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■春牛(17)

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(C) Eriki Kawaguchi 2020-03-05/改2020-04-18
 
仙台では、和実の新しいお店が入る、クレール青葉通り店のビルが4月6日(月)に竣工して、播磨工務店からCMPに引き渡された。コロナ対策でかなり追加の設備を作り込んでもらったのに、播磨工務店は工期を遅らせずに予定通りの日程で竣工させた。
 
CMPでは各テナントにビル側としてのコロナ対策の要点を提示した上で、各々の体制が整ったところでオープンしてほしいと伝え、取り敢えず6月までの家賃は無料にすると表明した。
 
CMP (Clair-Moulin-Phoenix) このビルと土地を所有し運営する会社
Clair メイド喫茶(店長・チーフはマキコ)
Moulin トレーラーレストラン(前庭に駐める)
TKR仙台スタジオ TKRアーティストのための貸しスタジオ(4-5F)
SC-Studio (Summer girl - Clair) スタジオの機器を所有し技師を雇用する会社
Phoenix Sports スポーツ用品販売会社
Phoenix Dream アクセサリー販売会社
Moulin Rouge ムーランのお菓子ショップ
ニューバンブーパン 竹西道佳(マキコの妹)が運営するパン屋さん
§§ Fan §§ミュージックのタレントグッズのお店
Twilight青葉通り店 美容室(店長は胡桃)
仙台楽器 楽器店
TKR Sounds 仙台店 CDショップ
 
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CMPとクレールはどちらも和実(+淳)・若葉・千里の出資だが、出資比率が違う。
 
CMP 和実50% 若葉10% 千里40%
Clair 和実51% 淳21% 若葉19% 千里9%
 

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ビルは既に各テナントの場所はパーティションなどで切ってあるので、必要な棚や設備、そして商品を搬入するだけである。レジに関してはCMP側で一括導入しており、クレカやスマホ決済が全ての店舗で使用できる。むしろできるだけ現金決済をしないで欲しいとテナント側に要望した。
 
駐車場は地下に26台、地上に3台の合計29台駐車可能である。
 

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2020年4月1日(水).
 
上野美津穂は新たに借りた金沢市内のアパートから、市内のX電子の本社に出勤した。大会議室で入社式を終えた後、とりあえず勤務部署となるカウンセリングルームに行く。このあと2週間にわたり、白山市の研修所で新人研修を受けるのだが、その前に上司や同僚となる人たちに挨拶しておこうと思ったのである。
 
「おはようございます。新人の上野です」
と言って部屋に入って行ったのだが
「えっと、ごめんなさい。今日はカウンセラーさんお休みなのよ」
と中に居た30代の白衣を着た女性に言われる。
 
どうもクライアントと誤解されている気がする。
 
「あのぉ、私、相談とかに来たのではなく、このカウンセラー室に務めることになっているのですが」
「あんた、カウンセラー?」
「はい。一応、認定心理士と産業カウンセラーの資格は持っています」
 
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ちなみに認定心理士というのは大学の心理系学科を卒業すれば自動的にもらえる資格である。産業カウンセラーは通信講座で取得できる(12日間の演習が必要だが、これは3年生の夏休みに受講した)。どちらもカウンセラーの入門資格のようなものである。
 
「助かったぁ! カウンセラー室の本山室長が今朝倒れて病院に運ばれてさ、もうひとりの相談員の高橋カウンセラーも3ヶ月前から精神不調でずっと休職してるし、どうしようと思っていたのよ。ここあなたにお願いする」
 
「私、午後から2週間の新人研修に行く予定なのですが」
「それはパスしていいよ。私が教育係の村里課長に連絡するね」
と言って早速電話している。名前を訊かれたので、入社書類を見せる。
 
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それで話はまとまり、美津穂は新人研修はパスになって、いきなり初日からカウンセラー室を任されることになった。任されるというより、本来3人のカウンセラーがいるべき部署なのに2人ダウンしていて、自分1人だ。
 
美津穂は「じゃよろしく。困った時は私に連絡して」と言ってその女性が置いていった《医務室補佐・看護師・水村多恵》という名刺を見詰めながら1人でカウンセリングデスクの椅子に座って腕を組んで考え込んだ。
 
「逃げるは恥だが役に立つか・・・」
と美津穂は呟いた。
 

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同じく4月1日、美由紀は入社することになった北陸造形の事務所に出て行った。
 
「おはようございます。こちらに入れて頂くことになった石井です」
と入口で挨拶したのだが、反応が無い。
 
しかし中で電話をしている人の声は複数ある。今受付の人全員ふさがっているのかな?と思い、しばらく待つ。
 
2-3分経過したところで、1人電話が終わったようだ。
「すみませーん」
と声を出すと、自分と似たような年齢の女性が出てくる。
 
「おはようございます。アポイントはございましたでしょうか?」
と疲れたような顔で尋ねる。
 
「あのぉ、今日こちらに入社することになっている石井と申しますが」
「新人さん?どこの出身?」
「G大学の芸術学科デザイン専攻です」
「だったらポスター描ける?イラレ(*1)使って?」
 
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(*1)Adobe Illustrator(イラストレーター)のこと。
 

「はい。イラレはいつも使っています」
「よかった。こっち来て。明日までに納品しないといけないポスターがまだ20枚あるのよ。でもスタッフの大半が風邪で倒れちゃって」
 
その風邪って、まさかアレじゃないよな?と美由紀は不安を感じた。
 
「あ、そこにアルコールスプレーあるから手の消毒してね」
「はい!」
 
しっかりと手にスプレーをかける。
 
「じゃこの端末使って。id/passはそこに貼ってある通り」
 
待て。id/passを紙に書いて貼っておくなんて、あまりにも無防備すぎないか?
 
しかしともかくも、美由紀は挨拶も辞令もないまま、いきなり実戦に投入された。
 
美由紀は青葉からもらっていたマスクを1枚取り出すとしっかり装着し、持参のアルコール入りウェットティッシュでキーボードやマウス、液タブ、更にパソコン本体、最後はテーブルの上も拭いた。このアルコール入りウェットティッシュまた買っておかなきゃと美由紀は思った。
 
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同じく4月1日。明日香は東京で全国一斉の入社式に臨んだ。
 
本来は大きな体育館に全国の支社の新入社員が集められ、社長その他の訓示がある予定だったのだが、時節柄大勢集まるのはまずいということになり、ホテルが会場になっていた。飛行機代金が振り込まれていて東京に出てくる手段は自由ということだったので、青葉に電話して先日まで通学に使用していた赤いアクアを借りて東京まで走って来た。青葉から聞いた江戸川区の駐車場に駐める(ここは乗り捨てでいいと言われた)、車中泊後、早朝の電車でホテルまで移動した。フロントで書類を見せるとキーをくれるので部屋に入る。部屋は1人1室である。どうもこのホテルを丸ごと一週間借り切っているようだ。
 
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そして今朝は各部屋の中で各自のスマホで社長の挨拶などを聞いた。正直これは楽でいいやと思った。寝転がって聞いていられる。
 
午後からは、神奈川県の研修施設に移動して、1週間の新人研修を受けることになっている。夕方にはこのホテルに戻って来る。明日は朝からになる。普段の年なら研修施設の宿泊部屋に数人ずつ泊めるのが、今年はそれも避けたようだ。明日香は「お金かかってそう」などと思いながら、役員さんたちの挨拶など聞かずに、たくさん渡された資料を読んでいた。一週間の新人研修の後は2ヶ月掛けて全国の支社をまわり、この会社で販売している様々な製品についても学ぶ。その後で、やっと金沢支社に配属されて通常の勤務が始まる予定である。それで明日香はその時点で金沢市内にアパートを借りようと思っていた。
 
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午前中で入社式が終わり(実は後半は眠っていた)、11時から12時半までの間にレストランでランチを食べて下さいという指示だったが、レストランに入る所に看護師さんが5人程居て、検温をしている!どうもその検温の列に並んでいる間に咳をしている人は排除しているようである。明日香が待っている間に1人肩を叩かれ、書類を渡されて帰宅するように言われていた。どうも風邪症状が出ている人はこの一週間の研修を免除するという趣旨のようである。かなりピリピリしているなと明日香は思った。
 
明日香は無事検温もパスして、ホテルのレストランでランチを食べた後、トイレに行ってから、玄関の前で研修施設に移動するためのバスを待っていた。
 
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さっきスマホを通して訓示をしていた社長さんが出て来たので会釈をする。運転手さんらしき人がレクサスのドアを開けてその社長を中に入れる。それで運転手さんは反対側に回って運転席に行こうとした。
 
ところがそこで派手に転んでしまう。
 
びっくりして周囲の人が集まる。
 
運転手さんは気を失っている。どうも転んだ拍子に頭を打ったようだ。
 
ひとりの人が運転手さんの名前を呼んで身体を揺すろうとしたのを明日香は停めた。
 
「脳震盪を起こしているみたいです。揺らしたらいけません。静かに持って取り敢えず歩道に移しましょう」
 
それで数人の男性で抱えて、そっと歩道に移した。明日香はパンフレット類の入った紙袋を運転手さんの頭の下に敷いた。
 
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「救急車を呼ぶよ」
と言って、1人の男性が119番した。レクサスに乗り込んでいた社長さんも降りてきて心配そうにしている。
 
「そうだ、社長のご予定は?」
と50代くらいの男性が尋ねた。福石という名札を付けている。
 
「みなとみらい21まで行かないといけないのだけど、誰か運転できる人?」
「若田に運転させますよ。呼んできます」
と言ってひとりの男性が走って行った。ところが4-5分経っても戻って来ない。
 
やがて救急車が来たので、倒れた運転手さんを救急車に乗せ、ひとりの男性社員が付き添って救急車は病院に向かった。5分も意識を失ったままというのはヤバいなと明日香は思った。
 
「佐藤君はどうなったんだ?」
と福石という名札を付けた男性が言う。
 
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「若田を探しているのかも」
「私は時間が無いんだが」
と社長さん。
 
「困ったな。僕はここを離れられないし」
と福石さんが言っていたが、ふと明日香と目が合った。
 
「君運転できる?」
「はい」
「運転歴何年?」
「3年半です」
「だったら安心だ。君、社長をみなとみらい21まで送れる?カーナビはある」
「カーナビがあるなら大丈夫です」
「だったら頼む」
「分かりました」
それで明日香は急遽、社長を乗せたレクサスを運転して、横浜のみなとみらい21まで行くことになったのである。
 
そしてこの日明日香は結局社長の行程に付き添い、1日東京・神奈川の数ヶ所を巡ることになる。運転手役のみならず鞄持ち・秘書役も務めた。
 
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明日香は社長から
「君、運転うまいし、気が利くね」
と褒められ、御礼にこれあげるよと言われて、帝国ホテルの御食事券までもらってしまった。
 
明日香の入社1日目はこのよう突発事項の対処から始まった。
 

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