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■春牛(5)
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(C) Eriki Kawaguchi 2020-02-02/改2020-04-18
若葉はその日、新宿のTKR本社を訪れ、松前社長に会って、相談を持ちかけた。
「店舗のレイアウトを書いてみたのですが、先日話し合った音源制作のできる部屋8個と練習部屋20個というのが、どうしても1フロアに入りきれないんですよ」
と言って若葉はいくつかの案を見せる。
「各部屋の面積をもっと小さくしたら入らないこともないのですが」
「いや、この図面見ると、これ以上小さくするのはまずい」
「トイレを無くすと、ギリギリ入るんですけどね」
「トイレはさすがに無いと困る。いちいち下の階に行くのは大変」
「エレベータを省略する手もありますが」
「重たい楽器があるから無いのは困る、というか法令違反にならない?」
「だとすると、部屋数を減らすか、フロアをあと1つ増やすかだと思うんですよ」
「部屋数は減らしたくないなあ。やはり『こんな広いスタジオがあります』とアピールしたいんだよ」
「だったら、フロアをもうひとつ増やしますかね」
「その線で頼む。レンタル料は少し増額してもいいから」
「どのくらいまで増額できます?」
「2億・・・2千万とかはどう?」
「2億3千万は厳しいですか?」
「無理言っているしなあ。分かった。2億3千万払うよ」
「ありがとうございます」
「ちなみに容積率は大丈夫?」
「はい。それは大丈夫です。5階を追加しても460%にしかなりません。ここは600%まで行けるんですよ」
千里は§§ミュージックを訪れて秋風コスモス社長と話した。
「TKRの方から聞いたかも知れないんだけど、今度仙台のクレールの青葉通り店を作るんだよ。クレール自体は月山和実の運営だけど、入居するビルは、月山さんと、ムーランの山吹若葉、そして私の3人共同で建てる。実はこの3人がクレールの株主なんだけどね。それでさ、宏美ちゃん、§§ミュージックのタレントさんのグッズを売るショップとかに興味無い?」
「そういえばそういうお店って考えた事なかったですね。青葉通りのどの付近?」
「仙台駅から歩いて5分だよ」
と言って、千里はMapionの地図を開き、“クレールビル”の場所を示した。
「いい場所ですね。通りから入り込んでいるけど、ファングッズのお店はむしろそういう所の方が隠れ家っぽくてファン心理を刺激するのよね」
「そうそう。こういうお店は銀座の表通りにどーんと出したらダメなんだよね。どう、興味無い?」
「作ってもいいかも」
「私が運営してもいいし、そちらで運営してもいいけど」
「こちらで運営する場合、家賃とロイヤリティは?」
「ロイヤリティとか要らないよ。家賃は9坪程度のミニショップの場合でこの付近の相場なら12-13万くらいだけど、出精価格で6万とかではどう?」
「安いね。充分採算取れると思うし、出していいよ。ロイヤリティも無しでは悪いから、8%くらいは払うよ」
「そう?じゃ売上100万円以上の場合は6%で」
「OKOK。じゃ直営で取り敢えず半年くらい運営して、続けるかどうかは状況を見て決めるというのでいい?」
「うん、いいよ」
それでクレールビルの2Fには“コア店舗”として§§ミュージックのタレントグッズ直営店が入居することになったのである。むろん千里が格安家賃を提示したのは、その集客力が物凄いと思われたからである。
「ところで今クレールの若林店で信濃町ガールズの定演しているけど、青葉通り店にも誰か出したりはしない?若林店より広いよ」
「それ完成間近になったあたりで一度実物を見せてくれない?リセエンヌ・ドオとか、あるいはデビュー1〜2年目の子に歌わせたい気もする」
とコスモスは言う。
「うん。場所柄、お客さんが多くなるかも知れないから、少しステージ度胸のある子のほうがいいかもね」
と千里も言った。
「でもリセエンヌ・ドオもそろそろCD出そうよ」
「書いて下さるのでしたら」
「松本花子でもいい?」
和実は千里と若葉に、当選した宝くじを買った時のエピソードを語り、南座の宝くじ売場で三連バラを買えといったスカートを穿いた男の子に御礼したいけど無理だよね、などと言った。千里はその男の子に大いに心当たりがあったものの、
「どこかのおキツネさんかも知れないから、お稲荷さんにでも御礼すればいいかもね」
と言っておいた。
それで和実は1月20日(月)に当選金が振り込まれると、京都の伏見稲荷に行ってくることにした。
まずは20日午前中に陸前銀行に連絡してローンの残金を一括返済したいと言う。銀行は驚いて、返済の資金源を尋ねたが、友人が融資してくれたのでと答えたら納得してもらった。それで、みずほ銀行仙台支店で陸前銀行に1億925万3480円の振り込みの手続きをし、また4000万円を###銀行の元から持っていた口座に振り込んだ上で、今度は###銀行の仙台支店に行く。そして4000万円の銀行振出小切手を作ってもらった。みずほ銀行でそのまま小切手を作ってもらえば手間が掛からないが、想像力の豊かな冬子は、みずほ銀行振出しなら、ひょっとして宝くじを当てたのではと思いつくかも知れないと考え、わざわざ別の銀行にしたのである。
その後、和実は新幹線の乗り継ぎで京都に行き、その日は京都市内に泊まった。4000万円の小切手を持って遠出するのはやや怖いものの、“線引き”にしてあるので、万一落としたりしても拾った人が勝手に換金するのはほぼ不可能である。
翌朝いちばんに伏見稲荷に行き、本殿でお参りした後、お山も一周して、三ノ峰、二ノ峰、一ノ峰とお参りしてきた。ちなみに本殿ではお賽銭を1万円入れて来た。
それから午後には東京に戻り、エヴォンの永井オーナーに青葉通り店を出すことを話した。永井は12月の集まりの時に和実が物凄く悩んでいる風だったのでこの急展開に驚いたが、
「イオンが来ても平気なように中心部にお店出して、その売り上げで若林店の借金もまとめて返していこうという魂胆なんですよ」
と和実が説明すると
「確かに中心部に引っ越したらと煽ったのは俺だからなあ」
と言っていた。
「でも資金は足りた?」
「銀行から6億借りましたから。若林店の建設の時の借金の残金と合わせて7億です。このあと30年間は奴隷奉公ですね」
「まあ人の人生なんてそもそも奴隷みたいなもんかもね」
と永井も言っていた。
永井は神田店・新宿店の新設の際の借金はもう完済しているが、銀座店の分はまだ数年かかるらしい。
和実は21日は東京で泊まり、翌日朝冬子のマンションに行き4000万円の小切手を渡し、クレールの新店の話をする。そしてテナントとして楽器店があればという話になり、23日に仙台に一緒に行って、仙台楽器の移転の話を決めた。
この日に建築確認が降りたという連絡があり、その日の内に土地に目隠しのシートが張られ。翌朝までには古いビルが撤去されていたので、和実は驚愕した。青葉に結界作りをお願いしたら25日(土)に来てくれて、わりと緩い感じの結界を張ってくれた。工事中はあまり強すぎる結界より、この程度の方が良いらしい。
千里は仙台に行って若葉・和実と打ち合わせた翌日の1月10日、京平に、お前が宝くじを買えと言った人が7億5千万当てた、と教えてあげたら、京平も驚いていた。結構高額が当たりそうな気はしたものの、1000万円くらいかもと思っていたらしい。
「1割の7500万円くらい京平にあげたい気分」
と千里が言うと
「代わりに、ボクと緩菜がお母ちゃんと一緒に暮らせるようにしてよ」
と京平は言った。
「ごめんね」
と言って、千里は京平を抱きしめる。
「でも今年は結構なんとかなるように気もするんだよね」
と千里は言ったのだが、京平・緩菜が千里と一緒に暮らせるようになるために7500万円を超える9000万円も今年使うことになることは、この時点では、さすがの千里にも想像できなかった。
(貴司と美映の離婚慰謝料5000万円+その話を聞いた阿倍子から要求された追加慰謝料4000万円:むろん本来は貴司が払うべきお金)
千里は横山春恵と都内のファミレスで会い、仙台青葉通りの近くにビルを建てるので、もし可能ならそこにプラスチーナ製品・ゴールディ製品を含むアクセサリーショップを出さないかと誘った。
「開店資金とか運転資金は私が提供する。給料も月20万を1年間は保証する。人手が足りなかったらパートさんとか雇ってもいい。その分のお給料も出すから。ただ仕入れとか運用とかをしてくれる人が欲しいんだよ。春恵ちゃんの知り合いで信頼できる人がいたら、その人でもいい」
「あ、だったら私と私の妹の2人でやってもいい?妹は私より商才があると思う。わりと調子がいいし」
「じゃその妹さんと会わせて」
「OKOK」
と言ってメールをしてみたらその日の夕方会えることになり、あらためてエヴォンの新宿店で会った。
「ここあまりメイド喫茶っぽくないね。いきなり『お帰りなさいませ、奥様』と言われた時はギョッとしたけど」
「メイド喫茶って初期の頃はこういう雰囲気のお店が多かったんだよ。後発でいかがわしいお店が増えて、変なイメージがついてしまったけどね。ここは風俗営業ではなく飲食店営業だから接待も禁止。お客様と3分以上会話するのも禁止。初期の頃は2分半経ったら点滅が始まるカラータイマー着けてたらしいけど、趣旨が違う気がするというのでやめたらしいけどね」
(カラータイマーは案があっただけで実際は使用されていない。永井は結構乗り気だったらしいが、初期のメイドで伝説的・女装美少年の渚さんが反対して不採用となった)
「へー。でもこういう感じのお店の仙台店なら、そこのビルで営業してもいい気がする」
と妹の横山映代は言った。
「今美容室と、お菓子ショップと§§ミュージック直営店が入居予定」
「§§ミュージックの直営店!?」
「全国でも初めてなんだよ。ここで様子を見て、好評なら他の都市にも作るかも」
「それアクアグッズを求めてファンが殺到すると思う」
「そこまで行けばいいけどね」
「でも女性向きのショップ構成なのね」
「基本的にそうだよ」
「だったらお店として成り立つと思います。ぜひやらせてください」
「よろしく」
それで妹さんが“店長”、お姉さんが“社長”ということにした。
千里は会長である!(Phoenix Dreamという会社を設立した)
なお、スポーツ用品店 Phoenix Sports の方は、横山姉や40 minutes所属の中折渚紗などの高校時代のチームメイトである、沼口花寿美に運営をお願いすることにした。彼女は2年前に現役引退した後、都内のスポーツ用品店に勤めていた。173cmの彼女はいかにもスポーツ選手というオーラを漂わせているし、2年間のスポーツ用品店勤務で、ノウハウも習得している。彼女は“店長”の肩書きで勤務し、3〜4人、バイトさんを雇う予定である。いい人がいれば正社員として採用してもよいと言ってある。
千里の古巣であるレオパルダ・デ・グラナダの親会社がスペインのスポーツ用品メーカー・ケルメ(Kelme)と契約していた関係で、そのコネがあり、ケルメのシューズやウェア、バッグなどを安価に仕入れることができた。犬の足跡のマークがシンボルになっているメーカーである。向こうは日本での販売ということでかなり興味を持ってくれた。書類上はケルメ・ジャパンを通すが、契約は本社との直であり、特例的な価格を実現できた。性能が良くて安価であることから、翌年は仙台市内の私立校の指定靴店になることもできて、売上が安定することになる。
また千里はインドにも多くのコネを持つ。インド代表をしていた子たちは、現在多くが大企業や行政機関の中核に入り込んでいる。市長夫人とかになっている子もいる。千里は彼女たちとヒンディー語やタミル語・マラヤーラム語などで直接会話できることもあり、コネがずっと持続している。他に実はインドの大賢人の教団とのコネもあり、その賢人の弟子だった人とはマラーティー語で直接会話している。それでインドから靴下・Tシャツ・タオルなどの綿製消耗品を安価に仕入れることができた。それらを中心に品揃えをしたのである。
むろん、アシックスやミズノ、ミカサなどの製品も並べる。国内のスポーツ用品メーカーにもわりとコネが多いのだが、ケルメ製品やインド直輸入品ほどは安くできない。
また店舗にも置いておくが、体育館のフロアに、スポーツドリンクやお茶などの自販機を置くことにした。自販機はヤフオク!で中古を30万円で買い、機械に強い《せいちゃん》に頼んで調整してもらった(何かぶつぶつ言ってた)。そして無名メーカーのドリンクを中心に並べたので、350ccの缶飲料を100円で販売することができ、わざわざ近所のオフィスなどから、これを買うため地下まで降りてくる人が出るほどだった。大手メーカーは絶対値引かないが、中小メーカーは交渉次第で結構安くしてくれるのである。
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