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■夏の日の想い出・Long Long Ago(21)
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目次 8
時間索引 #
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(C) Eriko Kawaguchi 2022-03-20
10月29日の会議の結果を受けて、海原はCのデータの仮ミックスをして30日(土)の内に4曲の歌唱用カラオケを作り、上島は30日の1日だけで4曲のスコアを書いた(さすが筆の速い上島である)。ただし上島が手書きしたスコアは、ニュー下川工房(*25) のミュージシャンの手でCubaseに入力され楽譜がプリントされている。
コスモスは10月29日(金)の夕方、アクアを呼び出すと、その日の会議で決まったことを伝えた。
「ボクが24曲歌うんですか〜〜?」
(本当は32曲:アクアはコスモスの話をちゃんと理解していない)
「だって高岡さんが歌った曲だもん。その娘が歌ってあげなくちゃ」
「すみません。ボク娘ではなく息子です」
「そうだったっけ?ごめん」
(コスモスは来ているのがMだと分かっていてわざと娘と言っている)
「アクアで11月中に映画を撮る話はお断りしたから」(*19)
「ああ、1ヶ月で映画撮るって慌ただしいなあと思ってました」
「このワンティスのトリビュートアルバムは1ヶ月で作るけどね」
「え〜〜〜!?」
アクアは驚くのではなく抗議で声を出している。しかしコスモスは平然として
「アクアならできる」
と言った。
(*19) 某出版社から出て来た企画で、4姉妹を描く映画を作りたいというものであった。アクアが10月に『八犬伝』を撮影し、12月からは『少年探偵団』の撮影に入るということで、11月中に制作したいということで計画が進んでいた。
最初は『細雪』という話だったのだが、若い世代にはこの小説を知らない人が多いというのと、当時の上流階級の恋愛や結婚に対する考え方が、今のたぶん65歳以下!の層には理解されにくい、という意見から、『若草物語』に変更された。このような配役が予定されていた。
メグ:榊原美保
ジョー:七浜宇菜
ベス:木田いなほ
エイミー:アクア
ベスは東雲はるこにオファーがあったものの、体力的に厳しいとしてお断りした。監督は美高鏡子さんにオファーしたものの断られ(実際美高は『アルプスの少女』を撮る)、横井和子さんと交渉しているというところまで聞いていたが、アクアのスケジュールが取れなくなったことからこの企画自体か没になりそうな気がする。
そもそもアクアが女役だけという企画を受けるとは思えない。
アクアはコスモスからワンティスのCDの話を聞いた10月29日、まだその日はアルバムに関する作業は無いので、代々木の自宅に帰り、コスモス社長からもらったワンティスの『ワンザナドゥ』のCD、残りの12曲を(§§ミュージックの技術者の手で)仮ミックスしてまとめたもの、各々のmp3化したものを聴いていた。
アクアはあることに気付くと、ホワイトボードにしばらく色々書いていたが、コスモスに電話する。
「提案があります。そちらに行っていいですか?」
と訊く。
「今から30分後には出掛けないといけないから、30分以内なら話を聞く」
「じゃ1分でそちらに行きます」
と言って、アクアは、わっちゃんに頼んで自分を本社のある信濃町のビルに転送してもらった。
「社長参りました」
「じゃ話を聞こうか」
とコスモスは顔色ひとつ変えず、アクアと一緒に会議室に入る。
「これを見て下さい」
と言って、アクアは2枚の紙を広げた。
"One Xanadu"
Searching Cow
Long Long Ago
Voyage Romantique
朝日の海岸
光の柱
生命の水
Back to the Town
リズミトピア
川と花の物語
忘れられた座席
背中に書いたラブ・レター
祭り太鼓
"On the Way"
一杯の水
ヴィーナスの涙
ラピスラズリ
人魚諸島
夕暮れ時のスピカ
Deep Mountain
極楽鳥
Divina Commedia
髪の長い少年
雪の恵み
キャット・ウォーク
虹色の首飾り
事務の山林さんがケーキとコーヒーを持って入ってきた。アクアは
「ありがとう」
と言って、コーヒーを1口飲むと、コスモスに説明した。
「これってひとつの物語になっていたのをバラしてるんです。恐らく物語仕立てにしてしまうと、売上が落ちるとか言われて、強引にバラしてしまったんじゃないでしょうか。これが本来の物語の順序だと思います」
"The way to Xanadu"
Searching Cow
Long Long Ago
Voyage Romantique
人魚諸島
朝日の海岸
川と花の物語
Deep Mountain
極楽鳥
ヴィーナスの涙
ラピスラズリ
光の柱
生命の水
リズミトピア
Divina Commedia
Back to the Town
「そしてこれらの曲は本来の物語には無かった曲だと思います」
"Other Songs"
忘れられた座席
背中に書いたラブ・レター
祭り太鼓
一杯の水
夕暮れ時のスピカ
髪の長い少年
雪の恵み
キャット・ウォーク
虹色の首飾り
「ただ、『一杯の水』と『生命の水』は歌詞違いの同じ曲だから、多分元々は『生命の水』だったのをレコード会社から言われて、ごく普通の歌の『一杯の水』を最終盤には入れたのではないでしょうか」
とアクアは推察した。
「Searching Cow と Back to the Town って何か分かる?」
とコスモスはアクアを試すように訊いた。
「十牛図のトップの尋牛と最後の入店垂手(*20)(*24)だと思います」
「よく十牛図なんて知ってたね!」
とコスモスは感心している。実はコスモスも分からなくて千里から教えてもらったのである。そして実はアクアも分からなくて《じゅうちゃんさん》から教えてもらったのである。
(*20)入店垂手の“店”は本当は同音同意の難しい字“鄽”。
「だからこれは音楽の理想境を求める旅 音路歴程 music pilgrim progress なんですよ。たぶんそれでまとめるつもりがレコード会社から、文句言われて変更したんですよ」
「そうらしい。当時の制作部次長から『これでは売れん』と言われたらしいのよ。ただ、私もここまできれいに並べてはみなかった。『一杯の水』と『生命の水』の件もその通りだったらしい。ちょっと確認してみよう」
と言うとコスモスは上島先生の所にアクアが書いた紙をFAXするとともに電話を掛けた。
「はい、やはりそうですか。これでほぼ正解ですか。ありがとうございます」
と言って電話を切る。
「1ヶ所だけ、極楽鳥とヴィーナスの涙の順序が逆らしい」
「ついでにこれ本来は『ヴィーナスの丘』だったということは?」
「ああ、私もちょっと思った。さすがに『ヴィーナスの丘』では発禁処分になる(*21)から、涙に変えたんだと思うよ」
「ですよねー。歌詞の中に“丘”という言葉は出てくるのに“涙”なんて出てこないもん」
「ね」
「雨宮先生らしい作品ですよ。髪の長い少年とかもあるし」
「雨宮先生って90%が性欲でできてるからね」
「睾丸が無いのに性欲はあるんですね〜」
「きっとバーチャルな睾丸を持ってるのよ。クローム髑髏(*22)がバーチャルな内臓を持っているのと同じ」
「誰でしたっけ?ちなみに、残りの10%は?」
「男の娘をナンパすることじゃない?」
「なるほどー」
羽鳥セシルはその犠牲者みたいだし、千里さんや冬子さんも元を糾すと、雨宮先生の犠牲者っぽい。ゆまさんは、間違ってナンパしたんだろうな。男の娘かと思ったら逆に女の息子だった。
(*21) 「ヴィーナスの丘」mons Venus とは日本語でもそう呼ぶことがあるが、女性の恥丘(陰阜)のこと。ヴィーナスを漢字で書いた?紅臼山という呼称もある。ヴィーナスが紅臼なら、マルスは魔羅錘?(まんまじゃん!)
この歌の歌詞の内容は道に迷っていたらヴィーナスに導かれたというもので、美しい曲ではあるが、さすがにそのタイトルはまずいと上島に言われて、mons Venus (モンス・ウェヌス)を lacryma Venus (ラクリマ・ウェヌス)に変更した。でも歌詞は変えてないからどこにも“涙”という言葉が出て来ない!
(千里とケイは後日雨宮先生からこの曲の“本来の歌詞”で歌った演奏を聴いたが、“却下!”と言った。マリが喜びそうな歌詞だったが!)
このアルバム内でラテン語タイトルの曲はほとんど水上作品だが、この曲だけが雨宮作品である。但し、統一性が無いと言われてフランス語 larme de Venusに変更している。
なお、これとは関係無いが“ラクリマ・クリスティ”は“キリストの涙”という意味。
(*22) クローム髑髏(どくろ)「家庭教師ヒットマンREBORN!」の登場人物(女性)。別の登場人物・六道骸(ろくどう・むくろ:男性)の名前のアナグラムになっているので、最初はそちらの女装?あるいは分身かエイリアスとも思われたが、別人だったようである。交通事故で内臓を失い、臓器移植を勧められたものの拒否。失った内臓を“幻覚”によって補い生きている。
青葉が小学生から中学1年に掛けて“幻覚”で生み出した卵巣で女性ホルモンを産出していると主張していたのは、実はクローム髑髏の在りようが元ネタ。
「トリビュート版はこの本来の順序にしませんか?」
とアクアは言う。
「いいと思うよ。アクアが歌えば何でも売れるから三田原さんも同意してくれると思う」
「それも困った問題なんですけど」
と言いつつ、アクアはTKRなら結構認めてくれるだろうなと思った。★★レコードは保守的だから、あれこれ作品に介入してきて、ケイさんとか苦労してるみたいだし。
「でもおかげで制約の少ない活動ができるんだから、その状況は利用しなくちゃ。でもさっきアクア、面白いこと言ったね。音路歴程?それをタイトルにする?」
「キリスト教関係から抗議が来そうだから、やめましょう」
「そのあたりは私たち異教徒にはよく分からないよね」
アクアが歌ったCDは全世界で発売されるので、宗教問題とか人種問題は気をつける必要がある。ひとつ間違えば大規模なバッシングを引き起こしかねない。
「Way to Xanadu くらいで」
「そうだね。とにかく、この順序で収録するというので、交渉してみるよ。でも残りの曲はどうする?」
「そうですねぇ」
とアクアは一瞬悩んだが
「あ、分かりました。Back to the Townを2枚目先頭に置いて、そのあと、普通の恋歌・叙情歌を並べたらいいんですよ」
「ああ、それはうまい」
「だから2枚目はこうなります」
と言って、アクアは別の紙に書き直しながら曲順も入れ替えた。
"Town Songs"(仮題)
Back to the Town
忘れられた座席
虹色の首飾り
夕暮れ時のスピカ
一杯の水
雪の恵み
髪の長い少年
キャット・ウォーク
背中に書いたラブレター
祭り太鼓
「10曲しかないけど」
「『無法音楽宣言』あたりを入れるとかは?」
「ああ、それはいいかも。ちょっと提案してみるよ」
「お願いします」
コスモスがこのアクアの提案を上島先生に提案すると、その日の夜、再度ネット会議で検討した上で、アクアの提案通り、トリビュート版はその順序で行こうということになった。また『Back to the town』に追加する曲については『無法音楽宣言』よりレコード大賞を取った『フィドルの妖精』を入れて欲しい、と三田原部長から要請があり、ワンティスのメンバーも了承した。どちらにしても高岡作品が1曲入ることになる。
(アクアは父親の作品を入れたかったので母の作品『疾走』ではなく父の作品『無法音楽宣言』を提案した。でも『フィドルの妖精』も父の作品である)(*23)
「でも11曲って中途半端だ」
「上島、あと1曲書いてよ、新曲が1曲でもあるといい」
と海原が言ったが、上島は
「それは醍醐君に書いてもらおう」
と言う。
「え〜〜〜!?」
雨宮が言った。
「18年前の私たちが書きそうな感じの曲を1曲書いて」
「分かりました」
それで醍醐春海は一晩で『時間の忘却』(oblitus tempus) という曲を書いたのである。
「これ本当に18年前の水上が書きそうな曲だ」
と三宅。
「もう水上先生の作品ということでクレジットしていいですよ」
と醍醐。
「そうしよう。印税は半分あげるから」
と雨宮。
「分かりました」
ということで、これは本当にまるで18年前に水上先生が書いたかのような作品だったので、もう水上信次でクレジットしてしまうことにした。さすがゴーストライターの達人である。(*23)
「これって十牛図の“人牛倶忘”か」(*24)
と海原さんが言う。
「はい。そうです。」
と醍醐は明るく答えた。
(なお“印税半分”というのは、少しでも水上さんの奧さんを支援しようというので、雨宮と醍醐が実は事前に話し合って決めていたことだった)
(*23) トリビュートアルバムの曲名(収録順)と作者
1.サチ・カ (Searching Cow) 三宅
2.Long Long Ago (diu ante) 水上
3.ボヤージュ・ロマンティック (Voyage romantique) 雨宮
4.人魚諸島 (iles des sirenes) 雨宮
5.朝日の海岸 (Cote sous le soleil du matin) 夕香・雨宮
6.川と花の物語 (Story of the River and a Flower) 夕香・上島
7.深き山に入りて (Deep Mountain) 上島
8.ヴィーナスの涙 (larme de Venus) 夕香・雨宮
9.極楽鳥 (Paradies vogel) 海原
10.ラピスラズリ (Lapis Lazuli) 三宅
11.光の柱 (Columna lucis) 水上
12.生命の水 (Wasser des Lebens) 夕香・海原
13.リズミトピア (Rhythmitopia) 夕香・山根
14.神曲 (Divina Commedia) 水上
15.ただいま (Back to the Town) 上島
16.忘れられた座席 (Forgotten Seat) 夕香・上島
17.虹色の首飾り () 夕香・上島
18.夕暮れ時のスピカ (Spica under dusk) 夕香・上島
19.一杯の水 (Ein Glas Wasser) 夕香・海原
20.雪の恵み () 水上
21.髪の長い少年 (garçon aux cheveux longs) 雨宮
22.キャット・ウォーク (cat walk) 三宅
23.背中に書いたラブレター () 夕香・上島
24.祭り太鼓 () 夕香・上島
25.時間の忘却 (oblitus tempus) 水上
26.フィドルの妖精 (fairy on the fiddle) 高岡・ケイ
※ボヤージュ・ロマンティック(Voyage romantique)は「浪漫航路」などといった日本語タイトルを付ける案もあったが、米米Clubの『浪漫飛行』のパクリみたいだという意見から見送られた。
※「光の柱」は当時「ダイヤモンドの木(Arbor Adamasa)」という歌詞違いバージョンをアルバムに収録する案もあり、歌唱も収録されていたが、最終的にアルバムには「光の柱」の方が収録された。今回、ワンティス全員の意見でやはり本来の「光の柱」で行くことになった。
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