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■春根(17)
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(C) Eriki Kawaguchi 2019-11-25/改2020-04-18
元の封印をした倉橋さんと、その倉橋さんが呼んだ東京の霊能者・中村晃湖さん!は10時頃一緒に現場に到着したものの、既に解決してしまっていたので驚いた。
「あんたたちの仕事か!美事だね」
と中村さんは青葉と瞬法に言った。
「悪かったね、あんたの出番は無かったよ」
と瞬法さんも知り合いのよしみで軽口を叩いている。
「美事ですね。どうやってこれ処理したんですか?」
と倉橋さんは本当に驚いたようであった。
「まあ長谷川一門の門外不出の秘法を使いましたが、この3人の組み合わせでないと無理だったね。この3人が一門でも最も法力が凄いんだよ」
と瞬法さんは言っていた。
「この方たちは?」
と倉橋さんが中村さんに尋ねる。
「3人とも長谷川瞬嶽さんの数少ない直弟子。高美原瞬法さん、川上瞬葉さん、村山瞬里さん」
と中村さんは紹介した。
なお今回の処理の謝礼については、倉橋さんたちが辞退したので、彼女と中村さんには交通費だけを渡し、瞬法さん・青葉・千里の3人で頂いた報酬を3等分した。千里は「私は何もしてないのに」と言ったが、本当は千里1だけで全部処理してしまっている!青葉と瞬法がしたのは、主として放送局や警察・地元の人たちを安心させる作業である(それもとっても大事なのだが)。警察に関しては、やはり橋本警部補が青葉の“これまでの活躍”を説明してくれたので多くの警官が納得してくれた。
なお今回青葉は千里1と何度も身体接触が生じていたものの、性転換して男になってしまうことはなかった。千里2が言っていたように、性別に何も不安を持っていないので、性別転換の法の自動起動対象にはならないようであった。
でも多分、明恵と伊勢さんは・・・。
この事件はニュースとしては住宅街に熊が現れ、何か変なものに触って熊は死んだものの、危険物は専門家の手で処置がされたとだけ、報道された。どこの局も映像を出さなかった(カメラが壊れて映せなかった!)し、“霊能者が解決した”とはさすがに報道できない。神谷内さんも死者まで出ているので『霊界探訪』の番組としてまとめるのは断念すると言っていた。
しかし「例の熊の事件は物凄い祟りがあったのを金沢ドイルさんが鎮めたらしい」という噂だけが伝搬して行った。
青葉は翌日の8月6日いっぱいまで、この事件の後処理に追われ、8月7日(水)になって、やっと大学に出て行った。
指導教官に現在の卒論の進捗状況を報告し、書きかけの物も見てもらって助言などをもらった。また前期の試験を受けられなかったので、その代わりとなるレポートを全科目分提出した。
(試験は8/6までだったので完璧に青葉は試験を受けられなかったのだが、実際問題として、授業にあまり出ていないので、試験を受けてもどうせ追試あるいはレポート提出になる!)
その翌日、8月8日には水泳部の中の次のメンバーで九州の鹿児島市に移動した。鴨池公園水泳プールで8月9-11日に開かれる全国国公立大学選手権水泳競技大会に出場する。
※参加メンバー
女子 4年生 青葉・杏梨・春貴 3年生 希美 2年生 夏鈴・萌香・美虹 1年生 波花・美音
男子 4年生 吉田(邦生) 3年生 皆橋 桜池(裕夢) 1年生 大坂
女子9名と男子4名、それに引率の角光先生である。なお春貴は昨年までは男子として参加していたので、バストの扱いが大変だったのだが、今年からは女子として参加なので、安心して女子水着で泳ぐことができる。
男子は4人だけの参加で、リレーもこのメンツで組むが、女子のリレーは次のようなメンツで構成した。
400R 杏梨(4)→波花(1)→希美(3)→夏鈴(2)
400M 萌香(背)→美虹(平)→希美(バ)→夏鈴(F)
800R 春貴(4)→波花(1)→夏鈴(2)→希美(3)
春貴は女子のリレーで初の全国大会だったが、若干の罪悪感を持ちながらスタート台に立ったと言っていた。
「間違いなく女の子なんだから、罪悪感持つ必要ないのに」
と杏梨が言っていたが、春貴の気持ちがよく分かる、と青葉は思った。
しかしそういう訳で今回青葉はリレーには出なかった!
リレーは3種目とも金メダルを取ったものの、タイムが不満だと、事実上のキャプテンである杏梨は言っていた。
「インカレのリレーオーダーは改めて組み直そう」
この大会には800m, 1500m が無いので、青葉が出場したのは400m自由形と400m個人メドレーの2種目である。青葉はしっかりこの2種目で金メダルを取り、日本代表の貫禄を示した。
春貴はリレー以外では200m自由形と400m自由形にも出て、200m自由形は予選落ち、400m自由形は4位だった。昨年までのタイムなら青葉に続く2位が取れそうだが、やはり身体が女性化してものすごく筋力が落ちたと言っていた。たぶん元の筋肉までは永遠に回復しないだろう。
青葉は「性転換手術を受けた元男性」という状態から「天然女性」の状態に先月変化してしまったものの、筋力は全く落ちていない。むしろ卵巣の力でエネルギーがみなぎってきた感じである。しかし春貴の場合は、女性ホルモンを摂取していて睾丸がほぼ死んでいる状態だったとはいえ一応存在していた所から天然女性に変化したので、かなり筋肉が落ちたようである。やはり睾丸の存在は大きいようだ。
春貴を性転換させてしまった人は、どうも呉羽を完全な女性に変えた人とは別の人のようだと青葉は思っていた。今暴走中の千里1以外にも、完全性転換ができる人が日本国内で何人か暗躍しているようである。
その日、龍虎と西湖が、映画の監修をしている桜坂由実四段と話していたら両親ともに囲碁棋士だった小林泉美六段(元・女流本因坊/女流名人/女流棋聖)は1歳になる前に“アタリ”が分かったという伝説があるという話になる。
(小林泉美の父は小林光一(名誉名人/名誉棋聖/名誉碁聖)で母は小林禮子七段。更に小林禮子の父は現代日本囲碁の方法論を呉清源と共同で確立した木谷實・元最高位。この“最高位”というのは現在の名人戦の実質的な前身である)
「その年齢で囲碁のルールが分かるもんなんですかね」
「きっとテレビのバラエティを日常的に見ている家庭で、笑いどころで子供が一緒に笑うような感じで、囲碁の対局を見ていたんでしょうね」
「ほぼ囲碁しか無いような家庭だったのかもね」
「やはりお父さんとお母さんが、いかにも楽しそうに囲碁を打っていたら、赤ちゃんも興味を持つかも」
「でも発達の個人差もあると思うよ。最初の2〜3ヶ月くらいまではあまり差は無いかも知れないけど、1歳くらいになると結構早熟な子とのんびりした子との差が出てくるかもね。11ヶ月でアタリが分かったというのは多分早熟だったんだと思う」
と傍で聞いていた藤原中臣が言う。
「それはあるでしょうね」
「葉月ちゃんとかも、お芝居の中で育ったでしょ?」
「そうなんですよ。両親は家の中でもいつもお芝居やってました。衣装つけて『おお、ロミオ、ロミオ。どうしてあなたはロミオなの?』とか」
「それも凄い家庭だなあ」
と桜坂四段が言う。
ボクってその頃から女の子の服を着せられていたよなあ、と葉月は思った。
「アクアさんは音楽の中で育ってますよね?」
「うん。自分では覚えてないけど、まだ歩けるようになる前からピアノの鍵盤を叩いて遊んでいたらしい。両親がいつも歌を歌ったりギター弾いていたのは覚えている」
「やはりいい環境で育ってるね」
と元原マミも感心するように言っていた。
8月12日(月)に青葉が全国公を終えて鹿児島から高岡に戻ると、千里(千里2)が来ていた。
「さあ、出かけようか」
と言うので
「うん、明日出発で」
と青葉は答えた。
「千里ちゃんと一緒でなかったら絶対許可しないんだけど」
と母は言っている。
千里と2人で裏磐梯をバイクで走ってくる約束をしていたのである。
裏磐梯はアップダウンもカーブも多く、国道459号は“しごく”きつい道とも“地獄の道”とも言われる。しかしその先の県道70号線沿いには日本とは思えないような物凄い光景が広がっている。
アメリカのWBDAは7月いっぱいで終了しており、フランスのLFBは10月から始まるので、2番さんは8-9月はわりと時間が取れる。青葉も全国公からインカレの間は時間がとりやすいので、一緒に行くことにしたのである。
なお、千里3の方は8月13日から中国遠征が入っている。
使用するバイクは、
青葉 Yamaha FJR1300AS
千里 Kawasaki ZZR-1400
と、どちらもリッターバイクで、アップダウンの多い道を走るのにもパワー充分である。青葉の FJR1300AS はツアラータイプで長時間の走行に適している。千里の ZZR-1400 (Ninjaのシリーズだがこのバイクには"Ninja"の名前は冠されていない)はメガスポーツ系で、普通のスーパースポーツより、少しツアラー寄りの設定になっている。
千里のバイクの左右側面には、バスケットボールをする人の影絵のようなシールが貼られている。それを見守る2匹の子狐の絵もあるので訊いたら
「もちろん京平と緩菜だよ」
と千里は答える。
「このシールいつ貼ったの?」
「2012年だったと思う」
「京平君も緩菜ちゃんも産まれてないじゃん」
「たぶん子供が2人できるという予感があったんだろうね」
8月13日(火)の朝高岡を出発する。
「台風(10号)が来てるけど大丈夫?」
と母は心配したが
「福島の方には来ないと思うよ」
と千里が言うので、だったら大丈夫だろうということにした。
但し台風の影響によるフェーン現象で猛暑となったのだが、取り敢えず13-15日は雨は降らなかった。
2人はインカムを装備して走行中も会話ができるようにしている。
青葉はピンクのライダースーツ、千里はブルーのライダースーツである。168cmの千里がブルーで、159cmの青葉がピンクだと、カップルでツーリングしているように見えるかも知れない。基本的にはバイクの競技ライセンスも持っていて今回のルートも走行したことのある千里が先、バイク自体の経験が浅い青葉が後を走る。距離が離れてしまった場合は、千里が適当な場所で待ってくれる。
それにしても大型バイクが2台続いて走っていると、かなり目立つので対向車からの視線をかなり感じた。
鏡宮の立体交差から南下、小杉ICで高速に乗り、北陸道を東行。親不知子不知を含む多数のトンネルを通過して行き、名立谷浜SAでいったん休憩する。1時間休んでから更に東行し、新潟から磐越道に移行する。阿賀野川SAでお昼を食べてからまた1時間休む。
そして気合いを入れて!津川ICを降りると国道459号に入った。
青葉は福島で震災復興イベントをした年(2016年)に黒崎PAで遭遇した男の子たちとけっこう意気投合し、彼らとこの津川ICで別れたよなと思い出していた。彼らは国道459号に入り、青葉は磐越道を走り続けて福島まで行った。3年前に自分が行かなかった側の459号を今回は走って行く。
青葉はインカムで千里姉と話した。
「なんか普通の田舎の山道という気がするけど」
「田舎に住んでいればこのくらいは普通だよね」
「むしろ思ったより整備されている」
「多分年々改良されていっているんだよ」
確かに道は狭いしよく曲がっているが、石川・富山でもこのくらいの道は割と多い。この日は喜多方市までの約55kmを2時間弱掛けて走行。喜多方市内の旅館に投宿する。宿泊手続きをした後で、千里姉お勧めのラーメン屋さんで喜多方ラーメンを食べた。
「あ、これ去年新幹線の中で食べたのと同じ味だ」
「そうそう。ここのラーメンを買ってきたんだよ」
「なるほどー」
新幹線が走っている最中にどうやって買ってきたのかまでは追及しない!
「ちー姉、夢紗蒼依は順調?」
と青葉は訊いた。
「上島さんが復帰したら需要無くなるかと思ったんだけどね〜。受注が続いている。そちらの松本花子はどうよ?」
「こちらも同じ。ますます繁盛している。上島さんの所への依頼はあまり多くないみたい」
「それでも上島さんは“上島新御三家”のおかげで、何とか住んでいるアパートの家賃は年明けくらいからは自分で払えるようになりそうだって」
「それは良かった」
今年の春の時点で上島雷太は無収入・無資産だったので、家賃は雨宮先生が肩代わりし、生活費は春風アルトさんの過去の作品の印税から出す、と称して実は紅川会長が出してくれていた。他にベビー用品は熱心なファンの人が§§ミュージック気付けで送ってきてくれて随分助かったらしい。
上島新御三家というのは、松浦紗雪、ローズクォーツ、山折大二郎で、この3組が積極的に上島作品を使用したおかげで、それにつられて他のアーティストでも特に過去に上島作品を使用していた歌手が、また上島さんに作曲を依頼している。
「上島さんが年間数百曲書いていた時代は、大勢の人が書いてもらう順番待ちで“上島邸詣で”していたけど、夢紗蒼依の事実上の窓口になっているЮЮレコードにしても、松本花子の公式の窓口になっている木ノ下大吉さんにしても、そこに並んでもしかたないから、ああいう順番待ち行列はできない。待ち行列は電子的なキューで管理されているだけ。まあネットの時代、バーチャルの時代になったということかな」
と千里(千里2)は言う。
「夢紗蒼依にしても松本花子にしても、集団作曲家グループと世間的には思われているから、新人作曲家で売り込みにくる人が、あるんだよ。木之下先生の所に」
「そういう人は出るだろうね。ЮЮレコードにも来ているようだよ。普通に作曲家の売り込みとして処理している」
「こちらは王絵美さんとこ(望坂拓美プロジェクト)に紹介している」
「ああ、松本花子的な世界は、そちらが合うかもね」
「量産品だからね。松本花子はコンビニフーズの世界。夢紗蒼依はロイヤルホストとかココスの世界、望坂拓美は・・・暖簾分けしていくお菓子店的な世界?」
「そのたとえは割と適切な気がするよ。各々手法もターゲットも違うんだよね〜」
「まあ競合はしないよね」
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