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■春牛(2)
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「それ警察の見解は?」
「石川県警に取材に行ってきた。確かにその噂は聞いているけど、警察は速度超過していたら捕まえるだけだし、車列の2台目以降は捕まえないということはないので、きちんと速度を守って走って欲しいということ」
と神谷内さん。
「まさに公式見解だなあ」
「でもこれある所からの裏情報だけど、石川県警・富山県警の交機と高速隊には夜間速度違反の車を捕まえる時はその更に前方にも車がいないか充分確認するようにという指令が出たという噂もある」
「それ警察への信頼の揺らぎにも繋がりかねませんね」
「だから警察も慎重になっているみたい」
「そのうち、短気な奴がその場で納得いかないと言って暴れて公務執行妨害で逮捕されるような事件も起こりかねないなあ」
と神谷内さんが言っているが、青葉もその恐れを感じた。
「でもこれ取材は難しいですよ。速度超過して走ってみる訳にもいかないもん」
「うん。テレビ局がそんなことする訳にはいかない」
「取り敢えず取材困難かなあ」
それでも番組ではツイッターへの書き込みを元に、取材に応じてくれる人がいないかネット上で尋ねてみたところ5人の“被害者”が取材に応じてくれたので、幸花と森下カメラマンで取材に行き、話を聞いてきた。
「その白いワゴン車の車種とかナンバーとかは分かりませんよね?」
という質問に対して取材した5人の内2人は分からないと言ったが、2人がアルファードだったと思うと答え、1人はヴェルファイヤかもと答えた。
「兄弟車だね」
と神谷内さんは言った。
「そうなんですか?」
「ボディ自体は共通でフロントグリルとかライトとかが違うだけなんだよ。だから相互に見間違える可能性があると思う」
「5人中3人が言っているということは、アルファード系の車ということですね」
「そう考えていいと思う」
「あと1人がですね。何とか代行と書かれていたような気がすると言ってたんです」
「それは大きなヒントだね」
「自信は無いということでした」
「代行なんて名前は運送会社かなあ」
「ああ、運送会社では時々ある名前かもね」
「つまり商業車ということかな?」
「でも5人中4人が白ナンバーだったと言っているんですよ」
「あと1人は?」
「ナンバープレートは泥で汚れていて見えなかったと言っている」
「ああ」
「そうなると個人経営の運送屋さん、あるいは便利屋さんとかかも知れませんね」
「多少の想像を許せばね」
「よし。ここ1〜2年で事故死した個人経営の運送屋さん・便利屋さんとかが居ないか新聞記事を検索してみよう」
と幸花は言った。
「それはやってみる価値があるね」
と神谷内さんも言い、この件は取り敢えず幸花の作業結果待ちということになる。
青葉が“つい”買ってしまったエグゼルシス・デ・ファイユ津幡(町長が勝手に火牛スポーツセンターと命名してしまう)の追加土地売却と開発許可については、議会で審議した結果、1つだけ問題点が出た。
それは周囲に作る幅4mの道路なのだが、消防車(車幅2.4m程度以下)が楽々通れるサイズということで設定したのだが、『消防車がすれ違えない』という意見が出たのである。消防車どころか、普通車で車幅の広いもの、例えばレクサスLXでも、ミラーを出したままでは、すれ違うことができない。レクサスLXの車幅は198cmあるので、“双方が”かなり上手な人でないとミラーを畳んでもすれ違うのは困難である。ちなみに国産普通車で最も車幅が広いのは、光岡自動車のオロチで2.035mである。しかし消防自動車には2.4m近いものもあるし、一般のトラックでも車幅の広いものはあるから、どっちみち最低でも6m、余裕を見たら7mは必要ということになった。
そこで道路の幅(=追加売却する土地の幅)は4mではなく7mにしましょうということになったのである。
その結果町が青葉に売却する土地の面積は
(元案) 288×328 - 270×270 - 8×14 = 21452
(新案) 294×334 - 270×270 - 8×17 = 25160
ということで、3708m
2増えることとなった。それで価格についてはそのまま計算すれば3411.36万円増の2億147万2千円となるところを、色々貢献してもらっているしということで少し値引して1億9千万円ではどうかと打診された。
それで青葉も同意し、この土地は1億9千万円で売ってもらえることになった。最初に出した7億円と合わせて土地代は8億9千万円になる。
なお、これが商業地であれば固定資産税を建物の分まで含めて毎年1億円近く払わなければならないのだが、町自体も関わっている公園ということで非課税になるらしい(学校の土地や寺社なども非課税)。
なお、町が提案したテニスコートとグラウンド・ゴルフ場については町も参加した第三セクターで建築・運営するという案もあったのだが、青葉と千里は町長と会談し、
「第三セクターは概して責任が曖昧になり、多大な経費がかかります。民間に任せて下さい」
と申し出たので第三セクターではなく、千里のPhoenix Trineが建設・運用をすることになった。
青葉は千里に「建設費は分担しようか」と言ったのだが、千里は
「どうせ20-30億円でこの2棟は建つと思うから青葉はいいよ」
と言われたのでお任せすることにした。
「そもそも土地を買うのに結構無理してない?」
「少し」
「まあご自愛を」
「ありがとう」
このテニスコートとグラウンド・ゴルフ場についても固定資産税は非課税になる見通しである。デファイユ津幡の施設の中で課税されるのはアクアリゾートの地下プール以外の部分(レジャープール、スパ・仮眠室・個室宿泊ゾーン・2F商店エリア)のみということになるようである。
売却と開発の許可が下りたのが12月13日(金)で、青葉は即1億9千万円を津幡町の口座に振り込んだ。そして、翌日町の担当者と一緒に新たな境界標を打ったのだが、その夜の内に樹木の伐採が終わってしまったので、青葉も呆れた。しかし播磨工務店さんの施工能力が物凄いことだけは理解した。
貴司が勤めていたMM化学の履歴を歴代社長を中心に見るとこのようである。
1936 丸正正義(30)が創業。戦時物資の生産、戦後は家庭用プラスチックの生産で繁盛して会社の礎を築く。“MM”は丸正正義の頭文字であると同時に出身地の三重県松阪市にもちなむ。
1976 忠義(70)が息子の邦夫(42)に禅譲。この時代はあまり目立たない企業だった。正義は1995年に死去(89).
2006 邦夫が急死(72)して、双日で“修行”していた息子の義邦(42)が社長に。義邦の時代に業績が100倍に成長。関西を中心に全国20個の工場を保有。
2014 義邦社長が病気で倒れ意識不明に。昌二副社長(65)が経営の指揮を執るが売上半減。
2015 銀行から送り込まれた田中道宗(58)が新社長になり、義邦・昌二解任。資産を売却、リストラを進め、売上は縮小するも利益率は高まる。研究開発型の企業から輸入販売型の企業に変身。
2017 中堅塗料製造会社Wペイントを吸収合併。
2018.7 田中社長が逮捕され解任。Wペイント出身の鈴木亭徳(48)が社長に就任。生産研究所を復活させ、再度研究開発型の企業への変身を試みる。業績は倍に拡大。
2019.6 株主総会のクーデターで鈴木社長が解任され高縄が社長に。会社の機能が麻痺して倒産の危機。
2019.9 高縄が取締役会で解任され、平本が暫定社長に。
2019.9 臨時株主総会で丸正義邦の次男・丸正義月(27)が社長に。
その話はまだ田中が社長だった2018年春に持ち込まれた。電話して来たのは雨宮先生である。
「あんたちょっと買い物しない?」
「チョコレートかキャンディでも買いますか?」
「工場をひとつ買ってほしいのよ」
「何です?それ」
「あんたの旦那が勤めているMM化学だけどさ」
「はい?」
意外な所から意外な名前が出て来たので千里は驚く。
「今の社長(田中)の代になってから、次々と資産が売却されていてさ、実際問題として資産の売却額で食って行っているのではという気がするんだけど」
それは千里も若干感じていた。義邦社長の時代に全国に20あった工場が現在は確か7-8個まで減っている。
「それでさ、あんた草津工場を買わない?」
「なんでそういう話になるんですか?」
「草津工場は地理的に大津工場とだぶっていてさ、使用している生産機械も大津工場の方が新しいし、今草津工場が生産している製品が必ずしも売れ行きがよくなくてさ、それで売却を検討したけど買ってくれそうな所がないから、このままだと閉鎖になりそうなのよ。更地にして土地として売却」
「それをなぜ雨宮先生が買収話を持ってくるんです?」
「私の娘(後の女優・秋山怜梨)の母親がその工場に勤めているのよ。もし工場が閉鎖されたら失業して私が生活費を全部見ないといけなくなるじゃん」
なんて個人的な理由なんだ!
「だったら先生が買収したらいいじゃないですか?」
「私20億も無いもん」
「先生の資産は数百億あったと思いましたが」
「行来の奴が全部押さえていて私の自由にはならないのよ」
まあそれが安全だよなと千里も思う。雨宮先生の手にかかれば1年で400-500億パーッと使い切って(飲みきって)しまいそうだ。
「でもその工場って何を作っているんです?」
「ビニールシートが主力かな。あと、プラチナみたいに見えるプラスチックのアクセサリー、プラスチーナ」
千里はドキッとした。千里と貴司が半ばお遊びで所有していた“普段使い用の”マリッジリングがプラスチーナ製だ。(むろん本物の金のも持っている)。あれを作っていた工場が閉鎖される? それは寂しい気がした。
「同様に金(きん)みたいに見えるプラスチック、ゴールディー」
「ああ」
「同様に女の子みたいに見える男の子、偽娘(ウェイニャン)」
「はあ!?そんなのどうやって製造するんです?」
「まず男の子を仕入れてきてだね、ベッドに寝せて服を全部脱がす。着ていた男の服は全部暖炉に放り込んで燃やしてしまう。この燃やすのが大事。もう男の服は着られないのだということを認識させる」
「はあ」
「全身の毛を剃ってツルツルのお肌にする。だいたいこの時点で自分の手足の真っ白い様子を見て陶酔する」
「あそこはタックしてしまう。ほら、邪魔なおちんちんは無くなっちゃったよ、と言い聞かせる。ブレストフォームを貼り付けて、ほらおっぱいできちゃった。君はもう男の子じゃなくて女の子だよ、と言ってあげる」
「それでパンティーを穿かせるとタックしてるからぴったりフィットする。ブラジャーを着けるとブレストフォームのおっぱいがブラにきれいに納まる。そしてスカート穿かせて、ブラウス着せて、ついでにセーラー服着せて」
「スカート穿かせた上にセーラー服着せるんですか?」
「スカート・オン・スカートよ。それで、明日からはこの格好で学校に行くんだよと諭す。だいたい2時間くらいで男の子が男の娘に変身する。1日に4人くらいのペースで生産できるかな」
「雨宮先生の発想ってマリちゃんと似てますね」
「あの娘(こ)と一緒にしないで!」
向こうもそう言うかもね、と千里は思った。
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