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2月20日(日).
千里YはP神社宮司さん・花絵さんと3人で、先日神社を訪問して“人間は”お祓いを受けた鎹さんの御自宅を訪問した。鎹さんの不動産屋さんの事務所は留萌市街地にあるのだが、御自宅はB町の丘の上にある。
車を降りてから、花絵さんと千里は
「これ昔の鰊御殿(にしん・ごてん)みたい」
と言い合った。
鰊御殿(にしん・ごてん)というのは、ニシン漁が盛んだった時期に、大きな収益が出て建てられた巨大な邸宅のことである。この家も築100年近い雰囲気だ。千里は昨年増毛(ましけ)でもこんな感じの家のお祓いをしたなあと思い出していた。
「かなりどんよりとしてますね」
「ラップ音くらいするでしょうね」
と千里と花絵は話した。もっとも千里は、思ったほどは酷くない気がした。あの住人の雑霊の憑きかたからは、もっと酷い状況を想像していたのだが。
宮司はさすがに余計なことは口にしない。
中に入れて頂くが、この時、花絵さんが千里に小声で言った。
「家守さんが居ない」
うーん。梨花さんもそういうの分かるみたいだけど、私全然分からない!私って霊感無いもん、などと千里(千里Y)は思っている。
広い応接室でお話を聞く。
・基本的にラップ音が凄い。実際に家が古くなってきしんでいるのではと思い建築会社に見てもらったが、超音波などで調べてもらった範囲では建物自体に異常は無いと言う。むしろ太い柱や梁が使われており、物凄くしっかりしていてまだ200-300年は持つと言われた。
・昼寝などしていると、どこかで宴会などしているような声がすることがある。
・大量の魚の臭いがするが、実際にはどこにも魚は見付からない。
・多数の人が騒ぎながら敷地内に入ってきたような音がするので玄関を開けてみても誰も居ない。
・ピンポンが鳴るので玄関に出てみても誰もいないことがよくある。
・電話が掛かって来て取っても発信音しかしないことがよくある。
・階段を降りてくる音がするが誰もいなかったりする。
・全員何かと病気がちで通院している。食生活に問題があるのではと医者から言われ、妻は栄養計算しながら御飯を作っているが、症状は改善されない。
「実は上の2人の息子を産んだ女房はおかしくなってしまって、離婚して家を出たんです。今の女房はそのあと結婚して下の2人の娘を産みました」
と御主人は言う。
奧さん若いなと思ったらそういうことだったのかと花絵は思う。
「その前の奧さんは今は?」
「この家を出たあと1年くらい療養していたら健康を回復して、その後、深川の電器店をしている男性と結婚して2人男の子を産みました。だからこの息子2人の弟たちになりますね」
「健康回復したのならよいことですね」
と宮司は言ったが、その後妻さんが暗い顔をしているので、花絵は、この人も離婚しようと思い詰めているのではと想像した。
神棚が飾られている居間に移動する。
「すみません。神棚のお酒・塩・米を新しいものに交換して頂きたいのですが」
と花絵が言う。
「あ、すみません」
それで長女さんが塩と米を交換してくれた。それまでのは3〜4年は交換してない感じだった。
「お酒は先日のお祓いで頂いたもの使っていいですかね」
「はい、それでいいですよ」
それで長女さんは、P神社の名前が入った御神酒を神棚に供えた。
「榊をこれに交換して下さい」
と言って、花絵が(多分必要になると思って持って来た)榊を渡すので、長女さんが交換していた。それまでのは完全にドライフラワーになっていた!
たしか受験する人がいると言ってたし、この長女さん17-18歳に見えるから、この人が受験生かなと花絵は思う。来週くらいが国立の前期試験だよね?大変だなあと思った。
和太鼓を縦に設置する。花絵が2本の撥(ばち)で打ち始める。千里の龍笛(TS No.222) の演奏が始まる。宮司の祝詞が始まる。
神棚を中心に明るい光の玉のようなものが生まれ、次第にそれが広がっていく。
それはまずP神社の3人を包み込み、やがて居間全体に広がって鎹さん一家も包み込んだ。そして家全体に広がっていく。花絵は太鼓を打ちながらその光の広がりの“外縁”を感じ取っていた。
宮司は祝詞を終えようとしていたが、目でサインを送る。それで宮司は終わりかけていた祝詞を無理矢理延長し、根の国に持って行かれた穢れ禍を更にどこか遠くへ持ち運ばれ、神の光が津々浦々を明るく照らし、諸人の心が安寧になどど、アドリブで祝詞を追加してくれた。さすが50年以上神職をやっているだけのことはある。
それで祝詞は宮司が終わらせようとしていた所から更に3分続いて終了した。その時は、神棚の所で生まれた光の玉は、この家の敷地全体を包み込んでいた。祝詞が終わった時、花絵は天から神様が降りてきて神棚に収まったのを感じた。
お祓いは成功した、と花絵は確信した。
「部屋祓いを致します」
と千里は言い、カバンを持って席を立ち、御主人に案内してもらってこの広い家の各部屋を回る。千里はカバンの中から陶器の白い小皿を取り、各々の部屋で一瞬考えてから、千里が“最適”と思った場所に皿を置き、そこに盛り塩をした。
「この塩は一週間たったら適当に処分して下さい。普通のゴミに出していいですし、家の周りに撒いてもいいです。家の周りに撒くと結界代わりにもなります」
「じゃ家の周りに撒こうかな」
「皿も捨てていいですし、あるいは普段使いしてもいいです。もし一週間以内に誤ってひっくり返したりしたような場合は、新しい塩を似たような感じに盛って同じ場所に置いてください」
「分かりました」
「置いてあった場所が分からなくなったら」
「だいたい同じ場所なら問題ありません。不安ならマスキングテープでも貼っておけばいいかも」
「貼っておきます!」
子供たちの部屋は鍵が掛かっているので各々の子供に開けてもらって中に入った。下の妹2人の部屋は女の子らしい可愛い雰囲気の部屋で、ゴミなども落ちておらずきれいだった。
むしろ綺麗すぎる、と千里は思った。恐らくは、逆にそれがこの家に巣くっていた霊団の影響なのかも知れない。
チラッと斜め後ろに気配をやる。実は、祝詞を上げ終わった所で千里は密かに、びゃくちゃんを召喚したのである。そして部屋の守りを盛り塩で作った所で、彼女に“治せる範囲で病気の治療をしてあげて”と予め言っておいた。
びゃくちゃんは妹2人に生理不順があるのを見て卵巣の機能を回復させてあげた。他にも少しトラブルはあるが、多分生理不順が治ればそれも回復すると、びゃくちゃんは思った。
次男さんの部屋は足の踏み場が無いほど汚く本人も恥ずかしそうにしていたが、千里は気にせず、上手に床の物を踏まないように、この部屋の“ポイント”まで行って皿を置き、盛り塩をした。次男さんは便秘を抱えているようである。そのせいで身体に吹き出物などもできている。びゃくちゃんは腸内細菌が働きやすいように、下腹部を温めてあげた。
長男さんの部屋は明るい雰囲気でディズニーの壁紙に花柄のカーテンで、女の子らしい部屋だ。多少床に物があるが許容範囲で、充分きれいな部類と思った。
千里は本人を再度よくよく見た。
『この人は女の子でいいな』
と思い、女性用の置き方をした。
男性と女性でチャクラの回転方向が逆なので、盛り塩を置くべき位置も変わる。また生まれ年によっても変わる。千里は相手を見ただけで、その人の名前と(真の)生年月日が分かるので、その生まれ年(*37) に合わせた置き方、そして性別に応じた置き方をしていた。
ここに置いたら、花絵さんが「そこ違うのでは?」と言うかな?と思ったが、特に何も言われなかった(*38).
(*37) 長男は高3、次男が高2、妹1が中2、妹2が小6と見た。次男と妹1の間が微妙に空いているのは、離婚再婚があったせいだろうと千里は判断した。
実際には次男は離婚後に生まれたが父親が子供を引き取っている。後妻さんは次男が生まれた後で知り合った人で、鎹さんは浮気はしていない。妹1は実は亡くなった元夫との子だが、鎹さんが養女にした。妹2が鎹さんとの子。鎹さんは自分と血が繋がってない子も他の子と分け隔て無く可愛がっており、本人も新しい父親に懐いている。ということで妹2は実は法的には長女!上に“姉”が2人もいるのに!!
(*38) 花絵や宮司は千里がどうやってポイントを選んでいるのか知らないし、そもそも花絵はこの子を女の子と思い込んでいる。
千里Yは最初から男の子と思っていたが、女の子の服を着ているのは、女の子になりたい子なのだろうと考えていた。実際間近で観察してもチャクラが女性回転なので、やはり女の子と思って良いようだと判断した。
千里Yはやや目が弱い(Vも弱い:だからアイコンの捕獲ができなかった)ので、視覚より感覚に頼っている。それで最初からこの子が男の子だと思っていた。千里Bでさえ、この子を女の子と思い込んでいたので、むしろ千里Yが特殊である。
びゃくちゃんが千里に尋ねてきた。
『この人、睾丸の働きが悪いみたいなんだけど、回復させた方がいい?』
千里は一瞬考えたが答えた。
『むしろ機能停止できたら停止させて』
『了解〜』
と言って、びゃくちゃんは楽しそうな顔で、彼の睾丸を機能停止させてしまった!!
その後、夫婦の部屋にも盛り塩をしたが、奧さんは卵巣と子宮がどちらもトラブルを抱えていた。びゃくちゃんは卵巣優先で可能な範囲の治療をしてあげた。旦那さんの方は明確な糖尿病である。びゃくちゃんは膵臓の能力を回復させてあげた。その後は本人の節制次第である。
しかし全体的に生殖器付近に霊障が出ていたようである。女性は卵巣・子宮に来ていたし、卵巣の無い男性は下腹部のどこかに来ていた。長男さんの場合は卵巣の代わりに睾丸に来たのだろう。しかし結果的にはいちばん好ましい形の影響が出ていたのかも知れない!?彼が思い詰めた表情をしていたのは霊障より性別問題に関する悩みだったのだろう。
「これで全部ですか?」
「はい。ただあとひとつ倉庫があるのですが、あそこには近づけなくて」
増毛の家でもそういう蔵があったなと思う。
御主人の案内でその倉庫に向かう。
「そちらの建物ですか?」
「はい。あれ?」
「どうしました?」
「近づける気がする」
と言って近づく。鍵があるが古い、いわゆる“鍵穴型”の鍵である。
「この鍵は?」
「あります。持って来ます」
と言って、御主人は駆け足で鍵を持って来た。
それで開けるので御主人とP神社の3人が中に入った。
「生まれて初めてここに入りました」
などと御主人が言っている。
「空っぽですね」
「そこに位牌が」
倉庫の中央に小さな仏檀?祭壇?があり、位牌?のよう木の札が立っており、その前に線香立てと鈴(りん)があり、桴(ばち)も置いてある。位牌?の字は崩し字である。
「綿津見神(わだつみのかみ)と書かれていますね」
と千里が言うと
「よく読めますね!」
と御主人が驚いている。
「私も“綿津見神(わだつみのかみ)”と読みました」
と宮司。
「つまりこれは位牌ではなく御神札ですか」
「むしろ霊代(たましろ)(*39) かもね」
「私もそんな気がします。多分この家が昔網元か何かをしていた時に、海で亡くなった漁船員たちの鎮魂のための場所だったのかも」
と御主人が言う。
(*39) 霊代(たましろ)あるいは霊璽(れいじ)は、神道で死者の御霊(みたま)の依代(よりしろ)とする木製などの札。仏教の位牌に相当するもの。
「ここはきちんと供養すれば、きっとこの家を盛り立ててくれますよ」
「でもどうお祭りすればいいんですかね」
「ではお祭りの仕方を書いたパンフレットとかこちらにお送りしますから、実行可能な範囲でお祭りして下さい。あまり大仰(おおぎょう)なことをすると最初はできても、その内続けられなくなります。こういうのは継続することがいちばん大事なのですよ」
「なるほどー」
「例えば毎年春と秋のお彼岸にお供えをする、程度でもいいと思いますよ」
「そのくらいなら続けられる気がします」
「線香立てと鈴(りん)がありますが、神様なら線香じゃないですよね?」
「昔は仏教も神道もごっちゃでしたからね」
と宮司。
「明治になるまでは、袈裟を着た坊さんが鈴(りん)や木魚を叩きながら、祝詞(のりと)をあげていたんですよ」
「へー。面白い」
「仏教でも神道でもいいですが、仏式でお祭りするなら、檀家になっているお寺さんにあらためて位牌を書いてもらえばいいと思います。そして鈴(りん)を叩いて合掌ですね。神式でお祭りするのでしたら、お酒・お米・水を供えて拍手でよいと思います」
「神社さんにここまでしてもらったから神式でお祭りしますよ。お酒と米と水をお供えしよう」
と御主人は言っていた。
「しかしこの倉庫には全然近寄れなかったのに」
「さっきの祝詞が利いたんでしょうね」
「なんかあの祝詞で凄く清々しい気持ちになりました」
どうもそれで宮司や御主人は納得したようだが・・・千里、他の人が気付かない内に何かしたな?と花絵は思った。