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■夏の日の想い出・天下の回り物(17)

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(C)Eriko Kawaguchi 2018-08-18
 
「でも確かに『つばさ』という名前は男女あるよね」
 
「ジャニーズの今井翼は男だけど、モデルの益若つばさは女だね」
と鷹野さん。
 
「キャプテン翼の大空翼は男だけど、ドラえもんの伊藤つばさは女」
「広島カープの會澤翼は男だけど、宝塚の真琴つばさは男役だったけど女」
 
「漢字で書くと男で、ひらがななら女?」
 
「だったら、谷口翼ちゃんも、名前ひらがきに変更しない?」
と言っているのはもちろんマリである。
「遠慮しておきます」
 
「漢字で女というのは、モデルの本田翼さんが漢字だけど女。実は益若つばささんも本名は漢字で翼」
 
「ひらがな書きで男というのは、みちのくプロレス所属のレスラーで、つばささんって居る。これは実は山形新幹線から採ったんだけどね」
「あぁ」
 
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「ところで谷口翼ちゃんは女装するとか性転換するとかは?」
とマリは、しつこい。
「勘弁してください」
「セクハラはそのあたりでやめておきなさい」
 

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アクア(龍虎)のスケジュールであるが、8月23日に世界一周の旅から帰国した後、24-26日の3日間はアクアも西湖も休みにしてもらった。8月24日には内輪の誕生会もした。
 
龍虎は8月20日が誕生日だが、撮影旅行中であった。一応その日は上海空港に到着した後、23時頃に市内のレストランで誕生会をしている。出席者はアクア・葉月・大林亮平の3人と山村だけで、亮平はマリからの誕生日プレゼントを渡したらしい。このメンツだから渡せたというところだ。実はマリから一行が泊まるホテル気付で亮平宛に送られてきていたのである。
 
「アーデンのお化粧品セットとかもらっても困るんですけどぉ」
「龍ちゃんも17歳だからそろそろお化粧覚えなきゃと言ってたよ」
「ボク男の子だから、必要ありません!」
 
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「今は龍ちゃん女の子役する時も女子高生程度だからいいけど、もう少し大人になると20代の女性役をするだろうから、自分でメイクできなきゃ困るだろうと言っていたけど」
 
「20歳くらいになったら、女役からは卒業したいんですけどー」
「たぶんそれは世間が許してくれない」
 
(このアーデンのお化粧品セットはFがもらって、メイクの練習をしていたらしい)
 
「ついでに中国国内生産された女性ホルモン剤の注射薬も送られて来てたけど、それは要らないよね?」
「すみません。廃棄してください」
 
国境を越えるときに麻薬などと疑われると面倒である。
 
「ああ、それは私が廃棄しておくよ。処分の仕方が難しい。後で大林さんの部屋に行っていい?」
 
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と山村は言った。
 
「うん。よろしく」
 
山村は物欲しげな目でこちらを見ている西湖に言った。
 
「それとも西湖が使う?」
 
西湖は一瞬悩んだものの
「使いません」
と答えた。
 

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さて、帰国後の24日の誕生会に出席したのはこういうメンツである。
 
龍虎、彩佳・桐絵・宏恵、田代夫妻、志水照絵、長野支香・松枝、川南・夏恋
 
上島雷太から贈られた大きなケーキに17本のロウソクを立て、火を点け、一気に吹き消す。みんなで拍手して誕生会は始まった。
 
「ところで龍に素敵なプレゼントを用意したのだが」
と言って川南が箱を渡すが、女子高生に人気のブランド、ハニーズのロゴが入っているので龍虎は嫌そうな顔をする。
 
「着てみてよ」
箱を開けるとフェミニンなワンピースである。取り敢えず龍虎は着てみた。
 
「可愛い!」
 
「写真撮っちゃおう」
と言って支香がデジカメで撮影している。
 
「ちょっとぉ」
「大丈夫。どこにも公開しないから」
 
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「彩佳か桐絵いらない?」
「じゃ私がもらう」
と彩佳が言う。
 
川南は不満そうだが、夏恋は笑っている。
 
「ファンの人から送られて来た服とかも、私たちかなりもらってるね」
と桐絵。
「売却とかもできないし。福祉施設にもかなりあげてる」
と龍虎。
 

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同日夜、西湖のアパート(用賀)には桜木ワルツと、このアパートの主、千里2が来ていた。西湖も龍虎と同じ誕生日8月20日である。両親は公演中なので来られない。そもそも西湖は両親に誕生日を祝ってもらった記憶が無い。それでこの日はワルツから
 
「お誕生会しよ」
 
と言われて泣き出してしまったのである。千里がフライドチキンやクッキーなどを作っておき、ここに持ち込んだ。そして桜木ワルツが
 
「これアクアちゃんが、西湖ちゃんにって」
と言ってケーキを出した。
 
「大っきい!」
 
「本当は誕生会自分と一緒にしたいくらいだけど、一緒だと西湖ちゃんが居心地の悪い思いをするといけないからって、自分の所に届けられたのと同じサイズのケーキを用意して私に託したんだよ」
 
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とワルツが説明すると、西湖はまた感極まって泣き出してしまった。
 
「アクアさん、ほんっとに優しい人なんですよ」
「そういうアクアちゃんのスタッフで良かったね」
「はい」
 
「それとアクアちゃんからの伝言。自分は西湖ちゃんのこと、最高のライバルだと思っている。世間の扱いでは西湖ちゃんは自分のスタッフかも知れないけど、実際に演技していると、負けそうと思うことが良くある。だから頑張って練習して、西湖ちゃんに負けないようにと日々努力している、って」
とワルツが言うと、西湖は引き締まった顔をした。
 
「だから西湖ちゃんも龍ちゃんに負けないように頑張るといいね」
と千里が言うと
 
「はい、頑張ります、醍醐先生」
と西湖も新たな決意をしていた。
 
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「あ、それとアクアちゃんから大量のお洋服を預かってきたんだけど」
「あははは」
「アクアの所には女の子の服しか贈られてこないからなあ」
「それで私、ほとんど自分では服を買わなくていいんですよ」
と言いながら西湖は箱を開けていろいろ取り出している。
 
「可愛い服ばかりだ」
「どれか着てみたら?」
「そうですね」
と言って、西湖は青いワンピースを持って隣の部屋に行き着てきた。
 
「可愛い、可愛い」
「なんかこういう服を着るのにハマってきつつある気がします」
「身も心も女の子になりつつあるなあ」
「だから私自分が怖いんですよ。ふらふらと性転換手術とか受けてしまいそうで」
「まあ性転換しちゃったら、しちゃった時で」
 
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8月27日から31日(金)までは都内のスタジオで映画の追加撮影が行われた。
 
世界一周の出発点・ゴールになったクラブの撮影では、アクアと過去のドラマや映画で共演している若い男性俳優に出演してもらっている。エンドロールに使用される結婚式のシーンでも彼らが参列している。
 
これでだいたいの撮影は終了した。あとは編集中に撮りたいシーンが出た場合は、あらためて日程交渉して撮影することになる。
 
エンドロールはNGシーンを集めて構成したのだが「NG出してるのスキ也ばかりじゃん!」という声が公開後に見た人たちからあがっていた。アクアのNGは1回のみ、葉月のNGも2回のみなのである(大林は4回)。
 
エンドロールの最後には、完全に無駄だった世界一周費用が天引きされ「Net Payment £0」と書かれた給与明細を渡されて情けない顔をする亮平の映像、そしてそれを押しのけるようにフォッグとアウダが頬を寄せ合っている映像、ハートマークに隠された向こうでまるでキスしているかのようなふたりの映像で終了する。
 
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このラストシーンは映画公開後
「アクアと葉月はキスしたのか?」
という大論争を巻き起こすことになり、わざわざコスモスがアクアと葉月のふたりを列席させて
「キスはしてません。寸止めです」
と説明する記者会見を開くハメになった。でないと葉月が殺されかねない状況だった!
 
しかし葉月が記者会見に映るのはこれが初めてとなり、今まで葉月の顔を知らなかった人たちから「美少女じゃん!」という声があがり、また葉月ファンが増えたようであった(一応年末年始の§§ミュージック恒例のCMには出ているのだがアップ画像が映るのは1人1秒であった)。
 

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1ヶ月間海外に出ていたのでCM撮影の依頼、バラエティ番組の参加依頼などが大量に貯まっていたのだが、元々映画の撮影が延びるかもというので9月上旬の日程は空けていた。
 
ここに実はローズ+リリーの『愛のデュエット』のPV撮影を入れたのである。9月1-3日(土日月)の3日間の予定だったが、実際には1日半で撮影は終了。日曜日の残りと月曜日の放課後、アクアはのんびりと自宅で過ごしたし、葉月も休暇をもらって身体を休めることができた。
 
このPV撮影はギャラが高額だったようだが、葉月は何もしていないのに300万円もらえると聞いて驚いた。
 
「そんなのいいんですか?」
「基本的に葉月はアクアとセットだからね。だいたいアクアのギャラの1割を葉月には渡すようにしている。もらえるものはもらっておけばいい」
とコスモス社長は言った。
 
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「但し例によって半額近い額は税金として来年2月に払わないといけないから、いつものように半額の150万を葉月の口座に振り込んで、半額は納税準備金の口座の方に振り込むね」
 
「はい、お願いします」
 
「150万あれば性転換手術が受けられるけど」
とコスモス。
「え〜?どうしよう?」
と西湖。
 
「手術受けたいなら、いつでも受けられて傷の回復も早い医者知ってるけど」
と山村。
「その3日の休暇の間に受けられるよ」
 
「ちょっと待って下さい」
と言ってから西湖は尋ねる。
 
「結局アクアさんは性転換してるんですか?ここだけの話」
「してないよ。マジで。あの子はちんちんもタマタマもあるし、おっぱいはニセモノだよ」
 
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「だったら私も性転換はしません」
 
「じゃ、もしアクアが性転換したら葉月も性転換する?」
と山村が訊く。
「その時考えます」
という答えにコスモスは笑っていた。
 
「でも1人2役の撮影で私がいなくても大丈夫だったんでしょうか?」
「特殊な撮影機械を使うみたいだよ。ローズ+リリーは年末年始のカウントダウンライブで立体映像のマリちゃんを使うから、たぶんその極秘のテストとかもしたいんだと思う」
と山村が言う。
 
「へー」
と言ってから葉月は不安になる。
 
「今後アクアさんの一人二役はそういう方向になっていくとかは?」
 
「かなり高額の費用が掛かるみたいだから無いと思う。立体映像を作るコンピュータの電気代だけで何百万円と掛かるみたいだから」
と山村。
 
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「ひぇー!」
 
「だからコンピュータより人間使った方が安い」
 
すると葉月は嫌そうな顔をした
 
「人間の方がコンピュータより下なんですか?」
 
「人間がコンピュータに隷属する時代も遠くないかもね」
とコスモスも笑って言っていた。
 

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ところでアクアの『愛のデュエット』の撮影は9月1日いっぱいと9月2日の朝だけで終わってしまったのだが、その場に居た千里の提案で、ちょっと面白い映像を撮ってみることにした。
 
「お昼までの暇つぶしに」
などと千里は言っていた。
 
アクア3人が演奏する『パッヘルベルのカノン』である。この曲は3つのヴァイオリンが少しずつ遅れて同じメロディーを演奏するという輪唱曲である。いわば『蛙の歌が』のヴァイオリン版である。
 
アクアがヴァイオリンが物凄く上手いというので3人のアクアにこれを演奏させてみようという魂胆なのである。
 
今『愛のデュエット』撮影に使用したArtidaが2本あるのだが、ケイは
 
「この型の楽器なら多分このスタジオにも在庫があったはず」
と言って倉庫から1本同じArtidaを持って来た。アクアのヴァイオリンとマリのヴァイオリンは今朝“通し練習”を始める前にいったん弦を張り替えておいたのだが、このケイが倉庫から持って来たヴァイオリンも同じ弦に張り替える。
 
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「同じ型のヴァイオリンで同じ弦を張れば、ほぼ同じ音がするだろうね」
と山村が言っている。
 
「ええ。だからちょっと見た目にはアクアが男装・女装・男の娘装した状態で1本のヴァイオリンを弾いてそれを合成したように思うでしょうね」
 
「目のいい視聴者なら、ヴァイオリン本体のわずかな色合いの違いや傷の違いからヴァイオリンが実は3丁あることに気付く」
 
「まあ、そのあたりはお遊びということで」
 

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