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それは3月のことだった。
その日の朝、公世が姉と一緒に母の車で海岸沿いのポイントまで来ると司が走ってくるのを見た。
「おはよう」
「おはよう」
「きみちゃんももしかして早朝ジョギング?」
「そうそう。一緒に走ろうか」
「うん」
それで公世と司は弓枝の自転車伴走で一緒に走り始めた。むろん公世の方がずっと脚力があるが、司も体力はあるので必死に付いて行く。それで司は公世に会う前から走っていた2kmと合わせてこの日は12km走った。
(傍目には女子が2人でジョギングしているように見える)
「ごめん。ぼく足手まといにならなかった?」
「ううん。ペースは落とさなかったけど、つかさちゃんも頑張ったね」
「早朝ジョギング時々やってるの?」
「毎朝と毎夕やってるよ」
「さっすが!」
と司は感心する。全国大会で5位になる人は違うなあと思った。
「ねね。朝だけでも一緒に走ってもいい?」
「いいよ。お互いがんばろう」
「うん」
それで司も毎朝10km走ることになったのである。
小糸は朝起きて顔を洗い(小春に教育されてこういう習慣ができた)、ふと玄関から外を見たのだが、母(小春)の所に来て言った。
「ねえ、お母ちゃん、外にヒグマがいるんだけど」
「へ?」
(小糸は小春が養女にした)
小春も起きて玄関の窓から外を見ると、成獣と思われるヒグマが門の扉と相撲を取っている。というか“てっぽう”をしている感じだ。コリンも物音に気付いてやってくる。
「どうしたの?」
「ヒグマなんだけど」
コリンと小春・小糸は台所を共有するお隣さんである。
(再掲)
見ている内にヒグマは門扉を壊してしまい、庭に入ってきた。家の玄関に体当たりする。小春とコリンは玄関の間に通じる戸も閉めて3人で一緒に小春の部屋に入り、部屋と台所の間の襖(ふすま)も閉めた。
しかし玄関を突破されたら、あとはごく簡単に突破されるだろう。
「お母ちゃん怖いよぉ」
「千里を呼ぼう」
とコリンが言って電話を掛ける。千里Rは庭に瞬間移動でやってくるとヒグマを瞬殺した。
「もう大丈夫だよ」
と千里がコリンたちに声を掛ける。3人が庭に出てみるとヒグマが倒れて絶命している。
「千里さん強ーい」
と小糸が感心している。千里は九重を召喚すると
「このヒグマ、早川ラボに持ってって血抜きして」
と命じた。
「へいへい」
「ついでにそこの門の扉と玄関を修理してくれない?」
「その門の扉は直すの無理ですよ。新しいのに交換しましょう。ついでに玄関も」
「じゃよろしくー。お金は前橋さんからもらって」
「私、あの人苦手〜」
「あはは」
ということで千里は小春たちに手を振るとジョギングで帰って行った。
なお門扉も玄関ドアも今までの木製のを丈夫なアルミ製品に交換してもらい、モニターカメラも付けたので安心度が上がった。また窓も全てサッシに交換した。
千里がパジャマ代わりのトレーナー姿のまま外から走って戻ってきたのを見て母が訊いた。
「あんたそんな格好でどこ行ってたの?」
「軽い運動」
「ジョギングか何か?」
「ううん。ヒグマ一頭仕留めてきた」
「は?」
今の時期は冬籠もり明けでお腹を空かせたヒグマがよく出没する。きっとキツネの匂いがいかにも美味しそうに思えて侵入を試みたのだろう。
千里たちは熊の肉については熊カレーで売ることにし、骨については一部を熊骨ラーメンを作っているお店に売り渡したほかは焼いて余分な肉片などを除いた上で、勾陳がコネを持つ資材企業に“無料”で引き取ってもらった。牛骨同様、建築資材になるらしい。
普通なら引取料が必要らしいが、それを無料でよいことにしたのは勾陳の顔である。ただしきれいに焼いておくことが必要条件でこれは歓喜の友人たちに確実にやってもらった。
この引き取りをしてくれていたのは実は八重龍城(霊能者としては“歓喜”として知られる:千里の眷属の歓喜(南田兄)とは別人)であった。勾陳はしばしば彼のパシリをさせられているので、その縁で依頼してみたらOKしてくれた。
「あれ?お前誰かの眷属になったの?」
「まあ虚空さんがもう少し大きくなるまでは遊び相手になるかな」
「ほほお。お前が屈服したというのは相当の腕だな」
「何で私が負けたの分かるんです!」
「面白そうだから協力してやるよ。それはタダで引き取る」
という訳で、かなり強力な霊能者が現れたことを最初に知ったのが歓喜であった。勾陳に(彼を殺さずに)勝てるということは最低でも桃源や虎月より強いことになる。
そういう訳で残ったのは熊の皮であるが、これはきーちゃんが杉村八助(真広たちの祖父)に紹介してもらい札幌の革製品業者に持ち込んだら喜んで高価買い取りしてくれた。これだけで熊肉の解体費を上回った
「それ多分年に10頭から20頭くらい入ると思うんですが」
「何枚でも買い取りますから持って来て下さい」
このメーカーが豊富な材料をもとに販売した熊皮財布は人気商品となり、この業者も大きな利益を得た。
「柚美ちゃんの体調もかなり回復したみたいね」
と貴子は柚美のドライバーを務める裕恵に言った。
「はい、今は大学の許可を得てレポートの提出で受講に代えているんですが、5月の連休明けからは大学に通おうかなと言っておられます。私がドライバーと授業中の赤ちゃんのお世話とします」
「あんた子供に懐かれるから子供の世話にはいいかもね」
「それだけが私の取り柄なんですよね」
「少し落ち着いたら、あんたたちの子供を作ろうか」
「はい?」
「それで、ハイジが産む?それとも裕恵ちゃんが産む?」
「私たちが子供産むんですか〜〜?」
とハイジも裕恵も驚いて言った。
「裕恵ちゃん、性転換手術の痛みと出産の痛みのどちらが辛かったかレポートする世界初の女性になってみない?」
「あのぉ、私子宮無いんですけど」
「子宮くらい無くても妊娠の手段はいくらでもあるよ」
「そうなんですか!?」
(むろん小登愛の子供を産ませるつもり:貴子としては2人とも妊娠してもよい)
4月29日のパーキングサービス札幌ライブに参加した司は、4月30日の夕方帰宅するのに留萌行きの高速バスに乗ったのだが、途中で母から電話が掛かって来た。
「あんた今どこに居る?」
「どこだろう?高速を走ってるけど」
「次はどこで停まるの?」
「えーっと」
隣で雅海が「次は砂川吉野」と言う。
「砂川吉野だって」
「だったらそこで降りて。ピックアップするから」
「うん。何かあったの?」
「厚真町(あつまちょう)の祖母ちゃん、あんたには曾祖母ちゃんになるけど、が亡くなったのよ」
「あらあ」
「お葬式に行くから」
「分かった」
と言ってから
「帰りはいつになる?」
と訊く。
「まだ細かい日程決まってないけど、5月2日が友引だから、2日に通夜して3日に葬式になると思う」
「ぼく2日の学校は?」
「休んで。学校には連絡しとく」
「分かった」
せっかく部活ができる2日にぼくが休んじゃったら(キャプテンの)菅原君が文句言いそうだけど、お葬式なら仕方ないよね、と司は思った。
それで司は車内でトイレに行った上で、高速の砂川吉野バスストップで運転手さんに
「急用ができたので」
と言って途中下車し、この道(道央道)とここでクロスする道道115号側に移動した。
(とても簡単な回文:道道、道央道、道東道)
30分ほどで父の車に拾ってもらった。この車に乗っているのは、母だけである。
「ぼく男の子の服に着替えたほうがいい?」
「いやそのままでいい。女の子になってしまったものは仕方ないから親戚にお披露目だな」
「きゃー」
そんなことしたら、ぼくもう男の子には戻れない、と思う。
(既に戻れない所までとっくに来てたけどね)
札幌の先の輪厚(わっつ)PAで兄3人と合流する。一番上の航(わたる)兄は現在札幌市内の会社に勤めている。拓(ひらく)兄は旭川の大学生、隼(はやと)兄は旭川の専門学校生である。
拓が自分の車(ホンダロゴの中古車(*6))に隼を乗せて札幌まで走り航を拾った。航は休日だからと思ってビールを飲んでいたので車が運転できなかった。でも車はここで航の車(ファミリア 2000年型)に乗り換えた。隼はまだ免許を取っていない(自動車学校に通学中な)ので、拓がひとりで運転せざるを得ない。
輪厚(わっつ)PAで航が買っていたお弁当とおやつの一部をこちらの車にももらった。
2台の車は休憩したあと、道央道を南下、苫小牧東ICで降りて、厚真町に向かった。
(*6) ロゴはフィットの先代の車。シティの後継。
葬儀の日程は母の予想通り、2日が通夜で3日が葬儀となった。つまり4/30, 5/1, 5/2 の3日間現地に泊まることになる。曾祖母の遺体は冷蔵室に入れられているということで、司たちは冷蔵室の前でご挨拶しただけで、その日は旅館に入る。
喪主になる司の大伯父は、集まってくれる親族のために旅館を取ってくれていた。留萌組は6人なので隣り合う2部屋(8畳+6畳)が取られていた。両親と兄弟4人と考えたのだろうが、母が
「司はこちらで寝なさい」
と言って、兄たちに布団をこちらに移動してもらった。
司は
「ぼく疲れたから先に寝る」
と言って、浴衣に着替えると、布団に潜り込み眠ってしまった。両親は交替でお風呂に行ったようである。実際司はライブの疲れ+移動疲れで本当にすぐ眠ってしまった。
「つかちゃん、つかちゃん」
と言って母に起こされる。外はもう明るくなっているが、まだ日出前のようである。携帯を開いてみると3:50だ。
(厚真町の2005.5.1の日出は4:27)
「お風呂行かない?」
「こんな時間にお風呂やってるの?」
「ここは源泉掛け流しだから、24時間営業なんだって」
「へー」
「一緒にお風呂行かない?今の時間なら人は少ないよ」
「行く」
母にこの身体を見られたら何か言われるかも知れないけど、いきなり親戚中の前で披露するよりはマシだ。
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女子中学生・春ランラン(5)