていると活動しないらしい。また温めると活動が弱くなるということだった。
この処置と毎日飲むお薬のおかげで朝日は中学3年生になるまで声変わりが起きなかった。それで5−6年生になってもやはり女物の和服を着てお店で着付けをしていた。
中学生になると日によっては姉が中学時代に着ていたセーラー服を著てお店に出ていることもあった。朝日は髪を長くしているしいつも美容室で切っていて可愛い感じにしていて、声もハイトーンだし、セーラー服を著ていても違和感が無かった。
彼は学校には普通に学ランを着て通っていた。パンツはショーツの上にトランクスを穿いていた。体育の着替えの時にパンティを見られないようにである。
児童合唱団は小学校卒業でそちらも卒業したが、中学では友人に誘われコーラス部に入った。女声合唱なので本来は女子だけなのだが、朝日は高い声が出るので特別に入れてもらい、ソプラノで歌っていた。大会に出る時にセーラー服を著たこともある。お店でセーラー服を著ていることは友人には知られており、大会での朝日の服装が問題になった時
「先生、朝日ちゃんはセーラー服持ってます」
と言われ
「持ってるなら著よう」
ということで著ることになった。
“声変わりが起きなくなる薬”の副作用か(本作用だったりして)、中学1年生になると胸が膨らみ始めたが、母に言うと「ああ、ブラジャー着ければいい」と言われてジュニアブラを買ってもらった。ブラは高校に入ってからはAカップのブラに交換した。
朝日の家でやっていた呉服店は中学3年の時に潰れてしまった。朝日はお店に出て着付けをすることもなくなった。それで“声変わりが起きなくなる薬”(女性ホルモンだと後で教えられた)も飲まなくなった。すると半年ほどで声変わりが起きてソプラノが歌えなくなった。でもコーラス部にはピアニストとして中学卒業まで残った。ピアノは幼稚園の頃からずっと習っていたので、音楽の時間にはピアノ係をしていた。ピアノ教室の発表会ではいつも姉と連弾をしていた。
高校時代は普通の男子高校生をし(本当に?)、産業系国立大学の繊維学部に入った。新入生合宿で朝日は誤って?女子の部屋割に入れられていた。
「え?ここ女子の部屋?性別間違われたみたい。先生に言ってくる」
「待って。あなた女子じゃないの?」
「ぼく男子ですー」
「嘘」
「ほんとに男かどうか検査しよう」
「え〜?」
ということで朝日は女子たちに裸に剥かれてしまう。
「下着は女物か」
「おっぱいがある」
「でもちんちんも付いてるね」
「だから言ったのに」
「ちんちん小さい気がする」
「よし、性転換手術しちゃおう」
と一人の女子・八重ちゃんが言った。
「え〜!?」
しかし朝日はその八重ちゃんの手でタックされてしまった。
「すごーい」
「これはもう女の子のお股だよ」
「区役所に性別変更届けを出しておくように」
「性別変更とかできるんだっけ?」
「今年の7月16日からできるようになる」
「へー」
それで朝日は大学時代、女子のグループで行動し、女物の洋服も増えたし、お化粧なども覚えた。
「あさひん、ヒゲとか生えないの?」
「あまり生えないみたい。だからヒゲを自分で剃ったことはないよ。美容室行った時に顔剃ってもらうだけ」
「スネ毛も生えないんだっけ?」
「あまり生えないみたーい。処理したこと無い」
「羨ましい」
女子たちとはよく一緒にお茶会とかしたし、一緒に遊びに行ったりした。太秦(うずまさ)とか、大阪の海遊館とかナガシマ・スパーランドとかにも行った。スパーランドの温泉では
「まずいよー」
と言ったのだが
「ばれない、ばれない」
と言われて彼女たちと一緒に女湯に入っている。朝日は女性の裸を見ても特に何も感じないので、ごく普通に入浴できた。また朝日は撫で肩の女性体型だし胸が膨らんでいるので、まず不審がられることは無い。
大学2年生の1月、朝日は成人式には何を着ていこうかなと悩んでいた。女子の友人達は振袖が多いようである。しかし朝日は予約していなかったので1月に入ってからでは借りられないようである。(むろん男物のスーツとか着る気は毛頭無い)
悩んでいたら、姉がやってきて
「あんた成人式の振袖はもう借りた?」
と訊く。
「あれかなり前から予約してないといけなかったんだね」
「呉服屋の娘が何そんな分かりきったこと言うのさ」
と姉は言い、
「これ貸してあげるから」
と言って、自分の振袖を貸してくれた。それで朝日は姉の振袖を借りて成人式に出た。姉は
「母ちゃんたちに見せるから」
と言って記念写真も撮ってくれた。
更に姉は言った。
「あんた戸籍を分籍しなさいよ」
「分籍?」
「20歳になったら戸籍は親の戸籍から分けて自分の戸籍を独立させるもんなんだよ」
「へー」
「あんた性別変更したら自動的に分籍されるけど、どうせならその前に分籍しといた方がいいよ」
「性別変更?」
姉の話はよく分からなかったが、朝日は市役所に行き、分籍の手続きをしておいた。
大学卒業後は昔の呉服店のコネで京都市内の横山呉服というところに入った。呉服店なので和服で勤務して下さいと言われる。50歳くらいの女性の店長が見立ててくれたが、最初
「あなた可愛いからこれ似合いそう」
と言われ、何だか華やかな服を渡される。それで更衣室で着てみたら振袖であった。
(着る前に気付こうよ)
「やはりよく似合う」
「あのぉ、私男なんですけど」
「え?そうなの?ごめんごめん。じゃこれ着て」
と言われ、黄色い紬の服を渡された。
それでその服に着替えた。
「でもひとりで着れるんだね?」
「中学生の時に潰れましたけど、うちが呉服屋だったから小さい頃から和服着てたんです」
「でもさっきは振袖着てたね。振袖は難しいのに」
「お客様の着付けをしていましたから」
「じゃこれからは振袖の着付けとか頼もう。振袖はできる人が少ないのよ」
「それはまずいですよ。うちでは私まだ小学生だったから女性のお客様の着付けもしてたけど、大人の男が女性客の着付けする訳にはいきませんよ」
とは言ったものの、手が足りない時、何度か振袖の着付けをした。むろんノークレームである。お客さんは朝日の性別に何の疑問も持たなかったようである。
なお健康保険証を渡されたが、こう書かれていた。
氏名:森田朝日
生年月日:昭和60年7月7日
性別:女
性別が女になってるけどいいのかなあ、と思ったが、性別で病院代は変わらないだろうし、いいことにした!
半年ちょっと勤めたところで、横山呉服は倒産してしまった。
倒産後は、しばらくファミレスのフロア係で食いつないでいたが、2009年6月、同業者の呉服店・雅(みやび)から声を掛けられた。
同社で福岡支店を出すことになったものの、雅では人手が足りないので旧横山呉服のスタッフで運用してもらえないかということだった。その話し合いの席に集められたのは、全員横山呉服本店のスタッフだった人たちである。集められたのは10人だが、遅刻や欠勤の多かった人、ミスの多かった人、などが来てないので、選んで声を掛けたなと思った。実は最初に下記高島さんに声を掛け、他のメンツは彼女の推薦だったらしい。既婚の人、彼氏の居た女性も入ってない。
福岡では住居はあっせんし、家賃相当額を住宅手当として支給するということだった。また福岡赴任は最長5年とし、その後は関西での勤務になるということであった(九州での継続勤務を希望する場合を除く)。
結局福岡に行くことになったのは下記8人で、店長以外が旧横山呉服本店のスタッフである。(年齢は4/1現在)
店長:花崎範也(雅・四条店副店長)M36
副店長:高島梢(横山呉服本店・上級販売員)F32
篠崎賢太 M27
広中和彦 M25
春日寛 M24
森田朝日 M23
坂口邦夫 M23
戸倉悦美 F22
小川社長は言った。
「君たちの中で結婚してもいいよ」
「男女比が・・・」
メンバーは男6人・女2人である。4:4かせめて5:3ならかなりマッチング可能かもしれないが、6:2は厳しい。しかも誰とは言わないが女性のひとりは結婚を既に放棄している。だから朝日を除いても5:1に近い。
「うちは同性婚でも家族手当出すから」
メンバーの間に視線が走る。
「女装勤務してもいいよ」
と社長が言うと、元横山の全員の視線が朝日に集中する。それで朝日はノリで言った。
「女装しようかな」
「森田君は振袖のモデルさんにもなれると思う」
と高島さん。
「待って。森田さんって女性じゃないの?」
「本人は男だと主張してますけどね」
「女にしか見えないですよね」
「病院の診察券は女になってる」
(保険証が女になってたからだと思う)
「お友達によると中学高校では女子制服着てたらしい」
「小学生の時に親から娘になって欲しいと言われて女の子になる手術を受けたという説もある」
「じゃ振袖着るのが嫌でなければ振袖で。女性のスタッフ少ないし」
ということで朝日は福岡支店で振袖を着て勤務することになったのである。
福岡支店は博多区の大型商業ビルの中にあるが、朝日の住居は早良(さわら)区のマンションである。地下鉄で通勤することになる。なお京都からの引越は佐川急便の引越便で、本人は新幹線で移動してきた。
Tシャツにジーンズのパンツでお店に出て行き、お店の更衣室で振袖に着替える。振袖はお店から渡されたもので、最初はプリンタ染めの20万円台のものだったが、8月にはキャンセル品が出たということで推定90万円ほどの型押し友禅?の品に交換された。これはお店からの貸与品である。但し帯は私物の西陣織の袋帯を締めている。自分で京都市内の帯屋さんで買ったお気に入りの品である。
なおメイクは初期の頃は高島さんがしてくれていた。
お店ではお客様の着付けも頼まれた。
「分かりました。男性のお客様の着付けですね」
「いや。女性のお客様の着付けを。他にできる人がいないのよ。男性客は篠崎君も広中君もできるし」
「男が女性の着付けをするのはまずいですよー」
「いや君は女に見えるから問題無い」
浴衣程度なら戸倉さんも着付けできるが、振袖の着付けができるのは高島さんだけで、彼女は副店長としての仕事で忙しい。それで朝日が主として女性客の着付けをしていたが、一度も不審がられたことはない。
なお高島さんの勤務着は色留袖、戸倉さんは7-8月は浴衣で9月からは振袖21を着ていた。
なお、健康保険は横山呉服倒産後は任意継続にしていたのだが、雅に就職したので新たな健康保険証をもらった。任意継続は保険料も高かったので、助かったと思った。しかし新しい保険証でも朝日の性別は女になっていた。朝日は、まあいいかと思った。
朝日は福岡支店に来て最初はトイレはビル内の男子トイレの個室を使っていたのだが、ビル側から「和服の女性が男子トイレに入ってくるという苦情が来ている」というクレームがある。
それで朝日は店長から女子トイレを使うように言われてしまう。最初は高島さんがトイレに行く時に誘ってくれて一緒に行っていたが、“女子トイレ慣れしてる”と指摘され、2日目からは「一人で行けるよね?」ということになってしまった。
それに着付けができる高島さんと朝日の双方が同時に店を離れている状態をあまり作りたくないのである。ふたりは休憩時間もずらしている。
更に3日後くらいに不思議な女の子と出会い
「女の人みたいな声が出るようにしてあげようか」
と言われて、本当に女性のような声が出るようになった。また喉仏が消失した。
それで朝日は店頭で女声で接客するようになったのである。更には更衣室も最初は男子更衣室を使っていたのが「女子更衣室使ってよ」と言われ、そちらで着替えるようになった。実は男子更衣室が女子更衣室の半分くらいの面積しか無いという事情もあった。スタッフは男のほうが多いのに。それに振袖を着るには30分くらいかかる。女子更衣室の方が広いのは、着付け室が埋まっている時に女性のお客様をここで着付けする場合を想定したものである。
雅の更衣室は店の裏側にあり女子更衣室にはロッカーもあるが「森田」という名札の入ったロッカーも用意された。この部屋を使うのは高島さん(副店長)、朝日、そして悦美ちゃんの3人である。それで3つのロッカーが並んでいる。
高島さんが言う。
「次は通勤服も女物にしよう」
「え〜?」
悦美ちゃんが拍手する。
でも高島さんは彼をビル内のレディース・ファッションのお店に連れて行き、スカートをプレゼントしてくれた。
それで仕方無いので?朝日は自宅マンションからスカートを穿いてお店に出勤するようになった。
またこの頃からお店でするメイクも自分でするようになった。
朝日の居ない時に梢と悦美は話していた。
「朝日さんって、女の子パンティなんですね」
「あの子なら何も不自然じゃないね。だいたい横山時代も女物の紬着てたし、髪も長くしてるし」
「ですよね、最初女の人と思ってた。ブラジャーもしてますよね」
「あの子、胸があるよ。以前触ってみたことある」
「喉仏も無いし」
「以前はあったんだけどね。手術して取ったんだろうね」
「ちんちんも既に手術して取っているということは?だってパンティに膨らみが無いですよ」
「社員旅行に行った時、あの子お風呂に入らなかったらしいよ」
「つまり男湯に入れないんですね」
「女湯になら入れたりしてね」