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■夏の日の想い出・Long Long Ago(19)
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16時頃、吉田たちの居るB11スタジオの前を何人か通過する。部屋のモニターのスイッチを入れると、隣のB10スタジオの様子が写し出された。
B10には、歌手の原町カペラ、アイドルの松元蘭、集団アイドル ColdFly20に居た米本葵心や田倉友利恵がいるので驚く。どうも今回のプロジェクトは敢えて、専門の楽器奏者を使わない方針なのだろうと想像した。だから自分のようなアマチュア演奏者が呼ばれたのかな。
若い頃のワンティスの雰囲気を再現するにはきっとその方がいいんだろう。
メンバーに高校生がいるので、この基本楽器の演奏は平日は夕方から夜にかけて収録されると説明される(土日は朝から晩までやる)。これに対して、この部屋に居る演奏者、ヴァイオリンやトランペット・サックスなどは日中に練習・演奏収録が行われる。だいたい毎日朝10時から休憩をはさんで17時か18時くらいになると言われた。
一応、制作中の都合があるのでということで、ロンドがB10に居る演奏者を紹介してくれた。
Gt1 松元蘭(17)
Gt2 田倉友利恵(22) ColdFly5
Bass 花咲鈴美(16) ColdFly5
KB1 米本愛心(20) ColdFly5
KB2 原町カペラ(19)
Dr 木原扇歌(17) ColdFly5
カペラの都合がつかない日は、キーボード2は石川ポルカが担当するらしい。確かに歌手をしていればこれから年末年始になるし、他の仕事とぶつかって参加できない日もあるだろう。
「でもColdFly5というのができてたんだ?」
と思わず吉田は言った。
「ColdFly20が解散しちゃったから、その中の4人でバンド作ったんだよ。ドラムス打てる人がいなかったから、お友達を勧誘して加入させたみたい」
「へー、じゃそのColdFly5が主体?」
「そんな気もするけど、栗原リアちゃん来てないね」
と言うと、リアは別の仕事に入るので今回のプロジェクトには参加しないとロンドから説明された。
B10でのギター・ドラムスなどでの制作は続いていたが、吉田たちは17時であがった。吉田と久美子の所に、海浜ひまわりが来て
「制作期間中は、寮の空き部屋に泊まってください。お部屋は清掃しました。まだアルコールの臭いがしてますが」
「ああ、全然気にしません」
「それではこれが部屋の鍵です」
と言って、久美子には“801.日高久美子”と書かれたカード、吉田には“802.吉田邦代”と書かれたカードが渡された。
(字が違うけどまあいいかと思った)
「このカードで、玄関のゲート、お部屋、郵便受けが開きます。万一紛失した場合はすぐ言ってください。前の鍵を即無効にして新しいカードを発行しますので」
「分かりました」
「東雲はるこなんて2〜3ヶ月に1度は無くすんですよ」
「あの子、いつもぼーっとしてるもん!」
「でもあの子なら盗まれることもあるんじゃない?」
「その両方があると思うんですよねー。もっともカードだけ盗んだり拾っても顔認証が通らないから寮内には入れませんけどね」
ああ、顔認証とのダブルチェックなのか!それで写真撮られたんだ?
「アクアとかは鍵を紛失したことなど無いと言うんですけどね」
「アクアちゃんこそ、盗まれそうなのに。でも確かにあの子はしっかりしてそう」
「何かあった時のために保険証の写真を撮らせてください」
「はいはい」
と言って、2人は自分の保険証を出した。ひまわりはコンデジで撮影していた。血液型も訊かれたので答えておいた。
「食事は朝晩はデリバーします。お昼はたぶん制作時間帯にぶつかると思いますが、制作の進行の都合で区切りのいい所でお昼が出ると思います」
「分かりました」
「部屋にはスマホ用のUSB充電用ジャックもありますから、そこから充電してください。ノートパソコンなどは普通にコンセントから取って下さい。WPA-AESのWi-Fiが使えますので、SSID/keyをお渡ししますね」
と言って紙を渡された。
「寮内は禁酒禁煙です。また外食は禁止ですが出前を取るのはウーバーを含めて自由です。ただし出前は寮の玄関で受け取って下さい。出前の人は寮内に入れません。外部の人との面会は応接室を使ってください。タレントさんが多数入居しているので、セキュリティ上およびコロナ感染予防上、寮内に外部の人を入れるのは禁止です。また公共交通機関の使用も禁止なので、歩いていける範囲外まで行く時は、SCCのドライバーを呼んでください。これがコールカードです」
と言って、ふたりにカードを渡した。QRコードが入っていて、それをスマホで読ませることで、コールセンターと連絡が取れるらしい。
「でもスマホに電話番号登録しておいた方が手っ取り早いですよ」
「そうですよね!」
それで2人はエレベータで8階まで上がった。久美子が言った。
「リアちゃんは、下手だから外されたのかもね」
「へー」
「あの子、リズム感が悪いもん」
「それでリズムギターは厳しい」
「つまり最低限の技術は要求されてるってことみたい」
「僕大丈夫かなあ」
「くにちゃんなら大丈夫だと思う」
「お疲れ様〜」
と言って手を振り、久美子が801, 吉田が802に入った。
部屋は1Kだが、1Kにしてはわりと広い感じなので、
「さすが儲かってるプロダクションは凄いなあ」
と思った。
19時頃、
「楽器を持ってきたよ」
と言って、花咲ロンド本人が来るのでびっくりした。
それで、トランペット、トロンボーン、にホルンを渡された。
「新品ですから安心して使って下さい。名前シール貼っておくといいですよ」
と言ってタックシールも渡された。
「各部屋は防音になっていますから、部屋の中で練習していいですから」
「分かりました!」
トロンボーンは吹けると思うけど、ホルンなんて吹いたことないから練習しなくちゃ!
取り敢えずタックシールにサインペンで“吉田”と名前を書き、ベルの所に貼り付けた。
3つともヤマハの製品で、トランペットは YTR-6335RC, トロンボーンは YSL-630, ホルンは YHR-567 である。トランペットとトロンボーンは20万円くらい、ホルンは多分40万円くらいとみた。
そういう訳で吉田は2ヶ月ほど“女子寮”で過ごすことになったのだが、吉田はここが“女子寮”であることに全く気付いていない。ひまわりも吉田の保険証を撮影させてもらったが、保険証にはちゃんと“性別・女”と印刷されているので、何も不審に思わなかった!
吉田は真珠に電話を掛けると、2ヶ月か、ひょっとしたら3ヶ月、東京に出張になったことを告げ、時々でいいから郵便物のチェックをしてほしいこと、また、着替えを3日分しか持って来てないので、こちらに送って欲しいということを伝えた。
「2ヶ月も逢えないの?夜が寂しいよぉ」
「他人が聞いたら誤解するようなこと言うな」
むろん2人の間には性的な関係は無いし、恋愛関係も無い(と吉田は思っている)。一応真珠は戸籍の性別は修正済みなので、吉田が自分の性別を変更したりしない限り!?2人は法的には結婚可能である。むろん吉田は彼女が元男の子だったことは全く気にしていない(周囲に性別の曖昧な人が多すぎる)。
また真珠には、能登空港にNinja1000を駐めたまま来たので、大型二輪免許を持っている人と行って回収してきてくれないかと頼んだ。Ninja1000のスペアキーの場所は真珠も知っていたはずと思ったが、念のため伝えておいた。
(実際には青葉の依頼で津幡組の月見里姉妹の義父?義母?でもある玉無乙子!が回収してくれた。乙子は自分のお店(スートラ:カーマスートラに掛けている)に真珠を勧誘したそうにしていたが、親から叱られて禁酒中なのでと言うと、笑っていた)
お金は真珠の口座に取り敢えず5万円振り込んでおいたが、パソコンを持ってきて良かったと吉田は思った。
吉田は翌々日、真珠から“パラ・ドラ・メール、吉田邦子様”宛てに、送られてきた着替えの箱を3つ受け取ったが、中身が女物ばかりなので、参ったなと思った。見ると元々持っていた女物の服が多いが、それ以外にわざわざ女物の服を買って送って来ている。真珠は吉田の服のサイズを知っている。ブラジャーのサイズ!?まで知ってる!
お化粧セット(銀行の新人研修の時に買ったもの)や化粧水・乳液などまで同梱してあった。生理用ナプキン(ウィスパーさらふわスリム)まで入っていたが、こんなものどうしろというんだ?と思った。
下着は女物でも大きな問題は無いし、トップもブラウスくらい着るのは平気だが、真珠がスカートばかり送って来ているので、ズボンは、来る時に穿いてきたスーツのズボンと寝間着用に持ってきたスウェットのズボンしかない。普段着のズボン買わなきゃと思った。
音源制作は11月2日から参加したが、最初の曲“サチ・カ”ではトランペットでの参加になった。曲冒頭にファンファーレのように入れる。責任重大なパートだと思った。
「邦生(くにお)ちゃん、上手いね。さすが大宮万葉先生ご推薦だけのことがある」
などとロンドさんから言われた。
取り敢えず技術的には合格ラインに到達していたようだ。
でも使うことになる前にホルンもっと練習しなくちゃ!
週末には、寮に常駐している看護師の山口さんから電話が掛かってきた。山口さんは吉田に尋ねた。
「吉田さん、ナプキンは普段何を使ってる?」
「ナプキンですか?えっと、スリムガードの羽無しかな」
ナプキンなんて用は無いのだが、なんか答えないと悪い気がした。
(でも“普通の”男子は生理用品の銘柄なんて知らない!吉田は周囲の女子に“よく教育”されているのでナプキンの主な銘柄が分かる。ナプキン買ってくるの頼まれるし!)
「それはいつも在庫してる。うちの寮はナプキンは無料配布だからそちらにポストしておくね」
と山口さんは言った。
「はい、ありがとうございます」
「残り少なくなったら、社内システムからオーダー入れてね。id/passはもらった?」
「はい、頂きました」
「急ぎの時は直接取りに来てもいいから。じゃ持って行くね」
ということで、山口さんは吉田の居室の郵便受けにスリムガードを1パック放り込んでいってくれた。
「僕、やはり女子と間違われているんだったりして?」
と吉田は思った。
なお女子寮の“情報調査部”の面々は、吉田の性別に“何の疑問も持たなかった”ので、隠しカメラや盗聴器を仕掛けたりすることも無かった!
花ちゃんはここしばらく、数人の信濃町ガールズから、個人的な相談を受けていたが、内容はほぼ同じだった。
「信濃町ガールズの本部生になって○年やってきましたが、やはりデビューしたり正式なデビューしてなくても、テレビとかで活躍している人の才能が凄いなあと思っています。自分はとてもあそこまで行けそうにないので、新しい女子寮ができて部屋移動する前に、退団しようかと思うのですが」
それに対して花ちゃんの答えは同じだった。
「デビューできるかどうかは実力だけじゃなくて運もある。原町カペラなんて2019年にデビューはしたもののこれまで全然売れてなかったのが、今年唐突に売れた。坂田由里も同じ年に信濃町ガールズになって、ひたすら下積みしていたのが今年演技で大きく評価されてブレイクしつつある。だからもう少し頑張ってみるのもひとつの手。でももし辞めるなら、せめて3月まで待ってほしい。今本当に人手が足りない。猫の手も借りたいくらいなんだよ」
それでほとんどの子が、取り敢えず3月までは頑張ることを約束してくれた。
ただ1人、3年目で現在高校3年生の太田芳絵だけは「デビューできそうにないなら、大学に行ったら?と親が言っている」と言うので、彼女に関しては、3月までは在籍してもらうが、受験が終わる1月下旬までレギュラー出演しているテレビのバラエティ番組(雛壇要員)とドラマ(名も無い役:でもセリフはある)以外では、仕事はできるだけ外して受験勉強がしやすいようにすることで合意した。国立は無理なので私立狙いだが、私立は1月でだいたい試験が終わる。
しかし3月には結構な退団者が出るかも知れないなと花ちゃんも思った。信濃町ガールズ本部生の退団者は(伴奏者やマネージャーへの転向を除くと)3年前の山口優花が最後である(2017年夏のオーディション4位で信濃町ガールズに入ったが1年半在籍して2019年3月で退団)。しばらく退団者が出なかったのは、コロナの影響もあるだろうと花ちゃんやゆりこは考えている。2020年の春は、とにかくみんな動きたくなかったのである。
(他に2019年末から始めた大型時代劇で全員が名前とセリフのある役をもらったことや、2020年春から始めた、あけぼのテレビで全員様々な番組に出るようになってファンメールも結構もらえるようになったのもあると思う。“売れてる”部類に入らなくても、ファンメールとかもらうと、凄く励みになる)
しかし2018-2019年度に入ってきた子たちの中で芽が出てない子は辛いだろうなと花ちゃんは思う。太田芳絵は2019年組である(東雲はるこ・七尾ロマン・町田朱実に次ぐ4位。その3人が凄すぎるので、太田はもし前年参加していたら優勝していたかも知れない)。
「私なんてアクアとほぼ一緒に入って、7年間鳴かず飛ばずだけどなあ」
などと彼女は呟いていた。
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