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■夏の日の想い出・虹の願い(3)

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「専門家に鑑定してもらった所、薬師如来は室町時代の仏師・円剛の作ではないかということ。十二神将は恐らくその弟子の作品だろうと言われました」
 
「これとんでもなく高価なものという気がする」
 
「重さは、中央の薬師如来が約110kg, 周囲の十二神将は各8-12kg、全部合わせて240kgくらいで、その内の金(きん)の重さは約230kg。金(きん)の価値だけでも、20億円くらい。美術品としての価値を考えると100億円くらいというのが鑑定士さんの意見でした」
と社長は笑顔で解説する。
 
「うちの会社は明治時代に大きく発展したんだけど、その時、銀行からお金を借りるのに担保を求められてこれを見せたら、いくらでも貸してくれたらしいよ」
「へー!」
「もうお金は返して担保権も消滅してるけどね」
 
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「なんか凄い目の保養だ」
とスピカが言っている。
 

「あのぉ、写真とか撮ったりしてはいけませんよね?」
「いいよいいよ。但し10cm程度以内まで近づくと警報が鳴るから気をつけてね」
 
というので、みんな写真を撮っていた。ハイライト・セブンスターズが仏像の前に並んだ所をスピカが写真を撮ってあげて、ドリーム・トラインが並んだ所をナナが撮ってあげて、ナナが仏像の前に立った所をヒロシが写真に撮ってあげた。
 
「いや、すごい体験をした」
と言って、全員引き上げる。
 
そして、美術室を通り、図書室を通って、玄関まで出た所で、何か揉めてる!?
 
「どうした?」
と社長が声を掛けた。
 
「はい、それが」
と執事っぽい人(演:秋川是則)が答えて、説明した。
 
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「さきほど、社長宛に速達が届きまして“至急開封のこと”と書かれているので何事かと思いまして私(わたくし)が開封しました。そしたら、これなのです」
 
と言って見せるので、結果的にナナたちにも見えた。そこには大きな文字で、このような文章がプリントされていた。
 
《村正岩次郎氏所蔵の薬師如来像を偶然にも拝見した。大変素晴らしいものだと思うので、我がコレクションに加えることにした。ついては御社創立記念日の2月6日に頂きに参る。なお十二神将もお頭(かしら)が居ないと寂しいだろうから一緒に連れて行くことにする/怪人二十面相》
 

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村正社長は、千代田区采女町の明智探偵事務所を訪れた。
 
「お電話でも申したように、明智は今政府からの依頼でポーランドに出張しているんですよ」
 
と応対に出た文代夫人(演:山村星歌)と小林少年(演:アクア)は申し訳無さそうに言った。
 
「ええ。でも助手の小林さんも大変な名探偵であると聞いております。最初、警察に行ったのですが、警察では犯罪を未然に防ぐための警備とかまではできないと言われまして。警備会社に相談してくれと言われたので、警備会社にも一応依頼して、現在ガードマンさんに24時間交替で警戒してもらっています。でも警備会社さんも相手が二十面相では、自分たちの手に余ると言われまして、それでやはり二十面相に対抗できるのは、明智探偵だけだと聞きまして」
 
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「取り敢えずお話だけでも聞きましょうか」
 
それで村正氏は、黄金の薬師如来・十二神将像の概要と、聞いている範囲のいわれ、また鑑定家に見てもらって、金の含有率が約95%で純金に近い素材でできていること、金の価値だけで20億円、美術品の価値は100億円と言われたことも語る。
 
まずは実物も見てもらいたいということになり、花崎まゆみ(元原マミ)に留守番を頼んで、文代と小林は村正邸に出掛ける。
 
「広い敷地ですね」
「明治時代だから確保できたのだと思います。今、横浜市内に1万坪の敷地は買おうと思っても買えませんよ」
「そうでしょうね!」
 
敷地内にはきれいに整形されたフランス式の庭園があり、大きな池なども作られている。1000坪ほどありそうな邸宅(実際には700坪:図面参照)の前面に3000坪ほどの煉瓦風のタイルを敷き詰めた庭があり、ここで先日は創業300周年のパーティーをしたということであった。
 
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玄関の所に座っている2人の女性警備員さんに会釈して中に入る。
 
警備員さんは動きやすいジャージ生地の膝下スカートで、黒のタイツを穿いている。靴は黒のスニーカーである。パンプスやローファーは見た目はいいがいざという時に充分な運動能力を発揮できない。スニーカーは賢明だと思った。しかしこの家は来客が多いだろうから、威圧感を与えないために女性の警備員なのかな??
 
村正氏が邸の中を案内していく。自動ドアを通って図書室に入り、idカードでセキュリティゲートを開いて美術室に入る。
 
その端に女性警備員が座っている。社長は警備員さんに会釈してから、そこのゲートをまたカードで開いて狭い通路に入る。3mほどの通路の先のゲートは村正氏が掌を置いたらゲートが開いた。
 
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「掌紋認証ですか」
と文代が訊く。
 
「いえ。掌形認証です」
「ああ、そちらですか」
「最初掌紋認証を考えたんですが、あれは本人でも通らないことがあって」
 
「ああ、あります、あります」
「手が荒れてたりすると通りませんね。指紋認証もですが」
「掌形認証なら体調とかに左右されないんですよ」
「なるほどですね」
 
「登録しているのは、うちの家族、10年来雇っている執事、副社長と専務、20年前から雇っている掃除婦だけでしたが、警備員さんに入ってもらうことにしたので、その警備員さんたちの分も登録しました。後で、良かったら奧さんと小林さんの掌も登録させて下さい」
 
「お願いします」
 
「このゲートの素材はステンレスですか?」
「そうです。美術室との間の通路もです。最も壊しにくい金属ですよ。厚さ10cmありますから、ダイナマイト程度では破壊できないです」
と社長は言っている。
 
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それで仏殿に入る。
 

ここにも女性警備員が座っている。社長はこの警備員にも会釈した。警備員さんが会釈を返す。この社長さん、腰が低いなと小林は思った。やはり基本的に商売人なのだろう。
 
壁に四方仏が描かれている。
 
「すみません。その釈迦如来の絵の所だけ他と違う気がするんですが」
と小林が言う。
 
「さすがですね。ここは納戸なんですよ」
 
と言って、社長はそこの壁のような見える部分を開いてみせた。壁が蛇腹状に開いた。奥行き1mほどの棚のようなものが作られているが物は置かれていない。全面棚なので、少なくとも大人(おとな)が隠れるのは困難っぽい。
 
「まあここに隠れられるのは小学生くらいかな」
と社長は言っている。
 
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棚の扉を閉める。
 
部屋の中央の四角い台座・中央に薬師如来像、周囲に十二神将像が円形に並んでいる。
 
「これが23金ですか。凄いですね」
と文代が言う(*6).
 
「10cm程度以内に近づくと警報が鳴りますから気をつけてくださいね」
「赤外線センサーですか?」
「そうです。台座の周囲に赤外線センサーが設置してありますから、体温のある者が近づけば猫でも反応します。万一二十面相が冷血人間で体温が10度くらいだったら反応しないかも知れませんが」
と言って村正氏は笑っている。
 
それって、何か抜け穴にならないか?と小林は考えた。
 
「この仏殿の造りは、コンクリートですか?」
 
「そうです。壁は厚さ1mのコンクリートです。いちばん内側はドアと同じ10cmのステンレスです。その内側に合板を貼り付け、そこに四方仏の絵を固定しています」
 
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「なるほどー」
 
「万一コンクリートを破壊してもステンレスはまず破壊できません。屋根も厚さ30cmのコンクリートの上にステンレスで八角形の屋根が作られています。いづれも破ろうとすれば警報がなりますけどね」
 
「まあ、二十面相のこれまでの手口からすると、TNT火薬で爆破して盗み出すみたいな荒っぽいことはしないでしょうけどね」
 
「警備会社の方もそう言っておられました。だから入退室に注意を払った方がいいと言われたんですよ」
 
それで、玄関に2人、仏殿通路の入口に1人、仏殿内部に1人、座ってもらっている訳だ。立たせるのではなく座らせるのも、この社長の優しさを感じた。また仏殿内と通路入口の所にカメラが設置してあり、玄関の所の警備員が見られるようにしている。万一、内部の警備員が襲われたりしても、外の警備員が気付いて駆け付けることができる。それに100kgの仏像はひょいと抱えて逃げられるようなものではないので、運び出すには結構な手間と時間が掛かるはずだ。
 
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警備員は4人居るので、トイレに行くような場合も監視が途切れることはない。入口や内部の警備員がトイレに行きたい時は、玄関の所の警備員が1人交替に行くようにしている。警備員は6時間交替である。4人1組で8組のチームがこの警備に参加しているということであった(つまり2日に1度6時間監視する)。32名である。村正氏は32人分の料金を警備会社に支払って専任になってもらっている。また、警備中に眠くなったりしないよう、玄関→通路入口→玄関→仏殿内と90分ごとに場所をローテーションするようにしている。
 

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「今日は女性警備員さんばかりですね」
「全員女性の警備員さんでお願いしています」
「へー」
「実は過去の二十面相の手口を私なりに研究してみると、使用人とか警備員・警官とかに変装して浸入する手口がひじょうに多いんですよ」
 
「確かに多いです」
と文代も言う。
 
「それで身長168cm未満の女性の警備員さんでお願いすることにしたんですよ。身長が条件に合っていれば、男の娘さんでもいいことにしました。実際2名の男の娘さんが参加しているらしいですが、私には見分けが付きません」
 
「最近は男の娘のレベルが上がっているから」
 
「二十面相は女にも化けるらしいですが、身長は高く装うことはできても低く装うことはできないはずです。だから二十面相が女に化けて警備員の振りをしても身長でバレますよ。二十面相の身長は警察に捕まった時の身体検査で173cm(*5) と判明しているらしいので」
 
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「うまいですね」
 
「女性警備員のユニフォームはスカートタイプとズボンタイプがあるそうですが、全員スカートタイプでお願いしています。男が女に化ける場合、スカートの方が難易度が高いですから」
 
「なるほどー」
 
「まあ女の手下もいるかも知れませんが、手下は頭(かしら)ほどはデキないでしょうし、女の腕力では100kgを動かせませんから」
 
「よく考えられてますねー」
と文代は感心した。
 
「警備員や使用人のふりをして賊が侵入したりしないよう、警備会社さんが開発した認証アプリを全員スマホに入れてもらっていますから、部外者は識別できますし」
 
「凄い」
 
小林は腕を組んで考えていた。この警備の中、自分が二十面相なら、どうやって、仏像を盗み出すだろうと。二十面相は何か勝算があったはずだ。
 
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(*5) 怪人二十面相の身長は江戸川乱歩の原作では明示されていない。しかし何度も警察に捕まっているので身長は計測されたはずである。173cmというのはこのドラマの中の設定。実は怪人二十面相を演じている大林亮平の身長である!
 

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小林はふと気付いて質問した。
 
「社長、この台座は高さ50cmくらいありますよね。中は空洞ですか?」
 
「さすが小林さんは注意力が鋭い。お見せしましょう」
と言って、村正社長は、電子鍵で壁の所にあるふたを開けると、中のボタンを操作した。
 
「あっ、下がって行く」
 
「実はこの仏像はまるごと台座内に収納できるんですよ」
 
みるみる内に仏像が載っている板が沈んで行き、全て台座内に入ってしまう。そして脇から新たな板が出て来て、仏像の上を覆ってしまった。何も無い台座だけが見える状態になる。
 
「コンバーチブル車のハードトップみたいなものですね」
「そうです。そうです。あれと同じ仕組みです」
 

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「元々普段は台座内に収納していて、お客様があった時だけ上にあげていたのですが、二十面相の予告状が来てから、警備員さんを入れた後は、ずっと上にあげています。台座内に収納していた方が盗まれにくいかも知れませんけど、人間の目でそこにあることを見ていたほうがより安全ですからね」
 
「なるほどー」
と文代は感心していた。
 

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警備会社の人事担当は、応募してきた21歳の女性と面談していた。
 
「ああ、これまで食品会社に勤めておられたんですか」
「はい。そこが不況で人員整理があって、退職したんです」
「なるほどですね」
 
都内の高校を出た後、1年間ビジネス専門学校に通い、その後、その会社に1年半ほど勤めていたということである。
 
「警備会社を志望なさった動機は?」
「中学・高校時代に柔道をやっていたので、もしかしたら採ってもらえないかなと思って。警備の仕事で女性しか使えない場所ってあるから、わりと貴重なのではと思って」
 
それであらためて履歴書を見ると「柔道四段」と書かれている。
 
「柔道四段って凄いね!」
と人事担当者は言った。女性の腕を見ると結構太い。腕を見ただけで信頼感を感じる。担当者が腕を見ているようなので彼女は言った。
 
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「100kgのバーベル上げれますよ」
「凄い!」
 
「柔道の段は、インターハイでBEST8まで行ったことがあるので、それを評価してもらったみたいです」
「インターハイに出たって凄いじゃん」
と言ってから、人事担当者はあることを思いついた。
 
「君、身長は何cm?」
「159cmなんです。背の低いのだけが悩みで。男と間違われることがないのはいいんですけど」
 
「君採用!」
と人事担当者は言った。
 

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