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■春牛(8)
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道の駅“いおり”で小休憩。そのまま160号を七尾まで行ってから23時半頃、“3国道の起点”川原町交差点を左折して国道159号に移る。国道159号は本来の制限速度は60km/hではあるものの80km/hで流れているのが通常で、夜中になると100km/hで飛ばしていく馬鹿もいるという道である。アルプラザ鹿島が見える付近で0時の時報を聞く。さすがに交通量が少なくなってくる。“宿”(という地名)のポケットパークでトイレ休憩する。
「この後、どっち行く?」
「河北縦断道路で」
「そちらが“出そう”だよね」
この先は国道249号(国道159号と重複路線)を南下するルートと、河北縦断道(石川県道59号)を南下するルートがある。カーナビは高速を通らない指定をすると国道249にナビするが、河北縦断道の方が国道より道も広いしまっすぐで走りやすい。それで道慣れたドライバーはこちらを通る。
青葉は制限速度を10km/hオーバーした70km/hで走って行く。後ろから何台もの車が追い越して行くが、“妖しい車”は見ない。途中のファミマで休憩して飲み物と肉まんを買う。食べながら運転を続ける。そのうち終端の加茂ICまで来てしまった。ここは国道8号津幡北バイパスとのインターチェンジである。
「右に行く?左に行く?」
「じゃ左で」
左は富山方面である。
それで富山方面のランプを上り、本線に合流する。ここは80km/hの道路なので、敢えて90km/hで走る。時刻はもう1時すぎで、車の量が少ない。今夜ライブをした、津幡“火牛”アリーナ方面への分かれ道もそのまま通過する。
「そうだ。あそこを“火牛アリーナ”って冬子さんに教えたの、ちー姉?」
「さあ、私は知らない。私だとしたら1番か3番かもね」
これ2人で責任の押し付け合いしたりしてないか?と青葉は疑問を感じた。(1番さんはまだ自分が3人に分裂していることに気づいていないはず)
やがて道路は刈安北ICを過ぎて、津幡北バイパスから“くりからバイパス”に移行する。速度制限が60km/hになるので青葉は速度を70km/hに落とす。
「青葉」
「うん。私も気づいた」
「70km/hをキープして」
「追い越されたら?」
「しばらく追随して観察。ただし5分以内」
「分かった」
その“白いワゴン車”は推定90km/hくらいの速度で後方から迫ってきて、鮮やかに青葉の車を追い越した。その追い越し方が美しいと思った。車線に戻る時も理想的な距離で前に入った。上手なドライバーだ。青葉は追随する。
「これ本体だよね?」
「うん。クローンじゃないと思う。ちなみにクローンが今金沢西インター付近にいる」
「よく分かるね!」
「あ、向こうの車を追随していたマジェスタが白バイに捕まった」
「そういう、ちー姉の感覚が不思議。遠くのものが手に取るように分かるんだね」
「え?誰でもこのくらい見えない?本体がここにいればクローンの位置も分かるし。位置が分かればそこの景色は普通に見えるじゃん」
「普通の人は見えないと思うけど」
「そうだっけ?こちらのは、車種はアルファードだね。ナンバーは・・・読めないや」
「私も読めない」
泥がはねたようにナンバープレートが汚れていて、読み取れないのである。車種も青葉にはよく分からない。しかし車に詳しい千里姉が言うのだから、アルファードで間違い無いのだろう。
何か文字も書いてあるが、よく分からない。
「ちー姉、あの文字分かる?」
「行盛。東京に行くの行くという字に、盛岡の盛」
「よく読めるね!」
その文字が書かれている所もやはり泥で汚れていてよく見えないのである。しかし異常?な視力の持ち主である千里姉が読んだのだから、きっとそう書かれているのだろう。千里姉は夜間追随している車の運転手の顔を見分けたりする。
「何とか代行と読んだ人もあったんだけど」
「ひょっとしたら、行という字の左側に“代”の字が隠れているのかも。泥の汚れが凄くて」
などと言っていた時、千里姉はハッとしたように言った。
「ブレーキ踏まずに速度落として。2.2km後方に白バイがいる」
「了解」
それで青葉はエンジンブレーキで速度を60km/hまで落とした。青葉の後方を走っていた白いプリウス、更には青いノートが、青葉の車を追い越して行く。そのまましばらく走っていたら、今度は白バイが青葉の車を追い越して行った。
「どうなると思う?」
「少し走っていけば分かるね」
それで5分も走っていたら、少し先の所にある道路脇の駐車帯に白バイとさっきのプリウスが停まっていた。
「ご愁傷様。でも大分(だいぶ)分かった。この先の道の駅でちょっと検討しない?」
「あ、うん」
それで青葉は道の駅“メルヘンおやべ”に車を入れた。むろん真夜中なので施設は閉まっているが、トイレに行った後、千里姉が自販機の缶コーヒーをおごってくれた。
「あのワゴン車見てて、何か感じなかった?」
と千里姉が訊く。
青葉は実は思っていたことを言ってみた。
「こんなこと言ったら笑われそうだけど、一瞬牛が走っているような気がした」
と青葉が言うと、千里も
「私も牛を感じた。これひょっとして火牛に関わってない?」
「それだと話がかなり変わってくるね」
「私が読み取った“行盛”だけど、たぶん平行盛だと思う」
「誰だっけ?」
「倶利伽羅峠の戦いで負けた平家方の武将だよ」
「ここで死んだの?」
「いやこの人は屋島の戦いにも参加している。壇ノ浦に参加したかどうかは不明。赤間神宮には祀られていないから、屋島で死んだか、屋島の後で自殺したんだと思う」
「平家方の武将って異様に自殺が多いよね」
「精神的にもろい人が多かったんだと思うよ。平家が負けた最大の要因だよ」
「でも倶利伽羅峠に絡んでいるわけか」
「あ、そうか」
と青葉は言った。
「平行盛ならさ、最初の2文字を見ると“平行”でしょ。それが“代行”に見えたという可能性は?」
「それはあり得るかもね。人間は何でも自分のよく知っているものに帰着させてしまうんだよ」
と千里姉は言った。それってこないだ世梨奈も言ってたなと思った。
その日、クレール(若林店)に隣接する和実の自宅居間で“企画会議”が開かれていた。出席者は、和実(社長)、店長予定者のマキコ、若林店チーフ就任予定のナタリー、盛岡から出て来てくれた、梓(社長代行) 照葉(若林店店長代行)、それに仙台市内に住む伊藤君(会長)、小野寺君(ライムの夫)、近藤君、江頭君、で、伊藤・小野寺・近藤・江頭は、しばしばクレールで力仕事が必要な時に呼び出されているメンツである。
なおライムも誘ったが「私は下っ端だから」と言って遠慮した。
むろん部屋の窓は開放している。
「でも青葉通りか。凄い所にお店出すね」
「ここ意外に儲かってたのね」
「まあ青葉通りから少し引っ込むんだけどね」
「他県にあるのに東京を名乗る某遊園地とか、隣の市にあるのに仙台を名乗る某空港よりはマシな気がする」
「メニューは若林店と同じでいいんだっけ?何か特徴を出す?」
「無理して変える必要はないと思う。ピザはどちらでも出せるんだっけ?」
「うん。若林店に入れたら今の所好評だし、青葉通り店もピザ用オーブンを入れるつもり」
「そうだ、ウィンナーコーヒーを作らない?」
と伊藤君が言った。
「そういうバリエーションはありかもね。生クリーム乗っけるのは、別に問題無いよ。ホイップさせるのは電動式の掻き混ぜ機でやっちゃうし」
「あれ、手でやれと言われたら辛い」
「味はほとんど変わらないし、電動でいいと思う」
「いや、そういうんじゃなくてさ、コーヒーにウィンナーを添えるんだよ」
と伊藤君は言う。
「ネットで“ウィンナーコーヒー”を検索すると、その画像が大量に見つかるよね」
「みんな冗談好きだよな」
「マジでウィンナーを添えたコーヒーを出す気?」
「面白いじゃん。きっと雑誌とかたくさん写真載せてくれるよ」
「まあ面白いかも知れないけどね」
「本来のウィンナーコーヒーはヴィエンナ・カフェとか書いておけばいいよ」
「まあもっともウィーンにウィンナーコーヒーは無いんだけどね」
「それはナポリにスパゲティ・ナポリタンは無いし、ハンブルグにハンバーグ・ステーキは無い、みたいな話?」
「そうそう。ウィーンの人たちは実際にはカプチーノとかを飲むらしいよ」
「生クリームではなくて、フォームミルクか」
「そんな感じ」
「そういえばさ、こないだテレビでウィンナ・コーヒーのネタやってたんだよ」
と伊藤君が話し始めた時、和実は絶対下ネタだなと思っていたら案の定だった。
「タレントの****がこないだオカマバーに行ったんだって。それでウィンナーコーヒーって注文したらさ」
「ハル、もう先は言わなくていい」
と和実は言ったのだが、彼は話し続ける。
「お待たせ〜、って持って来たの見ると、コーヒーの皿に、自分のウィンナーを乗せていたんだって」
そんなことだろうと思った。
「もうやめろよ」
と梓が不快そうな顔で言う。しかし伊藤君はやめない。
「それ見て同席してた友だちが怒ってさ。ふざけるな!と言って、ちょうど手に持っていたフォークをその“ウィンナー”にグサッと刺したんだって」
「エロだけで済まずにグロに来たか」
と照葉が呆れている。
「それヤバいんじゃないの?」
と近藤君。
「うん。刺されたホステスさん、ぎゃっと悲鳴をあげて、控室に走っていったらしいよ」
「それ無事なのかね?」
と小野寺君が嫌そうな顔で言う。
「その“ウィンナー”は廃棄処分になったかもね」
と伊藤君。
「そもそも廃棄したいんじゃないの?」
「いや、だいたい食品衛生法違反って気がする」
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