[携帯Top] [文字サイズ]
■夏の日の想い出・東へ西へ(4)
[*
前p 0
目次 8
時間索引 #
次p]
「まあここまでが前提でね」
と千里は言った。
「うん」
「それで、その龍虎にいつもかまっている川南(かな)から提案があってね。デビュー前に、ご両親のお墓参りとか、あと事故現場にも連れて行ってあげられないかと言ってさ」
「ああ、それはいいことだと思う」
「良かったら、関係者一同と一緒に。もっとも全員スケジュールが取れる日は無いだろうから何度かに分けてでいいと思う」
「それ命日がいい?」
「それはこだわらない」
「ちょっと待って」
と言って、私は自分のパソコンで日程を確認する。
「高岡さんたちの命日は12月27日だね」
「うん。それで彼のデビュー番組は12月29日に放送される」
と千里が言ったら
「どういう番組でデビューさせるの?」
と政子が訊く。
私は苦笑しながら言う。
「『性転の伝説Special』と言って、男性タレントさん20人を女装させてその美しさを競うという番組。その番組のラスト20番目に龍虎を登場させる」
「おお!それなら優勝間違いないから、優勝賞品で性転換手術を受けさせよう」
「優勝賞品は性転換手術らしいよ」
「おぉ!!!」
「でもやらせだから、優勝者は既に決まっている」
「アクアなんでしょ?」
「ハルラノの慎也」
「なぜだ〜〜〜!?」
「だって、普通のタレントさんを性転換手術しちゃう訳にはいかないじゃん」
「じゃ慎也を性転換させる訳?」
「そのあたりは、そもそもおふざけの番組だから適当に処理するんだろうけどアクアみたいな美少年を性転換しちゃうと言ったらマジな番組になるじゃん。どうやっても女には見えない慎也ならお笑いにできるんじゃないの?」
「そうだね。慎也なら性転換手術しちゃってもいいかな。おちんちん無くなったら後は頑張って女として生きてもらうとして。あんな顔のおばちゃんも日本全国探したら2〜3人いるかも知れないし」
「いや、ほんとに手術する訳じゃないでしょ」
「そうなの?」
「そんな番組作ったら、テレビ局の社長の首が飛ぶよ」
ただ私は龍虎が言っていた「何か秘密があるらしい」という言葉が少し気になっていた。
千里はこの墓参りと事故現場での追悼について、誰に話を持っていけばいいか迷っていると言った。
「要するに、龍虎の親代わりの人が、取り敢えず里親の田代夫妻、親権者の長野支香、そして支香の心の支えになり、しばしば龍虎の遊び相手にもなってやり、何より高額な医療費とか本人が小さい頃からしていた音楽関係やバレエ関係のレッスン代を出している上島さん、と3組いるから、そのどこに話を持っていくかによってその先の展開が違う気がしてさ」
「あぁ・・・それは物凄く微妙な問題だね」
「でしょ?」
「それと川南が言っていたんだよ。できたら龍虎の最初の里親の志水さんも誘えないかって」
「そういう話なら、多分長野支香と話し合うのがいい」
「そうなるかな」
それで私は千里の同意のもと、長野支香に電話してみた。幸いにも支香はすぐに捕まった。
「お久。どうしたの?ケイちゃん」
「実は龍虎ちゃんのことで相談があるんですが」
「龍虎?ケイちゃん、龍虎を知っているの?」
「先日から色々関わっているんですよ」
と言って、私は“龍虎を昔から知っているお姉さん”から、こういう提案があってということを話した。
「ああ、それ佐々木川南ちゃんでしょ?」
と支香は笑いながら言った。
千里が頷いている。
「あの娘には随分龍虎を可愛がってもらったよ。まるで龍虎のことを《実の妹》みたいに優しく可愛がってくれている。よく映画とか買物とかにも連れて行ってくれたし」
「へー」
と言いながら支香までわざと《実の妹》と言ったなと思った。どうも龍虎の周囲の人間はみな龍虎のことを“よく理解”しているようである。しかし《妹》ということは、きっと女装させて連れ回しているのだろう。
支香はテレビ局の仕事があと1時間くらいで終わりそうだから、その後そちらに回ると言った。支香は結局16時頃、マンションに来訪した。
「初対面だよね?」
と支香が千里に言った。
「なぜか顔を合わせてませんでしたね」
と千里も言う。
ふたりは握手して名刺も交換している。
「電話では昔から何度も話したね」
「ええ。でも歌手の長野支香さんとはつい先日まで思いもよりませんでした」
「私もそれ龍虎から聞くまで作曲家の醍醐春海さんとは思いも寄らなかった」
「ああ。時々電話ではいつも話してるのに顔合わせてない人っているよね」
と私も言った。
それで私と千里と支香の“3人”で話し合った(政子は茶々を入れる専門であった)結果、慰霊は2度に分けた方がいいという結論に達した。
「1度目はできたら初仕事の前に、内輪の人間で。この時は志水さん、田代さん両方の里親も誘う。2度目はいわば公的なメンツで、ワンティスのメンバーにできるだけ全員出席してもらう」
と千里がまとめる。
「うん。その線でいいと思う。田代さん夫妻と志水さんは特に確執のようなものはないよね?」
と私。
「それは無い。志水さんは今でも月に1〜2度は田代家を訪問して一緒に御飯食べたりしている。龍虎は志水のおばちゃんのことも『お母さん』と呼ぶし、田代さんの方も『お母さん』と呼ぶ」
と支香。
「だったら問題無いね」
「ちなみに支香さんのことは?」
と政子が訊いたが
「支香お姉さんだね」
と意味ありげに言う。
「あはは」
「アルトさんのことも『アルトお姉さん』とか『茉莉花お姉さん』と呼んでたね」
(茉莉花:まりか:は春風アルトの本名)
「内輪の方は田代さんと相談して日程を決めるよ。公的な方は上島君と相談してみる」
「結局その2チャンネルで進める必要があるんだろうね」
しかし支香は上島先生のことを「上島君」と呼ぶんだなと私は内心思っていた。ふたりが恋愛関係にあった時期は別の言い方だったのだろうが、例の事件以来ふたりは完全に恋愛感情を断ち切り、支香とアルトさんも一応和解している。もっとも、アルトさんとしては、上島先生と支香との関わりにはいつもかなり神経を使っているようである。特にワンティスが復活して以来、ふたりが会う機会は増えている。
「どちらにも提案者グループは参加したいね。村山さん、龍虎に特に関わっている子といったら、村山さんと佐々木さん、白浜さんあたりだよね?」
と支香が尋ねる。
「その3人が多いです。あと、若生も東京に出てきてから顔を出す頻度が増えました」
「ああ、あの子も昔からよく来てくれていたね。じゃ、龍虎の芸能活動の日程を見てから、私が田代さん、志水さんと相談していくつか良さそうな日程を選んでそちらに伝えるよ」
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
それで支香は龍虎のスケジュールに関して§§プロの田所さんに電話して空きを確認していた。向こうは途中で紅川社長自身と代わったようである。
「なるほど・・・・なるほど」
と支香は頷いている。
そして電話を切ってから言った。
「龍虎のスケジュールは12月以降は、全ての土日祝日が埋まっている。冬休みは全て埋まっている」
「あぁ・・・・」
「アクアの写真とか歌唱とかを見聞きして、どこのテレビ局も物凄く興味を持っているらしい。それと、春からのドラマに出演が決まった」
「わっ」
「それで本当に時間が無くなるみたい。でも1月3日は空けられるかもということ。これ紅川さんの方で調整してくれるらしい」
「助かります。じゃ、公的慰霊はその1月3日で、私的慰霊は11月中がいいかな?」
「うん。紅川さんもその線を推奨してた。やはり公的な慰霊については上島君に音頭を取ってもらうのがいいだろうと紅川さんも言ってた」
「じゃ、その線で進めましょう」
千里と支香は20時頃一緒に帰って行った。
その後、私は晩御飯を作りながら政子とおしゃべりしていたのだが、そこにΛΛテレビの武者プロデューサーが来訪した。
「突然お伺いして済みません。マネージャーの秋乃さんにご連絡したら、そういう複雑な話は直接御本人と話してくださいと言われまして。今夜はおられるはずだとお伺いしたので」
という。
「ええ。今日はたまたまいたんですよ。明日はまた予定が入っていたのですが」
ここの所、ローズ+リリー、KARIONの両方の制作で今私は物凄く多忙である。ちなみに(秋乃)風花は別にマネージャーではないのだが。
「あ、そういえばさっき風花から何か連絡入ったよ。内容はよく分からなかったけど」
などと政子が言っている。
「それで実は」
と言って武者さんが話し始めたのは、12月1日(月)に収録し、12月29日に放送する『性転の伝説Special』という番組の審査員になってくれないかというのである。
私はこの企画自体に関わっていたので、その件で話が回ってきたのかと思ったのだが、話している内に、武者さんは、私が元々この企画に関わっていることを知らないようであることに気付く。政子も自分たちがその企画を知っていたことは決して言わないものの、武者さんの話を面白そうに聞いている。
「どういう人が出演するんですか?」
と政子が訊くとリストを見せてくれた。
Wooden Fourの本騨真樹、ハイライトセブンスターズのヒロシ、Rainbow Flute Bandsのポール、俳優の高橋和繁、ハルラノの慎也、スカイロードのkomatsu, ローズクォーツのサト、サッカー選手の田安達郎、大学教授の篠川英太、などといった名前が並んでいる。
しかしヤスじゃなくて結局サトになったのか!?
まあ笑いを取るにはいいかもね〜。
Rainbow Flute Bandsは先日の企画書ではキャロルになっていたが、多分断られてポールが代わってくれたのだろう。
「それで審査員長には『朝起きたら』の映画監督・荻田美佐子さんが決まり、他にお笑い系の人が欲しいということでハルラノの鉄也さん、最近女装者として人気の高いローズクォーツのリーダー・タカ子さんと、この3人が確定しているのですが、あと2人入れて5人にしたいということで、性転換者の中でいちばん旬の人は誰だろうと考えたら、ケイさんのような気がしたので、お忙しいとは思ったのですが、お願いできないかと思いまして」
ああ・・・ハルラノの慎也が優勝予定だから、相方の鉄也は審査員なのかと思い至る。しかしタカはみんなから本当の女装者だと思われているようだ。ついでにクォーツのリーダーと思われてるし!
なお、『朝起きたら』は女装者を含む男2人と女(?)1人の共同生活を描いた映画で、1970年代の人気青春ドラマ『俺たちの朝』へのオマージュであることを監督自ら語っている。制作費2000万円は荻田さんの自腹だが、ひじょうに美しい映像になっており、この低予算でこの品質の映画を作ったのは凄いとも評価され、荻田さん自身の出世作にもなった。
「面白そうな番組ですね。でも私、今物凄く多忙で、本当に時間が取れないんですよ。特にその時期はツアーの直前ですし」
「ああ、やはりそうですか」
「それと私のイメージ戦略として、あまり三枚目的なキャラは演じない方針なので、その手の番組は基本的にお断りしているんですよね」
「ああ、確かにそういう傾向でイメージ作りをなさってますよね。トランスジェンダーの方も色々ですよね。椿姫彩菜さんなども正統派イメージですが、はるな愛さんとかはお笑い系で売ってますし」
「そうそう。トランスジェンダーも色々なんですよ」
その時に唐突に政子が言い出した。
「ケイが出ないなら私が審査員で出ようか?」
「ほんとですか? ぜひぜひお願いします」
と武者さんが嬉しそうに言った。
マリはテレビなどへの露出が、私以上に少ない。武者さんが喜んでいるのも、めったにテレビに出ないマリを引き出すことができたからだろう。
しかしマリとアクアの絡みを考えたら、私は頭が痛くなってきた。
ゆみは大洗港から10月28日18:30のフェリーに愛車ポルシェ・カイエンごと乗船した。《さんふらわあ》のデラックスルームでぐっすり眠り、夜が明けた後は、のんびりと船内を散歩して回ったりした。自分に気付いた人からサインを求められたが
「じゃ私と会ったことをどこにも書いたり話したりしない条件で」
と言ってサインに応じた。
29日の13:30、苫小牧港に到着する。フェリーから車に乗って下船したあと、送迎見学者用駐車場に入れる。ここで待っていてくれというのが、醍醐先生からの指示だったのである。
寒いのでアイドリングしたまま待っていると、すぐに23-24歳くらいの女性が近づいて来た。ゆみは窓を開けた。
「こんにちは。水森さんですか?私、村山千里の友人で、天野貴子と申します」
と笑顔で挨拶する。
「こんにちは、水森優美香です。よろしくお願いします」
とゆみも笑顔で挨拶した。
ゆみは天野さんと一緒に地元のカー用品店に行って、ワイパーとウォッシャー液を寒冷地用に交換、解氷剤とアイスクレーパーを買い、ホームセンターに移動してプラスチック製雪かき、カセットコンロと鍋に水も買った。また天野さんは
「あなたの格好は寒すぎる」
と言って、衣料品店に行き、北海道の冬向けのパワフルな防寒服を勧めてくれた。確かにそれを着ると暖かさがまるで違った。
「東京では暑すぎるかも知れないけど」
「いえ、北海道で凍死したらやばいですから」
その後、彼女の運転で少し山の方に行き、雪の積もっている広い駐車場に行った。そしてここで「スリップする練習」をさせてもらったが、これがなかなかスリル満点だった。しかしこの練習のお陰で、ちょっとだけ自信が付いた。
また駐車したらワイパーを立てておくこと。もし立てるのを忘れていたら確実に融かしてから使わないと一発で破損することを教えてくれた。
「そのためにカセットコンロと鍋が必要なのか」
「コーヒー入れたりカップ麺食べるのにも使えますし」
「そちらが目的かと思った」
「男性は最悪体内から出るある物体を掛ける手もあるのですが、女性はやめといたほうがいいです」
「あははは」
また万一車中泊になった時にアイドリングしていると積雪で排気口がふさがり一酸化炭素中毒死する危険があるから絶対アイドリングしたまま寝ないようにと言われた。
「毛布は持ってますかね?」
「登山用寝袋持って来ました」
「じゃ大丈夫ですね」
苫小牧で2泊し、翌30日は支笏湖まで往復したが、この往復にも天野さんが同乗してくれたので、その道すがら「急のつく運転(急ブレーキ・急ハンドル)をしないこと」など雪道の運転について色々教えてもらった。またタイヤが左に流されたらハンドルを少しだけ左に切れと言われた。
「ああ!それ自動車学校で習った記憶ある」
「みんな習うけど、いざという時は忘れて右ハンドル切ってスピンしちゃうんですよ」
その後、天野さんと別れて31日は日高に移動。牧場などを見る。11月2日には襟裳岬に行き『襟裳岬』の歌碑が2つ(島倉千代子・森進一)あることに驚いて、思わずケイたちにメッセを送った。そして3日は帯広に移動した。
11月3日の夕方XANFUSの光帆がテレビ局から出てくるところを“偶然”音楽雑誌の記者がキャッチ。インタビューを求めたのに応じて、光帆は「音楽の勉強のため」離脱した音羽はいづれ戻ってくると信じているということ、音羽自身とはちゃんと連絡が取れていること、そして今度のドームツアーは1人だけだけど頑張ると言った。
この光帆の生の声が公開されたことから、全く売れていなかったXANFUSのドームツアーのチケットは少しだけ売れた。
しかし売り上げが悲惨な状況は変わらず、悠木社長は大量にテレビCMを打ち始めた。しかしCMを打ってもチケットの売れ行きの数字が全く動かないため、悠木社長は焦りの色を濃くしていった。
[*
前p 0
目次 8
時間索引 #
次p]
夏の日の想い出・東へ西へ(4)