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■春気(7)
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Fは80km/hジャストで中央道の左車線を走っていく。後ろから来た車が次々とこのポルシェを追い越していくが気にしない。その内(スカイライン)GT-Rの覆面パトカー(だと千里が教えてあげた)が後方から来て、しばらく龍虎たちの車を追尾していたが、こちらがずっと80km/hで走っているので、その内追い越していった(速度違反だと思う)。
「パトカーに付かれるのって凄い緊張しますね」
「そうなんだよ。緊張のあまり事故起こさないようにね」
「はい」
「運転には平常心が必要だから」
「それ高村さんからもだいぶ言われました。突発事態とか起きた時もまず『平常心!』と自分に言えって」
「そうそう。思わぬ動きをする車とか歩行者があったら、初心者はそれに注意が奪われてしまう。それがとても危険だから、変な車が居たら次の瞬間その車のことは忘れて自分の車の運転に集中する」
「自動車学校の実車やってる時、前の車が脱輪したのに驚いてこちらまで脱輪して叱られました」
「そういう時はまずブレーキなんだよね」
「迷ったらブレーキ踏めって言われました」
「そうそう。まず停まる」
龍虎Fはきちんと制限速度を守って走り、八ヶ岳SAでMに交替した。Fは後部座席で毛布をかぶって仮眠する。Mも制限速度をきちんと守って走って行く。岡谷JCTは(長野道には)分岐せずにそのまま中央道名古屋方面に進む。駒ヶ岳SAでまたFと交替する。Mが仮眠する。40分ほど走ったところで長いトンネルに入る。
「このトンネルの先ですよね」
「そうそう。長い直線の先が急カーブだから気をつけてね」
「はい」
Mも起き出す。Fはそのカーブを抑え気味の速度で無難に曲がって先に進んだ。
PAがあるのでそこに駐める。
3人は車を降りて、今来た方に向かって、深い黙祷を捧げた。
龍虎の両親が死んだ地点がさっきのカーブの所である。
「高岡さん、夕香さん、あんたたちの息子・娘はこんなに立派になったから安心してね」
と千里は言葉に出して言った。
「娘まで作ったっけ?と思ってたりして」
とF。
「そのあたり不確かかもよ。龍ちゃんのパパ、ある時は『娘に』と言って可愛いワンピースを買ってきたことあったって、志水さん言ってたよ」
「自分の子供の性別、忘れるもんですかね?」
「雨宮先生とかは自分の子供の名前間違って、母親から呆れられたことある」
「雨宮先生ならありそう!」
「さて、このまま豊田まで走ろうか」
「はい」
次のSAで1時間ほど休憩して夜食も食べ給油してから、Mが運転(Fは仮眠)して中央道を進み、土岐JCTからは東海環状自動車道に行く。鞍ヶ池PAでまたFに交替。豊田東JCTから新東名に進んだ。もうすっかり明るくなっている。森掛川ICをすぎた所で千里は
「ここからは120km/hの道だよ」
と声を掛ける。運転しているFはアクセルを踏み込む。
「出し過ぎ、出し過ぎ、抑えて」
「済みません」
と言ってアクセルを戻す。
「この子簡単に速度があがるからね。CR-Zもパワーのある車だけど、かなり感覚が違うでしょ?」
「そうなんですよ」
藤枝PAで交替してMも120km/hの世界を体験した。駿河湾沼津SAでまたFに交替する。そして中井PAでトイレ休憩して千里に交替する予定だった。
「醍醐先生、今夜はFは4回だけど僕は3回しか運転してないんですよ。この先、僕が運転してはいけませんか?」
とMが言った。
「うーん。都区内の一般道は運転禁止だけど、市部だからね。じゃ慎重に」
「はい」
それでMが運転して出発点まで戻ることにする。圏央道は若葉マーク期間中の運転が禁止されているので、御殿場JCTから東名側に移動し、厚木ICで降りる。
ちゃんと20km/hに落としてETCゲートを通過。一般道に降り国道129号を北上する。カーナビに従って朝の道を走る。ちょうど通勤時間帯の混雑がピークをすぎる。そして出発点の民家まで戻ってきた。千里がリモコンで門を開ける。中に入る。千里がリモコンで門を閉めてガレージの扉を開ける。Mが、車庫入口の白線(駐車時の目安のためにわざわざ引いている)の端をスイートスポットに見る位置まで車を進める。ハンドルをいっぱいに切って、ミラーを見ながら慎重にバックで車を後退させる。
「うまいうまい。ステアリング戻して。はい、ストップ」
と千里が言った時、Mは、誤ってブレーキではなくアクセルを踏んでしまった。
ガシャッ!
という嫌な音がする。
「あぁ!」
「馬鹿!何やってんのよ」
「ごめーん」
「疲れてる時って特に初心者の内は、踏み間違いやりやすいんだよ。車庫入れは私がすればよかったね」
「修理代いくらかかるかなぁ」
と降りて懐中電灯でぶつけた所を照らしながらMが言う。
「それより社長に知れたら」
などとFは言っている。
「修理はこっそりやっておけばバレないよ。私がディーラーに持ち込んで修理させるし、コスモス社長にはふたりとも慎重にしっかり運転していましたとだけ報告しておくから」
と千里は言った。
「すみません!」
「事故って、目的地の近くまで来た時とか、目的地に到着した時がいちばん起きやすい。大宮万葉とか、目的地まであと20kmくらいまで来たところで必ず休憩してコンビニでアイスとかコーヒーとか買うって言ってたよ。無事故のおまじないとか言って。冷たいもの食べると脳が覚醒するでしょ?アイスはクーリッシュがお勧め。冬ならチョコモナカジャンボでもいい。片手で食べられるし、食べかけを座席に置いても汚れないから」
「その方式いいですね」
「今度から目的地の直前にコンビニに寄ってアイスかプリン買おう」
プリンは違う気がするが。
「まあ今夜は勉強になったね。今後気をつけようね」
「はい!」
とふたりの龍虎は仲良くお返事した。
なお、千里はこの車を修理してもらう一方、車庫にはゴム製の車止め(反射板付き)を設置した!《こうちゃん》に知られるとアクアが叱られるので、この件は《せいちゃん》に処理してもらった。
Drive Record
八王子市内22:30 千里(0:30)
八王子IC 22:45
藤野PA 23:00-23:10 F(1:12)
八ヶ岳PA 0:22-0:42 M(1:00)
駒ヶ岳SA 1:43-2:13 F(0:52)
恵那峡SA 3:05-4:05 M(0:42)
鞍ヶ池PA 4:48-5:08 F(1:08)
藤枝PA 6:16-6:36 M(0:39)
駿河湾沼津SA 7:15-7:35 F(0:37)
中井PA 8:13-8:33 M(1:01)
厚木IC 8:46
八王子市内 9:34
ところで貴司と美映(+緩菜)は2020年1月末に姫路から埼玉県川口市に引っ越したのだが、その日程が決まった時、貴司は言った。
「緩菜のさ、陰嚢拡張用に入れていたシリコンボールを取る手術を1月にしましょうって言ってたじゃん。美映、予約入れといてよ。引越前にしておきたい」
「OKOK、やっておくよ」
と美映は答えたものの、予約など入れなかった。そもそも緩菜には陰嚢など存在しないので、手術のしようが無いと思う。
前橋は例の母親に電話を入れた。
「環和ちゃんの件ですけど、夏に睾丸の陰嚢への固定と拡張用のシリコンボールの挿入を行いましたけど、そのシリコンボールの除去手術を来月行いたいのですが、日付のご希望とかありますか?」
「それでしたら1月14日とかいいですか?」
「分かりました。それでは手術の日程を入れておきますね」
「あのそれで」
と母親は言った。
「その手術、シリコンボールではなくて睾丸の方を除去するなんて、できないですよね?」
「そうですね。お約束はできませんけど、玉が2個入っていたら間違って別のを取っちゃうということはありますよね?」
と前橋は言う。
「そうですよね。間違いはありますよね。ぜひよろしく間違いお願いします」
と母親は言っていた。
電話を斬ってから前橋は呟いた。
「これで、この世から男の子が1人減って、男の娘が1人増える」
勾陳・青池・前橋3人の計画では手術は普通にさせた後で、こちらで勝手に再手術して本物は除去して、勾陳お手製の精巧な偽物と交換してしまおうということになっている。結局治療の明細書と病院の手術記録が欲しかったのである。
半年後にはタックしやすいように陰嚢に固定した睾丸を陰嚢から切り離す手術が必要なのだが、まだ数年後だろうと思っていた貴司と美映の離婚がこの年の秋に起きてしまい、美映と違って千里では誤魔化しようがないので、彼らは千里に状況を話し、千里から叱られたものの、この後、千里にも共犯になってもらうことになる。
前橋はその母親と話した後、美映に電話して、
「7月に手術した緩菜ちゃんの経過観察と、シリコンボールの除去をしたいんですが、1月14日とかご都合はどうでしょうか?」
と訊いた。
美映はシリコンボールも何も、そもそも陰嚢自体が存在しないんだけどとは思ったものの
「いいですよ。連れていきます」
と答えておいた。“睾丸を引き出す手術”の時も結局何も起こらなかったし、今回もそうなるのかもという気もした。
それで美映は貴司に
「緩菜の手術は1月14日になったから」
と告げた。
「ありゃ、その日、僕はマニラへの出張が入っている」
「大丈夫だよ。玉を取るだけだし。手術も危険性はなくて30分も掛からないと言っていたよ」
「じゃ美映、お願いしとく」
「OKOK」
当日美映は緩菜(ピンクのトレーナーにミッフィちゃんの膝丈スカートを穿いている)を連れて病院に行き、病院から来ていたはがきを出した。「こちらで待機していて下さい」と言われ、病室に案内される。眠くなる薬を処方しますと言われ注射をされる。パンティ以外全部服を脱がされ、手術着を着せられて2階の4号手術室に運び込まれた。美映は手術室の前まで付いていったものの、きっと何も起きないだろうなと思っていた。
その母親は環和に可愛いワンピースを着せて病院に行き、前橋さんを呼び出してもらった。前橋は母子を病室に案内した上で、環和を完全に裸にして手術着を着せる。睾丸を触って確認して
「じゃ4個の内2個を取って来ますね。お母さんはお部屋で待ってて下さい」
と母親に言い、環和に麻酔剤を打ってからストレッチャーに乗せて2階の手術室に連れて行った。空いている3号手術室に入る。少し待った所で廊下に緩菜を乗せたストレッチャー、それに付きそう美映がやってくる。緩菜が4号手術室に入れられる。
「勾陳?」
「チェンジ!」
前橋の目の前に眠くなる薬を打たれてまどろむようにしている緩菜が来る。環和は手術台に乗せられたはずである。
ダミーの睾丸を除去する手術は30分ほどで終了した。再びふたりは交換され、目の前に手術が終わった環和が来て、自主的に眠っていた緩菜は4号手術室に戻る。ストレッチャーに移された緩菜が出てくる。美映が付き添って病室に戻った。
美映は「1時間以内に麻酔は切れると思うので、目が醒めて特に痛がったりしていなければ帰宅していいですよ」と言われた。女性看護師さんが緩菜に服を着せてくれた。
「あら、スカートなんですね」
「スカートの方がトイレが楽なんですよ」
「ああ、それはありますよね」
看護師さんが出ていった後、美映は緩菜のパンティを下げてお股を確認したが、普通に女の子のお股だったので安心した。15分ほどで事務の人が診察票を持って来てくれた。そして病室に戻ってから30分ほどした所で緩菜が目覚める。
「痛かったりしない?」
「大丈夫だよ」
「じゃ帰ろうか」
「うん」
美映は何の施術もしてないのに料金を払うのは変な気がしたものの、まあいいやと思い、手術代の7万円を自動精算機で貴司のカードで支払い、自宅に戻った。
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