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3月26日(土)朝6時半。
千里が津気子に
「10日くらい旭川に行ってくる。駅前まで送ってくれる?」
と言うので、津気子は車を出して千里を駅前まで連れて行く。
「多分4月5日・火曜に戻ると思う。御飯は適当に食べててね、これ御飯代」
と言って千里は津気子に4万円入った封筒を渡した。
「ありがとう」
それで津気子が自宅に戻ると、千里が朝御飯を作っていて
「お母ちゃん、お帰り。朝御飯とお弁当作っておいたよ」
と言うので、津気子は
「まいっか」
と思って、千里が作ってくれた朝御飯を食べた。
むろん駅に行ったのがRで、ここに居るのはYである。
千里がくれたお金は・・・もらっておくことにした!!
駅に行った千里の方は、駅前で清香・沙苗と待ち合わせた。やがてそこに公世・弓枝を乗せ、公世たちのお母さんが運転するヴォクシーが来る。
「お早うございます。お世話になります」
と言って千里たちは乗り込んだ、ここで座席は、公世が助手席、2列目が沙苗と弓枝、3列目に千里と清香である。
千里が(正確にはコリンが)コンビニで肉まんと暖かいお茶を買っていたので、それをみんなで食べながら、おしゃべりして旭川に向かった。
いつもの旭川行きでは往復とも瑞江に運んでもらっていたのだが、いつも悪いと弓枝さんが言い、行きは弓枝たちの母に運んでもらった。ガソリン代+高速代として4500円(1人900円)をお母さんに渡している。
旭川駅で道田さんと合流する。
「大海(ひろみ)さん、ご卒業おめでとうございます」
「さんきゅ、さんきゅ。卒業祝いくれるなら現金とか商品券がいいな」
「では取り敢えず拍手で」
と言って千里は拍手したので、他の子も拍手した。
「うん、ありがたい」
ということで、道田大海は19日に大学を卒業した。4月1日付けで天野産業の社員になることになっている。
旭川駅から一緒にきーちゃんの家に行き
「お世話になります」
と挨拶して、濃厚な練習を始める。
きーちゃんは千里を手招こして訊いた。
「その後、身体の調子がおかしかったりはしない?」
「え?特に何も無いですが」
「異常が無ければ良かった。やはり、あんた丈夫だね」
と、きーちゃんは言っていた。
午前中はジョギングに行き、帰ってきて着替えてシャワーを浴びてから筋トレをする。お昼を食べて休憩した後で、午後から素振り、掛かり稽古などをする。おやつを食べて休憩した後、3時頃から対戦方式で練習をした。
この道場は冬になる前にオンドルを造り込んだのでかなり暖かい。足袋でも冷たくないし、昼寝するにも気持ち良い。弓枝がよく練習疲れから寝ていた。
清香は例によってシャワーを浴びた後、裸で素振りをしていたが、柔良が居ないので、沙苗におっぱいの揺れ方を確認させていた!(弓枝さんに頼むのは恐れ多い)沙苗は「ひー」と思いながらチェックしていた。
『女の子になるということは、こんなこともしないといけないということなのね』
などと沙苗は思いながら、しっかりおっぱいの揺れ具合を見て報告していた。
(清香が特殊なだけだと思う)
食事の準備や洗濯はコリンがやってくれる。部屋割はこのようにした。
No.2 千里・沙苗
No.3 清香・大海
No.4 弓枝・公世
3月27日(日)には、越智さんが来て、みんなを指導してくれた。
「みんなそれぞれ進化している」
と言って、越智さんは満足そうであった。
「工藤さんの妹さんもかなり進化している。この分だと1年後くらいには、村山さんや木里さんの去年くらいのレベルに迫れるかも知れないね」
などと越智さんは言っていた。
道田さんも頷いていたので、実際そのレベルかも。
「1年後に昨年の村山さんたちのレベルか」
「まあ、その間に私たちはまだまだ精進している」
「アキレスと亀みたいに永遠に追いつけなかったりして」
「でも実際にはアキレスは亀を追い越すからね」
「公世も私たちを追い越せるよう頑張ろう」
「うん。頑張る」
千里たちが旭川で合宿している間、如月や詩歌たち1年生は天野道場で、忌部さん(いんちゃん)の指導を受けていた。いんちゃんは剣道の腕は錆び付いているとは言っていたが、このレベル相手なら充分アドバイスしてあげられるし、対戦して指導もしてあげられる。
千里が居ない時に、こうちゃんは絶対に呼べない!
旭川組は28日以降はまた6人だけで続け、4月2日の午後を買物などしたい人のために自由時間にした。もっとも清香と沙苗は買物にも行かずずっと練習していた。千里は天子のアパートに行き一緒に過ごした。
4月3日(日)には再度、越智さんに見てもらった。そして、千里以外は4月3日夕方、瑞江が運転する日産セレナで留萌に送ってもらい帰還した。
清香たちは4月4,5日は各自素振りなどで練習したり、留萌市内の天野道場に顔を出したりしていた。ここは市街地でクマの心配は無いが、狭いのが問題である。
千里だけは4月3,4日も旭川に泊まり、きーちゃんからフルートとピアノ・龍笛のレッスンを受けた。
「ピアノやフルートも上達してるけど、やはり龍笛があんたにいちばん合ってるみたいな気がする」
ときーちゃんは言っていた。
「私も龍笛がいちばん好きかも」
などと言っていたら、瑞江が来る。4月5日の10時頃だった。
「もう帰りの時刻だっけ?」
「その前に、さるお方から、これを言付かりました」
と言って、瑞江は1本の龍笛を千里に渡す。
「千里さん、かなり龍笛が上達してきてるので、これを使って下さいということです」
これまで千里(千里R)が使用していたのは TS No.228 の龍笛だったのだが、新たに渡された龍笛は TS No.210 で何か名前も彫られている。行書で“赫夜”と書かれている。
「あかあかよる?」
と千里は読んだものの自信が無い。
「“かぐや”ですよね?」
ときーちゃんは瑞江に確認する。
「はい、そうです。“かぐや姫”の“かぐや”です」
「へー。かぐや姫ってこんな字を書いたのか」
「“赫”の字は“赤”を2つ並べて、赤赤(あかあか)と明るいことを示します。かぐや姫は光輝く姫だったことから、そう名付けられました」(*49)
「でもこの笛、物凄い名品のような気がする」
「吹いてみて下さい」
実は、No.200“織姫” No.210“かぐや” No.220“白雪” No.230“銀河”は同じ天然煤竹から作られた姉妹笛である。梁瀬さんの最高傑作だ。
(*49) “赫”の字の訓読みは“あかい”“あきらか”で音読みが“かく”(漢音)、“きゃく”(呉音)。つまり“赫夜”を“かぐや”と読むのは音読みである。
(“夜”の字は音読みが“や”で“よ”“よる”は訓読み)
赫の字を使った熟語にはこのようなものがある。
赫灼(かくしゃく)光輝く様。元気な様の“矍鑠”とは同音異義語。
赫怒(かくど)真っ赤になって怒る。
赫喧(かっけん)人格や様子が堂々としていて立派な様。
赫赫之光(かっかくのひかり) 激しく輝く光。それにたとえて名声が高く勢いがあること。
千里がその“赫夜”を吹くと、とても素敵な音が出た。
「これは良い音のする笛だ」
「音を聞いただけで心が明るくなる感じ」
倍音が少なめで透き通るような音なのである。
「だから“かぐや”と名付けたんでしょうね」
「今までの笛は?」
「そのままお持ち下さいとのことです。あるいはオーバーホールさせましょうか」
「一度メンテしたほうがいいかもね」
ときーちゃんが言ったので、瑞江はそれを持ち帰ることにした。A大神の指示により、栃木県の岸本メイにメンテナンスを依頼されることになる。
半年後に戻って来たNo.228には“若竹”の名前を書いたシールが貼られていた。No,222“月姫”などもそうだが、メイが付けた名前は本体に彫るのではなくシールで貼られている。
ちなみに、222(月姫) 224(琴姫) 228(若竹) 229(天照) は 200, 210, 220, 230 を作った煤竹の隣にあった煤竹から製作されたもので、これも元々の素材がかなり良い。どちらも1880年に建てられ1985年に解体された初山別村の古い民家の囲炉裏の上にあった竹を使ったものである。
囲炉裏の天井にあった4本の竹の内、いちばん良い状態にあった竹から200などが作られ、その次に良い状態にあった竹から222 などが作られて、その次に良い状態にあった竹から 221 225 226 227 が作られている。もう1本の竹はメイにそのまま渡され、メイ自身の作品として、NS No.1000-1003 の番号が与えられた。NS=那須。この4本が作られたのは梁瀬龍五歿後10年経った年であった。
千里は11時半まで龍笛の練習をしてから、瑞江に送ってもらって駅前まで行き、お昼の高速バスで留萌に帰還した。
旭川駅前12:30-14:19留萌駅前
2005年4月新しい年度が始まる。千里たちにとっては中学最後の学年である。