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■夏の日の想い出・虹の願い(9)
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(C) Eriko Kawaguchi 2022-04-09
11月上旬、町田朱美(本名:落合茜)はコスモスの所に来て言った。
「実はうちの姉が♭♭音大に合格しまして」
「おめでとう!もう入試やってるんだ?」
「総合選抜というんですよ。取り敢えず入ってもらって、本人の実力と傾向を見て最終的にどの専攻になるかが決まるらしくて。試験もオンラインで受けられるんです」
「へー」
「11月から始まって3月まで毎月1回、最大3回まで受験できるんですが」
「面白い選抜方法だね」
「その1回目で合格したんですよ。姉は8月に行われた事前実力テストでも上位だったので、今回はその再確認になったみたいで」
「優秀じゃん」
「でも総合コースは最終的にどの専攻に行くことになるか分からないから、姉はできたらピアノ専攻に行きたいから、あくまでここの総合コースは滑り止めで」
「なるほど。本命は?」
「東京藝大のピアノ専攻に」
「凄いじゃん!」
「入れたらいいなあ、ということで、それは夢物語なんです」
「あはは」
「特に姉は音楽以外の一般科目が成績悪いから」
「それだと国立(こくりつ)は厳しいかもね」
「一応東京藝大の願書は出しますけど、そこは多分通らないという前提で芸大の合格発表の前に入学手続きの締め切り日が設定されている私立を受けます」
「まあだいたいそういう設定になってるよね」
「##大学と∫∫音楽大学を受ける予定です。あと総合で合格している♭♭音大のピア専攻一般入試も」
「ああ、プロの演奏家を目指すなら、その付近だよね」
「∫∫音大が第1志望らしいです」
「そこ、ひょっとしたら芸大より凄いかも」
「姉もそう言ってます。芸大は学費が安くて志望者が多いから通りにくいけど。でも音楽大学って、学校によってはかなり酷い所もあるみたいですからねー。かえって教育大学の中にみっちり鍛える所もあるみたいだし」
「そのあたりの批評は避けるけど、チェリーツインのピアニスト、桃川春美ちゃんとか、北海道教育大学の特設音楽課程(通称“特音”)の出だから」
「そこは凄いレベル高いと聞いたことあります」
「それで社長、2つお願いがあるんですが」
「うん」
「姉が東京の大学を受験する時に、オンラインで受けられる所はそれで受けますが、リアルにこちらに来て受験しないといけない所もあって、その時に、うちの寮に泊めてもいいでしょうか?」
「いいよー。寮のグランドピアノも使っていいよ。花ちゃんに言っとくね」
「ありがとうございます!」
「楽器の演奏者って、練習を1日休んだだけで、その落ちた実力を回復させるのに1週間かかると言うもんね」
「姉もそんなこと言ってました。私なんて週に3回くらいしか弾かないから下手なままで」
「茜ちゃんは、プロのピアニストを名乗れる程度の実力あると思うけどなあ」
「それは褒めすぎです」
「但し条件がある」
「はい」
「東京に出てくるのに、公共交通機関を使わないこと」
「だったら、父に車で送ってもらいましょうか」
「ホンダジェットを飛ばせばいいじゃん」
「いいんですか〜?部外者なのに」
「それを通して君が感染したら困るからね。外食もこちらに来る1週間前から禁止」
「分かりました。言っておきます」
「前日に家族全員コロナの感染検査を受けてもらう」
「それは全く問題ありません」
茜は言った。
「あと1つ、滑り止めの♭♭音大に合格したことで、4月から東京近辺で暮らすことが確実になったんですが、私、姉に一緒に暮らさない?と提案したんです」
「ほぉ」
「私が東京近辺に中古住宅を買って、防音室を作って、そこにグランドピアノ入れて毎日練習できるようにするんですよ」
「それは必要だね。ふつうのミュージシャンならクラビノーバでもいいけど、音大生にはグランドピアノが必要だもん」
「それでその家を買って防音工事ができたら、私、退寮してそこに引っ越していいですか?」
「もちろん、もちろん。但し仕事の都合があるから東京23区内にして」
「分かりました」
「高崎線の沿線は良くないなあ。目黒とか立川とか調布とか川崎とか、まあ大学の近くがいいよ。交通機関を使わずに通学できる所」
「あはは」
高崎線の近くというのは、つまり啓太の所に行きやすい場所!ということだ。
「それは自粛します。今考えてるのは江戸川区なんですよ。都区内では土地相場が安いから」
「ああ、それはうまいと思う。高崎線じゃないし」
と言ってからコスモスは茜に言った。
「それとこちらからお願いなんだけど、その家に岬ちゃん(東雲はるこ)を居候(いそうろう)させてあげられないかな」
「それこの話が社長に許してもらったら岬に話してみるつもりでした」
「あの子は精神的に不安定だからさ、茜ちゃんが付いてないと心配で」
「なんかいつも心に不安を抱えてるんですよねー」
「ピアノはどうするの?こちらで1台買う?」
「実家のを移動してこようかなあと言ってたんですけどね。ピアノ弾くのは姉と私だけで、兄はずっと金沢に住んでて、元々音楽音痴でグランドピアノとアップライトピアノの区別も分かってない人だし」
「いや、それ音楽してる人でも値段が違うだけの同じ楽器と思っている人がわりと居る。リコーダーとクラリネットくらい違う楽器なのに」
「それも似たようなものと認識してる人いると思いません?」
「いる!」
「母も弾かないんですよ。エレクトーンなら弾けてグレード6級持ってるけどピアノはタッチが重いから無理って言うんですよね」
「6級なんて実質プロレベルじゃん!でも小さい頃から弾いてた人でないと結構ピアノは大変なのよね」
「それで子供には全員3歳になったらピアノ教室に行かせたんですよ。兄は挫折したんですが」
「弾く人がいなくなるなら、お父さんさえよければ、持って来てもいいかもね。実家ではピアノはどういう場所に置いてるの?」
「姉が小学4年生の時にピアノコンクールで県大会3位になったご褒美にグランドピアノを買ってもらえることになったんですよ。でも家の中にはとても置けないからそのために離れを建てたんです」
「大変だね!」
「敷地が狭いから大きな離れは建てられなくて、広さは8畳なんですけど、屋根の高さは2階建ての高さにして。天井を高くすることで音響がよくなるんだと父は言っていました」
「お父さんは音楽するの?」
「オーディオマニアなんです。クラシックのLP/CDがたくさんありましたよ」
「それで茜ちゃんもクラシックに強いんだ?」
「強いというほどではないですけどねー。ただうちの家ではいつもクラシックが流れてて、父がこれは誰の指揮の何とか楽団の演奏で、この時のコンサートマスターは誰々でとかよく解説してました」
「いい環境で育ってるじゃん」
「母はSMAPとか聴きたいけど、父は音程の合ってない歌は気分悪くなるといって」
「いや、それたとえじゃなくて、本当に気分が悪くなる人はわりと居る。岬ちゃん(東雲はるこ)がそうでしょ?」
「音感がいい人は0.5Hzくるってても耐えられないみたいですね」
「楽器は何置いてるの?」
「Yamaha C3Xです。他に母が弾く古いエレクトーンでHS-8というのもあります」
「物持ちがいいね!」
HS-8は1987-1991年に販売されていた機種なので、30年は経っていることになる。動いているのが驚異だ。コスモスにとっても初めて弾いたエレクトーンである。その後姉(メロディー)が高校に進学した時にSTAGEAに乗り換えている(つまりEL-90をスキップしている)。
茜は言う。
「姉(翠)はどうせならS4Bとか買って欲しかったみたいですが、S4Bみたいな本格的なピアノを置くには30畳くらいの部屋が必要だけど、Cシリーズなら狭い部屋で聴いても大丈夫だからと言って。それでも8畳は欲しいと言ってました。でもC3とS4って大きさはほとんど同じですけど、性質が全く違うみたいですね。値段も倍するけど」
「お父さん、ほんとによく分かってる」
とコスモスは感心していた。
「でも4月から住むなら、防音工事もあるから、年内には買わないといけないですよね」
と朱音が言うと、コスモスは少し考えてから言った。
「土地だけ買って、仕事の速い工務店に、自由な設計で建てさせればいいよ」
「間に合います?」
「C3を置くには、お父さんも言う通り、最低8畳程度の部屋が必要だと思う。でも中古住宅で8畳の部屋を持つものなんて、滅多に無いよ」
「そうかも!」
「江戸川区ならどこでもいい?」
「どうせ車でアクセスすることになると思うから、どこでもいいです」
「じゃ、誰かに土地を探させるよ。どっちみちあんたはとても時間無いでしょ?」
「それどうしようと思ってたんですよ」
「じゃ、3LDK+8畳以上の部屋が取れるという条件で。200坪くらいあればいいかな」
「そんなに必要ですか!?」
朱美も忙しいし、姉も受験で忙しいので、コスモスと茜は話し合い、工務店の誰かを朱美の実家に行かせて、御両親と話し合ってもらい、まず家の設計図を書き、それが建てられる土地を探そうということした。
そこでコスモスは播磨工務店!の前橋に電話してみたのだが、彼女は今建設中の社員寮の方で(みんなが勝手なことをしないように)“監視”しているので、七瀬に“監視”させて、南田(社長)にやらせますと言った。
「南田さんで大丈夫?」
「私や七瀬が付いてたら大丈夫です。青池さんがいちばん確かだけど、あの人は豪邸みたいなのにしか興味無いから。小さな家は適当になりがちなので」
「青池さんって、信頼できるけど気まぐれだもんね〜」
それで、南田がちょうど11月13日に青葉の家の引き渡しに行くので、それが済んだら、そのまま宇ノ気(うのけ)に回ってもらい、それで朱美の両親と話し合うことにしたのだった。むろん七瀬さんにお目付役をしてもらう。
実はこの時期、播磨工務店は青・白とも別件をやっていて、住宅建設グループでは南田のチーム(赤組)だけが空いていたのである。(ビル建設担当の黄も§§ミュージックの社員寮をやっている)
ところで『時のどこかで』や『ヒカルの碁』の制作をした、ΛΛテレビの和田プロデューサーから、
「アクアちゃん、2-3月くらいにでも時間が取れませんか?」
という話が来た。
「アクアは3月までは、『少年探偵団V』を撮っているので」
「ああ。そうか。その後でもいいですから、1ヶ月くらい時間を頂けませんかね?どうしてもアクアちゃんがダメなら常滑舞音ちゃんでもいいですが」
「それどのくらいの負荷になります?」
「1ヶ月くらいだと思うんですよ。その間にテレビのレギュラーとかに出たりシングルの制作したりするのに多少抜ける程度は構いません」
「映画か長時間ドラマですか?」
「ゴールデンウィークか、間に合わなければ夏休みに映画の形で公開したいと思っているんですよ。制作費は2億円くらいを考えているので主演の方のギャラは3000万円くらいを想定していたのですが」
「舞音なら3000万でもいいですよ。長い付き合いですし」
「やはりアクアちゃんはそのギャラでは厳しいか!」
「ゲスト出演する程度なら」
「あ、それ是非お願いします」
ということで、常滑舞音主演の映画が制作されることになったのである。
「何か原作のある映画ですか?」
「実は1963年のフランス映画『アイドルを探せ』のリメイクなんですよ。それで様々なアイドルにワンカット程度でもいいから出演してもらおうというので、あちこちのプロダクションに声を掛けている所で」
「ああ、それなら主演はそれなりのパワーがある人でないとダメだ」
「そうなんです。これは“大物アイドル”にしか務まらないんですよ。考えてみたんですが、アクア(20)、常滑舞音(16)、七浜宇菜(18), ビンゴ・アキ(17)、あたり。大内小猫(14)だと若すぎるんですよね。羽田小牧(14)も若すぎるし、彼は最近、女の子役は嫌ですと言っているし」
「アクアも男の子なんですけど」
「でも自然に性別が変化して女の子になっちゃったんでしょ?時々あることらしいですね」
まあ、常滑舞音で良かったようだ!
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