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宮司さんが祝賀会に行っている間は、祈祷希望のお客さんとか来ませんようにと思っていたのだが、いらっしゃった!!
鎹(かすがい)さんとおっしゃる方で、市内で不動産業を営んでおられるらしい。しかし最近商売があまりうまく行っておらず、開運厄除の祈祷をお願いしたいということだった。
「私自身ここ10年ほどモグラ叩きのように身体のあちこちに異常が出て悩んでいるのですが、今年は息子が大学受験で、夜中勉強しているとラップ音がうるさくて集中できないとか言って。それで息子は忙しいので取り敢えず代表で私だけでもお祓いを受けてこようと思ったのですが、宮司さん、お留守でしたか」
と、とても残念そうである。
千里が見るに、この人、かなりの量の雑霊を憑けている。これだけ憑けていたら体調も悪いだろうと思った。
「でしたら、取り敢えず御祓所で簡単なお祓いだけでもしましょうか。少しは軽減されるかも知れません。家のお祓いでしたら、あらためてそちらにお伺いするように宮司に申し伝えますよ」
と千里は言った。
「お願いします」
それで千里は蓮菜と玲羅に受付を頼み、小町を連れて鎹さんと3人で御祓所に入った。普段は車祓いなどをする場所である。
小町が鈴祓いをする。それだけで結構な量の雑霊が剥がれた。
小町が太鼓を叩き、千里が龍笛(TS No.222:千里Yの常用龍笛)(*26) で『清空楽』を演奏した。浄化に特に効果のある楽曲である。
そして千里がこの曲を吹いている間に。鎹さんの身体からどんどん雑霊が剥がれていく。千里はそれを視線を向けるだけでどんどん破壊した。雑霊たちの断末魔の声が凄まじい。小町は太鼓を叩きながら
「やはり千里さん、すごーい」
と思っていた。
千里の演奏は10分ほども続いたが、その間に鎹さんに憑いていた雑霊は全て外され、破壊されてしまった。
「なんか物凄くすっきりしました。身体が軽くなった気がします」
あれだけ憑けてたらねぇ〜。
「そうですか。良かったですね」
と千里は笑顔で言った。
「すみません。お代は?」
「このくらい無料で。宮司が祝詞を上げた訳でも無いのに料金など取れませんから」
「分かりました。では家祓いの時にまとめて」
と鎹さんは言って帰って行った。
千里は夕方戻って来た宮司に、鎹さんの件を報告した。勝手にお祓いをしたことについて謝ったが
「巫女さんがお祓いするのは普通だから問題無い」
と言われた。
家祓いの件については、宮司が直接鎹さんに電話して、来週の日曜日、2月20日に行うことになった。
「千里ちゃん来てよね(ほぼ千里に頼っている)」
「はい、もちろん」
「花絵、手伝って。さすがに新婚の巫女長を引っ張り出す訳にはいかない」
「りょうか〜〜〜い」
梨花は結婚後もこの神社の巫女(巫女長)を続ける。実際梨花に代われる人なんて居ない。宮司でさえ不確かな所のある、様々な神事の次第をしっかり把握している。しかし一応今月いっぱいは“原則として”お休みということにしている。結婚に伴う特別休暇+有休の溜まっていた分を使用する。
その間は事実上の巫女No.2である高校生の純代と、宮司の孫である花絵の負担が大きくなる。もちろん千里・蓮菜の負荷も大きくなる。
2月14日はバレンタインデーである。女の子も男の子も男の娘も心騒ぐ日である。
日本でバレンタインデーのキャンペーンが行われた最初は1958年の新宿伊勢丹でメリーが行ったものと思われるが、この時に売れたチョコはわずか3個だったらしい。しかし1970年代半ば頃から中高生の間で話題になり始め、1980年代になると、完璧に季節の行事となった。
初期の頃は好きな人に告白する行為だったが、特にホワイトデーが生まれてからは、恋人や夫婦間で贈る方が主流となった。更に義理チョコ・友チョコ・社内チョコなどまで出来てもはや趣旨不明になりつつある。
ということで、受験勉強中の貴司は、千里がどんなチョコをくれるか楽しみにしていたのであった。
貴司は年内くらいは土日は神社に行って、倉庫部屋(ここはほぼ貴司の私室と化している)で漫画を読んでいたのだが
「さすがに少しは勉強しなさい」
と叱られて、年明けてからは自宅から出ずに一応問題集などをしている。
貴司としても“答案に名前さえ書けば通してくれる”U高校にはバスケ部が無いので、何とかバスケ部のあるS高校に入らなければならない。S高校の入試に通るためには最低でも九九が分かってないといけない!ので、貴司は今頑張って小学3年生の問題集をやっているのである!!
「はち・しち・・・54? あ、違った」
などとやっているレベルである。
2月14日(月).
貴司は授業を受けながら心は上の空(うわのそら)で、チョコのことばかり考えていた(どっちみち授業内容はほとんど分からない)。
昼休み。千里がチョコを持ってきてくれるかなあ・・・と思っていたが、千里は来なかった。
授業が終わり、掃除をして終わりの会をする。しばらく教室に居たが、千里は来ない。
貴司は待ちきれなくなり、まずは女子バスケット部が練習しているサブ体育館に行ってみた。千里は居ない。
中谷(数子)さんがボールを追いかけてこちらにきた所に声を掛けてみた。
「千里は来てない?」
「村山さんはめったに練習来ませんよ」
「そう?ありがとう」
剣道部のほうかなあと思い、メイン体育館に行ってみる。剣道部で練習している千里を見付ける。防具を着けて対戦中である。顔は見えないが“村山”という名札が付いているので分かる。“工藤”という名前を付けた子と対戦している。格好いいなあなどと思って貴司は見ていた。
やがて対戦は終わった。千里が勝ったようである。
貴司は千里に声を掛けた。
「ね、ね、千里。何か忘れ物とかは無い?」
「忘れもの?何だろう?」
と千里は首を傾げている。
「今日は何日だっけ?」
「えっと・・・2月16日かな?」
と言って、隣の今対戦した相手の子に訊いている。その“工藤”という名札を付けた女子は
「14日だよ」
と訂正した。
「2月14日だって」
と千里は貴司に言った。
「えっと、だから忘れ物とかは・・・」
と貴司は言ったが、そこに顧問の先生が来て
「村山さん、ここに記入漏れがあるんだけど」
と言った。
「はい、すみません。じゃ貴司またね」
と言って、千里は向こうに行ってしまった。
そんなぁ・・・・
と貴司は思い、とぼとぼと体育館を出た。
今年は他の女の子で貴司にチョコをくれた子は居なかった。他の子とデートしようとすると確実に潰される(*21) ので、ガールフレンドはほぼ居なくなっている。
(*21) 貴司の浮気を潰しているのはたいてい“千里Bs”である。“千里Bw”のほうはまだ休眠中である。たぶんあと半年くらいは目覚めない。A大神や千里GはBwは永遠に目覚めず、その内“千里Bs”に吸収されて消滅するのではと思っていた。
千里Bw: B-weak 元々の千里Bで消極的で流される性格。『私男の子だしぃ』とくよくよしてる子。長く冬眠していたのは精神的に自滅したため?
千里Bs: B-strong 千里Bの怒りから生まれた強い性格の子。積極的で行動的。自分は女だと主張する。貴司の浮気を絶対許さない。Bwの冬眠中、Bsは貴司の浮気を潰したついでに何度も自分が代わりにデートしている。
キスをして身体接触もかなり濃厚にしているが、まだこの時点ではセックスには至っていない。でも貴司はだいぶ“触られた”ので、セックスに至るのは時間の問題と思っている。女性関係が続かない貴司が千里とはずっと続いているのはBsと身体の関係寸前の状態にあるためである。
心理学的にいえばBw/Bsはお互いにシャドウだと思われる。
それで貴司は失意のまま教室に戻り、通学鞄を持って半分意識が飛んだ状態で自宅まで帰った。
「ただいまあ」
と言って、家の中に入ると、小学生の妹、理歌と美姫が一緒に宿題をしていて
「お兄ちゃん、荷物来てるよ」
と言った。
「ありがとう」
と言って、居間のテーブルに載っているものを見ると、差出人“村山千里”である。たちまち心がバラ色になる。
それで開けてみると、ロイズのチョコレート・セットであった。
「おぉ!」
と貴司は声をあげて、思わずそのチョコレートの箱を抱きしめた。
「千里ありがとう!でも直接渡さずに配送するって、なんて奥ゆかしいんだ」
などと思っている。
メッセージカードが添付されていて、千里の可愛い字で
「貴司、受験頑張ってね」
と書かれていた。ハートマークが添えられているので、貴司は思わずそのメッセージカードにキスした。
兄の行動を呆れて見ていた妹たちは、
「それチョコ?少しちょうだい」
と言った。
このチョコの配送手続きをしたのは、千里Gである。Rはバレンタインとかきれいさっぱり忘れている。むろんYはバレンタインなど贈るはずもない。Bwはずっと冬眠しているし、Bsもほとんどの時間寝ている。
バレンタインで、蓮菜はむろん田代君にあげたし、留実子はむろん鞠古君にあげた。恵香は野球部3年の山田君にあげた。彼はたくさんもらっていた。玖美子はバレンタインには興味が無い。沙苗はP神社の宮司さんにあげた。
セナはかなり悩んでいたが、沙苗に励まされて、剣道部3年の古河君にあげた。ちなみに古河君は、セナが元男の子とは知らないが、彼も5-6枚もらったので、たぶん問題無い。
この日(2/14) 千里Yはいつものように、15:10に授業が終わるとすぐに(掃除・終りの会はRに任せて?)S町バス停に出現し、バスでC町まで行く。そしてP神社に入る。
神社は現在梨花が休暇中なので、昼間居るのは、花絵と(宮司の奧さん)林田さんだけである。林田さんは原則として内向きの仕事だけをして、神社の表(おもて)には出ない。小町も昼間は小学生の振りをして学校に行っている。
それで千里が神社に来ると、受付・兼・御札授与所の所に居た花絵が
「ひとりで辛かった。しばらく代わって。少し出掛けてくる」
と言うので、
「着替えてから」
と言い、荷物を巫女控室に置き、シャワーを浴びてから巫女衣装に着替える。千里が巫女衣装で出てくると、
「じゃ行ってくるね」
と言って、花絵は出掛けてしまった。千里は受付の所で勉強しながら待機する。
花絵が出掛けている間に、昨日龍笛によるお祓いをしてあげた鎹さんが、奧さん?と息子・娘2人ずつを連れてやってくるので笑顔で会釈しながらも少し驚く。家祓いは日曜日にやる予定だったのだが。
「あ、いたいた。昨日の巫女さんだ。悪いけど、女房と息子・娘たちにも昨日僕にしてくれたお祓いをしてくれない?」
などと鎹さんは言っている。
「少々お待ちください」
千里は林田さんに声を掛け、一時的に受付を頼んだ。林田さんは一応女性神社職員の服装である。白衣(しらぎぬ)(*23)に袴だが、緋袴を穿く巫女さんと違って袴の色は松葉色である(*22)。千早(ちはや)も着けていない。
(*22) 巫女さんの袴は基本的に緋色であるが、神社の一部には既婚または年長の巫女が茶色の袴を穿く所もある(巫女であれば全員緋色の所も多い)。白・浅葱色(あさぎいろ)(*24) ・紫の袴を穿いているのは巫女ではなく女性神職である。特に紫を穿いていたら多分その神社の宮司か禰宜(ねぎ)さん。とっても偉い人。事務の女性の場合は松葉色や紺色を穿く所が多い。
実際の色合いは神社によってかなりまちまち。↑は一例である。紫には幾つかランクがあるが、ここでは説明を割愛する。
また超上位の神職も白を穿くが、普通の神社には居ない。この意味の白い袴は神社本庁の統理、伊勢の神宮の大宮司のみである。普通の神社で白を見たら、たぶん浅葱色の下のランク。つまり超上位の神職と最下位の神職が偶然にも白なのである。前者はとっても豪華な袴なので見れば区別が付く。見なくても雰囲気で区別がつく。
(*23) 巫女さんが着ているものは白衣(しらぎぬ/びゃくえ)、看護師さんが着ているのは白衣(はくい)。どちらも萌え対象である!!
何?若い修行中の坊さんが着ている白衣(びゃくえ)にも萌えるって??筆者には分からない世界だなあ。
(*24) “あさぎいろ”という色には“浅葱色”と“浅黄色”があるので電話で色名を伝える場合は、とっても注意が必要である。メールでも変換ミスに注意したい。前者は青系統、後者は黄系統の色である。不安な時は“青系のほうの浅葱色”“黄色系のほうの浅黄色”と書いたほうが無難かも。