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■春根(7)

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《せいちゃん》は2018年6月以降、小樽市の民家にほぼ常駐して“松本花子”のプロジェクトを運用しているのだが、その日はハードディスクなどの消耗品?を買いに札幌まで出た。それでヨドバシで適当なものを物色していたら、思わぬ人と遭遇した。
 
「八重さん?」
「あれ?村山さん、こちらへは出張ですか?」
「実は今小樽に住んでいるんですよ。八重さんこそ出張ですか?」
「私は今帯広に住んでいるんですよ。学校は退職しまして」
「あらあ、奇遇ですね」
 
ということで少しお茶を飲んで話した。
 
“松本花子”の基礎技術の中には、《せいちゃん》が千里の代理でJソフトに勤めていた時期、八重美城が校長をしていたSF音楽学院の依頼で作成した自動採譜ソフトを作成する際に開発した技術が含まれている。もっともそのロジックの大半は40年くらい前に《せいちゃん》が楽器メーカーでシンセサイザの開発をしていた時に覚えたテクニックである。高度の解析学や音響学の理論に音楽理論まで使用されており、内容を完全に理解できる人は国内でたぶん数百人以下である。
 
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《せいちゃん》はJソフトには村山千里として勤務していた訳だが、元々は彼は美城の奥さん・三奈さんと自動車学校で知り合っていて、その紹介で美城校長の相談にのったものである。八重美城(旧名海城)と三奈は、美城が性転換して女性になりたいと言うのでいったん離婚したものの、結局再度結婚して、女同士の夫婦になった。美城は性転換手術も終えた後、法的な性別変更の準備をしていたのだが、診断書ももらい、書類も書いて裁判所に申請する直前に三奈との関係が復活してしまった。それで結局戸籍上の性別は変更しないことにし、名前だけ女性的な美城に変更した上で、婚姻届を提出したらしい。名前が女性的なので、日常的な手続き関係でのトラブルはほぼ無いという。
 
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そういう訳で、《せいちゃん》も美城元校長も、ある意味男性かも?知れないがふたりとも女装で、その女装に違和感が無いので、ふたりの話している様子はふつうに、おばちゃんが2人おしゃべりしているように見えた。
 
現在、美城さんは帯広市の郊外で知人の甜菜農家の手伝いをしているということで、来年からはちょうど年齢の問題で引退を考えていた農家から農地を買い取り、そこで春から秋にかけて、甜菜の栽培をする予定ということだった。甜菜は3月からビニールハウスで育て始め10-11月に収穫するらしい。
 
「冬の間はどうするんですか?」
「甜菜を砂糖に加工する工場で働くんです」
「なるほどー!」
「その工場もひとつ買い取る話があるんですけどね」
「ああ、そういうのの経営も大変でしょうね」
 
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この日は2時間ほど話をしたのだが、《せいちゃん》はその内、帯広にもお伺いしますよ、と言って別れた。
 

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世界選手権は、7月22日のお昼に女子800mの予選が行われた。青葉が6位、ジャネが5位で決勝に進出する。そして23日夜21時半に決勝が行われる。
 
青葉は予選が終わった後、翌日の夕方まで、30時間近く、宿舎の部屋に籠もっていた。青葉はプールでの練習時間と食事の時以外ずっと部屋のベッドの中で自分のスイミングのイメージを再生してトレーニングしていた。脳内で自分がアメリカや中国の体格の良い選手を華麗に追い抜いてしまうイメージを持つ。やはり400mの決勝とかは気合い負けしていたよな、と反省したのである。
 
しかし・・・まともに練習できないのが辛いと青葉は思っていた。様々な国の選手が来ているため、練習場を使える時間がひじょうに短い。ここしばらく1日1〜2時間しか練習できず、しかも練習レーンは共用なので全力では泳ぐことができず、青葉はフラストレーションが溜まっていた。
 
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「大会直前に南米まで日食見に行った間は全然泳いでいなかったくせに」
とジャネから言われたが、その後たくさん泳ぐつもりでいた。
 
そんなことを考えている内に号砲が鳴り、青葉は慌てて飛び込んだ。
 
そしてひたすら泳いだ。
 
タッチして計時を見る。
 
日本語の歓声が凄い。
「すごーい」
と青葉も声をあげた。
 
1.Hatayama 8:08.87 NR
2.Amelia 8:10.12 3.Blumenfield 8:12.23
4.Kawakami 8:13.46
 
青葉はメダルにあと少し届かず4位。ちょっと惜しいなという気がした。
 
しかしジャネが日本新記録で優勝。金メダルである。青葉は予選のタイム(8:13.20)を上回ることができなかった。青葉としては、あまり代表に選ばれたくないのだが、かといって自分として不本意な成績は出したくないという微妙な気持ちである。
 
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7月24日は青葉の出る競技は無かった。1時間ほどの割り当て練習時間の他は選手村の中をジョギングしたり、体操や筋トレなどをして過ごした。日韓関係が微妙なこともあり、特に必要がない限り選手村と競技場以外には行かないようにという注意がされている。
 
25日は、afternoon時間帯に400m個人メドレーの予選があり、タイムで8位以内に入れば決勝に進出できる。
 
青葉はどうすれば少ない練習時間で最大の効果をあげられるのだろうと悩みながらスタート台に立った。この時青葉は無心になっていた。
 
号砲がなるのと同時に身体が動いていた。
 
バタフライ、背泳、平泳ぎ、そして自由形と泳いでいく。
 
タッチ。
 
時計を見て「え?」と思う。
 
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自分の名前がいちばん下に表示され、 DSQ と表示されているのである。DSQというのは Disqualified (排除された)という意味で、要するに失格だ。
 
アナウンスがある。
「Rane 6, Kawakami from Japan is disqualified for false start」
 
フライング〜〜!? うっそー!
 

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がっかりして、記者っぽい人に「Sorry」とだけ答えて控室に戻る。しばらくボーっとしていたら、金堂さんがなんだか嬉しそうにしている。
 
「どうしたの?」
「川上さん、予選は4:38.93だったでしょ?」
「いや、フライングではどうにも」
「RT(反応時間 reaction time)が0.09だったって。あれ0.1より速いと山勘でスタートしたとみなされてフライングになるんだよね」
と金堂さん。
 
「ああ、青葉は元々霊能者だから勘が良すぎるんだよ。いつも危ないなあと思って見ていた。400m自由形も0.40秒で反応していて他の選手より明らかに早かった。みんなだいたい0.7-0.8秒程度、反射神経のいい短距離選手でも0.5-0.6秒なのに」
とジャネも言う。
 
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「私もマジで反応するとフライング取られることあるからブザー聞いてから一瞬置いて飛び込むんですよね」
と金堂さん。
 
「そういえば、以前南野さんとそんな話をした」
と青葉。あの時は青葉が彼女にその問題について注意したのに!今日は何にも考えていなかった。
 
「でも川上さんが失格になったおかげで、私は4:40.55の9位だったのが繰り上がって8位になって決勝進出。私のRTは0.85だったから、川上さんが同程度の反応時間でスタートしていたら4:39.69で、私の記録を上回っていたから、私は決勝に行けなかった」
 
青葉も笑顔になる。
「だったら、多江ちゃん、銀メダル取ろう」
「銀なんですか!?」
 
「ジャネさん、そういうのがありましたよね?」
 
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「そうそう。2008年北京オリンピックの女子100m自由形で、中国の龍佳穎(ハン・チャイン)がフライング失格になったので、繰り上がりで決勝進出したオーストラリアのリビー・トリケットが銀メダルを獲得したんだよ(*3)」
 
「すごーい!」
 
そしてこの日の金堂さんはジャネたちにうまく載せられた結果?、4:37.23のタイムで本当に銀メダルを獲得したのである。彼女にとっては国際大会で初のメダルである。
 

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(*3)この時、準決勝では1位Natalie Coughlin(USA)が53.70、9位のLibby Trickett は54.10で、1位と9位の差がわずか0.40秒である。これが水泳短距離の世界だ。
 
しかしPang Jiayingの失格でTrickettは決勝進出。決勝ではBritta Steffen(GER)が53.12で優勝。トリケットは53.16の0.04秒差で銀メダルを獲得した。準決勝トップのコーグリンは53.39で銅メダルであった。
 

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7月26日も青葉が参加する競技は無いので、チームの練習時間に1時間泳いだほかは、また選手村の中をジョギングしたりしていた。
 
その26日の夜、とうとう後は1500mだけ(27日予選・28日決勝)と思いながら、選手村の自室で気分転換!?に作曲をしていたら、携帯に着信がある。見ると夏嶺夜梨子さんである。千里姉の高校時代の元チームメイトで、社会人のジョイフル・ダイヤモンドを経て、現在はバスケからは引退して郷愁村の50mプールの管理人をしている。郷愁村では今回の合宿に入る前、随分練習していた。私、何か忘れ物でもしたかな?と思い、電話を取る。
 
「こんばんは、川上です」
 
「あ、川上さん、郷愁村プール管理人の夏嶺です。実は幡山さんがこちらに忘れ物をしていて、困っているんじゃないかと思って」
「ああ、彼女の電話番号、ご存知無かったですかね?えっとですね」
 
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「いえ、そうではなくて、幡山さんがスマホを忘れて行かれているんですよ」
「それでは連絡できませんね!」
「千里さんに聞いたのですが、今、川上さんも幡山さんも韓国なんでしたっけ?」
 
「そうなんですよ。大会があって」
 
「それで川上さんにこんなことお願いして申し訳無いのですが、幡山さんに、帰国なさった後、こちらにお寄りいただけるようお伝えいただけませんか?」
 
「分かりました。伝えます」
と答えてから、青葉は何気なく尋ねた。
 
「幡山さん、いつ忘れていったんですか?」
「今日の夕方ですよ」
 
へ?
 
「今日・・・幡山さん、そちらに行ったんですか?」
「ええ。たぶん今日こちらで泳いだ後、韓国に渡られたのかな?でもスマホがないと困るでしょうし、どこに忘れたか不確かかも知れないと思って」
 
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「幡山さん、もしかして毎日来てました?」
 
「はい。川上さんも南米に行ってこられた他は、10日まで幡山さんと一緒に練習なさってましたよね。その後も幡山さんのほうは毎日泳ぎに来ておられました。あ、22-23日はおいでにならなかったかな」
 
「ああ、なるほど。そういえばそんなこと言ってましたね。では伝言しておきますね」
と言って青葉は電話を切ったものの、頭の中が大混乱であった。
 

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ジャネが11日以降も毎日熊谷市の郷愁村のプールで泳いでいたって??
 
だってジャネは11日以降は東京の合宿所に居て、17日からはこちら光州に居るのに。今日のお昼も夕食も金堂さんと3人でとったぞ!?
 
青葉は1分ほど考えてから思い至った。
 
マソとマラが日本と韓国に別れて居るんだ!
 
おそらく2人は各々の意識を交換できるのではなかろうか?
 
マラもかなり水泳がうまいが、世界選手権で活躍できるほどなのはマソだろう。
 
だから競技に出る時はこちらにいるジャネがマソになっている。しかしそれ以外の時間帯では、こちらはマラになっていて、日本に居るジャネがマソになる。そしてたくさん練習している。
 
そういえばここ数日のジャネは異様によく食べると思っていた。あれはマラのほうの食欲なんだ!
 
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こちらには肉体が来ているだろうから、日本にいるのは霊体だろうけど、霊体のマラがまるでふつうの人間であるかのように一部の人(マラ自身が思念を送った相手および霊感の強い人)にも見えて、プールでも泳げるのは、最初に彼女に関わった事件で青葉自身が見ている。携帯程度の軽い荷物は、意識交換の際に一緒に転送できるのかも?服くらいは意識と連動して持って行けるだろうし。実際マソは通帳をマラに渡して記帳させたりしていた。いや違う!あれはきっと通帳を持ったマソが、遠隔地に居るマラと入れ替わって自分で記帳してきたんだ!つまりその程度の軽い荷物は意識と一緒に移行できるのだろう。
 
しかしジャネは、そうやって遠征中の練習を確保していたのか!
 
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ジャネが郷愁村に来なかったという、7月22-23日は800mの予選・決勝があった日だ。おそらく“充分な練習をしている”という前提で、競技当日は身体は休めて精神的な集中を優先したのだろう。
 
青葉は30分くらい腕を組んで考えていた。
 
「負けるもんか!」
と青葉は唐突にメラメラと闘志が燃え上がった。
 

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