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■春封(12)

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結局青葉がボールを持ったままの状態で放送が始まる。青葉は空気を抜こうかと思ったのだが《姫様》が『そのままにしておきなさい』と言った。青葉はもしかして何か起きるのか?と思い、緊張する。
 
最初の10分は東京のスタジオから放送は行われる。その後カメラはこちらに切り替わる。バックバンドの人達の生演奏に乗せてアクアが今日発売される曲を熱唱する。
 
こういう時、多くのアイドルは口パクなのだが、歌唱力のあるアクアはちゃんと生歌で歌っている。それを見て記者さん達の多くが首を振ったりして感心している。特に今日の記者さんたちは福岡勤務の人達でこういうアクアの歌を生で聞いたことのある人が少なかったせいもあるだろう。記者さん達どころか、バックバンドの中にまで驚いている人達が居る。今日のバンドはこの後ドームで演奏する人達なのだが、本来のバンド4人に5人のサポートミュージシャンが加わり9人である。そのサポートの人達が驚いているのである。きっとアクアの歌は電気的に調整して音程やリズムを合わせているのだろうと思っていたのではないかと青葉は思った。
 
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ただ・・・青葉はその中のキーボードの人が気になった。
 
驚くとか感心するとかいったのとは微妙に違う感覚なのである。
 
青葉は千里に心の声で話しかけた。
 
『ちー姉、あのキーボードの女性、気にならない?』
『ああ。あの人、生理不順だよね。右の卵巣の調子が悪い』
『いや、そういうんじゃなくてさ』
と青葉が言うと
『私も感じた。あの人は怪しい。私はドームまで付き添うから、あの人から目を離さないようにするよ』
と千里も言う。
 
『うん。よろしく。私はこのあとすぐ大阪に行かないといけないし』
 

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やがてアクアの歌唱が終わる。
 
冬子・千里・コスモスに三田原さんが出て行き、会見席に座る。アクアも前に出てきて会見席中央に座る。記者会見が始まる。伴奏者たちは後ろで控えている。千里は彼女たちに対して後ろ向きになるので、青葉がじっとキーボードの人を目の端で観察続けた。
 
そして・・・彼女がスタジオ内に置いている鞄にしばしば視線をやっていることに気付いた。
 
『ちー姉、どう思う?』
『怪しいね。何か危険物でも入れてたりして』
『まさか爆弾?』
『あり得ると思う。何とかするよ』
『うん』
 
青葉が千里とそんな会話をしていた時のことである。
 
突然、銃を持った男が乱入してきた。
 
反射神経の良い千里がすぐに席を立つとアクアを抱え上げ!「逃げて」と言って後方に逃がす。バックバンドのリーダー・ヤコが駆け寄ってアクアを保護する。コスモスが男の前に立ちふさがる。すると男はコスモスを掴まえ人質に取った。冬子と三田原さんも立ち上がった。
 
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男が天井に向けて銃を一発発射する。
 
これで銃が本物であることが分かり、男を取り押さえようという体勢だった数人の放送局のスタッフの動きが止まった。
 
その時である。
 
千里から青葉に《直伝》(ちょくでん)が入る。
 
『笑顔でこちらに歩み寄って、犯人にできるだけ近い所から私にボールをパスして』
 
『分かった!』
 
それで青葉は(ちょっと怖かったけど)笑顔を作ってボールを持ったまま歩み寄る。銃を持った男はマイクに向かって何か言おうとしていたが、青葉が近寄ってくるのを見ると
 
「なんだお前、撃つぞ」
と青葉のほうに向いて言う。銃口もこちらに向ける。左手ではコスモスを羽交い締めにしたままである。
 
『ちー姉、怖いよぉ』
『撃たれたら特上のお葬式してあげるから』
『もう!』
 
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千里とジョーク(?)混じりの会話をしたので少しだけ度胸が据わる。
 
「お兄さん、そんな、か弱い女の子を人質にしちゃダメだよ」
などと青葉は男に向かって笑顔で言った。
 
この緊張した場面で、いかにも無害そうな女子大生(と思ってくれることを祈ろう)が笑顔で語りかけるので、犯人は拍子抜けした感じがあった。
 
その犯人の意識の隙を青葉は見逃さなかった。
 
千里に無言でパスする。
 
犯人はボールが飛んできたのでビクッとする。
 
千里が瞬間的に反応して青葉のパスしたボールを受け取る。
 
犯人が千里の方を振り返る。
 
千里は左でボールを持つと男の右手手首の所に正確に命中させた。
 
(青葉は左利きだが、右手でも箸やペンを使える。千里は公称右利きであるがどうも隠れ左利きのようで、実際左手の方が右手より握力が強い。但し本人は利き手を矯正された覚えは無いと言っている。実は霊的な能力の高い人にはこういう両手利きが結構多い)
 
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男が「ぎゃっ」と言って銃を落とす。
 
千里が駆け寄って、男とコスモスの間に無理矢理自分の身体を割り込ませた。コスモスが解放される。テレビ局の男性スタッフが数人駆け寄り、ひとりが床に落ちた銃にスライディングするようにして確保。他の人たちが男を拘束した。レポーターの女性がマイクを取ると
 
「犯人は無事取り押さえました。コスモスちゃんもアクアちゃんも無事のようです」
とカメラに向かって言った。
 

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男が乱入してコスモスを人質に取ってから、千里が彼女を解放するまでの時間は後でテレビ局が確認すると、わずか28秒だったらしい。男はコスモスを人質に取ったまま、何かカメラの前で主張したいことがあったようだが、すぐに青葉が近寄って来てボールをパスして千里がそのボールを犯人にぶつけたことから、結局何もメッセージを発信しないまま捕まってしまった。
 
放送局では緊急事態の発生に、このまま福岡の画像を流し続けるべきか、東京のスタジオに切り替えるべきか、現場のディレクターが判断しきれなかった。それでプロデューサーに尋ねようとしている間に、事件は解決してしまった。結果的に事件の一部始終が全国に流れ、この日発売されたアクアのCDが凄まじい数売れて品切れが発生するとともに、アクアの身代わりになる形で人質になった秋風コスモスの人気まで急上昇するという展開になったのである。
 
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事件が解決した所で、警察はまだ駆けつけてくる前であったが、時間の無い冬子と青葉は博多駅に向かわせてもらうことにした。
 
放送局の裏口で待機していたタクシーに飛び乗ると、都市高速を通って博多駅に移動した。新幹線の乗車口の所に150cmくらいの女性が居て、こちらに会釈すると寄ってきた。
 
「こんにちは、唐本さんですか?」
と冬子に声を掛けてくる。
 
「あ。はい」
「これ頼まれたものです」
と言って大きな箱を渡した。
 
政子が冬子に頼んで置いた買物をしておいてくれたのである。彼女は更にお弁当とお茶も用意していて渡してくれた(千里のおごり)。
 
青葉はその女性を観察してみたものの、どうも人間のようだと判断する。青葉はひょっとして千里の眷属と会話を交わすことにならないかと半ば期待していたものの、“期待外れ”だった。
 
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青葉がそんなことを考えていたら、後ろで《姫様》が可笑しそうに笑っていた。
 
『千里が青葉にそう簡単にしっぽを掴ませる訳がないだろ?』
などと《姫様》は言っている。
『そうですけどねぇ』
 
『もっとも千里には、しっぽは既に無いようだが。青葉もだが』
『何の話してるんです!?』
 

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「そうだ。念のため、お名前教えて頂けますか?」
と冬子が訊く。
 
「熊野ツバキです。姉のサクラが千里さんとは10年近い付き合いらしくて」
「へー。今日はお手数お掛けして本当にありがとうございました」
と冬子が御礼を言っている。
 
青葉はひとつだけ気になったことがあったので訊いた。
 
「新幹線の改札口2つありますよね。どうしてこちらで待っておられたんですか?」
「千里さんが、こちらの改札口に来るはずだとおっしゃったので」
「なるほど!」
 
千里が「予定調和」を起こすのは、冬子も青葉も何度も体験しているので、このことにはふたりともすっかり納得してしまった。
 

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一方放送局に残ったアクアたち(千里も含む)は警察の簡単な事情聴取を受けた後、ライブがあるので博多ドームに移動する。
 
ドームでは既に多数の観客が列を作っていたが、入口の所でかなり厳重な所持品チェックをしていた。スタッフのそばに警官も付いていて、財布や筆入れの中に、生理用品入れの中までチェックされていたらしい。
 
しかしアクアたちは出演者なので、フリーパスで楽屋口から入る。この楽屋口の所にも警官が2人立っている。
 
そして・・・
 
千里は青葉と「怪しい」ということで意見が一致したキーボード奏者の女性がその楽屋口を通る時に《こうちゃん》に頼んで、足首を掴んで躓かせた。
 
彼女が倒れ、持っているバッグが転がる。
 
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バッグはなにやら重量感のある音がした。
 
その時彼女は小さく「きゃっ」という声を挙げたが、その声は驚きとかではなく、むしろ恐怖の声という感じがした。そしておそるおそるバッグに近づく。
 
その様子にあまりにも違和感があったので、スタッフ間で思わず顔を見合わせたりする。警官も気になったようで
 
「どうかなさいました?」
と声を掛けた。
 
「いや割れ物が入っていたので」
と彼女が言う。
 
すると三田原さんは
「じゃ割れてないか見てみたほうがいいよ」
と言った。この時点で三田原さんも何か変だと思ったと後から言っていた。
 
すると彼女はおもむろに手袋!をすると、おそるおそるバッグの中に手を入れている。そこで千里は言った。
 
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「今そのバッグ落ちた時に金属性の音がしたけど」
 
すると警官が
「金属ですか?念のため見せて頂けませんか?」
と言う。
 
すると彼女は突然走って逃げようとした。
 
「こら待て!」
と言って警官が走ると、彼女を確保した。
 
もうひとりの警官が寄ると、白い手袋をしてから、そのバッグの中のものを取り出した。
 
時計のようなものが付いた金属製の缶が出てくる。
 
「ちょっと向こうで任意で事情をお伺いしたいのですが、いいですか?」
という警官の言葉に、女はうなだれた状態で、力無く頷いた。
 
(ちなみに爆弾は《せいちゃん》に頼んで、爆発しないように予め線を外してもらっていた。それで、安心して転ばせたのである)
 
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さて・・・・
 
出演者とスタッフは緊急会議を開く。
 
「結局、**さんが爆弾犯だった訳?」
「警察の捜査を待たないと分からないけど、たぶんそう」
「今日の公演どうする?」
「公演自体はやっていいんだよね?」
「もちろん。問題無い」
「犯人が捕まったんだから、当然公演するのに問題は無い」
 
なお“爆弾犯らしき人”は捕まったものの、今日の観客の所持品検査は最後まで超厳重に行われたが、爆破予告の報道があった中なので苦情はほとんど出なかった。
 
「彼女のパートどうします?」
「誰か代わりのアーティストが手配できる?」
「開演まで2時間だよ。いきなり譜面渡されて弾ける人はいないよ」
「B班の**さんが呼べない?」
「無理。川崎市内から2時間で福岡まで来る方法は無い」
 
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今回のアクアのツアーではサポートミュージシャンはA班・B班と2組用意されていて、今日の福岡公演にはA班が来ていたのである。
 

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全員腕を組んで悩む。
 
その時、コスモスが発言した。
 
「醍醐先生、弾けませんか?」
 
「おぉ!」
という声があがる。
 
「先生が書かれた曲が随分ありますよね?」
と三田原さん。
 
「いや、そもそも醍醐君は即興や初見演奏の天才」
と紅川会長が言う。
 
「そうなんですよ。醍醐先生とケイ先生は初見演奏の上手さでは業界で一二を争う存在なんです」
とコスモスは言っている。
 
千里は苦笑した。
 
わざわざケイの名前を出して自分のライバル心を刺激したなと思った。策士のコスモスらしい発言である。
 
「いいよ。やるよ。念のためスコア見せて」
「助かります!」
 
それで千里はこの日、急遽ピンチヒッターでキーボードのパートを演奏することになったのである。
 
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なお、この後の公演ではB班のキーボード奏者さんが全ての公演に付き合ってくれることになった。また、この日のピンチヒッターの演奏料としてコスモスは千里の口座に200万円振り込んでくれた。千里もさすがにもらいすぎではないかと思いコスモスに連絡したが「あの場で先生が引き受けて下さらなかったら不完全なステージをお客様に見せることになってしまっていたから、これでも少なすぎるとは思ったのですが、予算が限られているので」などとコスモスは言っていた。
 
 
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