広告:彼が彼女になったわけ-角川文庫-デイヴィッド-トーマス
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■春根(2)

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「だけど男根(だんこん)というのは実は植物の“根”からきたものではない。あれは元々は仏教用語なのだよ」
と森山先生は説明する。
 
「そもそも本来は“だんこん”ではなく“なんこん”と読む。男という字の音読みは、漢音が“だん”で呉音が“なん”。仏教用語には呉音が多いんだな」
と博識な所を見せる。突然国語の時間になってしまった。
 
「根(こん)とはインドリヤの中国語訳で何らかの作用をもたらす中核を言う。“六根清浄”ということばがあるけど、これは般若心経にも出てくるように眼耳鼻舌身意、視覚・聴覚・嗅覚・味覚・触覚・意識を清めるということ。更に二十二根というのがある」
 
と言って、先生はホワイトボードにそれをずらっと書いてみせた。
 
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(六根)眼根 耳根 鼻根 舌根 身根 意根
 
「これは感覚に関連したものだけど、たとえぱ目そのものを眼根というのではなく、目を視覚器官として機能させているシステム自体を眼根という。だから、漫画なんかには出てくるけど、仙人のような人で、目に障害があって物を見ることができない筈なのに物凄い霊感によって健常者と同様に周囲の物を感知できる人があるともいう。たとえば視力ゼロなのに普通に車を運転しちゃうとか。こういう人はちゃんと眼根が機能しているわけだ」
 
と森山先生が言うと、確かに漫画とかではある話だよなというので結構な子が納得している。
 
(五受根)楽根 苦根 喜根 憂根 捨根
 
「これは感覚によって受け取ったものを処理する印象操作の機能だから五受根という。ここで“捨”とは平常心でいること。教室に入ってきた時、女生徒たちが暑いからといって、あられもない格好をしていても慌てず『早く服を着なさい』と注意する態度とかが“捨”だな」
 
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と先生が言うと、これも失笑が漏れている。
 
(五無漏根)信根 勤根 念根 定根 慧根
(三無漏根)未知当知根 已知根 具知根
 
「ここで“勤(ごん)”は精進という意味。この8つは修行に関わるもので、人間の欲望を抑える力がある。そういうことをしようとする気持ちの根本をいう」
 
(性根)女根 男根 命根
 
「ここで命根というのは生命を維持する力、女根は女らしさを生み出す力、男根は男らしさを生み出す力を言う。一般的には女性生殖器、男性生殖器が物理的にはその原動力となっているから、女性生殖器を女根(にょこん)、男性生殖器を男根(なんこん)とも呼ぶのだけど、本当は生殖器そのものより、生殖器を動かしているシステム自体が女根・男根なんだな。だから女性ホルモン、男性ホルモンの方が、ひょっとすると本来の意味での女根・男根に近いかも知れない」
 
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と森山先生が説明すると、生徒たちは感心している。
 
紀子のふざけた質問が、いつの間にか高尚な話になっていた。
 
「ちなみに、女根の強い女でも男根の働きを強めて男らしくなったり、男根の強い男でも女根の働きを強めて女らしくなったりするのを“転根”という」
 
「そういう人、最近多いですよね!」
という声があがり、生徒たちは大いに納得していた。
 
西湖は「ボク、去年の夏に転根しちゃったぁ」などと考えていた。
 
西湖は千里から男に戻せるようになる今年の9月までに、男に戻りたいか女のままでいたいか決めるように言われているが、迷っている状態である。
 

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2019年のアクア主演映画は、まずスケジュールが昨年と同様に夏休み中に撮影して年末に公開という方針が決まり、2018年12月に『ヒカルの碁』をベースにした物語ということになった。それで物語前半のクライマックスとなるプロ試験の会場となる、日本棋院の研修センターが現在はもう無いことが分かり、どこかにセットを建てようという話になった。
 
その時、アクアのマネージャーである山村が言った。
 
「一昨年、ローズ+リリーのアルバム『郷愁』を作るのに、熊谷市郊外の売れなかった住宅地にスタジオを建設して、そこにミュージシャンが泊まり込んで制作をしたんですよ。あそこ土地がたくさん余っているから、オーナーに話したら安価に借りられそうな気がします。制作のためにミュージシャンが泊まっていたマンションに、役者さんを泊めたらいいんですよ」
 
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「住宅地ならたくさんマンションが建っているの?」
「それが最初に建てた1棟が全く売れなかったから、それだけでやめてしまってその1棟のみが建っているんですよ」
「オーナーは不動産会社?」
「そこから、トレーラーレストランのムーラン社長、山吹若葉さんが買い取ったんです。開発予定だった土地まるごと 100ha 100億円で買っちゃったらしいです」
「かなり安い気がする」
「遊休地だったから、不動産会社としても売れて助かったみたいですよ」
「なるほどー」
「山吹さんって、確かローズ+リリーのケイさんのお友だちだよね?」
 
「ケイさんが実は小学生の頃に既に性転換していたことを知る貴重な証人らしい」
「ふむふむ」
 
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「ケイさんのお友だちなら交渉しやすいな」
 
それで映画の制作委員会が若葉に接触した所、山村が言った通り、土地はたくさん余っているから自由に使っていいですよということであった。それで詳細の打合せをした所、旅館に来る客と分離するため、旅館は田斐川の東に建っているので、田斐川の西にあるマンションの南側 1ha 程度を映画制作のために利用することになった。借賃は若葉はタダでもいいよと言ったが、さすがにタダという訳にはいかないだろうということで、1年間300万円で借りることにした(最終的には翌年まで借りたので600万円払った)。
 
土地を借りる期間は2019年4月−2020年3月(最終的には2021年3月までになった)ということにしたので、それまでに建物の設計をして4月に入ってから建築を始めた。建てたのは日本棋院、ヒカルの家/アキラの家(両面に玄関があり中は共用)、碁会所×2である。6月までには使えるようにならないといけないので、日本棋院はユニット工法で建てている。碁会所はユニットハウスに外装・内装の加工をしている。撮影したビデオの保管や編集は『郷愁』の制作に使用したスタジオを利用させてもらうことにした。
 
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映画のクランクインは夏休みに突入する7月20日(土)なのだが、それより前から一部のシーンの撮影をした。今回『ヒカルの碁』をとりあげたのは、アクアの映画プロジェクトの準備を進めていた和田プロデューサーが、アクアは囲碁の有段者だというのを聞き
 
「アクアちゃんが格好良く碁を指(さ)しているところを撮影しましょう」
と言ったことから始まっている。
 
もっとも即、橋元プロデューサーから
「“指す”のは将棋、囲碁は“打つ”」
と訂正された。
 
アクアが囲碁二段の免状をもらっているのに対してボディダブル役の葉月は囲碁なんて全くやったことがないしルールも知らないということだった。そこで、初心者のヒカルが祖父の平八と打つところ、ヒカルとアキラが最初に対戦する所は、葉月の手を映して初心者のヒカルの打つ所の手ということにした。
 
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ヒカルとアキラ(最終的に橘中ミナコという女性キャラに変更された)の対決は、アクアがヒカル、葉月がミナコを演じて1回撮影した上で、衣装を交換してから同じ対局を再度並べた。ここでアクアはきちんと対局内容を全部覚えていたのに対して葉月は全然分からないのでアシスタントさんが掲示してくれるのを見て打っている。それでよけいたどたどしさが強調されることになり、いい映像になった。
 

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阿倍子は2018年1月に貴司と離婚した後、毎月10万貴司が送金してくれる養育費と年3回4万円の児童手当を頼りに生活していくつもりだったのだが(離婚の慰謝料は実家の土地建物の所有権で揉めていた親族に解決金として支払ったので無くなった)、阿倍子自身は少食だし、京平もまだ小さいので何とかなっている感じだった。
 
しかし児童手当は、2018年8月まで手続きするのを忘れていたので、8月に貴司に指摘されてそれから慌てて手続きをした。この場合、本来6月に提出すべき現況届も提出されていなければ、そもそも神戸市への転居の届けからしていなかったので、2月と6月の分は貴司の口座に各回2万円ずつ振り込まれていた(貴司が高額所得者なので月額5千円になってしまう)。
 
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貴司は阿倍子に
 
「本来は1万5千円受け取れるはずだったけど、僕も児童手当がこちらの口座に入金されていたのと、現況届の書類がこちらに来ていたのに気付かず悪かった」
 
と言って8月の段階で1.5万×8ヶ月分=12万円を8月分の養育費に乗せて送金してくれた。これは本当に助かった。なお10月分からは(京平が3歳になったので)月額1万円をもらえるようになった。
 
ところが・・・貴司は毎月給料日に養育費を送金してくれていたのに9月25日には送金が無かった。
 
電気代などの支払いもあり困るので電話してみたら「ごめんごめん」と言われ翌日送金してくれた。
 
10月25日にも送金が無かった。再度問い合わせると
「給料がカットされて今苦しいので一時的に減額させてもらえないか」
と言われ、ボーナスで不足分を補填するからといわれ結局この月は7万円だけもらった。
 
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11月は25日が日曜なので23日(金)にもらえるかと思ったのだが、26日(月)になって5万円送金してきた。困るぅと思い、取り敢えず電気代を滞納していたら12月10日に「ボーナスが出たので」と言って取り敢えず5万送って来た。そして12月25日にはまた更に減額して4万円送って来たものの、1月以降は完全に送金が途絶えた。
 
何度か電話を入れたものの、
「ごめん、今苦しくてどうにもならなくて」
とだけ言われる。
 

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阿倍子は身体が弱いのでパートなどにも出られず、現時点では晴安からの支援も受ける訳にはいかない(バレると不貞行為ということになって彼の離婚問題が複雑になるし、へたすると彼の妻から阿倍子が損害賠償請求される危険もある)ので、どうしよう?と思っていたら、2月上旬にナンバーズで1等66万円が当たる。
 
びっくりしたものの、助かったぁ!と思った。それで滞納していた光熱費や携帯代を何とか払うこともできた。
 
これは売場で京平に数字を言わせて記入したものが当たったので、それ以降阿倍子は毎回京平に数字を選ばせるようにした。すると1等が当たったのは2月の時だけだったものの、その後も月に1度くらい2等が当たって毎回3〜8万円程度もらえるので(当たらない週もある)、おかげで何とか生活が成り立っていくのである。
 
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なお、母・保子の病院代については、保子は2018年2月に65歳になり年金が出るようになったので、それで大半をまかなえるようになった。多少足りないのだが、不足分については、保子の主治医でありかつ、保子の長年のボーイフレンドでもある賀茂益夫が(*2)
 
「お前、離婚して生活が苦しそうだから、取り敢えずお前が再婚するか健康状態が回復して就職できるまでは僕が払っておくから」
と言ったので、その言葉に甘えることにした。
 

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(*2)阿倍子は実は篠田躍信と保子の子供ではなく、賀茂益夫と保子の子供である。実際、阿倍子はAB型だが、躍信はO型・保子はAB型・益夫はA型。つまり、龍造−保子/躍信−阿倍子/阿倍子−京平という家系は、3代にわたって、実の親子ではない関係が続いている。
 
↓家系図(再掲:2021年春の時点のもの)

(2019夏の段階では晴安はまだ妻と離婚していない。明弘が生まれたのが2021年春)
 
益夫の奥さん(10年ほど前に死亡)やそちらとの子供たちに悪いので益夫と阿倍子は親子の名乗りをあげていないし、基本的に益夫は保子や阿倍子に経済支援はしない。ただ益夫の子供たちも現時点では益夫と保子の関係を黙認してくれている。相続問題が絡んでくるので、保子は益夫と籍は入れないことを彼の子供たちに約束している。もっともどう見ても保子の方が益夫より先に死にそうである。益夫は65歳でもマラソンを完走できるが、保子は長年入院したままだ。
 
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2019年7月、阿倍子は京平と2人で母が入院している病院のある名古屋に行った。実は躍信の七回忌をしたいという話があったのである。躍信は2012年7月に亡くなったので本来の七回忌は昨年7月だった。しかしお金の余裕が無いので放置していた。それが気になっていたのだと保子は言った。
 
恐らくは七回忌をして、それで躍信との関係は終了ということにして、後は益夫さんの奥さんになりたいのかな?と阿倍子も思ったので少し無理するが法要をすることにした。それで保子が病院から一時外出し、名古屋在住の保子の姉・憲子とその夫および娘、高速バスで名古屋に来た阿倍子・京平(躍信の位牌を持って来た)と一緒に市内のお寺に行き、そこの本堂で七回忌の法要をしてもらったのである。お布施は阿倍子が直前に当たったナンバーズの賞金で支払った。
 
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その帰り、京平がマクドナルドに入りたいというので、まあたまにはいいかと思って入ると、そこで偶然にも千里と遭遇する。千里とは5月に神戸市内のスーパーで遭遇し、6月にも姫路市内で遭遇して京平のリクエストによりトンカツをおごってもらっている。そしてこの日、千里と話していて阿倍子も長年のわだかまりが消えてしまい、千里とは事実上和解した形になった。名古屋から神戸へは千里の車で送ってもらったので、高速バス代も助かった。
 

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春根(2)

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