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■夏の日の想い出・天下の回り物(3)
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マリが名前を挙げた《望坂拓美》は、今年登場した量産作家の中で唯一素性を明かしているペンネームである。
これを主宰しているのは、台湾系日本人の王絵美さんである。彼女は日本生まれの日本育ちで、国籍も現在は日本だが、両親ともに中華民国国籍(但し両親とも日本生まれ)であった。絵美さん自身は日本の音楽大学を出て、一時はテレビで番組アシスタントのようなことをしていた。この時、その番組の司会をしていたのが実は作曲家の本坂伸輔(2014.12.16没)であった。
本坂さんは実際には多数のゴーストライターを使用していて、自身の作品は初期のもの以外には無いと言われていた。しかし彼はゴーストの人たちから作品を納入してもらうと、翌日には現金で代金を払っていたので、下請けしている人たちにはとても評判が良かったらしい。しかしこの“本坂ブランド”は彼の死により活動停止していた。
絵美さんは本坂さんが亡くなる前年からイギリス人のボーイフレンドと一緒にインドのプッタパルティで暮らしていたのだが、今回の上島事件で多数の歌手が楽曲が無くて困っているという話を聞き、ボーイフレンドをインドに放置したまま緊急帰国した。
彼女はインドの習慣に従ってサリーを着ている。彼女のことを一部のマスコミが「宗教家」と紹介したものの、彼女は一切宗教活動はしていない。彼女がインドでしていたのは単なる奉仕活動である。特に女性への教育活動に力を入れている。
彼女たちのグループは貧困層の少女たちのための小学校を開いているのだが、この学校は「出席料を支給する」のである。つまり授業料を取らないどころか、学校に出て行くと1日100ルピー(約160円)もらえる。インドの貧困層は月に1000ルピー程度で暮らしているので、要するに学校で勉強することが良いバイトになるのである。
基本的に生徒は女子のみとしている(これは男女別学を希望する親が多いことも配慮したもの)が、女の子ならこの学校に行くことで給料がもらえるというので、時々サリーを着て女の子のふりをして入学してくる男の子(男の娘?)もあるらしいが、できるだけ気付かないふりをしてあげるのだそうだ。
絵美さんは帰国すると本坂さんの奥さんであった里山美祢子さんと接触して、本坂さんが使用していたゴーストライターの人たちに連絡を取る。その人たちに更に友人を紹介して欲しいと言って、7月末までに10人のプロレベルの作曲家を集めた。そして本坂さんのコネを利用して楽曲の制作を請け負い始めたのである。
楽曲は音楽理論に強い絵美さん自身がチェックして品質の維持を図った。そしてこのグループで作り上げた楽曲に《望坂拓美》のクレジットを付けた。望坂の坂の字は里山美祢子さんの許しを得て「本坂」から1字取ったものである。
このグループの作品が9月中旬から出始め、秋以降発売の歌手の新譜に使われるようになった。
本坂さんの友人だった人たちのコネ、里山美祢子さんのコネ、そして里山美祢子さんの母である作曲家・松居夜詩子さんのコネなどから楽曲が提供されたのである。松居さん自身が提供する楽曲とカップリングで望坂ブランドの曲を使うような例も出た。松居さんも普段の年の3倍くらい作曲依頼が来て、困っていたという。頼む側も松居さんの弟子格の作品になるならと受け入れてくれた。
1人の作曲家が楽曲を仕上げるのにだいたい2週間掛かるが、10人でやっているのでこのグループは月間20曲ほどの作品を生み出していった。
そしてこの活動で得た収益の10%は王さんが参加しているグループの活動資金に投入されることが明言されており、望坂拓美の活動がインドの少女たちの教育を支援することになる。
世間ではこの年の夏前後に登場したこの3つの量産作家、松本花子・夢紗蒼依・望坂拓美を《ま行トリオ》あるいは《チームまむも》などと呼んだ。ちょうどイニシャルが、ま・む・もだったからである。
「あと三田とか目良という作曲家も出てくるかも」
などという意見も出ていた。
この3つの中の夢紗蒼依は最も早い5月頃から活動開始していたのだが、私はその夢紗蒼依の正体を7月中旬になって知ることになる。
千里(千里2)から、丸山アイがスーパーコンピューターで作曲をしているがそのコンピュータを増設するのにお金が足りないから資金協力してくれないかという話が飛び込んで来たのである。
しかし実際に詳しい話を聞いてみると、千里の話はほとんど間違っており、スーパーコンピューターで作曲をしているのは確かなのだが、ひたすら赤字を垂れ流すプロジェクトなので、その赤字を負担してもらえないだろうかということだったのである。
そしてこのプロジェクトAI-Museが生み出す楽曲に夢紗蒼依のクレジットがされていたのである。つまり夢紗蒼依の正体はAI(人工知能)であった。
AI-MuseのAIは丸山アイとArtificial Intelligenceの掛詞である。ミューズは音楽の精であり、元々のギリシャ語ならムーサ(Μουσα)という。これが夢紗の由来だった。「あおい」はミューズの中で歌を司るアオイデー(Αοιδη)から取られた。
私たち(丸山アイ・若葉・私・千里2)は話し合って、数億円の資金を投入して人を動員し、松前さんの音源図書館のライブラリの音源を借りて楽曲のデータベースを作る作業、スーパーコンピュータの2号機を作る作業を急いで進めることにした。
それで9月には2号機が完成、楽曲データベースも2018年の年末までに9000曲もの楽曲データベースが完成するのである。
ここで登録した曲は、1945年以降の国内外の主なヒット曲と、過去20年間の主要アーティストの全楽曲、そして唱歌や童謡、主な民謡、アメリカのフォークソングである。
ここで「主要アーティスト」というのは過去20年間に5000枚以上のヒット曲を出したアーティストと定義した。これが丸山アイの計算では148組いた。そしてその人たちが過去に出したCDは全部で3120枚でその中に含まれる楽曲はアレンジを変えた重複を除くと5743曲であった。一方で1945年以降73年間の主なヒット曲を丸山アイ自身の感覚で1500曲ほど選び出したので、両者を合わせ重複を除いて約6500曲となる。この他に童謡や唱歌を1200曲、アメリカのフォークソング200曲、民謡100曲、クラシック1000曲を取り込み、全部で9000曲となったのである。
このデータベースは作曲人工知能が曲の作り方を学習するための素材とするのと同時に、過去の作品との類似チェックにも使用される。
ここでデータベースは音のつながりの索引が作られており、それぞれの繋がりの使用累計数も統計が取られている。ここで「使用頻度の少ない」音の繋がりと「特定の作曲家に使用例が集中している」音のつながりを、作品固有または作曲家固有のものと考え、「要注意つながりデータベース」として構成している。逆にいうと、よくある音のつながりは盗作とみなさないのである。例えば、ドレミソラとか、ドミミドみたいなものはみんなが普通に使う音の流れなので使用してもよいと考える。
(このあたりがこの春に須藤さんたちが作った「類似チェック」ロジックとは大きく立場を異にするところ)
作曲システムは自ら楽曲の制作をしていて、recently madeな音のつながりが、この要注意データベースに掛かった場合、回避するのである。またrecently madeな音のつながりが、音の繋がりのデータベースに全く無い場合も回避する。誰も使ったことのない音のつながりは、多分聴いて快適に感じられないものであると判断している。
またデータベースは楽曲のジャンル別に音の繋がりを管理しており、ひとつの楽曲の中でジャンルの混淆が起きないように気をつけている。Aメロが演歌調、Bメロがロック調になったりするのは困るのである。
人工知能は山鳩さんが定めたいくつかのルール、更に丸山アイが加えたルールの制約を受けながらひたすら試行錯誤を繰り返していく。丸山アイが加えた指標の中には「つまらない」指標というのがあり、この指標が低い作品は駄作としてボツにされる。音数の少ない作品、無難な音の繋がりの比率が多すぎる作品はボツになっていたのだが、私と千里(千里2)はそういう作品も演歌やフォークとして編曲すると結構使えると提言して、この「つまらない」の閾値(しきいち)を下げたのである。
このスーパーコンピュータを動かすために丸山アイは原子力発電所が稼働していて、比較的電力事情の良い鹿児島県某市の廃工場を1億円で買い取り、更に5000万円掛けて改修工事をして床の強化などをした。1台目のスーパーコンピューターは某大学で放置されていた1世代前のものを1000万円で買い取ったのだが、2台目は同じ仕様ではあるものの最新の素子を使ったもの(つまり同じソフトが動くが高速)を8000万円で組み上げた。
但しこのスーパーコンピューターを稼働させるための電気代が凄まじい。1台目は夜間だけ動かして1日5万円の電気代が掛かっていたのだが、2台目は昼間も含めて1日中動かしたので電気代は1日18万円掛かるようになり、空調代や端末・プリンタの消費電力の代金も入れると1日20万円ほど掛かるようになった。
しかしこれまで2曲に1曲をボツにしていたのを、私と千里の提案で編曲を変更することによってほとんどの楽曲を救済できるようになったことから、結果的に2台のスパコンで1日に平均4曲の作品を作ることができるようになった。
この結果当初1曲28万円(電気代2日分11万+設備費2日分15万+楽曲調整費2万円)掛かっていた楽曲制作原価は1曲11万円(電気代1/4日分5万+冷却用液体窒素代を含む設備費1/4日分3万+楽曲調整費3万円)まで低下させることができた。この年はこの手の量産作品は1曲20万円で売れたので1曲9万円の利益が出ることになり、このプロジェクトはようやく採算ラインに到達した。
千里(千里2)はその楽曲の一部を、自ら改造して“まるでケイが書いたような曲”に改造してしまった。それで千里2は自ら書いたものも含めてこの年40曲もの“ケイ名義”の楽曲を作り上げてくれたのである。
(処理的には千里2がAI-Museから楽曲を“未調整”の状態で15万円で買い取り、改造した上で私に35万円で売却。それを私がマリ&ケイの名前で40万円で提供している。私は千里2から仕入れたそのままの額で提供するつもりだったが「ケイのブランド料は取るべき」と千里2が言うので5万円上乗せさせてもらうことにした)
この年は『郷愁』の制作で死んでいた昨年とは別の意味で超多忙で私の精神は削られていたが、サマフェスには出て行くことにした。参加するのは7月20-22日に行われた苗場ロックフェスティバルと、昨年は欠場してしまったが今年は出場することにした横須賀のサマーロックフェスティバルである。
例年なら制作中のアルバムの中の曲をサマフェスで一部公開するのだが、私は今年は無理だと思っていた。しかし7月上旬に青葉から
「私がケイさん名義の楽曲を提供しますから、ぜひアルバム曲の一部ということにして発表してください」
という連絡があり、中旬には更に千里2からも同様の連絡があった。
それで私は2人の作品を使わせてもらうことにした。
ローズ+リリーの次のアルバムは『十二月(じゅうにつき)』という名前にすることを発表してある。この方針について、春の制作会議では他の人が意見を言う前に★★レコードの村上社長が「ケイちゃんがきちんと計画を立てて、それで行きたいということなんだからそれでいいでしょう」と発言し、会議は簡単にこちらの希望を通してくれた。
どうも、昨年はこちらの計画をひっくり返してしまったことから制作現場が混乱し、かえって発売時期が遅くなってしまったという認識が出席者全員にあり、今年はこちらの計画をそのまま容認するムードになったようである。○○プロの浦中副社長なども
「去年はごめんねー。社長(丸花さん)に、お前がケイちゃんを守ってやらなければ誰が守るんだ?って叱られたよ」
などと言っていた。
強面で、一見するとヤクザの大親分に見える浦中さんから謝られると、かえってこちらが恐縮してしまう!
十二月というのはロシアの児童文学作家マルシャークの「Двенадцать месяцев」、英語に訳すとTwelve Monthsという作品から採ったタイトルである。Decemberのことではなく、月(Month)を司る12人の神様(1月の神、2月の神、3月の神、・・・、12月の神)が出てくる物語だ。日本ではこの小説は「森は生きている」という邦題で出版されている。
今回のアルバムではそれにちなんで12の月にちなんだ作品を並べようという趣旨で、実は昨年ボツにされてしまった『四季』のコンセプトの焼き直しなのである。実は一部は『四季』で使うつもりだった楽曲も使用する。
青葉が提供してくれたのは『雨の金曜日』(6月)という作品である。昨年のアルバムのために青葉が「ケイ風」に書いてくれた作品は実際にはあまり私っぽくなく、最終的に千里が調整してくれたのだが、今回は青葉自身の手でかなり私らしい作品に調整されていた。
雨が降っていて、相合い傘で歩く友人を町で見かけたが、私は声を掛けることができなかった、といった感じのストーリーで、まるで女子中学生が書いたかのような可愛い作品である。青葉は今年21歳で、落ち着いた雰囲気を持つし地味な服を好むので、いつも「老けて見える」「千里さんのお姉さん?」などと言われているのだが、さすがに心の中は充分若いようである。
一方千里(千里2)が提供してくれたのは『紅葉の道』(11月)という叙情的な作品。実はAI-Museプロジェクトでボツにされていた作品を大胆に改造して仕上げたものである。サビの部分に百人一首の
《奥山に紅葉踏み分け鳴く鹿の声聞く時ぞ秋は悲しき》
という猿丸太夫の歌が詠み込まれている。
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