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■夏の日の想い出・ホームワーク(7)

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少し前の話。
 
10月のある日曜日、§§ミュージックの事務所にセーラー服の少女が入ってきた。
 
「済みません。緒方飛蝶はこちらには来てないでしょうか?寮の方に行ったら事務所に行ったと言われたのですが」
 
「飛蝶ちゃんは、さっきまで居ましたけど、今放送局に行かれているんですよ」
と応対に出た川崎ゆりこは言った。
 
「あらぁ、だったらお仕事の後は寮に戻りますかね?」
「多分そうなると思う。君は、飛蝶ちゃんの妹さん?」
「あ、はい」
 
「君可愛いね。君もお姉ちゃんと一緒に信濃町ガールズに入らない?」
とゆりこは彼女の可愛さを見て思わず勧誘した。
 
「え?でも・・・」
 
「飛蝶ちゃんの妹さんなら山梨だったっけ?山梨なら土日だけ東京に出て来て活動したりレッスン受けたりでもいいよ。本部メンバーじゃなくて地方メンバーという扱いなら、東京に住んでなくてもいいんだよ」
 
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「ででも私、実は男の子なんですが、ガールズとか入れるんでしょうか?」
と少女は尋ねた。
 
「君、男の子なの!?」
 
ゆりこは驚いて尋ねた。
 
「は、はい」
と少女は恥ずかしそうに真っ赤になって答える。
 
「君、合格。本部メンバーに入れてあげるから、ぜひ東京に出ておいでよ。お姉ちゃんと一緒に女子寮の部屋に住んでいいからさ」
 
「え〜〜〜!?」
 
「何なら性転換手術もタダで受けさせてあげるよ」
「ほんとですか?」
と少女は嬉しそうな顔をする。
 
「手術してくれる病院に今から連れてってあげようか?」
「今からですか?ちょっとそれは心の準備が」
 
そういう経緯で緒方美鶴は信濃町ガールズの本部メンバーになり、ローズ+リリーの『リモート合唱』にも姉と一緒に(スカートのユニフォームを着て)参加したのだが、彼女の性別のことをその時点で私は知らなかった。
 
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なお性転換手術について、川崎ゆりこは乗り気だったし、御両親も「すぐにでも性転換していいです」と言ったらしいのだが、姉の飛蝶が「せめて高校生になってから」と言ったので保留になった。だいたい中学生の性転換手術をしてくれる病院は(国内には)無いと思うが。青葉が中学生の内に性転換手術を受けられたのはあくまで特例中の特例である。でも美鶴は実際、女子寮の姉の部屋で一緒に暮らし、都内の中学に女子生徒として通学し始めた。元の中学での書類が女子になっていたので、何の問題もなく女子生徒になれたようである。
 
彼女が身体にメスを入れているのかどうかは、姉の飛鳥は「個人情報ということで秘密にしてください」と言っていた。しかし彼女が女子寮の居住者と性的なトラブルを起こすことは考えられないので、姉にしっかり管理してもらうことを条件に、私とコスモスは彼女の女子寮入居を認めた。
 
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どうもこの事務所は男の娘タレントが増殖しつつあるようで、私も頭が痛い。
 

時代劇スペシャル『とりかへばや物語』は、やはりアクアが1人しか居ないことから、着替えに時間がかかる(五衣唐衣裳の着脱にはどうしても各1時間はかかる)ことや、どうしても外せないテレビ番組の撮影で半日単位で抜けたりすることもあり、思った以上に撮影に時間がかかり、11月19日(木)の段階で、とても11月中には終わらないと思われた。
 
私とコスモスは美高監督とも話し合ったのだが、今のペースだと12月下旬までずれ込む恐れがあるということになる。私は映像制作に詳しい鱒渕マネージャー(彼女は短大の映像科を出ている)に指示して、台本をよく読んだ上で、アクアの場面を可能な限りカットする試案を作ってみて欲しいと頼んだ。また、アクア本人にもこのままではやばいので、申し訳ないが今より2時間だけ撮影時間を延ばして欲しいと頼み込んだ。アクアも放送に間に合わないと大変なことになるので、それは頑張りますと言ってくれた。
 
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「やはりアクアが複数居るという事態に慣れすぎていた面があるね」
「知らず知らずの間に彼にかなり負担を掛けていたようだね」
と私とコスモスは自省して言い合った。
 
また私は放送局に『少年探偵団』の撮影開始を12月28日(月)以降にできないかと頼み込んだのだが、さすがにそれは無理と言われる。かなり議論したあげく、放送局は12月14日(月)という線で妥協してくれた(本来は11月29日から収録開始予定だった−それも実は本来の予定から1ヶ月遅い)。
 
但しアクアの参加が遅くなる間、アクアの代役で演技させる人を出すことにし、これには演技のうまい中村昭恵(女役)と木下宏紀(男役)を行かせることにした。木下君は実は“男装させても女の子にしか見えない”という面でアクアと雰囲気が似ているのである。この“雰囲気が似ている”というのは代役として重要である。彼はしばしば女子メンバーに連行されて女子楽屋にいるが、彼が女子楽屋にいても誰も気にしない。そのあたりもアクアと似ている。本人は「ボク男の子です」と言うが、ほとんどの人が既に去勢済みだろうと思っている
 
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(実際の所は私にも分からない。ゆりこは「多分あの子、ちんちんも無い」と言っている。でも上田兄(姉?)には女子寮の鍵を渡したのに彼にはまだ渡してないのはゆりこも確信が無いのだろう)
 
「これアクア君の映像を入れて編集するのに綱渡りになりますからね。CGなどの処理に回すのもかなり無理を言わないといけないし」
 
と旧知の小池は言う。
 
(小池さんでなかったらここまで日数の妥協はしてくれなかったと思う)
 
「そのための協力金も払いますから」
 
と私は小池さんに言った。
 
話し合いの結果、§§ミュージックは放送局に迷惑料として11/29から遅れる日数×100万円を払うことにした。放送局側としては日割りにすることで「早く撮了してくれ」と促す効果が期待できる。
 
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11月22日(日)早朝。
 
桜井一希・広中汐里・辰吉望海の3人は、前日買っておいたケーキなども持ってH市から、一希のお母さんのレガシィに乗せてもらって、都心に出て来た。
 
3人は恵真の親友だが、恵真が11月6日(金)学校に出て来たのを最後に9日(月)から1週間学校を休み、(まさかコロナ?それとも性転換手術を受けるのに入院?などと)心配していたら16日(月)に担任の先生から
 
「浜梨さんは転校しました」
と聞き、びっくりした。
 
「どこに転校したんですか?」
と担任に訊いても
「個人情報なので教えられない」
なとと言われる。
 
恵真のスマホに電話しても「この番号は現在使われておりません」などというアナウンスが流れる。
 
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それで結局、一希と汐里が恵真の自宅まて訪ねて行き、お母さんから、恵真がタレントになって、しかも突然多忙になったので、都心の高校に転校したことを聞かされる。
 
「エマちゃんもうデビューしたんですか?」
 
「デビューは1月の予定なんだけど、その前に大量に仕事が入っているらしいのよ。全く学校に行けないというから、『学業優先の契約だったはず』と事務所に申し入れて、結局、年末年始の忙しい期間については、午前中だけ学校に行き、午後から夜22時までお仕事することになった。でもH市から出て行くと時間が掛かるし、遅くなってからH市に戻るのにも体力がかかるということで都心の高校に転校することになって」
 
「そんなに仕事があるんだ!」
「一度エマちゃんに会いたいんですけど」
「早朝5時くらいなら会えると思う」
 
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「ところでエマちゃん、性別はどうなったんですか?」
「もう法的にも女の子になって、性別女でパスポートも発行してもらったよ」
「へー!早かったですね」
 
「じゃ性転換手術とかは?」
「手術は夏休み中に終えてたんだと思う。あの子、ハッキリ言わないけど」
「なるほどー」
「肉体的に女の子でないと法的な性別は女にできないよ」
「そうですよね」
 

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それで一希たちは5時に尾久に着くよう、午前4時すぎにH市を出てきたのである。汐里・望海が一希の家に前夜から泊まり込み、早朝一希の母に車を出してもらった。
 
「お早う。エマちゃん起きてる?」
とエントランス前からスマホ(新しい番号をお母さんから教えてもらった)に掛ける。
 
「一希ちゃん!?」
「ごめんね。朝早くから。この時間なら会えるという話だったから」
「うん。6時にマネージャーさんが迎えに来る予定」
「大変だね!」
 
それで中に入れてもらった。
 

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「すごーい。LDK以外に3部屋もある。豪華マンションじゃん」
「家賃高いんじゃないの?」
「2LDKSらしい、家賃は2万円だって」
 
「安っ!嘘みたい。ここなら10万以上しそうなのに」
と一希が言う。
 
「その2万も、そこにある神棚と鏡を置いておく条件でタダらしいんだよ」
 
「あ、その木の箱に入っているのは鏡?」
「そうそう。見るのは構わないという話だったから見せてあげるよ」
 
と言って、恵真は桐の箱を取ると、中に入っている銀白色の金属製の鏡を取り出してみせた。
 
「きれーい!」
「裏側の装飾も美しいね」
「銀製?」
「洋銀らしいよ。つまり銅とニッケルの合金」
「へー。銀は入ってないのか」
「でもきれいだよね」
と言って、恵真は鏡を桐の箱に戻し、箱を正確に259度の方位(真西より11度だけ南寄り)に向けた。
 
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最初案内してくれた吉田和紗さんは大雑把に「西」と言ったのだが、うっかりずらしてしまったので連絡したら§§ミュージックのタレントらしい今井葉月という女子高生さんが来てくれて、方位磁針で確認し棚の上にマジックで線も引いてくれたのである。
 

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「皿が置いてあるのは何かお供えでもするの?」
 
「ああ。空になってるね。一希ちゃんさ、ボクが出た後でいいから、近くのコンビニに行ってお稲荷さんのパックをこれで買える範囲で買ってここに置いておいてくれない?」
 
と言って、恵真は一希に千円札を渡した。
 
「稲荷寿司を供えるの?」
「そうそう。夜供えておくと、朝には無くなっている」
「それネズミとかがいるとかは?」
「おキツネさんがいるから、ネズミは来ないと思うよ。居たら全部おキツネさんに食べられちゃう」
「キツネがいるんだ!?」
 
「元々、キツネ信仰って、キツネが稲を食べちゃうネズミを食べてくれる益獣だったから生まれたものらしいよ」
「へー」
 
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6時になると、美咲マネージャーが恵真を迎えに来た。恵真は一希たちに
 
「朝早くから来て眠いでしょ?ここで仮眠して行って。ボクの寝具でも良ければ適当に使ってね。でもこの部屋以外では寝ないほうがいいよ」
 
と言し、一希に鍵アプリをスマホにダウンロードさせて、恵真のid/passを記憶させた上で、出かけて行った。
 
この鍵アプリは消去せずにそのまま持っていていいと言っていた。一希も物理的なスペアキーなら後から恵真のお母さんにでも返却するところだが、アプリならそのままにしておいていいかと思った。この部屋のドアは破壊しにくいスチール製だし、郵便受けも付いていない(郵便受けはエントランスの所に並んでいる)。防犯のためサムターンも付いていないから内側から開けるのにも部屋の中にある“開く”のボタンを押すかアプリを使う必要がある。
 
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「でもこの部屋以外では寝ないほうがいいって何故だろう?」
「窓から覗き見されるとか?」
「ああ、ここ1階だもんね」
 
ともかくもお稲荷さんを頼まれていたので、一希はマスクをしてコンビニまで行く。お稲荷さんの3個入り(200円)を5パックと、自分たちのおやつに、ハンバーガー、サンドイッチ、ボテチ、チョコ、ジュースなどを買った。
 
精算の時「しまった。消費税のこと考えてなかった」と気付いたが、80円くらいはいいことにする。しかし重い!腕力のある望海と一緒に来れば良かったなと思いながらマンションに戻る。
 
それでお稲荷さんはパックから出して皿に並べ、念のため上にラップを掛けておく。そして人間の方は、ハンバーガー、サンドイッチなどを食べてから本当に仮眠することにする。
 
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サービスルームの隅にマットレス、敷き布団、掛け布団×2、毛布、などが畳んで置いてあり、いづれも新しい感じのもの(たぶんここに入る時新しく買った?)だし、床には真新しい感じのカーペットが敷いてあるので、その布団や毛布を4人で分けて適当にかぶってカーペットの上で寝た。
 
(実際には部屋の隅に置かれていた布団はマネージャーさんが泊まり込み用に買ったもので、行儀の良い恵真は自分の布団は押し入れに入れていたのだが、一希たちはそちらには気付かなかった)
 

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一希はトントンと肩を叩かれて目を覚ました。
 
見ると7−8歳くらいの女の子である。随分古風な和服を着ている。
 
「お姉さん、お願いがあるの」
と女の子は言った。
 
「君、誰?」
「私は“トリ”。“かんな”さんのお手伝いをして欲しいの」
と女の子は言う。
 
見ると、“トリ”ちゃんの後に、まだ2歳くらいの幼児がいる。
 
「君たちどこから来たの?」
「あっち」
と言って、“トリ”ちゃんは鏡の方を指さす。
 
一希は汐里を起こそうかと思ったのだが、なぜかそちらには手が届かなかった。すぐそばに寝てるのに!
 
この子たち、鏡の方から来たって、もしかして恵真の言っていた“おキツネさん”だったりして、と一希は思った。でも“悪いもの”ではない気がする。何より小さな女の子だし。
 
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「いいよ、手伝ってあげる」
と一希は言った。
 
「だったら“かんな”さんを抱いてくれる?」
「その小さな女の子?いいよ」
と言って、一希は2歳くらいの(たぶん)女の子を抱いた。
 
可愛いぃ!と一希は思った。そして一希は“トリ”に導かれて、“鏡”の中に入っていった。
 

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夏の日の想い出・ホームワーク(7)

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