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■春避(9)
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(C) Eriko Kawaguchi 2023-01-28
天野貴子が運転するバスは23時半頃S市を出発し、深夜24時半頃、朱雀林業輪島営業所に到着した(*9).
「取り敢えず寝ましょう。トレーラーからの運び出しは起きてから」
と先に来ていた千里はバスに乗ってきたメンツに言った。
「トレーラーは結局3個使ったのか!」
「降ろす時間も人もありませんでしたし」
朱雀林業の営業所の庭にトレーラーが3個並んでいた。
多くの人は、1台目のトレーラーの荷物を降ろしてから再度持ってきたのが3番目のトレーラーと思い込んでいた。
「VIPドールを運んだインサイトもそのままにしてる。ぼくが降ろしてて落としたりしたらいけないから」
と青池さんが言った。
「取り敢えず皆さん寝て下さい」
と言って、千里が全員に宿舎の鍵を配ったので、全員書いてある番号の部屋に入って寝た。何組か同室を希望したペアがあったので使用した部屋は11個である。
明恵と真珠/美由紀と世梨奈/月見里姉妹/幸花と初海/薫と珠望/神谷内/マリアとルチカ/エリザとアリス/青池/天野/千里
千里は、きーちゃんと同室でも良かったのだが、青池が嫉妬!しないよう別室にした(愛人の鉢合わせ?)。
「各部屋には好みではないと思いますが、一応替えの下着やTシャツも用意しておきました。フリーサイズで用意していますが、サイズの合わない人は申告してもらったら交換します。夜中にお腹空いた人は1階の管理人室に来ればカップ麺とかパンとか無料でお渡しします」
と言ったら、7割くらいの人が最初にカップ麺とパンやおにぎりをもらってから部屋に入った。
なお各部屋には小型のキッチンとバス・トイレが付いており、湯湧かしケトルとオーブントースター・電子レンジ・IHヒーターも装備されている。紙コップと紙皿も用意している。多くの人がシャワーを浴びて着替えてから寝たようである。
神谷内さんは夜1時頃
「ごめん。男物の下着は無いよね?」
と言ってきたので
「すみませーん」
と言って管理人の波花がアンダーシャツ、Tシャツとトランクス・靴下のセットを渡した。実は神谷内はこの日この“女子寮”に泊めた中で唯一の男性だった。
むろん男の娘たちは女物の下着を着ける!
(*9) 23:30にS市の人形美術館を出たバスが24:30に輪島の朱雀林業営業所に到着している。つまり両者の間は片道1時間掛かるので、20時にトレーラーを運転して出た千里が21時にS市に戻るのは不可能である。実は20時に出た千里が戻って来たのは22時半である。21時に戻って来たのは別の千里であった。みんな焦って作業しているので、このことに気付いたのは明恵と真珠くらいである。
↓ 青:1号車 赤:2号車 緑:3号車
千里4(Robin) は20:00に最初のトレーラー(T1)を運転して美術館を出、20:50に朱雀林業に着き、CX-5に星子たちを乗せて21:40に出発。22:30に美術館に戻った。そして23:00に3台目のトレーラー(T3)を運転して再度輪島に向かった。
千里6(Victoria) は急遽輪島に駆け付け、20:10に鈴子を乗せたトレーラー(T3)を運転して出発。21:00に美術館に着き、21:30にトレーラー(T2)を運転して美術館から朱雀林業に移動した。
20時半頃、中間の天坂付近で、千里4が輪島に向かうトレーラー(T1)と、千里6がS市に向かうトレーラー(T3)がすれ違い、お互いに手を振った。また22:00頃には今度は輪島に向かう千里6のトレラー(T2)とS市に向かう千里4のCX-5がやはり天坂付近ですれ違っている。
人形の運搬は眷属には任せられない(万一事故があった時の責任問題がある)ので、千里が自分で運転したが、手が足りないので“自分を2人”使った。
千里6が
「全く自分使いが荒い」
と文句を言っていた。
6月20日(月).
S市の川口家では昇太は早朝からレストランの開店準備に出掛けたので、遙佳と歩夢で朝御飯を作った。小杉も手伝った。そして7:40くらいに歩夢が女子制服で学校に出掛ける。歩夢は16日(木)から女子制服での登校を始めたが、特に学校からは注意されていない。
7:50くらいに遙佳が「広詩、そろそろ行きなさいよ」と言って出かける。その広詩は8:10過ぎに「遅刻遅刻」と言って、走って飛び出していった。
高と小杉は広詩が出掛けた後、茶碗などは放置して2人で美術館に行ってみた。
すると昨日は気付かなかった人形を更に3体!見付けた。カーペットがずれた陰になっていた子、落下したバルコニーの下になっていた子(怪我はしてないもよう)、事務室でカーテンに隠れていた子である。最後に発見した子について
「この子は薫が最初に買ったビスクドールじゃん」
と高が言っていた。
「きっと最後に退避する船長さんなんですよ」
「なるほど。キャプテンか」
「Captain was the last person to leave the ship」(*10)
「君、よく知ってるね!」
と言って2人で笑った。
また現場にはスマホが5台も落ちていた!
「学校のお昼休みにでも、遙佳の高校と歩夢の中学に行って、お友達に見てもらって、その後、残ったのは、幡多さん(*11)、輪島に持っていってくれない?」
「はい、そうします」
ふたりが美術館を離れたのが9:50頃であった。高は何気なく、半分土砂に埋もれた美術館の写真を撮ったが、これがこの美術館のラストショットとなった。
(*10) "Captain was the last person to leave the ship" は英語の多義文として有名な文章である。この文章は次の2通りの解釈が可能である。
(1) 船長は全員退避してから最後に船を離れた(助かった)。
(2) 船長は最後まで船を離れなかった(船と運命を共にした)。
しかしまあ小杉はキツネにしては物を知っている。多分千里が誰かと話しているのを聞いていたのだろう。
(*11) 小杉は司令室に常駐している小道と一緒に生まれた姉妹で、小道・小杉は、幡多小町の曾孫にあたり、幡多(はた)の苗字を名乗っている。(どちらも苗字を女系で継承している。元々おキツネさんには“苗字”という習慣は無い)
一方、小春/小糸の系統は深草の苗字を名乗る。深草は伏見稲荷のある場所の地名、幡多は伏見稲荷の創設に関わる泰(はた)一族に由来する名前で、どちらもP神社の翻田常弥宮司が付けてあげた苗字である。
泰(はた)家では、裕福になった驕りで餅を矢を射るのの的(まと)に使っていたら祟りかあった。それで悔い改めてお米を大事にするようになり、穀神をお祀りするようになったのが、稲荷の始まりであるという伝説がある。
一方の輪島。
月曜日(6/20)は、みんな疲れているので、遅くまで寝ていた。
8時に一応朝食は各部屋にデリバーされたのだが、実際に多くの人が起きてきたのは9時過ぎである。千里は薫館長と話し合い、お昼過ぎから、人形たちを降ろす作業を始めることにした。
そしてみんながまだ休んでいた 10:31.
再び強い地震が襲ったのである。S市は震度5強だった。
珠望は夫にすぐ連絡を取った。スマホにはつながらなかったので、お店に掛けたら連絡が取れた。
「今日はまた臨時休業だな」
「しょうちゃんは大丈夫?」
「おれも親父さんも無事。せっかく片づけ(かけて)たお店の中を再度片づけなきゃ」
「お客さんは?」
「モーニング食べてる最中の常連さんが3人居た。全員無事。お代はいいから気をつけて帰ってと言ったけど、お腹空いてるから全部食べてから帰るといって本当に完食してからさっき帰っていった。お金はいいですと言ったら、ありがとう!また来るねとか言ってた」
「常連さんはそんなものかな」
「最低限の片づけをしてから美術館見に行ってくる」
「ありがとう」
そして30分後、昇太から連絡がある。
「美術館は完全に土砂に埋もれている。もう建物自体が確認できない。昨夜の内に人形を運び出したのは大正解だよ」
「きゃー」
珠望は言った。
「学校から連絡があって、子供たちを迎えにきて欲しいということなんだけど」
「分かった。3人回収しに行ってくる」
「ごめんねー」
昇太は高・小杉と話し合い、結局スマホは取り敢えず小杉が輪島に持っていき向こうに居る人たちに見てもらって、残りを珠望にこちらに持ち帰ってもらうことにした。
それで昇太と高がルークスとXC-40で手分けして子供3人を回収し、小杉がスマホを持ってXC-40で輪島に向かった。小杉にはスマホの他に、レストランで折角朝から焼いたのに店を開けられないので販売できないパンを
「向こうの人たちで良かったら食べてもらって」
と言って持たせた。またついでにXC-40で祖父に回収された遙佳まで同乗して輪島に向かった。昇太は「現金が必要かも」と言って遙佳に30万円持って行かせた。内10万円は1000円札で渡した。
輪島では、午前中に珠望と明恵・真珠の手で、インサイトに乗せてきたVIPドールたちを、営業所内のゲスト用宿泊棟に運び込んだ。3月にホンダジェットのパイロット Elissa Vernier が3週間過ごした家である。
その他の人形たちは結局お昼を食べてから搬出することにした。
七尾市のお弁当屋さんに予約を入れ、氷見市からこちらに向かっている最中の鈴子・星子に頼んで、お昼を買ってきてもらった。この分のお金は珠望が払った。
置き場所の計画を千里・薫・幸花で練っている間に小杉と遙佳が到着し、彼女たちが持って来たパンをみんなで食べた。パンはあっという間に無くなった。遙佳は余っていたお弁当も食べていた。
5台のスマホだが、その内4台がこちらにきている人のものだった。
千里(千里4)のが2つ!美由紀の、アリスの、であった。
全員その場でロック解除してみせて本人のものであることを確認した。
もう1台は真珠が
「瑞穂ちゃんのに似てる気がする」
と言って、メールを送信してみたらそのスマホに着信したので彼女のものであることが確定した。本人はどこに置いたんだろうと悩んでいたらしい。
瑞穂はしばしば家の中でスマホを行方不明にする人である。仕事中に着信音やバイブが鳴ると困るので、常にサイレントモードにしているから所在が分からなくなると発見が大変である。
人形の置き場所だが、万一洪水などがあった時のため、高さ1mの床を作っていたのだが、風通しをよくするため更に床に“すのこ”を敷き、その上に箱を置くことにした。この後、どこに人形を持って行くかが未定なので、梱包は解かずに箱のまま置いていく。
この作業をしたのは下記16名である。
珠望・遙佳・神谷内・幸花・明恵・真珠・初海・美由紀・世梨奈・月見里姉妹・マリア・ルチカ・エリザ・アリス・千里
薫は体力を考えて休ませておき、指示だけしてもらった。青池・天野はいったん離脱した。小杉は千里の髪留めに戻し、何かの時のバックアップとする。コリンとミッキーには、車の給油を頼んだ。鈴子もいったん離脱した。星子は休ませておいた。
キャラバンに積んできた、人形美術館の事務室の荷物も運び出した。“琥珀”の絵は“本人の希望により”倉庫の目立つところに掲げた。人形たちの御守り役である。ウォーキングドールのマリアンも“本人の希望により”琥珀の絵と反対側の壁に特別席を設けて、そこに座らせた。人形たちの“お母さん”である。スイスイ1号はこの日は倉庫の入口の所に門番のように置いたが、翌日からは倉庫内を巡回させるようにプログラムした。人形たちの“お父さん”かも。
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