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■春根(8)
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7月27日のお昼に女子1500m自由形の予選が行われた。この競技の予選は3組で、ジャネが3組、青葉が2組で泳いだが、2人とも決勝に進出することができた。2人とも従来の日本記録(15:58.55)を超えている。
しかしオリンピックでメダルを取るには日本記録を突破するくらいでないといけないのである。そう考えると、日本記録なんてただの通過点じゃんという気がして、かなり気分が楽になった。
そして・・・。
青葉は27日予選後に、夕方の便で日本に単身帰国した!
宿舎の自室で寝ているということにして、部屋の外から声を掛けられたような場合は、自室に留守番として置いてきた《玉鬘》にお返事をしてもらう。
玉鬘は青葉の眷属の中で唯一、人に聞こえる声を発することができる。(ただしその姿は普通の人には不可視)
青葉は昨日夕方の時点で、とにかく酷い練習不足を感じていた。その練習不足が心理的なものにまで影響していた。普段練習をたくさんする性格なので、その練習ができないという状況下では自分に自信を持てなかった。
それで400mでは気合い負けしてしまったし、800mでも充分な力が出せず、400m個人メドレーではフライングになってしまった(さすがに叱られた!)。
結局まともに泳いでいたのは7月10日までで、その後はプールが共用なので自由に使えない合宿所のプールで日本代表の練習、そして韓国に来てからは1日に1時間程度しか泳げず、それも多人数で共用するので、全然自分のペースで泳げないという、ほんとうに悪条件の下で半月ほど過ごしてきた。
それで日本にいったん戻ることにしたのである。青葉は予選2組目で泳いだので競技は12:01頃に終了した。コーチには「疲れたので宿舎に帰ってます」と言い、ジャネも出る予選最終組は見ずに会場を出て駐車場に行く。向こうがこちらを見付けてくれた。
「川上青葉さん?」
と日本語で声を掛けてくる30代の女性がいる。
「チャン・スヤン?」
「乗って下さい」
「チャル・プタッカミンダ(よろしくお願いします)」
それで青葉は彼女の現代(ヒョンデー (*4))ソナタに乗り込む。
「お弁当とミネラルウォーターを用意しておきました。食べたら眠っててくださいね」
と彼女が言うので
「カムサハムニダ(ありがとう)」
と言って、青葉は15分ほどでお弁当を食べた後は、目を瞑って自分を睡眠に導いた。
(*4)日本では「ヒュンダイ」、英語でもHyundaiだが、実は韓国語の発音はヒョンデー。
予選終了から決勝戦までの間に日本まで往復してきて、深川アリーナか郷愁村でたっぷり一晩中泳いでこようというのは、昨夜ジャネが郷愁村で泳いでいたことを知ってからすぐ思いついた。それで時刻表をチェックするとこういう往復が可能であることを知った。
光州Uスクエア13:10(高速バス)16:50仁川空港18:50 (OZ108) 21:10成田
成田9:00 (OZ107) 11:30仁川空港/光明駅13:51 (KTX) 15:23光州松汀駅
このスケジュールで往復すれば、深川アリーナの25mプールで、夜通し7時間くらい泳げそうである。
しかし高速バスは遅れるかも知れない。仁川空港から光明駅までの交通と乗り換えは慣れていないとミスるかも知れない。万一きちんと連絡できなかったら決勝戦に遅刻して失格などという前代未聞の事態もあり得る。
青葉は『餅は餅屋』と言ってたよなと思い、素直に千里姉を頼ることにした。2番はアバウトだから、こういう時は緻密な思考の3番かなと思い電話してみた。
「ああ。全然問題無い。だったら、韓国に住んでいる友人に光州と仁川空港の往復を車で送ってもらうようにするよ」
「助かる」
「ひとつだけ条件がある。車の中では熟睡していてほしい」
「了解。何も見ないし何も聞かない。眷属たちにも目を瞑っているように言う」
たぶん“ワープ”しちゃうんだろうなと思った。しかしそれは姉は絶対に他人には明かせない方法である。
「ちなみに直接、郷愁村まで連れていってもいいけど」
「密入国・密出国はやめておく」
「往復の時間の分も練習できるのに」
それはさすがに疲れすぎる気がした。
そういう訳で青葉は目印になる黄色地に青い鹿の模様のTシャツと青い膝丈スカートで会場の外に出て、チャンさんに拾ってもらったのである。
実際1500m泳いだ後なので、けっこうな疲労感があり、自然に眠ってしまった。起こされて目が覚める。
「着きましたよ」
「カムサハムニダ」
「これチケットです。チェックインも終わっています」
「チョンマル・カムサハムニダ!(本当にありがとうございます!)」
それで青葉は空港の建物に入り、セキュリティの所に並ぶ。時計を見ると13:20である。1時間10分くらいで来たことになる。光州から仁川までの距離はたぶん300km近い。東京から浜松か豊橋付近までの距離。どう考えてもあり得ない時間だが気にしない。受け取ったチケットは下記である。
ICN 7/27 14:25 (KE5743) 16:55 NRT
NRT 7/28 12:00 (TW202) 14:40 ICN
どちらもチェックイン済みである。14:40に仁川空港に戻ってきた場合、常識的には光州の会場に入れるのは19時くらいになるのだが、きっともっと早く到着できるのだろう。自分が車内で熟睡していれば!
ちなみに女子1500mの決勝が行われるのは20時頃と思われるが、ドーピング検査もあるし、2時間前には会場に入っておく必要がある。
(ドーピング検査は何度も受けて、さすがにもう検査官に見られながらおしっこするのも平気になった)
成田空港に着いてから、矢鳴さんと落ち合う。彼女が運転するオーリスで結局郷愁村まで送ってもらった。深川アリーナとどちらにするか迷ったのだが、やはりどうせなら50mプールで泳ぎたいので郷愁プールにした。到着したのは19時半である。矢鳴さんもお弁当とお茶を用意してくれていたので車内で食べた。その後やはり車内で眠っていたが、こちらはワープせずに普通の到着時間である!
夏嶺さんがいたので「スマホ、私が届けますよ」と言うと渡してくれた。
「帰国なさったんですか?」
「明日の朝の便で韓国に戻ります」
「忙しいですね!」
「千里姉には負けます」
「あの人は日常的にスペインとかアメリカとか行っておられるみたいですね」
「千里姉の移動量は信じがたいです」
移動中は食事をする以外ひたすら寝ていたので、体力は充分回復している。青葉は思いっきり泳いだ。
20-22時:練習
22-23時:軽食と仮眠
23-01時:練習
01-02時:夜食と仮眠
夏嶺さんは22時で帰り、深夜の管理人さんに交替する。彼女は女子大生で水泳部に所属している人なので、自分がここにいるのを見られたらやばいかな?という気もしたのだが、忠実に職務規程を守っているようで、一瞬「あれ?」という顔はしたものの、何も詮索しなかった。
ジャネ不在、筒石も韓国に行っているので、この日は夜中すぎにアクアが
「撮影の気分転換に」
などと言って1時間ほど泳ぎに来たほかは誰も居なかった。彼は旅館《昭和》のコテージ“桜”に撮影中は泊まっている。
胸が無いのでアクアMと思われたが、女子水着をつけていたので尋ねてみた。
「龍ちゃんって、いつも女子水着だよね。男子水着はつけないの?」
すると彼は答える。
「男子水着は買ってもすぐどこかに行っちゃうんです」
あくまでアクアには女子水着を着せたい人が周囲にたくさん居るようである。
青葉は2時間泳いでは1時間休憩のパターンで練習を続けた。
02-04時:練習
04-05時:軽食と仮眠
05-08時:練習
最後だけ3時間ぶっ通しで練習している。1500mを泳ぐには15分掛かるので、だいたい1500m全力で泳いでは5分休憩、1500m泳いでは5分休憩、というのを20分単位で繰り返しており、1時間に3回、3時間で9回泳ぐ。
正確には19:45頃から始めて7:45くらいで終えており、合計9時間泳いだので1500mを27回泳いだことになる。これで“練習不足”感覚はきれいに解消できた。
なおアクアはFと思われる子(胸が大きかった)が明け方泳ぎに来た!
「撮影は順調?」
「はい。みんなあまりNG出さないし、脚本はしっかり練られていて撮り直しも少ないので、予定より1〜2割速いペースで進んでいるそうです」
「それはよかった」
「でも私たち、やはり3人分お仕事している気がします!」
と文句を言っている。
「あはは。でも1人しか居なくても、きっと3人分お仕事してるよ」
「それ考えるだけでも恐ろしい」
6時で交替した朝の管理人さん(国体に出たこともある元水泳選手)から7時45分くらいに「そろそろあがった方がいいですよ」という声が掛かった。青葉はあがってシャワーを浴び、また昨日の鹿模様の服に着換える。矢鳴さんが来ているので成田まで送ってもらう。朝御飯(旅館“昭和”の朝食である!)を用意してもらっていたので、車内で食べた後は眠る。成田に到着したのが10時前である。
一般的には成田には2時間前には入らなければならないと言われるのだが、チェックインが済んでいるので、その分、時間を節約できる。青葉の荷物はバッグ1つで、預ける荷物もない。それで10:40くらいには搭乗口前まで来ることができた。
予定通りの飛行機に乗り、機内でも寝ている。仁川(インチョン)に到着したのは予定より少し遅れて14:50くらいであった。入国手続きをしてからチャンさんと落ち合い、彼女の車で光州まで送ってもらう。
「寝ていてくださいね」
「デー(はい)」
それで青葉は車内でまたぐっすり眠った。私、昨日の予選の後何時間寝てるんだろう・・・と考えてみると10時間くらい寝ている!
これなら練習不足だけでなく睡眠不足も一気に解消かな?という気がした。
完全に熟睡していたのを起こしてもらう。
「着きましたよ。頑張って下さいね」
「チョンマル・カムサハムニダ!」
時刻は16時少し前である。青葉はADカードをかざして中に入ると、日本チームの控室に行った。ジャネがいたらスマホを渡そうと思ったのだが、まだ来ていないようである。
軽く準備運動をした後、トイレに行き、出てきたところで入口の方から来たジャネと遭遇した。
「青葉昨夜はどこ行ってた?他の人は不在に気付かなかったようだけど」
とジャネが訊く。
「ちょっと夜遊び」
「男買ったりしたのがバレたら、資格停止くらうよ」
「さすがにそういう遊びはしません」
「じゃ女買ったの?」
「なんでそうなるんですか?」
「一度マソと寝てみたことあるけど、やはり女とやるのは楽しくない。私は男とやるほうが好きだ」
つまり今居るのはマラのほうのようだ。マソは寝ているのだろうか。しかし身体はひとつしかないはずなのにどうやって結合したのだろう?(*5)
「自分とセックスして楽しいんですか?」
「向こうも楽しくない、まだオナニーの方がいい、と言っていた」
「ちなみにどちらが男役だったか訊いていいですか?」
「マソはバージンだから男も知らないのに女に入れられるのなんて絶対嫌と言ったから私が女役だったよ。でもマソは男の感覚が分からないみたいでさ。これきついだけで全然気持ち良くないって言うんだよ。マソが下手だから私も気持ち良くなれなかった」
へー!マソさんは(多分身体も)バージンなのか。つまり筒石さんと寝ているのはいつもマラな訳だ。要するに2016年以降、“牡丹灯籠”(*6)は継続している。だから筒石さんは実は生身の女性との経験が無い!
青葉は自分のバッグからスマホを取り出した。
「そうそう。忘れない内に。これ郷愁プールに忘れてあったそうです。代理で受け取ってきました」
と言って青葉がジャネ(マラ)に Xperia X Performance SOV33 Lime-Gold を渡すと、ジャネは目を丸くしていた!
やがて集合時間になるのでジャネと一緒に行って点呼を受ける。全員居ることをADカードまでチェックして確認。その後ドーピング検査お願いしますと言われ、2人ずつ検査に行く。次は自分の番かなと思ったら飛ばされる!?
「済みません、私の検査は?」
と(英語で)尋ねると韓国人の検査官は
「川上さんは、午前中に抜き打ち検査にご協力頂きましたので直前検査は不要です。もし3位以内になった場合は事後検査もお願いします」
と日本語で言った。
抜き打ち検査!?“私が”その検査を受けたの??
「あぁ、なるほどですね。分かりました」
と青葉は平然として(韓国語で)答えたものの、どうなってんだ??と思った。
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