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■春封(7)
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青葉は10月8日(土)に高岡市内のバイク屋さんでヤマハのバイクYZF-R25を買ったのだが、それを受け取るのは連休明けの11日(火)になる。その前の9日日曜日に、青葉は早朝からアクアを運転して金沢まで行き、布恋を拾った。布恋はR304経由で南砺市まで走った。先日吉田君のバイクNinja 250Rに同乗して往復したルートである。
「ここ景色いいですよね〜」
「あれ?ここは通ったことある?」
「実は先日、ちょっと友人のバイクに同乗して走ったんですよ」
「わあ、バイクだと気持ちいいでしょ?」
「気持ち良かったです」
「ちなみにその友人って彼氏?」
「男の子ですけど、ただの友だちですよ。私の彼氏は埼玉県に住んでいるので」
「へー。彼氏がいても他の男の子とも遊ぶよね」
と言っているが非難するような口調ではなく、むしろそういうのに憧れている?みたいな口調である。
「いや、彼にバイクの購入のことで相談して。それで乗り心地を体験させてくれたんですよ」
「なーんだ。だったらセックスはしないの?」
「しませんよ〜!」
「彼氏が遠隔地にいるんだったら、こちらでも1人くらいボーイフレンド作ってもいいだろうに」
桃姉みたいなこと言ってるなあ、と青葉は思う。
「ごめんなさい。私はそういう観念は無いです」
「青葉って、性的な概念が保守的なのか進歩的なのか、どうにもよく分からない」
「うーん。。。そういう指摘を受けたことはあります」
「でもだったら、青葉もバイク買うの?」
「買いました。今手続き中なんですが、数日以内に受け取れると思います。ヤマハのYZF-R25です」
「すごーい。私もバイク乗ってみたいけど、お母ちゃんのお許しが出ないのよね〜」
「私も母の説得に苦労してます」
「やはり親としては心配だよね〜」
「ですよね〜」
それで結局午前10時前に、布恋の実家に到着した。おしゃべりに夢中になっていたのでスピードメーターをよく見ていなかったが、多分かなり速度超過していると思われた。交通量が少ないしということで飛ばしたのだろう。
「ここなのよ」
と言って布恋が青葉を案内するが、青葉は立ち止まってその家を見つめた。
そして怪異の原因がすぐに分かった。
青葉がじっと家を見ているので、布恋が訊く。
「どうかした?」
「そこの奥のコンクリートの柱が折れていますでしょう?」
「あ、うん」
「あれ、いつ頃折れたものですか?」
「えっと、あれは6月頃に、運送屋さんのトラックが方向転換しようとしててぶつけちゃったらしいのよ。向こうは平謝りで、修理費用も出してくれたらしいんだけど、お母ちゃんったら、それを弟の受験勉強合宿の参加費に転用してしまったらしくて、それで折れた柱は放置されているのよ。実は何度か接着剤でくっつけたけど、すぐ取れちゃって」
青葉は腕を組んで考えた。
「例の変な夢を見始めたのって、もしかしてその後からではありませんか?」
「あ、分かんない。ちょっと中に入ってみんなに訊いてみよう」
「ああそれがいいですね」
青葉はチラッと後ろにいる《姫様》を見た。姫様は「ふぁ〜!」と大きく伸びをすると
『まあそのくらいはやってやるよ』
と言った。
『ありがとうございます。よろしくお願いします』
と青葉は言った。
それで家の中に入る。
大学の水泳部の後輩と布恋が紹介すると、お母さんもお父さんも歓迎してくれた。青葉が「つまらないものですが」と言って、昨日の内に調達しておいた富山名物「ますの寿し」の輪っぱを2個出すと
「あらあ、これ大好き!」
とお母さんが言っていた。
青葉は、みんなが見た不思議な夢のことに興味を持っていると話すと、布恋は
「大学の心理学で夢の研究をしているらしいのよ」
と言った。
それでお父さんもお母さんも見た夢の内容をけっこう詳しく話してくれた。その内容はだいたい布恋が話してくれたようなものだった。ただお母さんはそういう「夢」以外の異変まで語ってくれた。
「私最近、何度もおかしな所まで行ってしまうことがあって」
「どういう所に行くんですか?」
「買物に出かけて、ふつうに買い物して帰って来たつもりが、レシートをふと見たら、名古屋のイオンで買っていたのよ」
「それはやや遠いですね」
と青葉は言った。
マリなどと付き合っていると「青葉、ラーメン食べに行こう」と言われたので付いて行ったら、博多のラーメン屋さんまで連れて行かれたことがあるので、このくらいでは驚かない。
「ガソリン見たら前日満タンにしていたはずが、ほとんど空っぽになっていたしトリップメーターも450kmになってて」
「なるほど」
「そういえば買物してる時に、品物の配列が変わったのかな?探しにくいと思った記憶があったのよね」
「いつもと違う店でお買物していたわけですか」
「それとか、会社の帰りにふつうに城端線に乗ったつもりが、しらゆきに乗っていて、気付いたら長岡まで来ていて、慌てて降りて戻って来たこともあるのよ」
「失礼ですが、お勤め先は?」
「高岡駅から歩いて5分くらいなのよね〜」
「しらゆきで、富山県内に乗り入れる便ってありましたっけ?」
特急しらゆきは、本来、新井・上越妙高−直江津−長岡−新潟、と走る列車である。北陸新幹線の金沢開業で旧《はくたか》(越後湯沢−金沢)が廃止され、行き来が不便になった上越地区と中越・下越地区を結んでいる。使用列車は《フレッシュひたち》として使用されていたE653系である。
「息子に念のため確認してもらったけど、無いらしいです。だから、乗ったとしたら、その前に上越妙高か直江津あたりに移動していたことになるみたいなんですけど、なぜそこまで行ったのかも謎なのよね」
とお母さんが言うと
「惚けてきてんじゃない?」
などとお父さんが言う。
そしたら1発、雑誌で殴られた!
お昼になって、青葉がお土産に持参した「ますの寿し」でお昼ごはんにしましょうということになる。まだ寝ていた弟さんを、お父さんが起こしに行ってきた。弟さんは起きてはいたようで、布団の中で徒然草の対訳本を見ていたと言っていた。
「おお、ますの寿しだ。大好き大好き。頂きまーす」
と言って、座るよりも早く摘まんでいる。
お母さんがお茶を入れてくれたが美味しいお茶だった。尋ねると、親戚からもらった狭山茶らしい。
青葉は食事が落ち着くのを待って、自分は心理学に関心があり、夢についてもいろいろ研究しているのだが、変わった夢を見ているというので、良かったら聞かせてくれないかと、布恋の弟・裕夢(ひろむ)に言った。
すると、彼は最初まるで値踏みでもするかのように青葉の顔を見ていたが、やがて語り出した。
「最初にこの手の夢を見たのは、6月下旬だったと思うんですよ」
と彼は言った。
彼の語るには、夢の内容は幾つかのパターンがあるが、だいたいこういうのが多いらしい。
最初に見た夢では、平安時代の貴族の屋敷、あるいは御所にいるような感じで、重ね袿(うちき:上着)に裳(も:スカート)を着けた女性たちが多数歩き回っている。彼は呆然として見ていたが、やがて40代くらいの女性に捉まって、誰か?と訊かれるので、白雪と申しますと言ったら、ああ左衛門尉の娘さんね、などと言われるが、あんた酷い格好をしていると言われる。それでどこかの部屋に連れ込まれ、全部服を脱がされて、腰巻きのようなものを着けた後、袿に裳を着せられてしまった。
学校に行っていて、身体測定をしますよと言われるので並んでいたら、ふと気付くと周囲が女子ばかりである。バストをメジャーで女子の保健委員の子に測られ、絶望的にバストの生育が悪いと言われ、よく発達するようにと注射を打たれる。服を着ようとしたら、なぜ男子の制服を着る?と言われ、女子の制服を着るように言われて制服上下を渡されるので、それを身につける。
入って行った場所はホテルのようであった。白雪家・今泉家結婚式場と書かれている。招待状を出すとこちらへと言われ、どこかの部屋に案内されるが、部屋の中に美しいウェディングドレスが掛かっている。おそるおそる「あのぉそれを着るんですか?」と尋ねると「あんた今日の結婚式の花嫁なんだから、あんたがウェディングドレスを着なくてどうする?」と母が言っている。ところが着換えのために全部服を脱がせられると「あんた、お股に変なものが付いている」と言われ「花嫁になるには、こんなものがあったら大変」と言われて、母が「今すぐ切ってあげるね」と言って、大きなハサミを出してきたので、怖くなって裸のまま逃げ出した。
「その夢見た時かな。あんた裸で起きてきたね」
とお母さんが言っている。
「これ逃げ出して良かったんですよね?多分」
と彼が青葉に訊く。
「それ逃げてなかったら、本当に去勢されていたと思います」
と青葉は真剣な顔で言った。
「まじ?」
「夢の中ですから物理的に去勢することはできなくても、男性能力を失っていたでしょうね」
「良かったぁ。俺まだ男は辞めたくないし」
と裕夢は言っている。
「あんた男を辞めたいのかと思ってた」
と布恋が言うが
「あと60年くらいは男を楽しみたい」
などと裕夢は言っている。
青葉は裕夢が言っていた夢を全部ノートに書き留めた上で尋ねた。
「裕夢さんは6月下旬頃からこの手の夢を見始めたということですが、他の方はどうですか?いつ頃から見始めたか分かりませんか?」
するとお父さんが言った。
「俺もたぶん6月下旬だと思う。その夢を見た直後に俺をずっと大事にしてくれていた部長が亡くなったんだよ。その人の四十九日がちょうど8月15日のお盆にぶつかっていたんだ」
青葉は暦計算サイトで確認する。
「四十九日が8月15日ということは、亡くなられたのは6月28日の水曜日ということになりますね」
「あ、そういえばその日はノー残業デーだったような気がする」
「私はハッキリ分からないけど、そんな時期だった気がするよ」
とお母さんも言った。
「川上さん、ひとつ真剣に訊きたいんですが」
と裕夢は言った。
「はい?」
「実はこの夢をみんなが見るようになってから7月の中旬くらいかな。親父、立たなくなっちゃったらしいんですよ。この原因を取り除いたら、回復すると思います?」
「それはもしかしたら、お母さんが、裕夢さんがお父さんの性器を取ってしまう夢を見た以降ではありませんか?」
「うん。まさにそのタイミングだと思う」
と裕夢は言った。
青葉は腕を組み目を瞑って考えた。
そして言った。
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春封(7)