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■クロ子義経(1)

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(C)Eriko Kawaguchi 2019-04-21

 
2019年12月30日(月)、政子は控室のテレビを点けた。
 
「始まるよ、始まるよ」
と楽しそうな顔で言う。
 
テレビの画面に大きく
 
『Matsushiba Denki Presents』
『§§Music Produce』
『The源平記』
『Staring』
と表示された後で
 
高 ア 品
崎   川
ひ ク あ
ろ   り
か ア さ
 
のように表示された。
 
「3人を並列にするのに苦労(くろう)してるね」
と私が言うと、政子は
「うん、九郎(くろう)義経の物語だよ」
と言った。
 
話が通じていない!
 
先の3人の名前の並べ方は、左から読めば高崎ひろかがメイン、右から読めば品川ありさがメイン、しかし中央が主と考えるとアクアがメインに見える。きっとかなり悩んでこの方式を採ったのだろうと私は考えた。
 
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政子は「“くろう義経”と言うより“くろこ義経”だよね」などと言っている。
 

ドラマは冒頭、大きな満月が映り、やがて古風な橋が映る。そこに僧兵の格好をした品川ありさが映った。
 
「あ、やはりありさちゃんが弁慶なんだ。なんてったって、あの子背が高いもんね」
と政子は言っている。私は内情を話した。
 
「確かに最初、弁慶は背の高いありさだろうとみんなが思っていた。ところがそこに高崎ひろかが異論を挟んだんだよ」
「へー」
「ありさちゃんって背が高いから、しばしば男役とか、時にはオカマ役とかやらされて可哀相だって。だから自分に弁慶をやらせてくれって」
「でもひろかちゃんはアクアと大差無い背丈だよ」
 
「うん。でも高下駄履いて頑張って弁慶の演技をしてたんだよ」
「すごーい」
「それで少し撮影が進んだ所で、足くじいちゃってさ」
「あぁ」
 
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「それでコスモスが『やはり高下駄で弁慶の激しい動きは無理だ』と言って」
「そんな気がする」
 
「そしたら、ありさ自身も『ひろかの友情には感謝するけど、やはりここは自分の役どころだよ』と言って、結局ありさが弁慶をすることになって、ひろかは北条政子をすることになった」
 
「あ、北条政子なんだ?」
「ひろかが弁慶の場合は、ありさが頼朝をして、北条政子は西宮ネオンの予定だったんだけどね」
「なんでネオン君が女役なの〜〜〜!?」
 
「だって§§ミュージックって女子ばかりなのに、それがみんな男役でしょ?だから、数少ない男子に女役をさせようかという話があって、北条政子がネオン、建礼門院が篠原倉光、浄瑠璃姫が上田信貴とか」
 
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「なんか趣旨がおかしくなってない?」
「でもありさを弁慶に戻すのと同時に、彼らは女役ではなく平家の武将をしてもらうことにした」
「上田信貴くんのスカート姿可愛かったね」
「まだ中学生だからね〜」
 

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弁慶が橋の所に立っていると、やがて横笛の音が聞こえてくる。ありさの弁慶が「ん?」という顔をすると、やがてカメラは黄色い小袖を着て肩くらいの長さの振り分け髪の人物が横笛を吹きながらやってくるのを撮す。
 
「きゃー!!!アクアちゃん!!!!可愛い!!!!!」
と政子が叫ぶ。
 
「ね、ね、牛若丸は女の子という設定なの?」
「まさか」
 
テレビの中では弁慶(品川ありさ)がその人物を呼び止めた。
 
『おい、娘。お前何だか立派そうなモノをぶら下げているな。女にはふさわしくない。ここに置いていけ』
 
『あいにくぶら下げているようなモノは無いが』
と牛若丸(アクア)が答える。
 
この発言はかなり物議を醸(かも)した。ツイッターにはこの発言の直後に《つまり、ちんこはぶらさがってないってこと?》
《やはりアクア様におちんちんなんかあるわけ無いよ》
などという書き込みが大量に発生した。
 
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『違う!股座(またぐら)には一物など無いだろうけど、その腰に下げている刀だよ』
と弁慶(ありさ)。
 
(ここでネットはまた『やはり無いんだ!』と騒ぐ)
 
『ああ。これか。これはぶらぶら揺れないようにしっかり留めてあるが』
と牛若丸(アクア)。
 
『だからそれをよこせ』
『何のために?』
 
『書写山のお堂が焼けてしまったから、再建するのにお金が要るんだ。だから俺は1000人の刀を奪い取って、それを再建費用にしようと思った。これまで999人から刀を奪った。お前から奪えば1000人目で大願成就だ』
 
『お堂の再建のために勧進をするのはよいが、だからといって他人の物を奪うというのは頂けないなあ』
 
『俺も心苦しいが、お堂再建のためだ。如意輪観音様もこの程度はお許しになるだろう。だから娘、怪我しない内に刀を置いていけ』
 
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『嫌だと言ったら?』
『女相手に手荒なまねはしたくないのだが』
 
と言って、弁慶(品川ありさ)は手に持った薙刀を鞘(さや)の付いたまま、バトンでも回すかのようにぐるぐると回し始めた。
 

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「これ、すごーい!」
とテレビを見ながら政子が言う。
 
「うん。スポーツウーマンのありさだからできるワザだよ。あの子軽く100回くらい腕立て伏せするし。これできたのは、他には西宮ネオンだけ。だから、ひろかが弁慶やる場合は、このシーンだけネオンが吹き替えすることも検討したんだけどね」
 
「へー。やはり女の子の衣装付けて?」
「弁慶は女の子衣装は無いと思うけど」
「そうだっけ?」
 
テレビの中の弁慶は薙刀を振り回しながら牛若丸に近づいてくる。しかし牛若丸は動じない。弁慶が回していた薙刀を止め、(鞘の付いたまま)
 
『エイヤ!』
と声を上げて突いてきた。しかし牛若丸はひょいと飛び上がると、橋の欄干の上に飛び乗った。
 
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『意外と身軽だな』
 
と言って弁慶は再度、その欄干に乗った牛若丸の足元をすくうようにする。すると牛若丸はさっと飛び退き、橋の中央に立つ。そこに弁慶が薙刀で突くと今度は反対側の欄干に飛び移る。
 
「これ特撮?」
と政子がテレビを夢中になって見ながら訊く。
 
「飛び上がる所、欄干の上に着地する所、を撮って繋ぎ合わせている。だから実際には欄干のすぐそばから飛んでいるんだよ」
「へー。それにしても凄い」
「念のため欄干の外側にはマットを敷いている」
「ああ、それは敷いてて欲しい」
「でも1度も転落しなかったよ」
「さっすが。アクアってわりと運動神経いいんだね」
「だと思うよ」
 

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弁慶が薙刀で突いたり払ったりし、それを牛若丸が飛んで避けるというシーンは1分くらい続いた。政子は息を呑んで見守っている。
 
さすがに弁慶の息が上がってきた。するとそこにアクアが鮮やかに素早く刀を抜くと、弁慶の薙刀の柄を切断してしまった。
 
『あっ』
と言って弁慶が切られた薙刀を捨てる。
 
『娘、俺はお前を見直した。こんな凄い奴に出会ったのは初めてだ。もはや俺はお前を女とは思わん。真剣勝負だ』
と言って弁慶が刀を抜く。
 
『えっと、私は女ではないのだが』
と牛若丸。
『うん。お前は男並みだ』
と言って、弁慶が刀で斬りかかるが、牛若丸はこれも交わしてしまう。そしてまた欄干の上から橋の上へ。また、反対側の欄干へと飛び回って、弁慶の刀は空を切るばかりである。牛若丸の方は自分の刀を鞘に収めてしまっている。『こら、刀を抜け』と弁慶は言うが、牛若丸は抜かない。
 
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「これどこの橋の上で撮影したの?古風な橋だけど」
とテレビを見ている政子が訊く。
「セットだよ」
「セットでこんなの作ったんだ?」
 
「最初、古風な木橋のあるお城とか神社とかに照会したんだよ。でも欄干の上に飛び乗ったりして、欄干が壊れたら困るし、そういう撮影をしていて俳優さんが橋から転落しても責任持てないと言われて」
 
「確かに転落事故は怖い」
「それで大人の男が飛び乗っても平気なくらい丈夫な橋の橋桁・欄干を建設会社に頼んでスティールで作ってもらって、その上に大道具係の人が木の薄板を巻いて古風な感じに仕上げたんだよ」
「すごーい。だったらお金掛かってるね?」
「うん。この橋のセットだけで1500万円かかった」
「きゃー!」
 
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刀を持った弁慶と牛若丸の対決がまた30秒ほど続く。そして相手にかわされてばかりいる弁慶の息が荒くなってきた頃、突然牛若丸は弁慶の左斜め後ろに来る。『あっ』と声を出す間も無く、牛若丸は弁慶の手首をぐいっと握り、その刀を奪い取ってしまった。
 
『しまった』
と弁慶。
 
『勝負あったかな』
と牛若丸。
 
弁慶は牛若丸の前にひれ伏した。
『娘、参った。首をはねるなり、なんなり、好きにしてくれ』
 
『仏に仕える身でありながら、このような悪行をするとは。全く危ない奴だ。名を名乗れ』
 
『紀伊国で生まれ、播磨国で育ち、一時は比叡山で僧兵をしておりました武蔵坊弁慶と申します』
 
『だったら弁慶。私の家人(けにん)になれ。一生を私のために献げよ』
『はい、姫様の部下になり、姫様に一生を捧げます』
 
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(個人的に貴人に仕える者を“家人”、代々その貴族家に仕える家の者を“家来”という。特に頼朝以降、鎌倉幕府に仕える武士を“御家人”と呼ぶことになる)
 
『えっと。私は女ではないのだが。私は左馬頭・源義朝の九男、義経である』
『へ?』
『だからそなたは今後、源九郎義経の家人(けにん)である』
『え〜〜〜!?』
と弁慶(ありさ)は声をあげてから小さな声で言った。
 
『ほんとに男なの?』
『男だけど』
『じゃ、ちんこあるの?』
『あるけど』
『それだけは絶対嘘だ!』
 
(ネットでは《ありさの見解に賛成》という声が圧倒的であった)
 

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ナレーターの明智ヒバリが登場して源平の戦いの始まりを語った。
 
『長く続いた平安時代も11世紀半ばになると藤原摂関家の力が衰え、やがて白河天皇が幼い皇子・堀河天皇に譲位して院政を始めます。白河上皇の後は鳥羽天皇が更に院政を敷きますが、その鳥羽天皇が1156年に亡くなった後、権力の座を巡って、崇徳上皇と後白河天皇が対立し、両者は武力対決となります。崇徳上皇が源為義・源為朝・平忠正らの武士を集めていた所に、後白河天皇方の源義朝・平清盛らが7月11日未明急襲して相手方を拘束してしまい、あっけなく決着が付いてしまいました。“いい頃狙った”保元の乱です』
 

 
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『乱の後は学僧の信西(しんぜい)が権力を掌握し、崇徳上皇を讃岐に流罪にして、崇徳方の武士たちを全員死刑にしてしまいます。日本で死刑というものが行われたのは346年ぶりのことでした。この時、平忠正の死刑は甥の平清盛に執行命令が、源為義と5人の息子は為義の息子である源義朝に執行命令が下りました。義朝は自分の武功を返上するから父や弟たちを助命してくれと懇願しましたが、理論家で法律論に詳しく弁も立つ信西には言い勝てず、泣く泣く父と5人の弟を斬りました』
 
『乱の後は信西を中心とした新政権が運営されていきますが、強引なやり方に反発する人たちが増大しました。その中に二条天皇親政派、後白河上皇院政派がありましたが、平清盛らは中立を保っていました。1159年(*1)12月9日、反信西派の中心・藤原信頼は、都の治安を守っていた平清盛が熊野に参詣に行った隙を狙い、源義朝らに命じて、信西の居る三条殿を急襲してクーデターを起こします。信頼らは二条天皇と後白河上皇を拘束し信西の息子たちを捕縛しました。信西自身は逃亡したものの逃げられぬと悟り自死しました』
 
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『ところが平清盛が戻って来ると、12月26日、二条天皇と後白河上皇は軟禁されていた場所から脱出し、平清盛の屋敷に逃げ込みました。そのため信西を倒した源義朝や藤原信頼たちは賊軍ということになってしまいます。彼らは平清盛の軍勢にあっけなく捕らえられ、或いは殺されてしまいました』
 
『この時、源義朝とその息子の長男義平、次男朝長、四男義門が死亡。三男の源頼朝(みなもとのよりとも)と五男の源希義は伊豆・土佐に流罪となりました。六男の源範頼は元々遠江国(静岡県)におり、存在を知られていなかったため連座を免れています。そして七男の今若・八男の乙若・九男の牛若の3人は生母の常磐御前が連れて都を脱出しました』
 
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※源義朝の子供たち
1.源義平(母:三浦義明の娘)平治の乱の戦闘で死亡。
2.源朝長(母:波多野義通の妹)平治の乱で死亡。
3.源頼朝(母:由良御前)池禅尼の嘆願により助命。伊豆に流罪。 
4.源義門(母:由良御前)平治の乱で戦死。
5.源希義(母:由良御前) 土佐に流罪。
*.坊門姫(母:由良御前)女性なので処罰対象外。彼女の曾孫の藤原頼経は実朝死亡後、鎌倉4代将軍となった。 
6.源範頼(母:池田宿の遊女)遠江国で生まれ育つ。
7.阿野全成(今若丸:母は常盤御前)醍醐寺にて出家。
8.源義円(乙若丸:母は常盤御前)園城寺で出家。
9.源義経(牛若丸:母は常盤御前)出家拒否!
 

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(*1) 三条殿急襲は平治元年12月9日で、実はこの日はユリウス暦では1160年の1月19日になります。しかし平治元年の大半が1159年に重なっているため、社会の教科書などでは、平治の乱が起きたのは“いい刻に起きた”1159年とされています。
 

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■クロ子義経(1)

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