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■夏の日の想い出・Long Long Ago(15)
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10月28日(木).
『八犬伝』の撮影は大詰めに入っていたが、太郎のために買った車が納品されるということだったし、この日は撮影が無かったので、コスモスは午前中、多摩市の実家に行き、新車の日産ノートを受け取った。
前の車(キューブ)に積んでいた装備をそちらに載せ替える。三角表示板、牽引ロープ、ブースターケーブル、毛布、水のペットボトル、非常用食料、非常用トイレ、ティッシュペーパー、替えの靴下、軍手、簡易防寒具、予備のウォッシャー液、サンシェイド、ワイドミラー、カーナビ。
カーナビはFMトランスミッターで飛ばすので、車側のオーディオをFMにして周波数を合わせる。
「ちゃんと聞こえるかな?」
と言って太郎はカーナビを音楽モードにして再生させた。
いきなりワンティスの曲が流れる。
これは・・・葬儀の時に流れていた曲だ!!上島さんと高岡さんのデュエットだが、上島さんの声が若いことから昔の音源であることが分かる。
「この音源、お父ちゃんも持ってたの?」
と宏美は訊いた。
「ああ、これワンティスの『ロング・ロング・アゴー』。いい曲だよな」
「というか、これもしかしてお祖父ちゃんが持ってたCDからコビーした?」
「いんや。Protoolsのブロジェクトファイルから変換した」
「Protools〜〜〜!?」
宏美は父がProtools(*13)などという専門的なソフトを知っていたことに驚愕した。
「そのProtoolsのデータって、どこにあるの?」
「うちのナス(*12)に入っているよ」
「コピーさせて!」
「いいけど」
(*12) NAS (Network Attached Storage) LAN上に接続してLAN上の各マシンから自由にアクセスできるハードディスクやSSDの類いのこと。しばしば俗に「茄子」と書かれる。(窓、鯖缶、黒目、火狐、雷鳥、加藤舞、などの類い)
(*13) Protoolsは音源制作で使用される標準的なソフト(というよりシステム)。概して作曲家はCubaseというソフトで楽曲を制作し、制作者はそれを元に演奏・歌唱をProtoolsを使って録音し、まとめる。
宏美は自分の車でビックカメラに行ってSSDを買ってきた。そして、NASの中に入っているProtoolsのデータをコピーさせてもらった。
なお太郎は、先日ワンティスのCDの件で騒いでいた時、精進落としの準備作業をしていてその場に居なかったので、その件は知らなかったらしい。
宏美はデータをコピーしながら、ファイル一覧を見ていたが、NAS内の 1x という名前のフォルダー(one xanaduの意味か?)に何と20曲ものプロジェクトデータが入っていた。先日祖父のところて発見したCDは12曲入りだった。この20個がもし全部別の楽曲のデータだとしたら、もしかして没にした曲だろうか。
「でもなんでワンティスの音源データがお父ちゃんのところにあるの?」
「若杉千代さんが置いてったからだよ」
と父は言う。
若杉千代といえば1960年代に国民的歌手として物凄い人気だった人である。そして、ワンティスが所属していた事務所・ユンゲツェダーのオーナーである。
「なんで若杉千代さんがこんな大事なデータをお父ちゃんとこに置く訳?」
「近かったからだと思う。次郎も三郎も奈良県だし。事務所が火事とかに逢った時のためにバックアップを別の場所に置いておきたかったんだよ」
「若杉千代さんとお父ちゃんの関わりは?」
「だから言ったろ?俺の実の母親だよ。だから、お前やアキの歌の才能は千代さんの遺伝だと思う」
姉が聞いたら「大歌手の孫ならヒロはもっと歌がうまくていい」とか言いそうだ。
「待って、あれジョークじゃなかったの?」
「あれはな、本当は三郎の話」
「え〜〜〜〜!?」
だったら、自分“は”千代さんの血は引いてない訳か。
「親父は、戦後間もない頃は印刷屋に勤めてたけど、その後、広報誌の印刷で関わった縁で、芸能プロダクションに転職した。そのプロダクションに千代さんが入ってきた。千代さん本人は歌手になりたいと言ってたけど、当初あまり歌がうまくなくて、レッスンも受けさせてもらえず、先輩歌手の付き人みたいなことしていた。そんな時、ある作曲家と親しくなった。あ、この話、他の人にはするなよ。アキにもな。あいつ口が軽いから」
「うん。しない」
「実際には宴席でレイプされたみたいだけどな」
「というか性的な接待をさせられたんでしょ?」
「実態はそうだと思う。で妊娠してしまった」
「ありがちな話」
「でもその妊娠中に、たまたま吹き込んだCM曲が大当たりしてしまう」
「『銀の首飾り』?」
「そうなんだよ。本来は先輩歌手が歌う予定だったのが、小説家と駆け落ちしてしまった。それで歌う人がいなくなり、たまたま空いてた千代さんが歌った」
「そしてヒットした」
「そうすると千代さんの妊娠はまずい。でも堕ろせる月数じゃなかった」
「それでお祖父ちゃんが引き取ったんだ?」
「当時親父とお袋の間には俺と次郎がいた。年の近い子もいるし、君が育ててよと言われて、親父とお袋は千代さんを奈良の田舎町に連れて行き、そこで出産させた。それで“藁の上の養子”でお袋が産んだ子供として出生届けを出した。産婆に大金積んで、嘘の出生証明書を書かせたんだよ。産婆は嘘は書けないと抵抗したけど、出産がバレたら学校を退学になるからと言って何とか説得した」
1950年代なら、産院で赤ちゃんを産むのは、何か問題があるような場合だけである。ましてや病院で産むのは相当重大な問題がある人だけだった。多くの人が自宅に産婆さんを呼んで出産していた。
宏美は三郎さんの風貌を思い起こしていた。確かに父や次郎さんとは顔の系統が違う気がする。そしてその風貌は“ある人”を思い起こさせた。まさか・・・
「でも親父もお袋も俺・次郎・三郎を分け隔て無く育ててくれたよ。だから俺たち3人は団結力はあるつもりだ」
「仲いいみたいと思った。三郎さんの本当のお父さんが誰かは聞いてる?」
「千代さんは頻繁に三郎に会いに来てたから、俺や次郎もたくさん優しくしてもらった。俺たちにとっては優しい叔母ちゃんという感じだった」
「それで親しかったんだ!」
「父親は3回か4回しか来てないけど、責任感はあったみたいで、たくさん養育費を送って来てくれたみたい。俺も三郎もおかげで私立の大学に行けた」
「そんなに養育費送ってくれたのなら、有名な人?」
「鍋島康平だよ」
「ひぇ〜〜〜!!」
とんでもないビッグネームが出て来て、めったに表情を変えないコスモスも度肝を抜かれた。でもでも、確かに三郎さんは鍋島康平に似ている!
「でも鍋島康平さんって隠し子10人くらいいるのではと言われてた」
「実際そのくらい居たかもよ」
と父は言う。
「10人くらい居ても、楽に全員に養育費送れたはず」
「だろうね。あの人なら」
鍋島康平さんは本妻さんとの間には子供ができなかった。大量の楽曲の著作権は、奧さんが相続したが、奧さんが亡くなった場合は恐らく、奧さんの妹さんか、その子供に引き継がれることになるのだろう。
「お祖父ちゃんが未発表のワンティスのアルバムを持ってたんだけど」
「きっと千代さんからもらったんだろうな。親父は最初からワンティス好きだったみたいだし。俺、千代さんからより親父から聞いてワンティスのこと知ったし」
なお太郎は“最後に受け取ったハードディスク”のデータをNASにコピーしたらしい。押し入れをひっくり返して、数世代のハードディスクを発見してくれた。
「千代さんが癌で倒れて入院してからは、旦那の社長が持ち込んでたよ」
「なるほど」
「三郎は千代さんが亡くなるのも看取った。確かにこの子は私の子供ですという、署名実印入りの書類も残したけど、三郎はそれを燃やしてしまった」
「それ気持ち分かる。自分は、辰吉さんとトムさんの子供、という意識だったんだろうね」
「だと思う」
「でもこれ古いディスクだからもう起動しないかも」
「それはメーカーの工場とかでデータがサルベージできないか調べてもらうよ。これ全部預からせてもらっていい?」
「うん。お前が持って行け」
コスモスから連絡を受けた上島は驚愕した。そしてNASにコピーされていた音源をまずは聴いてもらったところ
「これは最終的に完成する少し前のバージョンだと思う」
と言った。
「最終版ではないんですね?」
「うん。こないだのCDに入っていたのが最終版だよ。でもこのデータには最終的に収録しなかった曲のデータも入っている。貴重だ」
太郎が持っていた古いハードディスク6台は、そのままでは全て起動しなかった。§§ミュージックのシステム部技術者が筐体を解体して中のハードディスクを取り出し、直接USBアダプタで接続すると2台は読めたので、すぐデータをコピーした。その内の1つがNASにコピーされたのと同じデータだった。残りの4台はメーカーに持ち込んで調べてもらったが、その内の2台からデータをサルベージできた。後の2台はメーカーでもデータ取出し困難ということだった。
「え〜〜!?私が歌うんですか?」
「他に歌える人はいないと思う」
とコスモスはアクアに言った。
コスモスの祖父が持っていたCD、および太郎の自宅にあったデータを上島・雨宮をはじめとするワンティスのメンバーで調べた所、このような状態であったことが判明した。
最終版(12/25) CD 12曲
Ver.320 (12/14) ptx 20曲
最終版に含まれる曲 12
ほぼ完成しているが収録されなかった曲 4
伴奏はほぼ完成していて歌が入っていない曲 4
ver 280 (11/16)
内容は↑と同じだが完成度が低い
ver 250 (10/19)
ver 230 (9/21)
上記20曲に加えて未完成の演奏だけが入っている曲 4
つまり合計24曲のデータが得られたのである。
「最終盤のCDに入っている12曲はそれを活かす。ノイズの除去とかはするけど。ほぼ完成していた曲は基本的に演奏はそのまま使って、新たにミックスダウンして公開する。そして演奏だけが入っている8曲でアクアに歌を入れて欲しいんだよ」
とコスモス社長は説明した。」
「2枚組のCDとして販売するんですか?」
「4枚組にして、セット売りもバラ売りもする」
「へー!」
「バラ売りは最終完成形の『ワンザナドゥ』が3000円、未完成だった12曲を入れた『イン・ヴィア(途中という意味)』が2000円、そしてこの2つを新たに録音してアクアに歌ってもらったアルバム2枚がどちらも3000円」
「ボクが24曲も歌うんですか〜!?」
コスモスはホワイトボードに書いた
『ワンザナドゥ』→コスモスの祖父が持ってたCDの12曲(ノイズだけ消す)
『イン・ヴィア』
B.ほぼ完成していた4曲→ミックスだけ
C.演奏は完成していた4曲→歌を入れる
D.演奏も未完成の4曲→新たに演奏を録り、歌(男声)を入れる
『ザナドゥ・アクア』演奏再録・歌唱(女声)再録
『ヴィア・アクア』演奏再録・歌唱(女声)再録
「実際の演奏は“ゼロティス”というバンドに頼むことにした」
聞いたことないバンドだなあとアクアは思った。
「今のワンティスのメンバーは年を取り過ぎてるからね」
えっと・・・
「できるだけ当時のワンティスの雰囲気を再現したいから20歳前後の人たちに頼むことにしたんだよ。技術より若さ」
「なるほどー」
それで自分が知らない訳か。20歳前後というと自分と似たような世代ということになる。
「ということでボーカルよろしくね」
「あははは」
「ワンティス名で出す方の8つは男声で、トリビュート版の方は女声で」
「分かりました」
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