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■夏の日の想い出・影武者(19)
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「でも結果的には新田さんたちが影武者になってくれるようなものかな」
と私は言う。
「そうそう。実は僕もそれ思った。僕の影武者になってくれるって」
「結婚するんですか?」
と私は彼に訊いた。
「分からない。どっちみちマリはまだ契約上結婚できないんだよね?」
「それは構いませんよ。場合によってはレコード会社に違約金払いますし」
「いやあ、違約金といえばここだけの話、本騨が5000万円、星歌ちゃんは2億円の違約金を払ったんだよ」
「まあ仕方ないですね」
「星歌でさえ2億円なら、ローズ+リリーは恐ろしい金額にならない?」
「逆に年齢が高いから大丈夫と思いますよ。星歌ちゃんまだ19歳だったもん。でも最悪は分割払いしますから、お金のことは気にせず結婚したかったらしてあげて下さい」
「実はこないだプロポーズした。指輪も渡した」
「そうだったんですか!」
「でも結婚したくないと言われた」
「あらら」
「指輪は返されても困ると言ったら、だったら指には填めないけど単純に預かっておくと言われた」
「マリらしいなあ」
「それで僕とは永遠の恋人でいたいというんですよね」
「あの子の感覚もよく分からないなあ。実は前の恋人にもそんなこと言ってて、捨てられちゃったんですよ」
「なるほどねー。でもその内気が向いたら僕の赤ちゃん産んであげるからと言うから、じゃ、そのうち種を蒔かせてもらうよと言っておいた」
「いいんじゃないですか?私も応援しますよ」
「ありがとう。あの子がその気になるまでは確実に避妊するから」
その日私が家に戻ると、政子は『時のどこかで』のパンフレットや同時発売されたサウンドトラックなどを眺めている。
「あれ?映画見に行ってきたの?」
「うん。面白かったよー」
「こないだ見たのと何か変わってた?」
「大筋では変わってないけど、原爆投下直前の広島に飛んだ時のセリフが変わってた」
「へー」
マリによると、松田未知(浅倉吾朗の祖母)と芳山和夫の会話がこのようになっていたらしい。
「あなた、まるで男の子みたいな話し方するのね。そういう子嫌いじゃないけど。私、川島芳子さんにも憧れているし」
「僕男だよー」
「もしかして、変な男の人に乱暴されたりしないように男装してるの?」
「別に男装じゃないけどなー」
「だってあなた声が女の子の声だし、そもそも男の子なら、みんな丸刈りにしてるし」
「ああ、そういう時代か・・・・でも、僕の性別は今はどちらでもいいよ。もし生き延びたいなら、僕と一緒に来てよ」
「何だか大袈裟ね、男装少女さん」
「川島芳子は男装の麗人として有名だったからね」
と私は言う。
「女優さんか何かだっけ?」
「清国皇帝の親戚だよ」
「ああ、中国の人なんだ?」
「中国というより満州人だよね。でも日本人の養女になって川島姓を名乗ったんだよ」
「へー。やはり男の人になりたかったのかな?」
「そのあたりの事情はどうもよく分からない。ある日突然髪を短く切って『永遠に女を精算し、男として生きる』という決意文書を発表したらしい。それが格好良いといって真似する女性が相次いだとか」
「おお、素晴らしい!やはりアクアもそろそろ永遠に男を精算して女として生きればいいのにね」
「なぜそこに行く?でも川島芳子さん、そもそも日本人の養子になった時に最初は良雄という名前をつけられたという説もある。もしかしたら男の子として育てたかったのかも」
と私が言うと
「そういう話、私大好き」
と政子はキラキラした目をして言った。
「スター発掘し隊」の8月18日の放送では、用意していた3万枚が13日の金沢と14日の福岡だけで売り切れてしまい、三つ葉のメジャーデビューが決定したこと、20日以降の発売会は中止になったことが発表された。
「あんたら男にならなくて済んで良かったな」
と殿山が言う。
「男子制服作らないといけないの大変だなと思ってました」
とシレンが言う。
「私たち、東京に出てくるのに転校先の学校の女子制服、作ったし」
とコトリ。
「ああ、学校ごとに制服違うから、女子は大変だよな。全国同じ制服ならいいのに」
と昼村。
「それで性転換したら、また男子制服になるし」
とヤマト。
「男女で違うから大変ですよね。男女で同じ制服ならいいのに」
と金墨円香。
「いや、それは良くない!」
と殿山。
「あんた男子にスカート穿かせんの?」
と昼村。
「それもいいんじゃんいですか?中学の間は男女ともセーラー服で、高校になったら男女とも学生服とか」
と円香は平気な顔で言う。
「それは絶対変だ」
と殿山は言っている。
番組は約30分間に渡って発売会の様子を映した後、こういうスタジオでのやりとりを映した。それでその後いよいよ三つ葉の3人が、彼女らをプロデュースする「大先生」と対面することになる。
3人は番組プロデューサーの名古尾、「使い走り」の毛利、アシスタントの円香、ΘΘプロのターモン舞鶴と一緒にその大先生のご自宅に行く。
カメラは車内での3人の様子を映し、そのあと玄関を入る所から映す。立派な引き戸である。訪問の意を告げると「今家内が出かけてるから、勝手に居間まで入って来て」というインターホンの声。
この声でネットでは「大先生」の正体が分かった人がかなりあったようで実名がツイッターに多数書き込まれる。
3人が靴を脱ぎ、きちんとそろえて家に上がる。そして3人が廊下を進んでいき、「失礼します」と言って障子を開ける。
3人が驚いた顔をする。
そこに居たのは1980年代に多数のヒット曲を生み出した作詞家の馬佳祥であった。最近では、他局の鑑定番組で、音楽関係のグッズの鑑定人として出演しているので、若い世代にも顔が知られている。
「3人とも頑張ったね。こんな可愛い子が男の子になっちゃったら、世界の損失だったよ」
などと馬佳祥は言っている。
それで3人はひとりずつ笑顔で馬佳祥先生と握手してから応接室のソファーに座った。先生は名古尾さん、毛利さん、ターモンさん、ついでに円香とも握手して全員着席する。
「冷蔵庫にケーキとお茶が入っているから誰か持って来て」
と言うので、毛利さんが
「私が行ってきます」
と言って席を立つ。するとシレンも
「私も手伝います」
と言って一緒に席を立った。そして少し反応が遅れて
「私も」
「私も」
と言ってヤマト、そしてコトリも席を立った。
それで4人で手分けしてケーキとお茶を持って来て配る。お茶を注ぐグラスはこの部屋の棚にあるのを取って、と先生が言うのを今度は円香が立って配った。先生がケーキに口をつけてからシレンたち3人は視線をやりとりし、名古尾さんが頷くのを待って自分たちもケーキに口を付ける。
このあたりも台本無しの撮影だったのだが、シレンたちはこの手のマナーは既に叩き込まれているようである。
「でも馬佳祥先生のお宅って、トロフィーとかゴールドディスクとかが沢山飾ってあるのかと思いました」
とシレンが発言する。
「僕はそういう過去の栄光には興味無いんだよ。僕は常に未来を見ている。頂いたトロフィーの類いや、全部で100枚くらいあるゴールドディスクは全部土蔵に放り込んであるよ」
「土蔵ですか」
「土蔵は火事になっても残る可能性が高いから、実はいちばん良い保存場所なんだけどね」
「確かにそうですよね」
「それで君たちもメジャーデビューすることになるから、その楽曲については若い人に書いてもらった方がいいだろうということで、1曲は先日の曲を書いてもらったステラジオに、もう1曲は80年代に僕と何度もコンビを組んで曲を書いてくれた東堂千一夜君の孫弟子に当たる東郷誠一君に頼むことにした」
「東郷先生は今旬の作曲家さんのひとりですからね。毎年数十曲のヒット曲を書いておられますし」
と名古尾プロデューサーが言う。
ネットでは早速突っ込みが入っていた。
「ヒットしているのは『東郷誠一ブランド』の曲だよな」
「本人は50代だけど、実際に書いているのは20-30代の作曲家が多いから」
「実際に書くのは東郷Cかな。東郷Eかな?」
「東郷Hあたりじゃない?アクアにも書いているし」
東郷ブランドの曲は大半が「埋め曲」なので、実際にはステラジオがメインだが、復帰したばかりで自分たちのアルバムも制作中のステラジオに2曲は無理なので、1曲は「東郷ブランド」を使うのだろうというのがネットの論客たちの大方の見方であった。
「しかしステラジオと東郷誠一ブランドで曲を書いて、現場の制作は毛利が指揮するのなら、大先生は何をするの?」
「さあ・・・」
番組は馬佳祥先生と三つ葉の3人たちの会話を5分ほど流したのだが、最後、もう番組の残り時間がほとんど無くなったところで、馬佳祥は
「ところでここで重大発表があるんだけど」
と言った。
そして番組は「重大発表!?」というテロップを流したところで終了する。
「ああ、結局三つ葉のデビュー曲は青葉が書いたんだ?」
その日私は、ローズ+リリーのアルバムに入れる曲の件で青葉と電話していてその話も聞いた。
「本当は千里姉が受けたんですよ。でも8月20日までは全く時間が取れないから頼むと言われて。歌詞は葵照子さんが当直医の勤務の合間に書いてくれたらしくて、その歌詞を私の感覚で自由に修正していいからという条件で引き受けました。実は姉も言っていたんですけど、この三つ葉に渡す曲はできるだけ若いセンスで作りたいからって。だから結構修正させてもらいました」
「それでいいと思う。それでこのまま東郷誠一の影のひとりとして定着することになったりしてね」
「え〜〜〜!?」
「今東郷ブランドの中の人は東郷Cこと香住零子さん、東郷Dこと田辺龍行さん、東郷Eこと吉原揚巻さん、東郷Fこと樋口花圃さん、東郷Gこと三田夏美さん、東郷Hこと醍醐春海。この6人がメイン。実際に書いているのは40人くらい居るんだけど、この6人は作品数が多い。でも青葉の書く曲が増えると、東郷Jあたりとしてネット住民に認定されるかもね」
「あははは」
「ところで青葉、うちのアルバムの制作での演奏に参加する時間は取れる?」
「インカレが9月4日までなので、その後でしたら、いいですよ。大学も9月いっぱいまでは休みなので。10月以降は土日限定にしてください」
「OKOK」
「スター発掘し隊」の翌週8月25日の放送では馬佳祥先生が
「ところでここで重大発表があるんだけど」
と言った所からの続きである。
馬佳祥先生は
「実を言うと、僕はただの影武者なんだよ」
と告白する。
「え〜〜〜!?」
ここでカメラは名古尾プロデューサーにズームアップする。
「この問題に関しては私から視聴者の皆様にお詫びしなければなりません」
と名古尾さんは言う。
「一部週刊誌の報道などにもありましたが、この番組は当初別の者が制作担当して始まりました。ところがその者が4月下旬に急に退職して私が引き継ぎました。また、その直後に今度はその前任者とタグを組んで企画を進めていたレコード会社の担当者が、癌で入院、翌週手術ということになりまして、療養のためプロジェクトから離脱しました。そういう訳で、元々番組を進めていた者が誰もいなくなってしまったのです」
「いや、あの時期はこの番組どうなるんだ?と正直私も不安でした。でも名古尾さんはそれを見事に立て直したと思います」
と金墨円香は名古尾を擁護する。
「オーディションの選考自体も本当は前任のプロデューサー、レコード会社のその担当さん、そしてある中堅ミュージシャンさんの3人で行うと企画書では書かれていたのですが、実際にはそのミュージシャンさんは前任のプロデューサーが辞任する前の段階で、体調不良ということで辞退なさっていたのですよ。しかし放送日程はずらせないので、オーディションの選考は実は別のミュージシャンの方に急遽お願いしました。この方は、今たいへんな売れっ子の方で、この人のセンスであれば間違い無いと思いました。実際、三つ葉の3人は本当にいい子だと思います」
「しかし、そのミュージシャンさんに、このままプロジェクトに入ってもらえないかと打診したものの、今多数のアーティストを抱えていて、とても無理ということでした。そこで、私たちはその方の師匠にあたる方から推薦して頂いた毛利五郎さんに制作をお願いすることになったのです」
「ところが、番組ではそれを決める前の段階で『大先生がプロデュース』すると発表してしまっていたので、それとの整合性を取るために、馬佳祥先生に大先生の役を演じて頂けないかと打診し、ご了承を得ました」
と名古尾プロデューサーは事態の経緯を説明した。
「まあ、そういう訳で、僕は影武者の大先生だったんだけど、一応それでもわずかだけどプロデューサーとしての報酬はもらったし、制作現場にも何度か足を運んだから、僕がプロデュースしたというのも、嘘ではない。だけど、実際の制作過程は、毛利君、それから彼の友人の松居美奈さん、それと3人に技術指導もした相馬晃君の3人で進めている。だから、今後は三つ葉の制作は、毛利君が正式にプロデューサーになって進めるといいと思う」
と馬佳祥先生は語った。
「じゃ、毛利さんは使い走りから大先生に昇格ですか?」
と円香が尋ねる。
「僕はまだ大先生ではないから小先生くらいで」
と毛利さんは語った。
番組の冒頭10分ほどを使ってこの「お詫び」が放送された後、場面はデビューに向けて、ステラジオおよび東郷誠一さんから提供された曲を三つ葉の3人が練習している風景に移る。
インディーズで発売した『恋のハーモニー』の制作にも参加したバンドの人たちが演奏するのに合わせて3人が歌う姿が映る。
「バンドメンバーさんで、ベースの人、もしかして性転換しました?」
と円香が練習風景を見ている毛利さんに訊く。
「いや、性転換したのではなく別人です。前回制作のとできるだけ同じメンバーでやりたかったのですが、ベースの人が今回は都合がつかないということで、他の人にお願いしたんですよ」
と毛利さんは言っている。
馬佳祥先生が名前をあげた松居美奈・相馬晃も姿を見せているが、ネットでは
「松居さんって美人〜」
という声があがっていた。
「友人って言ってたけど、毛利とどういう関係?」
「同じ雨宮の弟子だよ。相馬は関係が分からん」
「強いて言えば、雨宮の弟子の鮎川ゆまの元同僚」
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