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(C) Eriki Kawaguchi 2019-10-11
2016年11月中旬。
房総百貨店は結局破産処理をして精算されることになり、管財人の弁護士が選任された。千里とケイは各々の顧問弁護士2人の共同で、管財人に申し入れた。
・千城台の体育館と土地を適正価格で買い取りたい。
・買取り交渉中も体育館を使わせて欲しい。
「えっと、賃貸契約が継続中なら、使用には問題無いと思いますが」
「やくざまがいの男たちが出てロックアウトしているんですよ」
「それはいかん。すぐやめさせます」
管財人が最終的には警察を動かしてロックアウトしていたやくざを排除してくれたので、この時点でローキューツはまたこの体育館が使えるようになった。オールジャパンを前に、助かった!という声があがっていた。
常総プロも設備が新しくていいのだが、何しろ遠いので往復で疲れていたのである。
管財人はこの体育館を千葉ローキューツが結構な投資もして改修し6年間も使用していたのを確認し、売却には同意してくれたが、金額については管財人側の不動産鑑定士に鑑定させていいかと尋ねる。
ローキューツ側が同意したのでこの物件は鑑定に掛けられ、建物は無価値で、土地は1億8000万円という鑑定になった。千里は弁護士を通して2億円で買い取りたいと申し入れ、管財人の許可を取る。それで千里は個人でこれを買い取った。ケイと共同で買い取ることも考えたのだが、
「大した金額のものでもないし」
と言って、処理を単純化するために個人買い取りにした。今後はローキューツは毎月千里に家賃を払えばいいことになる。
千里とケイは房総百貨店の処理と管財人が決まる前の段階から
「あそこかなり傷んでいるし、買い取ったら体育館は建て替えない?」
「それがいい気がする」
などと話していた。実はフロア部分ではないので放置しておいたが、トイレで雨漏りが起きているし、用具庫の壁に、選手の1人が“うっかり”穴を開けてしまい、取り敢えずアクリル板を張っている所もある。
それでこの体育館を残したまま、付属の宿舎(現在合宿所として利用している)と体育館裏手の廃プール(むしろプール跡に近い)を取り壊し、その宿舎や駐車場の土地の所に新しい体育館を建て、完成後に旧体育館は取り壊して駐車場にする計画を進めていた。建築費は千里が“知り合いの建築業者”に見積り依頼したところ
「材料費で1億円くらいかなあ。PC工法の練習しておきたいし」
と南田兄は言った。
「とりあえずまともな見積り出してくれない?」
「んじゃ7億円くらいで」
とアバウトなことを言って、結局前橋さんがもっともらしい見積書を作ってくれた。千里はそれをケイに示して“これも大した金額じゃないし”1人で払うねと言っておいた。
千里は南田兄弟から、建て替えやるなら、材料の木材を調達するのにいっそ山を1つ買わない?と言われて栃木県奥地の檜が多数生えている山を買った。これが2016年夏のことである。ここは本当に山奥で、過去に存在した切り出し用の道が途中多数の倒木で通行不能になってアクセス手段が無く、長期間放置されていた。坪単価もわずか100円!だったが、木は良い物が生えていた。
この山を買ったのと同時に倒産寸前だった同県内の製材所に、借金を全部返してあげるし、従業員もそのまま残っていいからと言って資金提供し、実質買い取った。社長さんと息子の副社長さんも所長・副所長として残ってもらった。給料も上げて、辞めていた職人さん数人にも戻ってきてもらった。自分は年だからと言って息子さんを入れた職人さんもいた。また隣接していた潰れた町工場跡も所有していた不動産業者から買い取り、工場の屋根を修繕して雨漏りを塞いで、建物を自然乾燥のための材木置き場にし、乾燥用の部屋も設置した。
どんな山奥でも“播磨工務店”のメンバーには全く関係無い。ひょいと飛んで行って、木を4本くらい抱えて製材所まで運び込む。一応伐採した後2ヶ月間は現地に置いて“葉枯らし”をしてから持ってくるように言ってある。伐採や運搬の作業はとっても楽しいらしく、若い清川と万奈が競争するように運んでいくので、夜間にたくさん木が積み上げられているのを見た製材所の所長(元社長)は唖然としていた。
(危険なので夜間には製材所に人間は近寄らないよう言ってある)
なお、運搬は、途中で落とした子がいたので7本以上一度に運ぶのは禁止した!
冬季は葉枯らしの効果はあまり無いので、間伐・枝打ちなどの作業をかなり進め、春先には植林を行ったが、これもまた楽しいらしかった。
この製材所で生産する木材は天然乾燥と人工乾燥を組み合わせて、2017年春頃には利用可能な状態になっていた。多少?作りすぎたが、小浜のミューズシアターや熊谷の郷愁リゾートの建築に転用した。千城台体育館の床に使用するフローリング材は絶対に曲がってはいけないので、最も早い時期に伐採し約1年乾燥させた物を使用した(人工乾燥を組み合わせているので天然乾燥を20年程度やった品質になっている。ただし色合いは本当に20年乾燥させた物より落ちる)。
大量に出る樹皮・小枝・葉、また間伐材については「餅は餅屋」かなと考え、製紙会社を実質所有している“歓喜”さんに相談すると「どんどん持って来て」と言ったので、無償で引き取ってもらうことになった(普通は処分代が掛かる)。木材の人工乾燥燃料(樹皮は油分が多い)として自家消費する分を除いて、南田兄弟に運ばせたが、南田兄弟が彼を怖がっていた。
「君たちは私の配下にいるんだから、変なことはされないよ」
と言っておいたが、ライオンの前に餌を置いて来る気分だったらしい。
なお樹皮は状態の良いものは屋根材として利用し、他は堆肥や土質改良剤にしたり、ガーデニングなどに使うバークチップにしたり、また薬品の原料などにもなるらしいが、結構大規模な加工施設が必要らしい。むろん小枝や間伐材はパルプの原料に使える。どうも歓喜さん側からすると、樹皮の処分代とパルプ原料とのバーターのような感じだったようである。
2016年12月、千里は12月18日・大牟田市の試合で今年のWリーグの試合を終えた。次はオールジャパン(1/2-8)、オールスター(1/14)をはさんで、Wリーグは1月21日から再開される。
Wリーグが休止期間に入ったことから、千里は渡辺純子・鞠原江美子(Red Impulse)・湧見絵津子(Sandbeige)・高梁王子(Joyful Gold/ Kentucky Venuses)・佐藤玲央美(Joyful Gold)と6人で月山の神殿裏にある秘密コートで恒例の高地トレーニングをした。今回は12月20-22日の3日間みっちり練習をした。
千里・絵津子・王子 vs 江美子・純子・玲央美 という組み合わせで3×3ルールの試合も随分やった。
標高1984mの山の上(0.8気圧)で運動していて息苦しくないように鍛えれば試合中フル稼働しても倒れることはない。食事を作ったり洗濯をしたり、また試合の時の得点係などは、出羽の小天狗さんたち(大半が♀)と、京平のお友だちの小狐さんたち(♂♀半々)がやってくれた。
千里たちが休憩している間に、小天狗 vs 小狐 の試合もやっていたが、なかなか楽しかった。
「そちら空を飛ぶの禁止!」
「そちら4本足で走るの禁止!」
などと応酬していた。
練習は12月22日(木)の夕方終了。各々の住まいまで佳穂さんに転送してもらう。千里は大阪の貴司の会社前に転送してもらった。
貴司は12月20日までバスケ協会の強化選手合宿をしていたのだが、21日午前中に大阪に戻り、21日午後と22日フルに会社で仕事をしていた。
19時頃、貴司が会社のビルから出てくる。
「お疲れ様。食事に行こう」
「あ、うん」
それで2人で電車で移動して、いつものNホテルに行く。いつものレストランに入り、
「予約していた細川です」
と告げる。特上の席に案内される。お馴染みのソムリエさんが出てきて
「結婚記念日、おめでとうございます。本日はモエ・ドゥ・シャンドン、2012年のヴィンテージでございます」
と言って栓を開け、2人のグラスに注いでくれた。
「2人の愛に乾杯」
と千里が言ってグラスを当てる。貴司は笑顔だが何も言わなかった。でもいいことにした。
(2012年12月22日が“結婚式予定日”だったので2012年物のシャンパンを用意してもらった)
今年は“非結婚”4周年・花婚式なので千里は貴司にひまわり柄の万年筆を贈った。花柄ではあっても、男性でも使えるおとなしいデザインである。
「海外出張多いでしょ?これは飛行機の機内でも使える万年筆なんだよ」
「へー。それは凄い」
「普通の万年筆は飛行機の中ではインク漏れ起こしたりするけど、これはキャップをきちんと閉めている限り大丈夫。キャップを開ける時は念のため汚れてもいい場所で。たいていは大丈夫らしいんだけど」
「了解〜」
と言ってから貴司はバツが悪そうに
「ごめん。僕、ちゃんと用意していなくて。後でお花でも届けさせるから。でもどこに送ればいいかな」
と言った。
「直前まで合宿してたんだもん。仕方ないよ。じゃ市川ラボに」
「OKOK」
あそこに送れば千里が受け取れなくても、市川ドラゴンズの誰かが受け取ってくれだろう(この時期はまだ千城台体育館の建設は始まっていない)。
食事の後、今日はそのままNホテルの部屋で休み(純粋に休むだけでHなことはしない。貴司はまだ夏の浮気のおしおき中である)、夜中の10時頃、貴司を起こして「車内では寝てていいから」と言ってアテンザに乗せ、市川ラボに移動する。そして深夜0時から2時間ほど2人でバスケの練習をした。シャワーを浴びて2時半頃、一緒のベッドに入る(5cm空ける)。そして(12/23)朝4時頃千里は起きて、朝御飯の準備をし(御飯はタイマーで炊いている)4時半に貴司を起こして一緒に朝御飯を食べ、甘地駅まで送っていく。お弁当も渡し、5:11の列車に乗せて笑顔で別れた。
さて私も帰ろうかなと思っていたら、南田歓喜が居る。
「千里さん、僕らのアパートができたんだけど、見てもらえる?」
「すごーい!完成したんだ!」
それで彼をアテンザの後部座席に乗せて、アパートの場所まで行く。
「きれいにできたね〜」
鉄筋コンクリート3階建てのアパートがきれいに出来上がっていた。
1フロアに3部屋ずつだが、3階は女性フロアーで男子禁制とする。3階に住むのは前橋・七瀬・青池という話である。青池ちゃんは女性フロアーでいいのかね〜?と疑問は感じたが、まあ今更女を襲ったりはしないだろう。南田兄弟や九重などは、まだたくさん女と遊びたいお年頃だろうけど。
「今度は床をコンクリートにしたから、そう簡単には踏み抜いたりしないんじゃないかなあ」
と南田弟(鵜波)は言っている。
「あと鉄球は禁止にしなよ」
「じゃ千里さんが言っていたからと言って取り上げます」
「うん。そうしよう」
「でもアパート建てるの楽しかった。千城台の建築はまだ少し先になりそうだし、冬の間は林もメンテ程度だし、他にも建てるものない?1度、木造軸組構法とかもやってみたいなあ」
などと万奈が言っている。若い彼はきっとたくさん汗を流せて気持ち良かったろう。
「じゃ姫路付近に家を1軒建ててくんない?建坪20-30坪の小さなおうちでいいから」
と千里は言った。
「姫路で貴司さんと一緒に暮らすの?」
と南田兄が訊く。
「今私姫路って言ったね?姫路に何があるんだろう?」
と千里。
「自分で分からないんだ!」
「いつもの千里ちゃんだね」
それで彼らは取り敢えず50-80坪程度の土地を姫路市あるいはその近郊で探してくれることになった。むろん建築に使用する木材は栃木で切り出して製材した檜である。