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続いて毛利は翌日5月14日(土)の午前中、取り敢えず稚内から数日分の着換えだけ持って出てきた波歌を彼女のマンション前でキャッチし、金墨と一緒にマンションのラウンジで、メインボーカル問題を通告した。
すると波歌はあからさまに嫌そうな顔をしたものの、
「でもヤマトちゃん可愛いからなあ。私、あまり目立たないタイプだし、仕方ないですね」
と5分ほどで納得してくれた。
彼女に関しても、毛利が説得している所というビデオを撮りたいと言い、シナリオを書かせるからと言ったら
「分かりました。そのシナリオで説得されたことにします」
と言った。
「君、高校はどうするんだっけ?」
「私は退学してもいいと思ったんですけど、★★レコードの佐田常務が、芸能馬鹿にならないよう、高校くらいは出ていたほうがいいとおっしゃったらしいので、結局、その佐田常務の口利きもあって品川区のD高校に編入してもらえることになりました。コトリちゃんが通っている学校でもあるんですよ」
「ああ。それは心強いね」
「醍醐春海先生からは、学校まで送迎の車を出す時に、まとめて2人連れてこられるから効率がいいよと言われました」
「ちょっと待って、この案件、醍醐春海君も関わっているんだっけ?」
と毛利が驚いて言う。
実は相次ぐスタッフの離脱(最初から関わっているのは高平ADくらい)の反作用?で随分多くの人間が関わる状態になっていて、毛利や名古尾にも、もはや誰と誰が関わっているのか、よく分からない状態になりつつあった。佐田常務というのも今初めて名前を聞いた所である!
「醍醐先生は私の親戚なんですよ」
「そうだったのか!」
「このオーディションのこと教えて下さったのも醍醐先生で、私、先生から聞いていなかったら番組に気付かない所でした」
「それは色々な意味で運が良かった」
と言いながら、毛利は近い内に千里とも話し合っておこうと思った。
「醍醐先生からも言われたんですよね。私って歌はうまいけど目立たないって。実は学校とかでも『あれ?あんたそこに居たんだっけ?』と言われたりするんです」
「隠形(おんぎょう)の術かな」
と金墨が言う。
「あ、それ言われたことあります」
八島(やまと)は、その翌日・5月15日(日)の午後に都内のマンションに引越して来た。荷物をアルファードの荷室に積んで、お父さんが運転して石川県から東京まで運んで来たのである。
実は3人は(★★レコードの手配により)同じマンションの隣り合う部屋に住むことになった。801号が波歌、802号が優羽、803号が八島である。優羽は昨日の午後に引越を済ませている。
八島も波歌と同じようにマンションのラウンジで、話し合ったが、ここにカメラマンも連れて行き、本人と両親の許可を得て、通告シーンをリアルタイムで撮影させてもらった。
八島は
「私がいちばん歌が下手なのに、いいんですか?」
と戸惑うように言ったものの、メインボーカル頑張りますと言った。
これはほとんどそのまま放送されることになった。
なお、この日はマンションに3人が揃ったので、夕食は“引越祝い”と称して、3人と八島の両親も一緒に、焼き肉を食べに行った(資金は加藤次長が個人的に提供してくれた)。
なお、八島は中学生なのでお母さんも一緒にこのマンションの803号室に住み込むことになっている。(結果的には三つ葉の3人は803号室で一緒に八島のお母さんの手料理を食べることが常態化する)
八島のお兄さんは石川県の実家でお父さんと一緒に暮らすので、家族が男女分離!されることになった。
「デビューができなくなって家に戻る時は長女ではなくて次男になっているな」
などと八島が言うので、お母さんが不安そうに
「それほんとに性転換するつもり?」
と訊く。
「テレビの番組で広報しているのに3万枚が売れないということはないですよ」
と優羽が言うと少し安心していた。
「でもお兄ちゃん、私が実家に戻されたその頃には、お姉ちゃんになってたりしてね。だから兄と妹から姉と弟に転換」
と八島。
「それも私、ちょっと不安!」
とお母さん。
「お兄さんは女の子になりたい人?」
と波歌が訊く。
「周囲から『女の子になる気ない?』とかかなり唆されているけど、本人はその気はたぶん無いと思う」
と八島。
「スカート穿いたりしないの?」
「私の制服こっそり着ていたりしてたね」
「八島ちゃんの制服が入るんだ!」
「細いんだね!」
「ウェスト61だと言ってますよ」
「すごーい」
「だから向こうの学校の制服、『着てもいいよ』と言って渡してきた。ついでにスカートも何着かあげた」
「やはりふらふらとそちらに行ってしまったりして」
「でも、きょうだい揃って性転換ってわりとよくあるよね」
と八島が言うと、お母さんはまた不安そうな顔をしていた。
プロダクションに関しては、加藤次長がいくつかのプロダクションに内々に打診していたのだが、大手プロダクションの多くが、このユニットと競合するアーティストを抱えていて、あまりいい返事がもらえなかった。女性アイドルとしてはいちばん売れる年代なので、どこもその年代の女子(?)をスカウトしている。
∞∞プロ 山森水絵(2000)
○○プロ 森風夕子(2000)
$$アーツ Inviting Cats (2002)
ζζプロ 丸口美紅(1999)
##プロ 星原琥珀(2001)
§§ミュージック アクア(2001)
♪♪ハウス 松梨詩恩(2001)
&&エージェンシー Turquoise(2001)
@@エージェンシー 北野天子(2000)
それで焦っていたところ、5月16日の夕方になって、打診していたプロダクションのひとつ、ΘΘプロの春吉社長から直接加藤次長に電話があり、先日の女の子3人のユニットの件、もしまだ所属先が決まっていなかったら、ぜひ引き受けたいという連絡があった。
実はΘΘプロは“死の歌”の件で、とてもそういう新規の話を考える余裕も無い状態だった。青葉のおかげで、16日のお昼すぎくらいまでに事件が解決したので、春吉がメールチェックしていて加藤からのメールに気付き、連絡したのである。加藤は“まともなプロダクション”から連絡があり、ホッとした。名古尾・蔵田・ケイ・町添・佐田と電話で話して、ここに頼むことにする。
ΘΘプロには中学生歌手がいたのだが、あまり売れていなかったこともあり、昨年12月、高校進学を前に引退している。高校3年生の北野裕子も居るが、年代的には三つ葉(高2・高1・中3)とぎりぎり重ならない。また北野は安定した人気をキープしている上に歌よりドラマが中心でもあり、所属がTKRなので、★★レコードから歌手としてデビューすることになる三つ葉とは競合しないと春吉社長は判断したようである。むしろ裕子と競わせたいようなことを言っていた。それでこの後、北野裕子は久しぶりにCDをリリースすることにもなる。
5月17日(火)の午前中に加藤と町添が事務所を訪問して大筋の合意をした上で、その日の放課後、波歌・優羽・八島を呼び寄せ、3人がΘΘプロを訪問するところを撮影することになる。シナリオを書く時間が無かったので台本無しのぶっつけ本番になったが、3人とも充分な応答能力があることを見込んでの撮影である。
名古尾プロデューサー、毛利五郎、金墨円香が撮影係の人と一緒に事務所に入って行くと、国定忠治のコスプレをしたシアター春吉社長、大きな杯まで持って黒田武士のコスプレをしたターモン舞鶴取締役が入ってくるので3人は呆気にとられていた。特に八島など「この事務所大丈夫か?」という感じの不安げな表情をしている。最初に動いたのが優羽だった。
「お控えなすって、お控えなすって」
と片手を突き出して言う。
それに対して国定忠治の春吉社長は
「手前はしがない旅役者にございます。そちらこそお控えなすって」
と言う。
「こちらはまだデビューも決まっていないアイドルの卵です。どうかお控えなすって」
と優羽。
「そうですか、ではお言葉に甘えて控えます」
と春吉。
「手前たち3名、生まれは蝦夷・加賀・相模の港町にござんす」
「おお、みな港町の女子(をなご)であったか」
というやりとりまであった所で突然事務所の(外との)ドアが開いて大堀浮見子が入ってくるが、その格好に全員度肝を抜かれる。
「あら、あなたたち可愛いわね。全員私の子猫ちゃんにおなり」
と、キャッツの猫のコスプレをした浮見子は言った。
それで水入りになった感じで、完璧に入室するタイミングを逸した所属タレント・北野裕子(高3)が頭を掻きながら奥の部屋から出てくる。裕子は紫色のツインテールのウィッグをつけ『ご注文はうさぎですか?』の天々世理世(リゼ)のコスプレをしている。リゼの愛用銃!? Colt M1911A1(45口径)まで手に持っている。
「まあお茶でも飲みましょう。ケーキも買っておいたよ」
と言うと歓声が上がり、全員会議室に入る。
事務の女性3人が手分けして全員にコーヒーとケーキを配った。
自己紹介する。
3人は一瞬視線のやりとりをしたが、優羽が名刺!を出して配る。
実は§§プロ時代に使用していた名刺で名前とメールアドレスのみが印刷されている。本人手書きの小鳥の絵も入っている。
「月嶋優羽(つじま・ことり)と申します。高校1年生です。歌を歌うのとギターを弾くの、ダンスをするのが好きです。よろしくお願いします」
と挨拶する。
春吉社長が名刺(読み仮名が振ってある)を見て
「苗字も名前も変わった読み方するね」
と言った。
名古尾プロデューサーが一瞬ギョッとしたが、ここで苗字の読み方を知らなかったと発言するほど未熟ではない。
「ええ、そうなんです。名前も読めないですけど、苗字も難しいですね」
などと名古尾は言っているが、金墨が呆れたような目で見ている。
「君、どこかで見たことある。元モデルか何か?」
と大掘浮見子が優羽に言う。
「はい、アクアとか品川ありさとかのバックダンサーをしていました」
「あっ、信濃町ガールズのメンバーだ!」
「12月いっぱいでやめたんですよ。それで夏頃にまたどこかのオーディションを受けるつもりだったんですが、偶然こちらのオーディションに参加することになってしまいまして」
「偶然というと?」
と訊かれるので当日の状況を説明すると、春吉社長や舞鶴取締役、北野裕子は大笑いしていた。優羽は大掘浮見子は頷くだけで笑わなかったので、この人はできるぞと思った。
話が一段落したところで今度は八島(やまと)が、持っていたバッグの中からレポート用紙を1枚取り出すと、サインペンで
《雪丘八島》と書き、その上に《すすぎ・やまと》とふりがなも振った。
「雪丘八島(すすぎ・やまと)と申します。私も読みにくい名前で済みません。ついでに電話で名前を伝えると、まず全国苗字ナンバーワンの鈴木さんと思われてしまいます。私は中学3年生です。石川県の中学に通っていたのですが、都内の中学に転校してきました。私も歌とダンスが大好きです」
名古尾さんがまた一瞬「うっ」という感じの表情をする。金墨は困ったような顔をしている。
そして最後に波歌(しれん)は何も道具立てが無かったが、こう言った。
「すみません。名刺を切らしておりますが、かやま・しれんと申します。高校2年生です。私も読みにくい名前なのですが、漢字は、花時計の花に山口県の山。この苗字は“はなやま”と読む人が多いんですが、うちは“かやま”なんです。名前の方は“電波”の波に“応援歌”の“歌”です。“波の歌”で“しれん”と読みます。実は波打ち際で歌を歌うシレーヌにちなんだ名前なんです」
「なるほど!それでその字で“しれん”か!」
と春吉さんが驚いたように言う。
波歌はたぶん優羽と八島が自分の名前を説明していた間に必死に説明の仕方を考えていたのだろう。
例によってまた名古尾さんが『嘘!?』という表情をした。金墨はとうとう一瞬笑いそうになったのをこらえた。
3人の名刺はその日の内にふりがな付きで作られることになる。三つ葉のエンブレム入りにする。エコっぽい薄緑色の地(実際再生紙を使用している)に三つ葉の模様が描かれ
波歌:上の葉が青
優羽:左の葉が黄
八島:右の葉が白
となっている。また波歌の名刺には(優羽が描いてくれた)人魚の絵、優羽の名刺には小鳥の絵、八島の名刺には本人が描いた戦艦大和!の絵が描かれていた。
八島は本人が男の子になるのもいいなと言っているようにわりと男っぽいものに趣味があるようである。お人形などは持っていなくてプラモを作るのが好きなどと言っていた(おかげで彼女の所にはファンから大量にプラモが贈られてきて「とても全部組み立てる時間がない!」と言っていた)。