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■夏の日の想い出・翔ぶ鳥(8)
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目次 8
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私はアクアの件で千里に電話してみた。
「ああ、冬も顔を出すことになったんだ。お疲れ様〜」
「千里、その日は試合とかは無いの?」
「うん。Wリーグは18日まででいったんお休み。オールジャパン、オールスターの後、1月21日再開」
「なるほど〜」
「男子のBリーグはオールジャパンの最中も試合があるみたいだけどね」
「なんで〜?」
「日程を決めた人が何も考えていなかったとしか思えん」
「むむむ」
「あ、そうそう。だから私、ローズ+リリーのカウントダウンに出ていいよ」
「え!?」
「その件で電話して来たんじゃないの?」
「よく分かるね〜?」
「冬は思念が強すぎるから、私たちみたいな人にとっては、いわゆるサトラレに近い。だから冬って絶対嘘つけない性格」
「うーん・・・・」
「政子のほうがまだ嘘をつくのはうまい」
「あ、それは思うことある。でも助かるよ」
「桃川しずかが中学生で、使えないからね」
「そうなんだよ」
「今田七美花のほうは代替演奏者何とかなりそう?」
「あの子も高校生だからね。笙は鮎川ゆまに吹いてもらう。昨年同様、某国営放送の歌合戦は生伴奏ではなくて録音を使うから、南藤由梨奈は歌合戦に出るけど、レッドブロッサムは大晦日の夜に動けるんだよ」
「レッドブロッサム全部使うつもりでしょ?」
「そうなんだよ。七美花は今回のツアーでは、笙のほか、篠笛、クラリネット、サックス、ホルン、トロンボーン、と吹いている」
「よくやるなあ」
「あの子、金管でも木管でも、とにかく管楽器は全部吹きこなす」
「歌も上手いし、ほんとに音楽の天才だね」
「マジそう思う。それでレッドブロッサムも全員管楽器ができるんだよ。咲子ちゃんが横笛はたいてい何でもいける。それで彼女に篠笛とフルートを吹いてもらう」
「そうか。青葉のお友達の1人はまだ高校生だ」
「そうなんだよ。彼女も使えない」
「クラリネットは鈴木さんも貝田さんも吹ける。ゆまは当然サックスを吹いてもらうし、ホルンとトロンボーンに関しては、鈴木さんが吹けるらしいので、それで頼もうと思っている。ただ実際に合わせてみて状況によっては干鶴子にホルンを吹かせて、鈴木さんはトロンボーンのみで行くかも」
千里は少し考えていたようだが
「たぶんそれが正解」
「へー!」
「鈴木さんも本来木管の人でしょ?」
「そうなんだよ。レッドブロッサムって元々が木管四重奏だったから。ギター持ってロックってのは余技だったんだよ」
「『来訪』のホルンは、ホルンをかなり吹きこなす人にしか吹けないよ。専門外の人にはさせない方がいい」
「分かった。そういう指定にしよう」
「しかし、七美花ちゃん1人でやっていたものを代替するのに4人必要なのか?」
「七美花が凄すぎるんだよね〜」
「だけど、千里、カウントダウンの後、オールジャパン会場への移動は大丈夫?去年はギリギリになっちゃったみたいだけど」
「昨年は社会人選手権からの勝ち上がりで出たから1回戦からだったんだけど、今年はプロだから3回戦からなんだよ。それで1月4日からなんだ。そもそも今年のオールジャパンは1日開始ではなく2日開始」
「へー!2日始まりの年もあるんだ?」
「過去には年内の12月28日に始まった年もあったよ(*1)」
「それは違和感がある!」
(*1)2004年のオールジャパンは2003年12月28日が初日であった。1月2日に初日があったのは最近では2011年だが、2001-2003,2005-2007年は1月2日開始である。それ以前の日程は未調査。
「ところで、青葉は、小春ちゃんのこと何か言ってた?」
と千里は訊いてきた。
「春のツアーのビデオを見ていたけど、ビデオでは性別もよく分からないと言っていた。でも人間ではなさそうだけどって」
「くくくくく」
と千里はさも可笑しいという感じで笑っていた。
「どうしたの?」
「やはり青葉は素直でいいなあ」
「え!?」
「あれ誰だと思う?」
「まさか千里自身じゃないよね?」
「やはり冬は勘がいいな」
「え?ほんとに千里だったの?」
「完全正解ではないけど、冬の回答のほうが正解に近い」
「うーん・・・・」
2016年12月13日。
司法修習生考試(二回試験)の結果が発表された。
今年の二回試験は54人もの不合格者(受験者は1800人ほど。昨年の不合格者は33人)を出すという悲惨な結果であったが、正望は無事合格していた。正望はすぐに就職予定の弁護士事務所に連絡を入れ採用が本決定。15日には東京第2弁護士会に登録されて、新米弁護士となった。
「へー。第2弁護士会なんだ?最初はそこに登録して、実務を積んで何年か経ったら第1弁護士会に昇格するの?」
などと政子が訊く。
「ああ、ここにもこういう誤解をしている人がいる」
と正望が嘆く。
「東京には、東京弁護士会、東京第1弁護士会、東京第2弁護士会という3つの弁護士会があるけど、別に上下関係は無い。単に別れているだけだよ」
「民事と刑事で別れているとか?」
「全然。そもそも最初は東京弁護士会という1つの弁護士会だけあったのが、会長選挙を巡る争いで分裂しちゃったんだよ。それで東京第1弁護士会というのができた。その内、中間派の人達も分離して東京第2弁護士会ができた」
「ああ。派閥争いか」
「それも最初喧嘩別れした人たちはお互いそういう意識があったかも知れないけど、今ではその頃の人たちはみんな居なくなってるから、お互いの差はあまり無いとは言われている。純粋に先輩から誘われたからってそこに入る人が大半だよ」
「なるほどー」
「でも第2弁護士会という名前が、まるで二流の弁護士の集まりみたいに思われることがあるってんで、名前を変えたいという意見はあるものの、法務省が認めてくれないんだよね〜」
「でも第2弁護士会は新し物好きが多いとかいう話はあったね」
と私はワーキングデスクでCubaseを操作しながら声を掛ける。
「そうそう。何かイベントとか企画した時に、東京弁護士会だと『他の弁護士会でもやってますから、うちもやりましょう』と言うと企画が通りやすい。これに対して東京第2弁護士会だと『こういう企画、まだどこもやってませんから、うちでやりましょうよ』と言うと企画が通りやすい」
と正望。
「あ、それは面白い」
と政子は本当に面白がっているようである。
「あと東京第1弁護士会は、企業の顧問になっている人とか、やめ判やめ検とかも多くて、概してブルジョア的。逆に労組の顧問みたいなことしている人は東京弁護士会に多いともいうね。第2はやはり中間」
「やめ?」
「裁判官、つまり判事を辞めて弁護士になった人を『やめ判』、検察官を辞めて弁護士になった人を『やめ検』と言うんだよ」
「なるほどー。弁護士やめて裁判官になる人とかはいないの?」
「それは無いよ。基本的に裁判官も検察官も、司法修習を修了した直後の人しか採用しないから」
「ああ」
「まあ基本的には裁判官・検察官・弁護士のどれを選ぶかは本人の性格次第だけど裁判官や検察官するのに疲れて辞めて弁護士になる人もいるし、定年になったらみんな一応弁護士登録する」
「ああ、弁護士は定年が無いのか」
「無いけど、自分の精神力や体力が足りなくなったら引退のし時だと思うね」
「それは歌手も同じだなあ」
「あと弁護士は自由があるからね。宮仕えの嫌いな人は弁護士を選ぶ」
と正望。
「その代わり、仕事が取れなかったら無収入という怖さもあると言ってたね」
と私。
「そうそう。弁護士は歌手と同様の、一種の水商売だよ」
と正望は言った。
「イソ弁の内はいいけど、独立してからが大変と言ってた」
「うん。最近はほんとに食い詰めてる弁護士も多い」
「イソべんって何だっけ?」
「居候(いそうろう)弁護士」
「あ、そっか。急いで食べる弁当じゃなかったのね」
という政子の発言は無視して、正望は説明する。
「最初弁護士になりたての人はコネのある大物弁護士の事務所に居候させてもらい、そこで仕事を分けてもらったり、その弁護士の仕事の助手をしたりする。これをイソ弁と言うんだよ。イソ弁を置いている弁護士事務所の経営者はボス弁と呼ばれる」
「BOSSって美味しいよね。ジョージアも好きだけど」
「イソ弁はボス弁から給料をもらって仕事をするから、仕事もまあまああるし生活もある程度保証される。この間に経験を積み、そして開業資金を貯める」
「そして何年か経ったら独立して自分の事務所を構える」
「その資金を貯めるのが大変そう」
「それもあるし、独立したら自分で仕事を見つけないといけないからね。事務所構えて待っているだけでは、客は来ないし。だから仲の良いイソ弁2〜3人で共同の事務所作って独立する場合もあるよ」
「あ、共同ってのいいな。でも仕事見つけるのは広告出したりするの?テレビCMとか?」
「テレビCM出してるのは大手の事務所だね。そもそも広告料が高いし、そんなの打って、仕事が殺到したらさばききれないし」
「言えてる」
「でも最近は共同ででも独立できない人も多いんでしょ?」
と私。
「うん。共同ででも独立すると言ったら1人あたり数百万単位の資金が必要だからね。それでひとつはノキ弁になる手もある。これはイソ弁と独立した弁護士の中間形態で、大きな弁護士事務所の中にいるけど、実は軒先を借りているだけで、その弁護士事務所の社員ではない。でもその事務所の仕事のおこぼれにあずかってある程度仕事が確保できる」
「なるほどー」
「ノキ弁はイソ弁と似ているけど、給料はもらえず逆に家賃を払わなければならない。でもわりと仕事は確保できる」
「でもノキ弁の枠はそんなに無いし、それでタク弁が出てくる」
「宅配弁当?」
「自宅を弁護士事務所として登録してしまう弁護士だよ。でも自宅の一部にクライアントと相談できる部屋とか作らないといけないし、部屋数に余裕のある家に住んでないと、できない商売の仕方だよね」
「それでケー弁が出てくるんだよね」
と私は声を掛ける。
「ケータリング弁当?」
「携帯弁護士。携帯1個で仕事を受けて、クライアントの家やオフィスまで出かけて行って相談に応じる」
「なんかそれだと信頼度も低くなりそうだ」
「だと思うよ〜」
「まあ事務所作る時の資金や最初1〜2年の家賃とかは、その時点で私がまだ売れてたら出してあげるから、お金のことは考えずに経験を積むことに集中しなよ」
と私は言った。
「そうだね。その独立資金までは貸して。その後、学生時代の予備校の学費とかまで含めて少しずつ返して行くから」
「最後は身体で返してもらってもいいけど」
「えっと・・・」
「あ、私目を瞑ってようか?それともおやつ食べに1時間くらい出てこようか?」
と政子。
「いや、私はとにかくこの楽譜を今夜中にまとめ上げなければ、和泉に叱られる」
「作曲家もたいへんね〜」
12月中旬、XANFUSの音羽(織絵)がマンションにやってきて、2014年に借りていたお金の残金を返すと言った。
「大丈夫?アルバム制作資金とかある?」
「うん。それは大丈夫。独立して以来、かなりケチケチでやっているから」
「へー」
「ポケットティッシュは道で配っているのを積極的にもらう」
「うん。都会に住んでいると、ポケットティッシュを買う必要が無いという人は良くいるよ」
「いちいち書類をコピーせずに、画面で見せたりメールで送る」
「まあそれは最近の会社では常識になっていること」
「それから、お店とかではあまり飲まないようにして、できるだけ自宅で飲む」
「それかなり違うでしょ?」
「うん。お金の減り方が全然違うんだよ。あと、出かける時もできるだけ電車。タクシーはあまり使わない」
「そのあたりは微妙だけどね。私たち芸能人は、公共交通機関を使うことで、かえって面倒に巻き込まれる危険もあるから」
「朝8時頃、都心に出ようとして死ぬかと思った」
織絵は富山県の出身で高校在学中にXANFUSでデビューし、東京では都心から離れた所にある私立高校に通ったので、東京中心部の朝の通勤通学の洗礼を受けていない。
「ああ、あの時間帯の通勤電車はクレージーだよ」
「あれはもう人間を輸送する機関ではないと思った」
「超圧縮されるよね」
「富山から出てきた友人が朝コンビニで買ったお弁当を持って乗ったら、降りた時は4分の1に縮小されていたと言ってたよ」
「ありそうだ」
「あとはケイのマンションに来た時にお酒を少し持ち帰る、と」
私は苦笑した。
「まあいいよ。私もマリも飲まないから、常識的な範囲で持ち帰って」
「さんきゅ、さんきゅ」
「しかし由妃の件だけどさ」
「どうかした?」
「私にはやはりあの2人区別がつかん」
「ほんとによく似てるもんね〜」
「お腹の大きい方が女の子の由妃と思ったんだけど、男の娘の由妃もお腹の見た目が同じになるように詰め物をしているらしい」
「あの子たち、おそらく精神的な基盤を共有しているんだよ。だから全て一緒にしたいんだろうね」
「自分たちが生まれながらの女の子の姉妹だったら、きっと同時に妊娠して、同じ日に出産していると言ってた」
「なんか微笑ましいね」
きょうだいというのも色々だなあ、と私は考えていた。
半一卵性双生児といえば、おそらく鈴鹿と美里もそうだと思うのだが、あの2人の場合は、女の子の美里のほうが主導権を持っていて、男の娘の鈴鹿は美里に頼っている雰囲気がある。
しかし“ゆき・ゆき”の場合は、ふたりが対等でしかも切磋琢磨している感じである。
もっとも2組とも男の娘のほうが歌が上手いのが共通点だな、と私はふと思った。
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夏の日の想い出・翔ぶ鳥(8)