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■春牛(3)

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「あとロックウール、スラグウール、グラスウール」
「なんでしたっけ?」
「岩石とかガラスでできた繊維。有害だということが分かったアスベストに代わって最近耐火建築の建材として使用されている」
「そんなのがあるんですか」
 
「アスベストは天然のものでカナダや南アフリカで産出されていたのを全量輸入していた。竹取物語に出てくる『火鼠の皮衣』というのは、実際にはアスベストで織った布だと言われている」
 
「へー!」
「だから5人の求婚者の中で唯一の実在の人物・阿倍御主人(あべのみうし)だけは実在するものを要求されたので、本当にかぐや姫の要求を実現して、姫を手に入れられる可能性があったってことさ」
 
「それは色々想像させられる話です」
 
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「でもアスベストは輸入品だから高かった。国内で作れるロックウールは価格も安くて発癌性も無くて助かるんだよ」
「岩石を繊維化するんですか?」
 
「面白いよ。岩石とかガラスを高温で融かして、遠心力で吹き飛ばして繊維化するんだよ。綿飴の作り方に似ている」
 
「へー。見てみたいですね」
「一度見学に行くといいよ。ロックウールは岩石から作る。スラグウールはスラグ、日本語では鉱滓(こうさい)と言うけど、製鉄の際に出る屑みたいなものから作る。グラスウールは廃ガラスから作る」
 
「もしかして廃物再生ですか」
 
「そうそう。リサイクル素材なんだよ。製鉄所とか、あるいは解体業者や自治体が回収したスラグや廃ガラスを買い取って、それを新たな建築材料として再生している。だからここが閉鎖されると困る所も多いみたいね。建物解体やゴミ処理の費用を抑制するのに役立っていたのに」
 
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「その工場が20億円なんですか?」
「建築した時は80億円掛かっているんだけど、なんせ1980年代に建てたものだから減価償却して残存価格かな」
 
「80億円の残存価格なら8億円なのでは?」
「値切ればそこまで落とせるかもね」
 
「プラスチーナに思い入れがあるんで買ってもいいですよ」
と千里は言った。
 
「でも私忙しいんです。交渉とか契約は先生の方で進めてもらえませんか?私が買収額を出しますので」
 
「分かった。助かる。毛利に作業はさせるよ」
 
毛利さんも結構忙しいのに可哀想にとは思ったが、彼なら大丈夫だろう。交渉もうまいから、ひょっとすると15億くらいまで値切ってくれるかも。
 
と千里は思ったのだが、実際には毛利さんは最初の提示価格の半値近い12億まで値切ってくれた。この内1億はブラスチーナとゴールディの権利料なので、実質11億円で買ったようなものである。
 
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それで千里は2018年6月に化学工場のオーナーになった(この工場を運営するための会社フェニックス・ケミカル(Phoenix Chemical)を設立した)のだが、その直後に田中社長が不正土地取引事件で逮捕されて解任されたので、社長交代後ならこの買収はなかったかも知れない。
 
なお。実際の経営はここの工場長だった人を社長に任命して任せた。この人の要請により5億円かけて古い製造機器の更新もしたので、主力製品のビニールシート(主としてビニールハウス向け)や不燃シート・防炎シートなどはもちろん、ロックウールやグラスウールの生産能力も高まった。MM化学の手を離れたため販路を失ったが、営業部隊が頑張ってくれて(リーダー格の人が実はかつて貴司の同僚だった人で凄く頑張ってくれた)、大手ホームセンターとの契約を取ってくれたので、これまでの販売量をほとんど落とさずに済んだ。売れ残った分も倉庫に積んでおき、生産縮小はせず、生産物の比率を変えるだけで対応した。
 
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しかし翌年、この工場の生産物の大きな販路が得られるのである。
 

草津工場を買収して少し経った頃、千里は秋田出身で旧知のバスケガールの横山春恵と会った。40 minutesの中折渚紗の元チームメイトである。彼女は以前、都内の宝飾店に勤めていたのだが、現在は大手スーパーの洋服売場に勤めている。彼女にゴールディーとプラスチーナの指輪を見せてこれが売り物にならないか相談してみたのである。
 
「これ面白ーい!こんなのがあったって知らなかった」
と彼女は面白がった。
 
「MM化学という関西の化学製造会社の製品なんだよ。もう6年くらい前に開発されたものなんだけど、お堅い会社だから、うまく販路に乗せられないみたいでさ。もう工場も閉鎖するという話になっていたところで私が権利を買ったんだよ」
 
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工場まで買ったとは言わない。取り敢えず権利の話だけしておく。
 
「もったいない。これ宝飾店とかアクセサリー売ってる所と提携すれば、いい製品になると思うのに」
「やはり見込みあるよね?」
「あると思う」
 
「こういうののアクセサリーのデザインとかできる知り合い居ない?その人のデザインに基づいて工場で必要な形のものを作らせるよ」
「高校の同級生で仙台でアクセサリーデザインをしている、須崎って子がいるんですよ。話持ちかけていいですか?以前は東京のジュエリーマキの仕事してたんですよ」
「それはプロだね。お願い」
 
それでプラスチーナ(2012年開発)、ゴールディー(2014年開発)は2018年になり、千里が製造権と製造施設を獲得してから、やっと日の目を見ることになるのである。
 
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2019年の春、“ひまわり女子高2年A組16番白雪ユメ子”さんがセーラー服姿で千里のグラナダの自宅を訪れた。
 
「その格好でここまで来たんですか?」
と思わず千里は言った。
 
「うん。これで国際線のファーストクラスに乗って来た」
などと言っている。よく途中で逮捕されなかったものだ。まあ女装は開き直りなのかもしれない。
 
「だけどヨーロッパはいいよ。このくらいの背丈の女子が目立たないから」
「それはありますね。バスケガールでも欧米は居心地がいいと言う子多いです」
 
「川崎に行っても会えそうな気もしたけど、ちょうどミュンヘンに用事があったから、ついでに寄ってみた」
「ミュンヘンとグラナダってかなり離れている気もしますけど」
 
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(ミュンヘンからグラナダまでは直線距離で1400kmで、札幌−福岡間くらいの距離である)
 
「でもまあこの家は広いからこうやって応接室もありますしね。川崎のマンションは狭いし、生活空間しかないから」
と千里は言う。
 

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「日本の住宅事情は年々悪化している気がしない?昔はうさぎ小屋と言われたけど、今はそのうさぎ小屋を更に小さく区切って数人でシェアしている状態。まあそれで用件なんだけど、一緒に吸音板の工場作らない?」
と“ひまわり女子高2年A組16番白雪ユメ子”(以下長いので“紫微”と略す?)は言った。
 
「なんで唐突に」
「千里ちゃん、今小浜で大規模な防音施設建築してて、防音板も大量に使ってるでしょ?」
「あそこは吸音板を10万枚くらい使う予定で、それだけで3億くらい掛かるみたいです」
「多分今後もまだどんどん使うよね?」
「特に予定はありませんが」
「僕が予言する。君は今年も来年も大量に防音板を使う」
「ユメ子さんがそうおっしゃるのなら、きっとそうなるんでしょうね。でも女の子が“僕”とか言わないほうがいいですよ」
 
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「あ、すまんすまん。つい癖でね。それでさ、防音板、自社生産しちゃおうよ。そしたら安く使えるじゃん」
「でもそんなのユメ子さんの所だけで作れそうな気がしますけど」
 
「千里ちゃんがロックウールの工場を持っているからさ」
 

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あっ、と思った。
 
「ロックウールって吸音板にも使えるんですか?耐火素材かと思った」
と千里は言う。
 
「耐熱性もあるけど、吸音材としても優秀。基本的に繊維は吸音性を持つ。自らが音で振動することにより、音のエネルギーを振動エネルギー、最終的には熱エネルギーに変える」
 
「へー」
 
「繊維の力は吸収するということなんだよ。水分を吸収する、暑さ寒さを吸収する。直射日光の刺激を吸収する、衝撃を吸収する、そして音を吸収する」
 
「なるほど」
 
「人間の衣服は吸音体だから、ホールの反響は無人の時と満員の時でかなり変わる。正確な計算をする時は中にいる人間の衣服を剥がして裸にして衣服の表面積を計測する必要がある」
 
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「何も裸にしなくても外から観察できると思いますが」
「でも女子のスカートの中のパンティの表面積も測定しないと」
「ユメ子さん、そろそろ逮捕されて去勢刑をくらいますよ」
 

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「まあそれは冗談だけど、繊維が吸音板のコアなんだよ。それを綿とかウールあるいはポリエステルとかで作ると火事とかあった時に問題だから、燃えない繊維で作る。そこでロックウールやグラスウールの出番になる」
 
「そうだったのか」
 
「千里ちゃんが持ってる工場で生産するロックウールやグラスウールを使って、吸音板を作ろうよ。千里ちゃんの製材所から出る木材チップの処理もできて一石二鳥だよ。僕が技術的な部分は指導するからさ」
 
「ユメ子さんが指導してくださるなら安心ですね。だったら草津工場の社長と会わせますよ」
「うん」
 
それで千里は紫微と共同で吸音板の製造工場を福井県若狭町に建てたのである。草津工場の副工場長にそちらの工場長になってもらい、紫微さんの会社の技術者で舞鶴出身の人に技術長として入ってもらった。フェニックス・ケミカル若狭工場と称するが、実際には草津工場とは別法人“フェニックスケミカル福井”の経営で、紫微が34%, 千里が66%の株を持つ会社にしている。工場が竣工したのは2019年10月で、ちょうど津幡アリーナの建築の話が浮上したので、やはり紫微さんの予言は当たったなと思い、この工場で製造した吸音板を使用した。おかげで建設費が1億円ほど安くすんだのであった。
 
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でも工場建設に千里は個人的に30億出資しているからあまりお得感が無い!(昨年は草津工場の買収とリファインで17億円使っているし)
 
津幡アリーナでは、内部の壁や天井には安価なグラスウール、外壁や床には性能が高いロックウールを使用している。グラスウールは湿度に弱いので外壁には使用できない。
 
なお、吸音板の販路については紫微さんの企業グループがしっかり営業してくれて、お陰で千里は草津工場の生産物の販路まで確保できた。草津工場は買収後、従業員の自然減を放置していたのを新たに募集して増員し、元の従業員数まで回復したし、ふたつの工場から毎年数億円の利益を獲得できるようになったのである。
 

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「青葉通りに支店を出す?」
 
胡桃は和実の言葉に耳を疑った。
 
「うん。若林区のお店は経常収支は黒字なんだけど、建設費の返済で苦労しているからさ、もっと売り上げの大きな場所に出店して、そこの売上でどんどん借金も返済していこうという魂胆なんだよ」
 
「開業資金は?」
「借りる、というか借りた。陸前銀行から6億円」
「そんなの私、保証人にならないからね」
「大丈夫だよ。保証協会に保証してもらったから」
「今借りているのの残高も大きいんじゃないの?」
「1億2千万円借りて、既に1300万円くらいは返してる。滞りなく返済しているから、それで銀行も貸してくれたみたいだよ」
 
「まだ残高1億残っているのに更に6億とか、それ絶対返せるわけない」
「盛岡ショコラ時代の先輩の悠子さんなんて凄いよ。銀行から30億50年ローンで借りてホテル建設したから。でも毎月利子も入れて600万しっかり返していってる」
「30億なんて恐ろしい。絶対に途中で放り出せないし、50年って死ぬまでってのに近い。ほとんど奴隷契約だね」
 
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「こちらは30年ローンだし毎月200万くらいだから何とかなるんだよ。テナント入れてその家賃で半分くらいはまかなえるしね。私が死んだ時は保険で完済できるし、心配しないで」
 
「それあんたの保険の保険料も毎月すごいんじゃないの?」
 
「それでさ、建てるビルの中にまだ空きがあるんだよ。トワイライトの仙台店を作らない?」
 
「へ?」
 
「仙台駅から歩いて5分でさ、青葉通りから少し入っただけの場所だから、買物客も寄れるし、会社とかも多いからお客さん、来ると思うよ」
 
「その話は乗ってもいいかも知れない」
 

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