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■夏の日の想い出・東へ西へ(14)

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「まあそれで結局は1984年に遭難した男性が救助を求めて倒木を並べてSOSの文字を作った。しかし彼は発見してもらえることはなく、代わりに5年後に別の遭難者がその文字のおかげで助かった」
 
「その人は天国で神様から褒められているかも」
「そんな気もしますね。結果的に人を助けたんだから」
 
「ただ疑問もあってですね」
「ええ」
「倒木を動かすなんて凄まじい体力使うじゃないですか」
「ええ」
「それだけの体力があったら、何とかそこから山を登って脱出できなかったのかと」
 
「うむむむ」
 
「あと、彼が遭難した経緯が不明だったのですが、ここで金庫岩・偽金庫岩というのが出てくるんですよ」
 
「はい」
 
「彼は大雪山系の裏手にある黒岳の方から縦走して旭岳まで到達して、その後は下山しようとしている最中に遭難したんです。縦走まではちゃんとできていたのに最後の下山でミスったんですよね」
 
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そういう話ってありがちだよなと、ゆみは思った。最後のツメというのは本当に大事である。「おうちに着くまでが遠足」って小学生の頃、よく先生から言われていたよなと思い起こしていた。
 
「それで旭岳の山頂からここ姿見の池まで降りてくる時の目印になるのが金庫岩といって四角い大きな岩なんですよ。下山ルートはこの金庫岩の左手を行く」
 
「ええ」
 
「ところがこの金庫岩のすぐ近くにそれとそっくりの岩があって、実はその岩のところは右に行かないと姿見まで降りてこられない」
 
「わっ」
 
「だから彼はその偽金庫岩を見て、金庫岩と思い込み、そこの左を行ってしまったのではないかと。そうするとそこから先は急斜面になっていて降りるのは楽なんだけど、登るのは物凄く大変なんです」
 
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「それいっそそこからどんどん降りて行くことはできないんですか?」
「残念ながらその先に200mくらいの高さの崖があるんですよ」
「あらあ」
「だから脱出するにはその急斜面を登る以外に方法がない。でもそれが物凄く大変なんです。筋力のある人でも、登っては休み登っては休みでないと、とても登れない」
 
「でも大木を動かしてSOSを作る体力はあったんだ?」
「ですからそこが謎なんですよね」
 
「うむむ」
 
「この事件が起きてから、あらためて登山関係者に聞いてみると、この金庫岩と偽金庫岩は、結構間違う人があったらしいです」
 
「あら」
 
「でも普通は少し行った所で、この道はおかしいと思って引き返す。でもこのSOSを作った遭難者は、偽金庫岩の所から4kmも斜面を降りてしまったんですよ」
 
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「急斜面4kmを戻るのもめげそうですね」
「非常食を充分持っていないと厳しいでしょうね」
 

ゆみは考えていた。人生だって間違うことはある。間違ってすぐなら結構回復することもできる。しかし間違ったまま長く進んでしまった場合、その後はどうすればいいのだろう?
 
「まあ僕たちもよく山の縦走はやるんで、道を間違うこともよくあるんですよ」
と紅さやかは言う。
 
「ただ、なんか変だというのはけっこうすぐ気付くよね」
と紅ゆたか。
 
「そうそう。その時、だいたい2つくらい前のポイントまで戻ってみると、正しい道に戻ることができるんですよ」
 
「2つ戻るんですか?」
「うん。1つではダメ。そういう時はだいたい2つ前でうまく行くことが多い」
「面白いですね」
 
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「多分人間って1つくらいおかしいところがあっても自分の都合の良いように解釈しちゃう。でも予定と違う物が2つ続いたら、変だと気付く」
「だから2つ前で正しい道に戻れるのかもね」
 
と紅さやか・紅ゆたかは言った。
 

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「そういえば北海道旅行中だったんですよね?」
「ええ」
「美幌は行かれました?」
「昨日網走からこちらまで、知り合いの運転で走ってきたところで」
「ああ、車ですか」
「ええ。でも初心者の私の腕では、R240/R39のルートは運転無理だと言われて」
「ああ。確かにR39は初心者にはちと辛い」
「冬にR240通るのは、内地の初心者には厳しすぎる」
 
「僕たちの拠点にしている牧場が美幌町にあるんですよ。良かったら寄っていかれませんか? 一宿一飯くらいは提供しますし、行きの運転は僕がしますよ」
 
「それ日本語の使い方変。それと運転は僕がするよ」
と少女Yが言う。
 
「ああ。一応生物学的には女の八雲がした方がいいかもね」
 
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それで、ゆみは少女Yこと桜木八雲の運転で、また美幌町に戻ることになるのである。ついでに少女Xこと桜川陽子も同乗してくれた。
 
しかし女装男子の《こうちゃん》に運転してもらって越えた石北峠を今度は男装女子の少女Yさんに運転してもらって戻るって、おもしろーいと、ゆみは思った。
 

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「でも少女Xさん、少女Yさんって、なぜいつも顔を隠しているんですか?」
とゆみは行きすがらカイエンの助手席で尋ねた。
 
「まあお互いもう時効という気もするんですけどね」
「僕はじつは以前別のアイドルユニットでデビュー予定だったんですが、喫煙で補導されてクビになっちゃったんですよ」
「あらら」
 
「アイドルを首になると同時に高校もクビです」
「あぁぁ」
 
「あれもバカみたいな話で、たばこに興味持って、一度吸ってみようかなと思って、買ってきて1本取り出して火を付けてそれを唇につけた瞬間、すぐそばに座っていた女性から『あんた高校生じゃないの?』って。その人が私服の女性警官だったらしいんです」
と少女X。
 
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「なんて間が悪い」
「だから、私はタバコの煙を一度も体内に入れてないんですよ」
「それでも未成年喫煙になっちゃうんだ?」
とゆみ。
 
「まあ唇につけたら既遂だよなあ」
と少女Xは言う。
 

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「少女Xの方は本人は何も悪いことしてないんですよ」
と運転しながら少女Yが言う。
 
「実はお姉さんが刑事犯を犯しましてね」
「あらら」
「この子も私と同じユニットでデビュー予定だったんだけど、そのままデビューすると、絶対騒がれるってんで辞退したんですよ」
と少女Yは語る。
 
「それ可哀相。でもお姉さん、何をなさったんですか?」
「連続放火魔です」
「わっ」
 
「もっとも病気で精神に変調をきたしてやったことと認定されて懲役5年で済みました。死者も出てなかったし、被害は私たちで何とか弁済したので」
 
「よく弁済できましたね!」
「姉はそもそも燃えてもいいような廃屋みたいなのばかり火を付けていたんですよ。それで損害額が意外に小さかったんです。それでちょうどその頃、私たちチェリーツインでデビューして、『雪の光/命の光』がヒットして凄い印税とかもらっちゃったから、それでチェリーツインの他のメンバーが私にお金貸してくれて、それで損害額を弁済できたんですよ」
 
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「凄い」
「だから実は私はチェリーツインのメンバーにまだ凄い借金がある。あと、もうひとりの妹がロト6を何本も当てて」
 
「それも凄い!」
「当たり番号の予測プログラムとか作ったんですよ。それがうまい具合に的中したみたいで」
 
「そんなプログラム作れるんだ?」
「いや、当たったのは偶然だと思いますけどね。その後、全然当たらないらしいから」
 
「それってきっと神様が助けてくれたんですよ」
 
「私もそう思います」
 

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「でも八雲さんも陽子さんも、元々アイドルグループか何かでデビュー予定だったんですか?」
 
「そうなんですよ。メテオーナというグループなんですが」
 
「え?それKARIONの元の名前ですよね?」
「凄い。知っているんだ?」
「小風ちゃんから聞いた気がしたから」
 
「実は小風、美空、私と八雲、それにもうひとり笹雨って子でメテオーナを結成したんですよ。ところが、八雲が喫煙で補導されてクビになって、笹雨が卍卍プロに引き抜かれてソロデビューしちゃったから離脱して、それから私が姉の事件で辞退して、2人になっちゃったけど、小風はメゾソプラノ、美空はアルトで、これではコーラスユニットにならない。それで、別途『千代紙』というユニットでデビュー予定だった源優子と柊洋子、つまり和泉と蘭子を合体させて4人で新たにKARIONという名前を付けてデビューに至ったんです」
 
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「あれって、最初から蘭子がメンバーだったんだ?」
「ええ。でもいったん蘭子は辞めたんですよ。性転換手術受けたいからって」
 
「ああ。やはりその時に性転換手術受けたんですか?」
「そうそう。だから、ピンチヒッターでラムって外人の女の子を加えて音源制作をやり直した」
 
「やり直したんですか?」
「うん。蘭子を入れたバージョンでほぼマスター音源は完成間近だった。でもそこから録り直した。ところが、明日プレスを始めるという日になってラムがお父さんがインドに転勤になったから辞めたいと言い出したんですよ」
と陽子が語る。
 
「うっそー!?」
 
「それで急遽、性転換手術が終わって休養中だった蘭子を呼び出して、緊急事態だから蘭子が歌ったバージョンに差し戻して発売させてくれと頼んで、蘭子もそれに合意して元々のバージョンを徹夜でマスタリングしてプレスに回したんです。蘭子は手術後の病み上がりだから、デビューイベントには出席させたけど、そのあとしばらくライブには出ていなかったんですよね」
 
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「あのあたりってそういう状況だったのか。じゃ、蘭子ことケイは2007年の末に性転換手術をしたんですね」
 
「11月下旬か12月頭みたいですね。だから高校1年の12月以降は蘭子は女子制服で通学していたらしいですよ。音源制作とかにもいつも女子制服で出てきていたと美空が言ってましたから」
 
「ケイはそのあたりでかなり世間に嘘ついているなあ」
「ケイの高校時代を知っている友人の誰に聞いても、男子制服を着たケイは見たことが無いと言ってたと小風も言ってたから、ひょっとしたら入学した時から女子制服だったのかも。集合写真とかを見直しても、全部女子制服でしか写ってないそうです」
 
「やはりそうだったのか」
「本当は18歳にならないと性転換手術を受けられないのを年齢ごまかして受けたから、それまでまだ手術してないことにしていたんでしょうね」
 
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「ああ、ありがち」
 
「それで初期の頃、蘭子はライブ休みがちだったから、KARIONは4人で歌いはするんだけど、蘭子の代わりにコーラス隊の阿由子って子が前に出てきて他の3人と並んで歌うことも多かったんですよ。だから当時、KARIONというのは、前面に並ぶ4人と後ろでコーラスやダンスをしている4人の合計8人でKARIONで、時々フォーメーション変えていると思っていた人もあったみたい」
 
「へー!」
 

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「笹雨って、卍卍プロなら、もしかして高足佐々さん?」
と、ゆみは訊いた。
 
「ですです。笹雨という名前を使ったら訴訟起こすと警告したんで、本名なのに使えなかったんですよ。でも全然売れませんでしたね」
「卍卍プロに関わった人はろくな目に遭ってない気がする」
とゆみは言う。
 
かつてAYAを一緒にやっていた、あすか・あおいの顔が思い浮かぶ。彼女らは卍卍プロに引き抜かれて《テスレコ》としてデビューしたものの法廷闘争になり短期間で隠退に追い込まれた。その後、あすかは短大卒業後ΘΘプロに拾われて春吉社長が$$アーツ側と交渉して「手打ち」をし、香日明日香(かすあすか)の名前で女優として芸能界に復帰した。現在はテレビドラマやバラエティなどに出演している。しかしあおいは消息不明になり、風の噂では博多でスナックのチーママをしているとも聞いた。彼女は都会議員をしていたお父さんが選挙違反で逮捕され失職したのも不運であった。
 
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「高足佐々もなんか運が悪いですよね」
 
「ええ。歌手としても全然売れなかったし、特撮の***に出たけど撮影中に怪我して降板。そのあと連続ドラマの***に主役の恋人役で出たら、肝心の主役が病気で降板して、巻き添え降板」
 
「そして今はAVに行っちゃいましたね」
「あれ、私もびっくりしました。よくあんな大胆なビデオ撮れるなあと感心してるというか」
「私もけっこうAVのお誘いきたけど、とても精神的に耐えられんと思った」
「よほど男とそういうのするのが好きでもなきゃ、しない方がいいですよ」
 

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