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■春牛(9)

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(C) Eriki Kawaguchi 2020-02-07/改2020-04-18
 
青葉と千里は“幻のワゴン車”を見た夜、そのまま一緒に高岡の自宅に戻ったのだが、翌朝起きた時、青葉は
「あっ」
と声をあげた。部屋を出て、隣の桃香の部屋で寝ていた千里姉に声を掛ける。
 
「ねぇ、ちー姉、火牛だったらさ、火牛神社に何かヒントが無いかな?」
 
「それ行ってみる価値があるね」
 
それはまだ北陸新幹線が開業する前のこと、倶利伽羅峠を抜ける新幹線トンネルで色々異変があったのが、“正しく移転されていなかった”神社から漏れてきていた霊のせいであることが分かり、青葉と千里できちんと移転し直してあげたのである。そこはきれいに整備され、道路も整備されて、受験や商売繁盛に利く神社として、けっこう参拝客も来るようになったと聞いていた。
 
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その神社を管理している巫女さん(?)が感謝して「何か御礼をするぞ」と言い、朋子が「まだ就職の決まらない千里を助けてあげて」などと言ったので、千里は大学院を出たらバスケと作曲に専念するつもりが、Jソフトに就職するハメになってしまったのだが、そういう流れを把握しているのは《姫様》だけで、千里も青葉も気づいていない。
 

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それで青葉は朝御飯を食べた後で出かけようとしたのだが、千里は
 
「ちょっと待って」
と言ってどこかに電話していた。
 
「除雪車が必要だから、ムーラン建設に持って来てもらう」
 
「もしかして道は積雪してる?」
「冬山登山してもいいけど」
「除雪車に1票」
 
それで青葉たちは自宅で2時間ほど待ってから現地に行った。ちょうどムーラン建設の人が除雪車を運転して降りてくる所だった。
 
「村山さん! ちょうど今除雪が終わった所です。連絡しようと思っていました」
と言う。
「ありがとうございます。助かりました」
「神社の入口の所の杉が1本倒れて通行できなかったので、その杉は動かしておきましたよ」
 
「ありがとう。ちょっと待って」
と千里は作業してくれた技師に声を掛けると
「青葉」
と促す。
 
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「うん」
 
青葉は車から降りて、その技師さんの“除霊”をした!
 

技師さんは除雪車をトラックに乗せて帰っていったが、青葉たちは“杉が倒れていた”というので、今回の事件の原因が分かってしまった。
 
青葉の車で除雪された道路を上っていく。神社の前に車を駐める。
 
「応急処置をしようよ」
「OK」
 
千里が、倒れて脇に除けられた杉の木の枝を1本“持って来ていた”ノコギリで切り取ると青葉に渡す。青葉はそれを受けとると、倒れた杉の根元の所に置いた。ローズクォーツの数珠を持つ。千里姉も藤雲石の数珠を持つ。一緒に真言を唱える。
 
「封印掛かったよね?」
「まあ5-6日は持つかな」
 

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そんなことを言っていたら、唐突に“例の巫女さん”が現れた。
 
「おお、お主たち、助かったぞ。その封印が壊れて困っていたのじゃ」
 
青葉と千里は顔を見合わせた。
 
「取り敢えずの封印はしたのですが、これだけではあまり長くもたないので、JR西の人に連絡して再度、杉を植えてもらうようにしますので」
 
「そうか。助かる。それはお願いしておく。どうも**様の一部がどこかに出て行ったようで。呼び戻したいのだが、どこまで行ったのやら」
などと巫女さんは言っている。
 
「それ、白いワゴン車の姿になって、このところ近辺の道路を走り回ってちょっと困っているのですが」
 
「そうか。すまなかった。妾(わらわ)をそこに連れていってくれ。妾が呼び戻してやる」
 
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「何なら、私たちの車に同乗して、夜中の国道に出てみますか?」
と千里は言った。
 
ちょっと待って。私の車にこの人(?)を乗せるの〜?と青葉は思ったが千里は『私の車を使うから大丈夫』と青葉に思念を送ってきた。
 
「うん、頼む。妾(わらわ)をそなたたちの車に乗せてくれ」
と巫女さんは言った。
 

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千里姉はどこかに電話していた。すると30分ほどもしない内に、千里3!がアテンザを運転して神社まで登ってきた。
 
「これはどうしたことか?お主たちは双子か?」
「九つ子ですが、何か?」
と千里姉は言う。
 
ちー姉、本当に9人くらい居ない?と青葉はマジで思った。
 
それで巫女さんはアテンザに乗せて千里2がそちらを運転し、青葉のマーチには千里3が乗って、一緒に道の駅・倶利伽羅峠に移動した。
 
「ここで夜まで待ちましょう。ワゴン車は夜中に出没するんですよ」
と千里は言った。
 
「この牛は美事な造形じゃな」
と巫女さんは褒めている。
 

(2020.1.10撮影)
 
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それで夜になるまで、この道の駅で4人でおしゃべりしながら過ごすことにした。千里3がお弁当なども買ってきてくれたので、一緒に食べたりする。巫女さんは「この弁当はなかなかな美味しい」と、鮭弁当が気に入ったようである。青葉も長時間話している内に結構この巫女さんが好きになった。
 
どうも数百年前に生きていた人という感じだが、現代の日本語は通じるので、それなりに適応してきたのだろう。ただ英語などの外来語には弱いようだし、海外文化や現代的なもの、例えば野球やサッカー、コンピュータや電話などはよく分からないようである。青葉と千里がZoomを使ってビデオ会議をしてみせると、魔法のようだ!と言って驚いている。しかし千里2が端末を貸してあげると、面白がってスマホに向かって手を振ったりしていた。
 
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午後になって、デファイユ津幡でアクアゾーンの建設を進めているムーラン建設の大矢副社長から電話があり、ちょっと見てもらえないかということだった。そちらは山吹若葉さんの担当なのだが、若葉さんがつかまらないらしい。あの人も全国どころか世界中飛び回っているからなあと思う。だいたいパスポートのビザ欄が3年で満杯になるらしい。ドイツに住んでいる彼氏(事実上の夫)に会うのにも頻繁に渡欧していたようだし。
 
それでデファイユ津幡に移動することにする。またアテンザの後部座席に巫女さんを乗せ、千里2が運転。マーチ・ニスモに青葉と千里3が乗る。それで7分ほどで、デファイユ津幡に到着した。千里3は「体育館の方に行ってる」というので、青葉・千里2・巫女さんで建設現場に行く。
 
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大矢さんの相談というのは、設計書通りに作ろうとすると階段が急すぎる気がするというものであった。法令上の基準は満たしているのだが、一般的な商業施設の階段よりは、かなり急になると言う。確かに現場で見上げてみると、かなりきつい階段になりそうだった。
 
「水平距離を少し長くしましょうよ。これではお年寄りが辛い」
「変更しても大丈夫ですかね?」
「誤差の範囲ということで。山吹もこれなら追認してくれますよ」
「では緩やかにします」
「うん、よろしく」
 
それで建築現場を離れて駐車場に出る。すると赤いアクアが駐車場に入ってきて、青葉たちのそばに停まる。
 
「ごめーん、青葉、勝手に借りた」
と運転席の窓を開けて明日香が言うが
「全然問題無い。自由に使って」
と青葉は言う。最近は金沢と高岡の往復を明日香が運転することが多いので、そもそも明日香の家の近くの空き地に駐めていることが多いのである。アクアにはほかに、世梨奈と美由紀に中学時代の同級生で京都の大学に通っていた紡希が乗っていた。
 
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「紡希ちゃん、お久〜、こちらに帰ってきてたんだ?」
「うん。私、富山県の教員採用試験に通ったから、4月からは富山県内のどこかの高校で英語の先生になる予定」
「それは凄い。頑張ってね」
 
「紡希がここを知らないらしかったから連れてきた。ムーランで御飯でも食べようかと思って。青葉たちも一緒に食べない?」
 
青葉は千里(千里2)と視線を交わした。
 
「うん。一緒に食べよう。何なら私がおごってあげようか」
と千里が言うので
 
「ごちになります!」
と世梨奈は言った。
 

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それで青葉・千里2・巫女さん、それに明日香・世梨奈・美由紀・紡希の合計7人で体育館の地下のムーランに行った。
 
「地面の下に町がある。こんな大きな車も駐まっている」
と巫女さんが驚いている。
 
「そういえばこのトレーラーって、どうやってここに入れているんだっけ?どこかに進入路があるの?」
と美由紀が尋ねる。
 
ムーランはトレーラー・レストランで、毎日違うトレーラーがやってくるが、ここは地下である。
 
「スロープを作る案もあったけど、トレーラーが曲がれるようするには、かなり面積を必要とするから、ここはリフトで上下するようにしたんだよ」
と青葉が説明する。
 
「へー!」
 
「このトレーラーが駐まっている部分の床が上下するんだよね。この体育館は選手控室とかも上下する仕様だけど(ライブ会場とバスケコートを兼用させるための苦肉の策)、ここの場合、朝はこれを1階の高さまで上昇させて、そこにトレーラーを入れて、トラクターと分離した上でトレーラーだけリフトで下に降ろすようになっている」
 
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「トラクター?なんで農機が出てくるの?」
と美由紀が訊くが
「農業用のトラクターとは違うよ。トレーラーを牽引している運転台の付いている部分をトラクターと言うんだよ」
と明日香が説明してあげた。
 
「あれトラックじゃないんだ?」
「トラックは荷台までセットになったものだね」
「運転台と荷室が分離できること知らない人も結構居るよね」
「トレーラーというのは引っ張られる物という意味だから荷室のみ。自分では動けない」
「朝8時頃にここに来れば、入れているところ、見られると思うよ」
 
「しかしそうか。リフトだったのか? これどうやってここに入れているんだろう?って、こないだも別の子と話していたんだよ」
と世梨奈が言っている。
 
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他の子たちはハンバーグ定食とか、焼き肉定食とかを食べていたが、千里は「唐揚げ定食3つ」と青葉の分まで含めてオーダーした。どうも牛肉を避けているなと青葉は思った。火牛様(?)に仕えている巫女さんだからかな?
 

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食事が終わってから「ごちそうさまでしたー」などと言いながら体育館を出る。その時、体育館とアクアゾーンの間の空間の奥にブルーシートで覆われた場所があるのに美由紀が目を留めた。
 
「あそこは何建てるんだっけ?」
と尋ねる。
 
「ここの氏神様を祀る神社だよ。その奥に温泉源があって、それをご神体代わりのようにして建てることになる。アクアゾーンの建築が終わってから建て始める」
と青葉は答える。
 
「神社の名前は?」
「まだ決まってない」
と言っていたら、世梨奈が
 
「ここ町長さんが火牛アリーナって名前付けちゃったから、神社の名前も火牛神社になったりしてね」
と言った。
 
すると、その言葉に巫女さんが反応した。
 
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「火牛神社を建てるだと?それなら、当然**様が主神であろうな?」
 

ところが、巫女さんがそんなことを言った途端、いつも青葉の後ろに居る《姫様》が唐突に示現した。
 
「ふざけるな。神社の主神は妾(わらわ)じゃ」
と《姫様》が通告する。
 
明日香たちは「この人どこにいたっけ?」みたいな顔をしている。
 
巫女さんはさすがにギョッとしたようだ。
 
「大変失礼致しました。このような尊い神様がいらっしゃるとは」
 
「妾(わらわ)が正殿に座る。地主神の津幡姫殿を左殿に入れる。小枝殿、そなたの主(あるじ)を入れたければ、右殿なら良いぞ」
と《姫様》は言った。
 
「なんと!私の名前までご存じであったとは。恐れ入りました。それで良いです。ではぜひ右殿に**様をお祀りください」
と巫女さんは、かしこまって答えた。
 
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「そういう訳だ。青葉、神社は三殿構成で頼む」
と《姫様》は言った。
 
青葉は溜息をついて
「分かりました。それで建てさせます」
と答えた。
 
「巫女さんの名前は小枝さん?」
と美由紀が訊いた。
 
「そうだが」
と巫女さん。
 
「かっわいぃ!!」
と女子たちの間から声があがる。
 
「小枝は英語で言えばツイッギーかな」
と千里が言う。
「それ、ミニスカの女王と言われた人ですよね?」
と紡希が言う。
「この人にミニスカ穿かせてみたいね」
と千里は悪ノリして言っている。
 
巫女さんの方は照れている。
「可愛いなんて、何百年ぶりに聞いたか」
 
「その可愛いって言ってくれた人とはどうなったんですか?」
と明日香が訊く。
「契りを交わして、男の子2人と女の子1人産んだよ」
「へー。3人って理想的かも」
などと世梨奈は言っている。
「1人では寂しいし、4〜5人だと大変だし、2〜3人がちょうどいいかもね」
と紡希も言う。
「お子さんたちはどうなさったんですか?」
「男の子2人は戦争で死んでしまったが、女の子は長生きしてくれて、私もその子にだいぶ助けてもらったよ」
 
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「ああ、昔は男の子は戦争で死んじゃいますよね」
と紡希は小枝に同情するように言っていた。
 

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