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■春避(3)
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圧倒的な力の差がある、と春貴は思った。しかしそれでも点数としては拮抗していく。高岡C高校との試合でもそうだったが、実力差があるので、こちらのメンツで相手制限エリアに進入できるのは河世くらいである。向こうの選手の進入はかなりの確率で成功する(全て進入できる訳ではないのが、ここ2週間くらいの練習の成果)。
だから近くからのシュートでは圧倒的に向こうがゴールする。しかしこちらは中に入らなくても、どんどんミドルシュートを撃つ。更に美奈子や夏生がスリーを決める。それで結局点数としてはあまり差が開かないのである。
もっともこのゲームスタイルが通用するのは、この大会までだろうなと春貴は思った。来月の地区リーグ戦では多分高岡C高校は何か対抗策を採ってくる。
1Qで24-20, 2Qで18-21で、前半を終えて42-41で、1点差で向こうがリードしている。相手は4-9番を投入しない。恐らく、午後の準々決勝のために温存しているのだろう。これがもしこちらが大きくリードする展開だったら向こうはその中核選手たちを投入したと思うが、競っているので、向こうは恐らく万一の場合は最後の付近で投入すればいいだろうと思ったのではないかと思う。
だいたい対戦相手(H南高校)は、県予選を3位通過したチームだし、名前も聞いたことのない所だし!実際プレイを見てても、下手だし!!
春貴は、4月からやっている7人を中核として、時々新加入の5人も1人ずつコートインさせた。それで中核7人があまり疲れが溜まらないようにする。中学でバレーをやっていた2人は結構相手の制限エリア内まで進入してのゴールも決めてくれた。この2人は即戦力に近かったなと春貴は思った。今後の練習では、この2人と河世・晃は、ランニングシュートの練習をたくさんさせよう。
なお今回、日和は「バスケの試合を見学してなさい」と言ったのでただ見ているだけである。そして晃にスコアを付けさせている。
第3クォーターは18-18で、ここまでで60-59である。
第4クォーター、向こうはとうとう4-8番を投入してきた。
物凄く強い。これで河世も中に進入できなくなった。
でもミドルシュートは防げない。美奈子のスリーは好調である、
それで向こうは中核選手を投入したのに、全然点差が広がらないのである。そして第4クォーター残り2:14、こちらが夏生・美奈子の連続スリーで、ついに逆転した。相手のヘッドコーチの顔色が変わる。
ここから抜きつ抜かれつのシーソーゲームとなる。
187s ▲78-73
173s 78-76▲夏生
155s shot miss
134s 78-79▲美奈子
113s ▲80-79
95s 80-81▲舞花
77s ▲82-81
62s to
44s ▲84-81
32s 84-84▲美奈子
10s ▲86-84
残り32秒で美奈子がスリーを決めて同点に追いつくが向こうはゆっくり攻めて24秒計が残り2秒となった所で得点。86-84とリードを奪った。ゲームクロックの残りはわずか10秒である。
愛佳がスローインするが、相手チームはこちらのコートで物凄いプレスを掛けてきた。あわよくば8秒ルール(8秒以内にボールをフロントコートに進めなければならない)のバイオレーションを取ろうという狙いである。しかし何とか舞花がスリーポイントライン近くまで走って行った美奈子にパスして、7秒でフロントコートにボールを進めることができた。
残り3秒、美奈子がスリーを撃つ。
相手選手がこれを美奈子の背中を押して停めた。全員でプレスを掛けていたので、美奈子の前には誰も居なかったのである。
美奈子はシュートを失敗してボールが転がる。
しかし当然笛が吹かれる。
アンスポーツマンライクファウルとなる。
それで時計が残り0.3秒の状態でフリースローになる。
スリーポイントシュートに対するファウルなのでフリースローは3本である。現在の点数は86-84. 美奈子が2本ミスしたらこちらの負け。2本決めて1本ミスしたら延長戦、3本とも決めたらこちらの勝ちである。
責任重大だが、美奈子はわりとプレッシャーに強い。
1本目。決まる。86-85.
2本目。決まる! 86-86 で、これで即負けは無くなった。勝利か延長である。
3本目。
美奈子は審判からボールを受け取ると、特に緊張もしてないような顔で1度ボールを床にバウンドする。そして膝を曲げ、
狙いを定めて撃つ。
決まった!
86-87 で逆転!!!
H南高校のメンバーが万歳をする。
アンスポーツマンライクファウルだったので、この後、こちらのボールとなる。しかし残り0.3秒なので、愛佳がスローインしたボールを舞花がキャッチした所でブザー。
試合終了である。
整列する。
「87-86でH南高校の勝ち」
「ありがとうございました」
愛佳が相手キャプテンに握手を求めたが、向こうは握手を拒否した!手を伸ばした愛佳に対して、その手を払いのけるようにした。
身体は接触していない。よほど悔しかったのだろうが、この行為がテクニカル・ファウルを取られた!
ゲームが終わっても公式スコアに審判が署名するまでの行為はファウルの対象になる。もし相手の手を叩いたりしていたら、プレイから逸脱した暴力行為としてディスクォリファイング・ファウル(一発退場)を取られ、多分始末書提出の上で出場停止処分までくらっている。実際には接触しなかったのでテクニカルファウルで済んだ。
それで相手キャプテンも手を挙げてファウルを認め「ごめんなさい」と言って、涙を浮かべながら向こうから愛佳に手を伸ばし、握手した。
自分たちが最初から出てればという思いが強かったろうが、まさか負けるとは思いも寄らなかったので、主力を温存する作戦は間違いではないと思う。
そういう訳でH南高校は北信越大会の初戦を突破して準々決勝に進出したのである。富山県代表の他チームだが、1位の高岡C高校は初戦突破したが、2位の富山B高校は敗れた。
H南高校は高岡C高校とともに、お昼からの準々決勝に出る。C高校の矢作監督が
「頑張りましたね。明日の準決勝で会いましょう」
と声を掛けてきた。
もしどちらも準々決勝を突破すれば準決勝で両者対決となるのである。
「はい、ありがとうございます。そちらも頑張って下さい」
と春貴は緊張して言う。
「うん」
と矢作監督は笑顔だった!(まさか明日対戦にはなるまいと思ってる!)
1回戦はアウェイ扱いで濃緑のユニフォームだったが、準々決勝は、こちらがホーム扱いになるので白いユニフォームになる。実は対戦相手の石川J高校も1回戦がホーム扱い、準々決勝はアウェイ扱いになったので、ユニフォームをチェンジできるので好都合だった。
H南高校の選手たちは割り当てられている控室で白いユニフォームに着替えてからお弁当を食べた(晃と日和は後ろを向いて着替え、他の選手たちが着替え終わるまで壁を向いていた)。
「ルミちゃんも女の子になれば壁を向いてなくてもいいようになるのに」
「いや、そもそもルミちゃんは女の子には興味無いから、別に後ろを見なくても、よいはず」
「ああ、男の子が好きなんだっけ?」
「えっと・・・」
晃が返事に困っているようなので、やはりこの子、本当に女の子になりたいのかも、と春貴は思った。でも実際彼があまり女の子には興味が無さそうというのは春貴も感じていた。五月とか美奈子がよく晃に抱きついたりしているが、特に照れたりもしていないし。あるいはゲイなのかも知れないが、どちらの傾向なのかは判断が付かない。でも多分何かの間違いで本当に女の子になっちゃっても、彼なら女の子でやっていけそうだ。
日和に関しては、明らかに穿いていたパンツがブリーフやトランクスではなく女子用のショーツに見えたが、誰も突っ込まなかったし、性別のことでからかうこともなかった。晃だからジョークになるのである。彼(ほんとに彼女かも)は、晃が「早く女の子になりなよ」と言われているのを聞いて、ドキドキした顔をしていた。
さて、今日は全員、ちゃんとお弁当を持って来ていた!
春貴はマイクロバスで待機している、松夜のお父さんに、勝ったので12:50からの試合にも出る旨メールしたが、反応が無かったので、きっと熟睡している。
横田先生(非番)にもメールを入れたが、こちらはすぐ反応があり
「ほんと凄いね!女子は無茶苦茶、力をつけたね」
と喜んでくれた。
12:50.
初戦と同じBコートにH南高校と石川J高校のメンバーが整列して試合は始まる。
こちらは、初戦と同様、愛佳・舞花・夏生・河世・美奈子の布陣で出て行く。向こうは、4-8番で出て来た。
6番の相手センターは河世と似たような背丈だったが、ティップオフは向こうが取り、速攻で攻めてきて、7番の選手が美しいスリーを撃ってゴール。
3-0.
試合は向こうの先制で始まる。
相手は、どうもひたすら点数を取るというスタイルのようである。こちらが点を取っても気にしない!
あまり防御もしないので、こちらは、河世・梨央・秋奈の“バレー・トリオ”が3人とも中に入って行くことができてランニングシュートを決める。しかし、向こうもこちらにどんどん進入してきてシュートを撃つ。更に向こうは最初にゴールを決めた7番の選手がどんどんスリーで点をとった。こちらも美奈子がスリーを決めるが、少しずつ点差が開いていく。
向こうのシュート精度がとても良いのである。
更にリバウンドは7割くらい相手のセンターさんが取ってしまう。
それで攻撃機会の多い向こうが点数を多く取る展開になった。
春貴は「なるほど。うちはこういうスタイルの学校が弱点だ」と思った。特に無理して防御せずに、取られたら取り返せばいいというチームは、ほとんどファウルをしない。守備にあまりエネルギーを使わず、どんどん攻める。
ある意味、H南高校自身と似たタイプのチームである。ただ。それが物凄く上手いのがこのチームだ。
1Q 32-26, 2Q 34-30 とゲームはハイスコアで進行し、前半で66-56 と10点差である。これだけ点差が開くと相手は主力を休ませるかな?と思ったが、休ませない。
相手はこちらを決して舐めてない。全力である。
そして 3Q 30-28, 4Q 38-34 と進行して後半は68-62 合計で134-118 というお互いに凄い点数となったが、向こうが16点差でこちらを下した。
ということで、H南高校はベスト8止まりである。
でも気持ちいい試合だった。
試合後お互いにハグしたりして健闘を称えた。
「負けたぁ」
「でも気持ちよかった」
とH南高校の選手たちは言っていた。
横田先生に結果をメールしたが、
「いやインターハイに何度も出ている石川J高校と16点差は充分いい勝負です」
と先生は言っていた。
「先生、今日はギョウザの焼け食いがいいです」
と松夜が言っている。
「はいはい」
などと言いながら、試合終了後、練習用のユニフォームに着替えていたら、運営の腕章を付けた女性が
「失礼します」
と言って入ってくる。
「今試合が終わったばかりで申し訳ないのですが、14:30からの男子準々決勝でモッパーとテーブルオフィシャルをお願いできないでしょうか」
「はいはい」
しかし今試合が終わったばかりで次の試合のオフィシャルとは慌ただしい。
「実は連絡ミスがあったみたいで、お願いしていたはずの学校がもう帰ってしまっているようで」
「いいですよー」
とキャプテンの愛佳は答えた。
「すみません。助かります」
と言って運営の女性は出て行った。
が、
ここで誰が何をするのか?が問題になる。
新規加入メンバーには無理だ。4月からやってる8人でするしかない。常識的には2〜3年がテーブルオフィシャルで、1年生4人がモッパーである。
「あんたたちモッパーできる?」
中学でもバスケをしていた美奈子と五月は「やったことはある」と言ったが、いまいち自信が無いようだ。不安そうな顔をしている。
「パイン(松夜)、あんたがモッパーのリーダーをして」
「分かった。でもテーブルオフィシャルは?」
「ルミ(晃)、スコアラーして」
「はい」
晃にはこの大会の2試合でも、先の県大会準決勝でもスコアを付けさせたが、ノーミスだった。それにコーチ講座を受講中でルールもよく分かっている。彼女、ではなくて彼ならできるだろうと春貴は思った。24秒計オペレータやタイマーはルールをほんとに熟知してないとできないから、4つの仕事のどれかさせるならスコアラーだろう。
それで、24秒計を愛佳、タイマーを夏生、アシスタントスコアラーを舞花、スコアラーを晃がすることになった。姉の舞花がアシスタントスコアラーなら晃も、より安心だろう。
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