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■夏の日の想い出・翔ぶ鳥(15)
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40分ほど仮眠させてもらう(政子はもう少し前から寝ている)。21時すぎに覚醒する。前座のスピカが最後の曲(自分のデビュー曲『わりと隣にいる女学生』)を歌ってステージを降りる。政子を起こす。
トイレに行って来てから顔を洗い、メイクをする。
21:30。風花が演奏者を1人ずつ確認して全員揃っていることを確認する。21:35。最初の曲の伴奏者がステージに上がる。拍手が来るので鷹野さんや七星さんが手を振っている。音がちゃんと出ていることを確認する。ここで今日初めてメインスピーカーからの音が出る。これで音響に不安を感じていた後ろのほうのお客さんが、かなり安心したようである。
21:40。「まもなくローズ+リリー2016-2017カウントダウン・ライブが始まりますが、出店やトイレに並んでおられる方はそのままの場所でお楽しみ下さい。なお演奏中の離席・戻りは自由ですが、他のお客様の迷惑にならないよう、ひとつ前のブロックのすぐ後ろに設定しております移動経路に沿って移動するなどのご配慮をお願いします」というアナウンスを氷川さんがする。
21:44。私とマリがステージに上がる。
物凄い歓声が来るので、私たちは笑顔で手を振る。
私たちのマイクがちゃんと通っていることを確認する。
21:44:50。ステージ脇に振袖を着た和泉が姿を現し「これよりローズ+リリー2016-2017カウントダウン・ライブを始めます」とアナウンスする。和泉の言葉が終わるのと同時に『赤い玉・白い玉』の伴奏がスタートする。そして5万人の大観衆の熱気の中、私たちは歌い始めた。
演奏が終わった所で挨拶する。
「こんばんは!ローズ+リリーです!」
来場の御礼を述べて、今歌った曲と作曲者・東城一星先生のことを話し、それから演奏者を紹介する。そして、次の曲に行こうとした時のことだった。
ピカッ!
と物凄い光が走るとともにドドドドドドドという感じの物凄い音がした。会場で凄い悲鳴が上がる。マリもびっくりして私にしがみついた。
そして電源が落ちた。
真っ暗闇の中、私はパニックを防止しなければということだけを考えた。
「みなさん、お静かに!」
と大きな声で叫ぶ。
「暗い中、勝手に動くと将棋倒しが起きたりして危険です。取り敢えずその場に座りましょう!」
と私は大きな声で言った。
私のアナウンスに呼応して会場のあちこちに立っているスタッフもお客さんに「座ってください」と声を掛けている。
1分もしないうちに、お客さんはほぼ全員座った様子であった。
ステージの脇の方ではレコード会社のスタッフやイベンターのスタッフが走りまわって、情報収集や対策の協議をしているようである。
私は伴奏者を全員ステージにあげてくれるよう七星さんに言った。七星さんがいったんステージ脇に降りて行き、氷川さんと話している。それでぞろぞろと私たちも含めて45人の演奏者がステージに並んだ。
「電気が落ちていて暗い中不安だと思うのですが、何か対策が決まるまでの間に、取り敢えず1曲演奏します。演奏者の皆さん、アコスティック楽器を持って各々思うままの演奏でいいので音を出してね」
と私が大きな声で会場に向かって言うと、客席から結構な数の拍手が来た。
「では観客の皆さん、手拍子したくなるかも知れませんが、手拍子を打つと後ろの方まで音が届かなくなると思うので、静かに聴いて下さい。それでは『雪の恋人たち』」
拍手があり、それが納まるのを待って、私は風花に持って来てもらった愛用のヴァイオリンRosmarinを抱え、前奏を弾き始める。マリも風花に渡されたフルートを吹く。
それに続いて10人のヴァイオリン奏者たちが、私の弾く旋律に合わせるように音を出してくれた。他の演奏者たちも各々の楽器で演奏してくれる。
前奏が終わった所で私はヴァイオリンを肩から外すと歌い始めた。
マリも一緒に歌ってくれるが、さすがにマリの声は声量が無いので多分近くの席の人までしか聞こえない。私は思いっきり声を出しているので、会場の真ん中付近くらいまでなら届くのではないかと思った。
恐らくいちばん音が響くのがヴァイオリンである。それで野村さんと真知子が視線で会話して、私が歌っているメロディーラインをヴァイオリンでそのまま弾き始めた。結局ヴァイオリン奏者の内5人がメロディーラインを弾いてくれる。これで多分私の声が届かない後ろの方の観客にもこのヴァイオリンの音だけは聞こえるのではと私は思いながら歌っていた。
(この時、実際には私の声は会場の後ろの方までしっかり聞こえ、マリの声も真ん中より少し後ろのあたりまでは結構聞こえていたらしい)
歌い終わった所で大きく拍手がある。
そしてそこに麻布先生と有咲ほか数人の音響技術者がステージに登ってきた。
「冬ちゃん、このマイクで歌って」
と言ってワイヤレスマイクを渡すので私とマリは渡されたマイクを手に取った。
技術者さんたちがステージの数ヶ所にマイクを設置している。
「それで補助スピーカーが鳴ると思うから」
と麻布先生。
「試してみます。白いスカート、浜辺の砂♪、熱い日差し、君の瞳♪」
と私は『夏の日の想い出』の冒頭を歌う。すると会場全体の補助スピーカーのほとんどから音が流れた様子である。物凄い拍手が会場全体から来た。
「メインスピーカーは電源が無いと無理だけど、補助スピーカーはバッテリーで駆動させているから電源が落ちていても使えるんだよ。大本のミキシングシステムも電源が復活しないとどうにもならないけど、車に積んでいたテスト用のアンプとトランスミッターを使う。アンプは車に積んでる補助電源で稼働させるけど、マイクが6本しか使えない。だから2本を冬ちゃんと政子ちゃんが持って、残り4本はステージ上のあちこちに置く。楽器単位の音量調整ができない。そのあたりは各演奏者に加減してもらって」
「はい、それでいいです」
と私は麻布先生に言い、この渡されたマイクから補助スピーカーを通して、私は予備システムを稼働させたことを観客に説明した。
「それではこのまま前半のアコスティックタイムに入ります。暗いのは申し訳ないのですが、このままお聴きください。それとメインスピーカーが動かないので臨場感の乏しい音響になってしまいます。それも大変申し訳ありません。それからトイレなどで移動なさる時は、できたら懐中電灯などを持って、足下に気をつけてください」
と私はアナウンスした。
このようなことをしている間に、運営スタッフの人たちが場内に数台の車を入れ、その車のヘッドライトで会場内を照らした。これで結構明るくなった。
「だいぶ明るくなったね」
とマリが言う。
「うん。でもまだまだ暗いから、みなさん移動は気をつけて下さいね」
と私。
「このくらい明るければおやつ食べるのには困らないよね」
「まあそのくらいは大丈夫じゃない?」
「性転換手術をするのには足りないかも知れないけど」
「なぜそういう話になる?」
私は『夜ノ始まり』から演奏する旨を告げ、その曲に参加する演奏者だけ残って、他の人は下に降りた。
なお、演奏者全員に配っているスマホだが、会場に持ち込んでいるサーバーと無線LANの親機も落ちているので「オフラインモード」で使ってくれるよう風花が演奏者全員に告げていた。何人か設定変更の仕方が分からないと言って風花や月丘さん・鷹野さんなどが手分けして調整してあげていた。
なお、冒頭の『赤い玉・白い玉』で3本の龍笛の内の1つを吹いた林田さんはここであがって、矢鳴さんの運転する千里のアテンザに乗って千葉に向かった。
実は林田さんは千葉市内L神社の巫女なので、お正月は朝からお仕事があるのである。それでこの先頭の1曲だけ吹いて、帰ることになっていた。ただハプニングが起きたので、2曲目まで付き合ってくれた。
しかし演奏者はみんなプロだけあって、演奏が再開すると、さっと気持ちを切り替えている。何事も無かったかのように演奏する。それで会場内も最初はかなりざわついていたものの次第に平静を取り戻していく。やがて「控えめの音で」手拍子も打ってくれるようになった。
しかしトラブルが起きて状況の良くない中での演奏になった結果、会場全体が一所懸命「聴こう」とする雰囲気になり、一体感が増したような気もした。
その中で『灯海』『雪虫』『来訪』『ダブル』『あけぼの』『神秘の里』と演奏を続けていく。
私は更なる落雷の危険を避けるため、イベント自体を中止する事態になった場合も想定しながら歌っていたのだが、どうも中止にはならない雰囲気である。相変わらずステージ脇では多数の人が走り回っているものの、演奏は続行していいようなのでMCを短めにしながら演奏を続けていた。
そして前半のアコスティックタイムもあと少しで終わりという『寒椿』を演奏していた時、突然会場の灯りが復活した。
演奏中であるにも関わらず「わあ」という声がかなりあがった。そしてその曲を演奏し終えたところで有咲が駆けあがってきて
「冬、電源が復活したから、メインスピーカーを起動する。スタンドマイクの方で何かちょっと歌ってみて」
と言う。
それで私は「あなたはいつも私を無視して♪」という『Spell on You』の冒頭を歌ってみた。ちゃんと、私の歌声がメインスピーカーを通して会場に響く。会場全体で物凄い歓声が上がる。
「どうしたの?」
「さっきの落雷でやられたのは会場そばの電柱だけだから、隣の電柱から線を引いてきて復活させた。東北電力さんに感謝感謝」
と有咲が言うので、私は有咲にマイクを向ける。それで有咲が東北電力さんのお陰で、電気が復活したことを説明した。物凄い拍手と歓声があがった。
それで前半最後の曲『振袖』は復活したメインスピーカーを通して歌った。会場全体が力強い拍手と歓声にあふれる中、私たちもこの曲を熱唱した。
ツアーのいつもの流れだとこの後、ゲストアーティストが2組登場するのだが今日は前半が終わった所で休憩時間ということにした。15分間の休憩が入る。
私はステージの脇に降りると氷川さんに訊いた。
「結局、イベントは中止しなくてよかったんですね?」
「松前会長が、もし何かあったら腹切るから続けさせてくれと言ったんだよ。それで続行になった。実際あそこで中止していたら観客が騒いで、その方がパニックになったと思う。5万人って小さな市の人口だからね。それが制御できなくなったら下手すると死人が出るもん。それに幸いにも雷雲は遠くに行ってしまったみたいだしね」
と氷川さん。
「わあ。今回は松前さんに本当にお世話になっている」
実際問題として今回特に雷の音などは聞こえていなかったのが、あの時だけ突然落雷したのである。
千里が龍笛を吹いた時にはしばしば落雷が発生するが、その場合はたいてい海の上など無害な所に落ちている。今回の落雷とは性質が違うと私は思った。
「それと東北電力の人が付いててくれていたので、すぐに対策が取れた。やられたのはいちばん近くの電柱と、この会場に電気を流している配電盤の間だけ。だから隣の電柱から新たに電線を引いてきて、配電盤は新しいのに交換」
「それ結構な損害なのでは?」
「復旧の費用負担に関しては後日、東北電力と話し合う」
「それ、必要でしたら、サマーガールズ出版から費用出しますから」
「東北電力と、★★レコードとサマーガールズの三者で出し合うことになるかもね」
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