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■春牛(19)
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クレールのメイド以外のスタッフや、テナントのスタッフがしているマスク、また客に配布するマスクは、2月の段階では若葉がインドネシアに所有している工場で緊急に生産させたものを輸入していた。
実は“販売しない”のであれば衛生用品の輸入は手続きがとても簡単で関税も不要である。(輸入品を日本国内で“販売する”場合はかなり大変なので、その作業はしなかった。中国の友好企業からも頼まれてそちらには有料で大量にインドネシアから輸出したが、そちらも今回は特例で関税なしで輸出できた。その後もインドネシアの工場は交代制で24時間フル稼働させていると言っていた)
3月に自前のマスク工場(富山)が稼働すると、インドネシア分はインドネシア国内優先、一部をシンガポールなど困っている国向けの出荷に切り替えた(最終的には輸出を停止し、インドネシア国内専用になった)。若葉は富山の工場が稼働し始めた所で宮城県内にも(千里と共同出資で)第2マスク工場を建て始め、これは4月下旬に稼働開始した。富山工場と同様に副産物として、エタノールも生産する。
青葉通り店のビルのトイレは基本どこにも触らずに使えるようにしている。トイレのドアは自動ドアである。個室ドアは手をかざすだけで開き、中に人がいれば自動的にロックされる。個室から出る時も手かざしである(便器に座っている最中は反応しないようにロックされている)。便座のふたは自動開閉。流すのも自動あるいは手かざし。便座除菌クリーナーを置いている。トイレット・ペーパーホルダーのカバーは全部取り外してペーパーだけが露出している状態にした。
これらの改造は若林店も含めて1000万円ほどかかったようだが、若葉が「大した金額じゃないから出しとくね」と言っていた。
清掃員の人たちには講習まで受けさせた上でマスクと手袋・ゴーグルの完全防備で2時間毎に全館清掃してもらっている。ビル内の店員さん、スタッフは全員毎朝検温の上、簡易検査キット(若葉が調達してきたが厚生労働省未承認!らしい)によるウィルス・チェックをしている。美容師さんやスタジオ技術者、スポーツ洋品店やパン売場の人達も全員マスク・手袋着用である。ビル内自体が、強制換気で常に換気扇が動いていてわりとうるさいのだが苦情は出ていない。
若林店でも3月からこの体制にしている(若林店のトイレ改造は2月24日(月)に臨時休業しておこなった)。テーブルの数もぐっと減らして、青葉通り店同様透明ビニールによる仕切りを作った。若林店のメイドは3月上旬からプラスチックスタイルに進化した。
おかげで4月末時点では若林店も青葉通り店も感染者は出ていない。ふつうのインフルエンザの罹患者が2人出て、この人たちには治るまで休んでもらった(休業中も給料は普段と同額を出す)。
更に若林店には、ドライブスルーを設置した。千里が所有する“若林植物公園”の駐車場(450台駐車可能)が偶然にも若林店に隣接しているので、そこで順番に待ってもらい、待ってもらっている間にオーダーしてもらって、渡し口でどんどん渡していく。支払いは例によって原則としてスマホ決済である。予約しておいて、駐車場まで来たら連絡してもらい、そこにメイドが商品を持っていくパターンも採用した。(スマホ決済の端末を搭載したスクーターを使用)
(実を言うと、一部千里が所有する“端切れ”の土地と和実が所有する土地を等価交換して、クレールの駐車場と公園の駐車場が直接つながるようにした)
ちなみにフルフェイスヘルメットをしてスクーターに乗るのはむしろ適法なので“プラスチックスタイル”のメイド衣装のままスクーターに乗るのは全く問題が無い!
このやり方は広い駐車場が確保できるから成立した方式だが、結果的に若林店の売上はコロナ騒動の前の倍になった!
なお、青葉通り店をオープンさせるのにメイドさんを大量募集したが、男の娘が3人も混じっていた。可愛いし明るい子だったので全員採用した。男子トイレ・男子更衣室を使いたいか、女子トイレ・女子更衣室を使いたいかは本人の希望を聞いた。実際には3人ともトイレは女子トイレを希望し、更衣室については1人(ユリアちゃん)は女子更衣室、2人(バンビちゃんとサマンサちゃん)は男子更衣室を希望したので、マキコと伊藤君にも面談してもらった上で本人たちの希望どおりにした。
3月で高校を出る(大学や専門学校に入る)予定の子、大学を出る予定の子もあったことから、新しいメイドたちの住まいを提供することにして、千里が整備中の“若林植物公園”の一角に「クレール女子寮」を建てさせてもらった。ここには若林店のメイドでも入寮希望者がいたので全員受け入れた。
女子寮は6階建て48室・ワンルーム仕様(16m
2の居室に7m
2のキッチン、バス・トイレ・クローゼット付き)で、ユニット工法でほんの1ヶ月で完成している。クレール若林店まで歩いて1〜2分なのだが(若林店と青葉通り店の間はシャトルバスで移動できる)、深夜の出入りもあるので痴漢などの被害を心配した若葉がクレールの敷地との間に地下通路!を作ってしまった(違法構造物なのでは?と少し心配)。
それで女子寮とクレールの間を雨にも濡れず、痴漢などの心配もせずに行き来できる。女子寮に入るにもクレール側から地下通路に入るのにもIDカードが必要である。オートロックマンションに準じたセキュリティを確保している。通路には監視カメラも付けている。強制換気なので常に微風が吹いている。
女子寮はむろん女子限定だが、専門学校出たてのユリアちゃん(20)は去勢済みでバストはCカップということだったので、女子寮への入寮を認めた。若林店のチーフになったナタリーも彼女を見て「あんたなら女子寮に居ても苦情はこないよ」と言った。
地下通路付きなのでこの女子寮には地階が存在するが、地階には居室は無い。電源や空調などの制御室、コインランドリーを設置した洗濯室(洗濯物の出入れをしたらすぐ出るように言った)、コーヒーメーカーと自販機を置いたランチルーム・エアロバイクなどを置いたウェルネスルーム(どちらも作るには作ったがコロナ問題を考慮して閉鎖)、そして謎の部屋があった。この謎の部屋の鍵は和実と若葉だけが持っている。
「何の部屋なんですか?」
「秘密」
「麻薬の密売?」
「そんな悪いことはしないよ!」
「カジノ?」
「客がいないよ」
「男の娘改造ルーム?」
「改造されたい人がいたら考慮するけど」
「ちんちん付いてないから男の娘にはなれないなあ」
南砺市の新人研修施設で後から入って来た女性に悲鳴をあげられた吉田は、自分は指定された部屋に来て着替えようとしただけだと弁明して部屋番号を印刷された紙を見せた。すぐにズボンは穿いている。
「じゃ間違いだったのね。だけどなんで男子社員が着替える必要あるの?」
「制服渡されて着替えてと言われたんだけど」
「男子にも制服あったんだっけ?」
「これ渡されたんだよ」
「これ女子制服じゃん」
「だから間違えられたんだろうと思って交換してもらいに行こうとしてた」
「男子には制服は無いと思うなあ。普通のビジネススーツで勤務するんじゃないの?」
「僕もそう聞いてたから、制服渡されて、あれ〜、男子にも制服あったんだっけ?と思った」
「要するに最初から性別間違われていたのでは?」
「そうかも知れない気がしてきた」
「あんた、よく見たら社員証の縁取りが赤じゃん」
「縁取り?」
「社員証の縁取りは男子は青で女子は赤なんだよ」
「そんなのまでわざわざ性別で分けるんだ?」
「女子更衣室とかの女性制御エリアには、この赤い縁取りの社員証でタッチしないと立ち入れない」
「僕、別に女子更衣室に入る必要ないけど」
「男子更衣室や男子トイレに入れなかったりしてね」
「それは困る」
それでその女性、伊川さんも付き添い、研修センターの事務局まで行って状況を説明した。
「ごめーん。女子制服ではトイレに困るよね」
と言って吉田から制服を入れた紙袋を受けとってから、40代の森下という名札をつけた男性が端末を叩いている。
「よしだくにおさんだっけ?」
「よしだほうせい(吉田邦生)です」
「君、“くにお”の読みで女性として登録されている」
「僕は男です」
「性転換したんだっけ?」
「してません。最初から男です」
「待って。君を男性ということにしたら採用定員オーバーしないかな」
「え〜〜?」
「あ、それは大丈夫みたい。今年は採用者が男子は本来の枠より3人少なかったみたいだから、何とかなるはず」
「よかった」
「あ、でも性別や生年月日の訂正は僕の権限ではできないみたい。本社に連絡してやってもらうから。その時、ひょっとしたら、確かに男性だということを示す書類。パスポートかマイナンバーカード、無ければ住民票か何かとって提出してということになるかも」
「そのくらい、いいですよ」
「取り敢えず君は登録は女性となっているけど、研修センターでは男子扱いにするね。男子トイレも使っていいから」
「僕が女子トイレに入ったら痴漢と思われますよ」
なお女子の社員証でも、男子更衣室・男子トイレには入れるということだった。逆は不可である。
「それとも女子制服を着て研修受ける?君がよければそれでも構わないけど」
「嫌です」
「うちは性別には寛容で、現在でも戸籍上は男だけど社員登録は女という社員が2名いるんだよ」
などと言っているので、どうもまだ何か誤解されている気もする。
「社員登録も男にしてください」
「じゃ今着ているスーツのまま研修受けて」
「そうさせてもらいます」
「部屋は・・・210号室を使って。ここは2人しか入ってなかったから。布団は1個運び込むよ」
「分かりました」
本来は8人入る部屋に布団の距離を開けて敷いて3人だけ泊めるようにしているらしい。夜間も窓は開放である!(閉めるの禁止)
「でも性別の変更ができないから、グループの再編ができないんだよ。申し訳無いけど今回の研修は女子と一緒に受けてくれない?」
「そのくらいはいいですよ」
「教材も女子用を使って。別途、男子用の教材も渡すから、それは自分で読んでて」
「分かりました」
教材も男女の別があるんだ?やはり古い企業(明治10年創業)は男女差別があるんだろうな、などとも思う。
それで吉田は男子の服装のまま、女子社員と一緒にお客様の応対とか、お茶の出し方、電話の受け方などの研修を受けることになる。元々小さい頃から女子の友人が多いので、伊川さんも含めて同じグループの女子たちとは仲良く出来た。彼は、いわゆる女子に警戒されないタイプである。
(研修は講師1人と研修生3人の最大4人で、吉田は結局伊川さんたちと一緒である。講習室も窓とドアを開放している)
窓口業務の練習もたくさんしたが、元々人と話すのは好きなので、これは楽しかった。2日目にはお化粧の研修もあり、唆されて(資生堂の初心者用メイクセット5000円を買って)メイクしてみたら「美人になるじゃん」と言われる。3日目以降は、女子社員はメイクした状態で研修を受けてと言われたのだが、吉田はそれは免除してもらった。(お化粧すればいいのにと唆されるが辞退)
もっと可愛い声出ないよね?などと言われたので、大学のショー劇団時代に覚えた女声で対応したら物凄くうけて、「君その声で女性窓口係ができるよ。配属しようか」などといった冗談(と信じたい)まで言われる。
吉田はそういえば大学に入った時も学生証の性別が女になっていて苦労したなと思い出していた。俺、女には見えないと思うのになあ。
「吉田君ならほんとに女子制服着ても違和感無い気がする。それで誰も吉田君が男だということに気づかず、女子制服渡されたのかもね」
などと伊川さんは言っていた。
「女子制服もらったし着てみた?」
「着ない着ない」
いったん渡した制服は(感染症予防の問題もあり)返却されても廃棄になるということだったので、何ならもらっておく?と言われて伊川さんも「折角だからもらっておきなよ」と唆したのでもらってしまったのである。むろん制服は無料である。
「でもスカートくらいもってるんでしょ?(誘導尋問)」
「持ってないよ!」
本当はショー劇団時代に買ったスカートとか女性下着もまだ持ってはいるが、少なくとも普段それを着けたりはしない(公式見解)。女性用ショーツの数があの後増えていたりすることもない(ことにしておく)。
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