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■夏の日の想い出・虹の願い(5)
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(C) Eriko Kawaguchi 2022-04-02
2月2日(水).
せっかく警備員を増やし、セキュリティゲートまで新設したのに、予告はまた1歩内部に出現した。
交替のために美術室に入ってきた女性警備員が天井から糸でぶらさげられた、テトラドラクマ銀貨を発見した。テトラドラクマ銀貨とはつまり4ドラクマの銀貨で、要するに4日前ということを表しているのだろう。警備員たちに尋ねたものの、誰も怪しい人物は見ていないということであった。
その日、社長と風貌の似た人物・村正音三郎専務がやってきた。岩次郎社長の実弟である(演じているのは風上壮馬=風上信助の実弟:ふたり揃って出るとギャラが高い!)。
「おい、兄貴、これは本当に盗られるぞ」
と社長に言う。
「たくさん警備員入れているのに、その隙を縫って、賊は予告状を大胆不敵に置いていく。俺も不安になってきた」
「明智小五郎に依頼したんだって」
「うん。二十面相に対抗できるのは明智探偵だけだって、みんな言うし。でもポーランドに行ってて、26日に帰国したけど、10日間の自宅待機に掛かるから2月5日23:59まで動けないらしい」
「予告前日か!」
「自宅待機解除になったら、すぐこちらに駆け付けてくれることにはなってる。自宅からここまで40分くらいらしい。だから2月6日0:40くらいにはこちらに着くという話だ。その後は6日が終わるまでここに居てくれるらしい」
「俺が二十面相なら、明智が来る前に盗む」
「実は自分もそんな気がしていた」
「ここはやはり偽物を使おう」
「お前それ以前から言ってたよな」
「やはり純金の仏像をいつも展示しておくのは不用心だよ。普段は偽物を出しておいて、大事な客に見せる時だけ本物を見せればいいんだよ」
「でも偽物なんてすぐできんだろう」
「兄貴が消極的だけど絶対必要になると思ってさ、半年くらい前から作らせていたのが、実は昨日できたんだよ」
「おお」
「今車の中に置いてる。ちょっと見てくれ」
それでふたりは庭に駐めている音三郎のボルボXC90に行く。
中に大きな木箱が1つと小さな木箱が12個入っている。岩次郎氏はふたを取ってみた。
「きれいにできてるね!」
と岩次郎氏は感心する。
「だからさ、台座を下に下げて、上にこれを並べておこうよ。そしたら賊は台座の中に入っている本物には気付かずに上に載ってる偽物を盗っていく」
「それはうまい」
「でもこれどうやって運び入れる?」
「台車に載せて運んでいこう」
「分かった。台車持ってくる」
それで岩次郎氏が持って来た台車に、仏像を載せる。一度には載らないので最初に薬師如来を運ぶが、人間の手では持ち上がらないので、音三郎専務が持ってきた、小型クレーンで台車の上に載せた。それでまずはそれを仏殿まで運ぶ。
彼らはむろん玄関の警備員、美術室入口の警備員、仏殿通路入口の警備員の前を通過するが、社長が一緒なので警備員たちは何も言わない。「お疲れ様です」と声を掛けるだけである。
そして全部仏殿内に運び入れてから、仏殿内に居る女性警備員には
「悪いけど、ちょっと出てて」
と言って席を外させてから、壁のスイッチで台座を下げ、仏像が全部下に隠れた所で警報装置を切る。小型クレーンを使って、薬師如来像を中央に置いた。その後、十二神将像は手で持って、薬師如来像の周囲に並べた(*6).
(*6) 撮影に使用した像だが、“本物”として撮影したものは、真鍮の金メッキである。3Dプリンタで作ったABS樹脂の像から石膏で型を取り、鋳造した上で結構な手作業で調整を掛け、最終的に金メッキを施した。安っぽく見えないようにするのに苦労した。そしてこのABS樹脂の父型に金色ラッカーを吹き付けて作ったのがここで“偽物”として登場した像である。審美眼のある視聴者には本物とすぐ区別が付いたはずである。
比重:金19.3 銀10.5 真鍮8.5 鉄7.9 アルミ2.7 ABS樹脂1.1
純金で100kgになるものを真鍮で作ると42kgになるが実際には中空にしているので“本物”として撮影している像は15kg程度である。“偽物”として撮影しているものだと2kgほどしかない。重そうにしているのは演技である。十二神将の方はあまりにも軽すぎると演技も難しくなるし、風で倒れたりしかねないので、わざわざ重りまで付けている。
“本物”の薬師如来・十二神将は、放送局の道具係と仏像製作所との共同作業で半年かかった。制作費は300万円掛かっている。“偽物”の方はラッカーを掛けて乾かしただけで、半日で出来た。
向きや並びの順序に問題無いことを確認の上、警報装置を再度入れた。
「これでもう安心だな」
と岩次郎と音三郎は言った。
「このクレーンどうする?」
「本物を確認する時は上に載ってるのを移動しないといけないし、ここに置いておくか」
「それでもいいな」
と言って、ふたりは小型クレーンは仏殿南側の物置き(釈迦如来の絵の所が壁に見える倉庫になっている)の中に置いて偽物を入れて来た空の桐箱だけを持って出て行った。
仏殿外で待機していた警備員が
「ここから持ち出されるものは必ず全てチェックするように言われているので」
と言うので、空の箱を見せて納得してもらった。
2月3日(木).
美術室内の、仏殿通路入口の所に座っている警備員の前にカードのようなものが唐突に落ちてきた。警備員が拾い上げるとトランプのスペードの3だった。
警備員が周囲を見回すが誰もいない。
「どうやってこれをここに落としたんだ?」
敷地内をメイド衣裳で歩き回っていた小林(演:太田芳絵)が駆け付けて、明智の大人の助手・葛西を呼ぶ。そして一緒に調べると、このゲート上方の天井に何かを貼り付けた跡があった。
「恐らくここに貼り付けておいて、時間が経てば剥がれて落ちるようにしていたのでしょう」
「でもここはいつも警備員が見ているのに」
「だから何か手品のようなことをしたんでしょうね」
と小林は言った。
2月4日(金).
90分単位の交替のため、家族玄関の所にいた女性警備員が仏殿内部に入ろうとやってきた。通路入口担当の警備員に会釈をして、電子鍵でゲートを開ける。それで通路の先、仏殿入口を見た時、思わず
「わっ」
と声をあげた。通路入口の所の警備員も一緒にそれを見て驚く。
仏殿入口のゲートこちら側に赤いビニールテープが2本縦に並べて貼られていた。
村正氏が明智に電話した。明智は落ち着いた声で答える。
「二十面相のいつもの手です。いつでも盗れるぞとアピールして、持ち主が恐くなって、他に品物を移動しようとしたりすると、そこを狙うんですよ。仏殿がいちばん安全なんですから、決して仏像は動かさないでください」
「分かりました!」
岩次郎は、本物を台座の中に収納し、偽物を台座の上に並べたことを言おうかとも思ったが、よそへ移動したのではなく、すぐ下に収めただけだから言うまでもないだろうと思い、そのことは言わなかった。
2月5日(土).
とうとう予告前日である。二十面相の予告は2月6日だが、何時とまでは予告されていない。2月6日0時になったら盗られるおそれがある。頼みの明智探偵は2月6日0:40くらいに来てくれるはずである。問題はその40分かも知れないと村正社長は思った。
いつもは朝出現する予告がこの日は現れなかった。しかし明日が予告日であるのは分かっているので警戒は緩められない。
小林はここの所毎日朝村正邸に来てはメイド衣裳を着て敷地内に何か仕掛けられていないか、不審な車が駐まってないかなどを調べてまわり、夕方には帰宅しているのだが、この日は朝から12人の少年少女(やや年齢の高い者も混じっているのは愛嬌)を連れてやってきた。来たのはこういうメンツである。
井上一郎(演:鈴本信彦)
溝口洋平(演:松田理史)
堂本流馬(演:坂口芳治)
新庄祐司(演:津島啓太)
城山春樹(演:浦野俊徳)
藤本友也(演:福山長洋)
山本五月(演:田代晴美)
河野令子(演:内野涼美)
西山ラン(演:山鹿クロム)
北山レイ(演:三陸セレン)
山口あゆか(演:今井葉月)
朝倉紗希(演:栗原リア)
今期の少年探偵団、揃い踏みである!ここに出てないのは、お留守番役の花崎マユミ(副団長)と、後述の“黒豹”メンバーである。
ちなみにクロムとセレンの性別は特に物語の中では説明されていないが、髪も長いしバストが目立つ服装をしていて、女子中学生あるいは女装中学生として出ているようだ。
栗原リアが今回少年探偵団のメンバーとして出ることになったのは『アルプスの少女』で彼女の演技に美高さんが惚れ込んだことによる。
社長は出掛ける準備をしていたので、奧さんが対応してくれた。
「すみません。警備は専門の警備会社の人がしてるから、それで充分とは思うのですが、うちの少年探偵団のメンバーが少しでも手伝いたいと言うので、今日・明日、彼らに邸宅の周囲に居てもらってもいいですか?みんな身を隠して目立たなく警戒するのには慣れているので」
「ええ、いいわよ」
と奧さんは笑顔で言った。先日賊をいったん取り押さえるなど、小林の活躍を聞いているので、奧さんは歓迎ムードである。
「それで警戒に入る前に、念のため仏像の実物を見せて頂けませんか」
「OKOK。案内するわね」
と言って、奧さんが案内しようとしたのだが、そこに社長が来る。
「おい、昭和天皇に上納した万年筆の・・・って、小林君いらっしゃい」
と途中で小林たちに気付いて挨拶してくれた。
小林は社長にも再度説明して、邸の周囲での警戒について。あらためて許可をもらい、実物を見せるのも快諾してもらう。
「小林君は掌形登録してたよね?」
「はい。登録して頂きました」
「だったら勝手に入って見ていいよ」
「いいんですか?」
「その人数で入っていたら、二十面相もとても手が出せないたろうしね」
それで社長は奧さんと一緒に奥側のプライベートゾーンの方に行ってしまうので、小林は少年探偵団とともに、図書室・美術室の警備員さんに挨拶して、仏殿の中に入った。
小林たちは30分ほどで出てくると、邸周囲の目立たない所に散った。
この日村正社長はやむを得ぬ要件で朝から出掛けたものの、午後2時頃には自宅に戻った。そして不安な様子で、何度も邸内を歩き回っていた。
19時頃、音三郎専務が来る。
「兄貴、一緒に仏殿の中で夜を過ごそう」
「それがいいかも知れんな」
それで食事を運ばせ、仏殿の中に入ろうとした時、先行していたメイド(演:斎藤恵梨香)が
「きゃっ」
という声をあげて、腰を抜かし、トレイもひっくり返った。
「どうした?」
「何かに当たって」
とメイドが言うので見ると、仏殿入口のドアに「1」と書いた紙がどうもはさめてあったようである。それでドアを開けた途端、その紙が落ちてきてメイドの顔に当たり、驚いてひっくりかえったということのようである。
「そんな馬鹿な。私が中に入った時はそんな紙無かったのに」
と内部にいる女性警備員が驚く。
「兄貴、明智先生が0:40まで来られないのなら、その前に助手の方(かた)でもいいから来て頂こう」
「うん。そうしよう」
邸内に居た小林(演:太田芳絵)が連絡をして大人の助手が2人来た。
「すみません。文代は明智の濃厚接触者に準じる扱いになりますし、0時になったら明智をここに連れてくる時に運転手を務める予定なので、明智と一緒に来ます。私が一緒に仏殿内で警戒します」
と小林が言う。
「分かりました」
それで、女性警備員、岩次郎と音三郎、明智の助手の葛西と森田、メイド姿を解いて男装に戻った小林(演:アクア)の6人で薬師如来と十二神将像を取り囲んだ。男装に戻ったのは何かの時にスカートでは動きにくいからである。
女性警備員は、ローテーションにより、19:30, 21:00, 22:30 に交替した。
23時頃、社長の奥さんが
「皆さん、お疲れでしょう。眠気覚ましにどうぞ」
と言って、コーヒーを持って来た。
女性警備員は
「警戒中は飲食物を頂いてはいけないことになっているので」
と言って取らなかった。それで他の5人が飲んだ(ように見えた)。
社長と専務、それに明智の助手の葛西と森田は、最初はあれこれ世間話をしていたのだが、次第に全員口数が少なくなっていく。
そして誰も言葉を発さなくなった。
20分ほど沈黙の時間が流れ、やがてオメガの壁時計が0時を示した。
台座の上にあった薬師如来像と十二神将像がまるで幻のように、すっと姿を消した。
そして女性警備員(演:麻生真衣子)は椅子から立つと、出口に向かった。
ところが出口の所に小林少年(アクア)が立っている。
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